9月

手相 08/9/14 (日)
現在午前2時。
眠れない。
明日は朝一で燃えるゴミを出さなきゃなんないのに、寝坊したら困る。

ママが心配。
今後が不安。
元の生活に戻れるのか。
此度の原因は何なのか。
様々な疑問、不安が渦巻いて、眠気がどっかへ行っちゃった。
ふと思い出したのは、昨日見たママの左手の手相。生命線が短かった。俺のと比べたら1/3程度しかなかった。
現実と重なってすっごく不安になった。
で、ネットで調べまくった。
幸いにも、一般で言われているような、生命線の長短だけでは寿命は語れないらしいことがわかった。ちょっと安心。だからといって彼女の手相なんぞ詳しくは覚えてないので、今ここですぐに相を占うことなどできないのだが、そもそもにわか仕込みで手相が見られるなら苦労はない。


ちなみに俺の手相を見てみると、以下のようになる
生命力はそこそこ。
性格は、神経質で慎重、ナルシストだが現実的でもある。1人で色々できてマルチだが、逆に他人をうまく使えないとうまく進めない。
感情は平滑で安定している。突如激高することもないし、他人に感情をあらわにすることも少ない。
生き方としては血縁者や自分自身よりも、より多く他人に助けられながらに生きていく。しかし、自分自信で生きていきたい気持ちが強いので、まだ他人をうまく頼れていない。生きる方向性や生き方に迷いがある。他人との関わり方や人間性を磨くのがテーマ。

だった。
ふむ。にわか仕込みなので当たっているかどうか。。。
試しに、出た結果から人生を顧みてみると‥‥思い当たる節を次々に思い出してきたぞ。

神経質。。。大当たりだよ。慎重ってのも当たりだ。「お前は石橋をたたいて壊し、ほら壊れたって言うタイプだ」と、中学の時の先生に言われたし。
感情をあらわにしないってのは、高校の時に言われていた。仲の良い友人に、「お前は3無いだ」といわれたのを思い出した。3つがそれぞれ何を表していたか定かではないが、無反応、無表情、無感情、だったかな?無感情だったらしい。そんなことはないと自分では思うのだけれど、他人が見たらそうだというのなら、一応当たりか。
血縁よりも他人に助けられるってのも、すごく思い当たるぞ。特に血縁関係は、今現実のこととして超実感だ。母はもう亡くなり、父は当てにできない。親戚も、母方は良い関係だが父方はまったく縁が切れてしまっているからなあ。義母や義妹は毎日のように来てくれるし、母方の親戚も今回のことがなくても常々気にかけ手をかけしてくれるのに、父方の方はママのことを知ってるくせに電話の一本も来ないぜ。
他人に助けられながら生きていくというのも、ここでもたびたび言ってきたとおり、常に困った時に助けてくれる人物が現れる俺の人生にぴたっとはまる。今までどれだけ困った時に都合良く適任者が現れたかを数え上げればきりがない。ゆめが生まれてからが特に多いが、記憶をたどればもっと以前からずいぶんと良い出会いがあった。それがみんな自分の肥やしになっている。学生時代、特に大学院時代は、それが顕著だったなあ。あの時に偶然出会った人から偶然学んだことは、ことごとく今の仕事や生活に生きている。あの2年間がなければ、今の俺はないと断言してもいいと、常々思う。
最近では、最近って言っても今日の話だけど、ママには内緒だが、名無しのぼくちゃんの担当看護師なんかポリアコフのディーラーんとこの社員の奥さんだって、修理明けのポルテを受け取りに行った際に聞いてびっくした。その社員の方も担当ディーラーから聞いてうちのことをよくご存じなので、くれぐれもしっかりやってくれと奥さんに頼んでくれたとのこと。まあこれに関しては困った時の助け船とは言い切れはしないかもしれないが、とにかく世間はこんなにも狭かった。
また、他人との関わり方を磨くのがテーマというのも当たってる。俺自身は、できるなら他人に頼りたくないっていう気持ちが強いし、他人と関わるのがへたってのも事実。だから、手相には生きる方向性は示唆されてるのに、生き方が定まってないって出てる。
ナルだけど現実的ってのも、思い当たる。かつての教頭が言ってた。「君は芸術家なのに合理的」この言葉通りなんだろう。芸術家なのにってところがいまだにちょっと引っかかるけど。

手相って、意外と当たる。もっとも、俺の中に思い当たることがあるから勝手に結びつけてるだけかもしれないけど。それでも結果の出た後から考えてこれだけ符合するなら、当たるモンだって判断してもいいだろ。
そう言えば、これもここに書いたけど、かつてほんの短い期間だけ、右手(右手は生まれてからのこと、左手は持って生まれたものだそうだ)の生命線に、島ができていたことがある。あの時はそれまで無かった島が急にできたのでしげしげと眺めたから良く覚えている。島は健康不安や大病を表す。俺に島ができたのは、彼女とひどい分かれ方をして自暴自棄になり、不摂生が祟って血尿が出た時だ。このとき以外は島などないし、今もない。突然できて突然消えた。

人間の体って、すごいねえ。
明日はママの手相も見てみるかなあ。

今、3時。
そろそろ寝ないとやばいかもだよなあ。。。。。

ママ回復 08/9/14 (日)
日に日に回復するママ。会話が安定している。
「ぼくちゃんは、いつ生まれたの?」
「12日だよ」
「ということは、一昨日か」
「そう」
新聞を読む中でボケ防止に一番良いのは、テレビ欄を見ることだとか。今日が何月何日で、今日の番組が何であるかという時間感覚を保つことがボケ防止につながると。ママも日にちの感覚が戻っているので、かなり良い状態にあると考えていいんだろうな。
でも、その前の記憶はかなり曖昧だった。
うちの教頭が言っていた、脳出血で入院してから手術までの記憶がなかったという話はホントなんだな。僕がどんな風にお世話していたか全然覚えてない。おむつのお世話までしたことを告げると、心からすまなそうにしていた。でもさー、俺もいずれは同じことをお願いするわけだし、先にやってるだけのことだな。もっとも、この若さでそんなことを世話になるってことがつらいんだろうな。


回復はしているが、全然眠れていないとのこと。
原因は、隣の男性患者さん。かなりの高齢。常に何かしら叫んでいる。
「おっかー!」
「せつないよー!」
「立てないよ―!」
すべて語尾に『!』がつくほどでっかい声。ちらっと覗いたらママよりもたくさんの管が体中から出ていて半覚醒状態だったので、おそらく無意識に声を出しているのだろう。しかも体をママの側に向けているので、その声はかなりの騒音。一晩中叫んでいるので、おかげでママは眠れない。
ママはまだ次の手術があるし、頭から出した管の管理があるので経過観察室からうつることはできない。かわいそうだが、当分眠れない日々が続くようだ。
昨日はその方のご家族が見舞いに来ていたが、「おっかー!」と呼ばれていた人も車イスに乗ったご高齢。
家での生活が忍ばれる。
俺がママの立場なら閑な入院中、その人たちの家族状況や生活の様子、入院した背景やこれまでの人生などを勝手に想像して気を紛らわすところだな。もっとも、そんなストーリーを想像するならパソコンが欲しくなるなあ。

名無しのぼくちゃん 08/9/14 (日)
生後18時間。

ママと同様、あちこちに管がついています。気管挿管していて声は出せませんが、音声なしで泣いてたりします。

生後47時間

今日はうつぶせでした。色々管がついているので、この方が安全なんだとか。


実に、愛おしい。

08/9/13 (ド)
今朝病棟を訪れてみると、非常に元気なママがいた。髄液を溜めるバックには、左右双方とも結構な量の髄液が溜まっていた。この圧迫がないぶんだけ、ママの頭はスッキリしているのだろう。子供らのこととか色々話をしてくれた。
「頭の中に変な人はいなくなったか?」
と聞いたら、無言で俺を指さしやがった。変な人なら目の前にいるとでも言いたいのだろう。
そんだけボケれりゃ、大丈夫だな。

今日はビデオを持ってきた。名無しのぼくちゃんを撮って、子供たちに見せるためだ。ママも見たいというので、NICUの面会時間を待つ間に入院手続きを済ませ、ビデオを抱えて撮りに行った。
カプセルに入った名無しのぼくちゃんのそばまで行って、看護師さんと一言二言話をしたら、ぼくちゃんったら一瞬ビクッとしてうっすらと目を開けた。俺の声だってわかったのかな。そのあと声を出さずに鳴き声を上げた。残念ながら、気管挿管しているので声は出ないんだな。
ともかく、元気そうだ。

ママの観察室に戻ってビデオを見せると、ママはとても喜んでいた。昨日言われていた使い捨てカメラとノートもNICUの看護師に渡してきたので、きっといい写真を撮ってくれるだろうし、経過を書き込んでくれるだろう。そしたらそれも、ママにも見せてやろう。

昼ご飯から食べられるようになったが、全がゆで、ひっじょうにまずいらしい。ふりかけを買ってきてやったらかろうじて食べたが、おかゆはもう懲りたようだ。夕食は普通のご飯にして欲しいと看護師に頼んでいた。
その夕食だが、いったん帰宅してまた食べ終わる頃に見に行ったら、ママったらご飯は一口のみ、おかずだけきれいに食べていた。一番おいしかったのは、デザートのゼリーだったそうだ。
それって市販のじゃ‥


さて、こっからが今日の本題。
そろそろ面会時間も終わる頃、名無しのぼくちゃんの顔を一目見て帰るべえとNICUに行った。
中に入って装飾品一式をロッカーに入れ、いざ見に行くともう電気が落ちていて、ぼくちゃんのカプセルにも布がかけてあった。寝てるならまあいいかと荷物を身につけ、そのまま帰路についた。病院の廊下を歩いている時に気がついた。何となく左肩胛骨のあたりに違和感があったのだが、帰る道々運転しながら、違和感はハッキリと痛みに変わっていた。
結構痛い!
これはあれだ、以前杭をぶち込まれた時と同じ痛み。家に着いた時には、肘までしびれていた!
油断したなあ。
ラピスの腕輪を付け始めてからその手のことは一切起こらなくなったから、すっかり気を許していた。付け始めて2年。この間、はずしたのは記憶にある限り今日のNICUでの1回きりだ。風呂に入る時だって付けてたからな。すると、あの時のほんの1分くらいの間にまたやられたのか。
やっぱり夜の病院なんか行くモンじゃないなぁ。
気にはなったんだよな。昼間は普通の色をしていたのに、夜病棟に行く時何気なく見たら黒っぽい青に色が変わってたんだよね。その後ママの夕食の世話なんかやっててラピスの色のことなんかすっかり忘れてたけど。ちなみに今はまた普通の色に戻ってる。今までもママに付き添って受診する時に何回か見てたけど、色が変わってたことは1回もなかった。今日に限って色が変わってて、しかも今日に限ってはずしたんだよなあ。
もう二度とはずすまい。NICUに入る時も、絶対はずさないようにしよう。
ってか、それよりもこの痛みを誰か何とかしてくれ。気功の先生は水曜日に来てくれるのでその時に治してくれるだろうけど、それまでこの痛みと付き合うのはイヤだなあ。
電話して、遠隔で治してもらおうかなあ。。

ママ手術 08/9/12 (菌)
さっき掲示板やメールを読んでいて、名無しのぼくちゃんの誕生日が今日になるってことを失念していた。頭の中は、無事に出産できて見た目異常なしってことと、ママの手術がとりあえず一個終わったってことで安心し、早速ママの次の手術がうまくいくかの心配に切り替わってしまい、もはや誕生日が今日だなんてことはすっかり消えていた。
まったく、ママといい名無しのぼくちゃんといい、とんでもない誕生日だこと。

このあとママは、検査薬やら何やらが体中を回るので授乳ができなくなる。そうなるとものすごく大変になるということで、母乳が出ないように止めてしまうそうだ。するってーと、ぼくちゃんはママのおっぱいを一切飲めないままに成長してしまうのか。なんかかわいそうな話だなあ。
どこかにいないかな、乳母。

‥いないか、そんなの。
搾乳して冷凍したのを送ってもらうってのはどうか。
他の妊婦さんにもらうってのはどうか。

‥なんかあやしい話だな。
ってか、お乳くれって言えないし。

男でもお乳は出るっていうし、吸わせてみるか、俺の?
いや、だめだ。ブラジャー無いから母乳ぱっと付けられない。Tシャツにお乳がしみたら困るし。
いや、これから寒くなるから厚着になって、しみてても見えなくなるから大丈夫か。

って、問題点はまたしてもそこじゃないよなあ。


は!
もしかして、退院した赤ちゃんに2時間だか3時おきにミルクくれるのっって、俺?
お~~~~~~~~~~~!!
えらいこっちゃ~
俺、基本、寝たら最後、朝まで起きないのよねえ。
とてもじゃないけど2~3時間おきになんて起きられないわ~
困る~
介護休暇取りやめて、育児休暇にしなきゃ!

って、やっぱし問題点はそこじゃないよなあ。

ママ手術 08/9/12 (菌)
朝、たったとゆめを送っていく車内で、ちこっと聞いてみた。
「ゆめちゃん、今日弟が1人増えるよ。うれしい?」
「うんっ!」
「たった、たったは今日お兄ちゃんになるよ。うれしい?」
「‥」
「たったはゆめちゃんの弟だねえ。今日は弟ができるよ。うれしい?」
「‥」
返事はない。いつものようにあまのじゃくな
「だめ~」
もなければ、えらそうな
「そう!」
もない。
振り返ってみると、照れくさそうに、恥ずかしそうにもじもじしているたったがいた。やつはやつなりに嬉しいらしい。

ママの容態があまりに悪いので、急遽ドレナージ手術も同時にやることになった。どれくらい悪いかというと、取り出した赤ちゃんを入れる予定の保育器が並んだNICUを見に行ったのだが、車イスに乗って連れて行ってもらいながら、たった20mほどを進む間に貧血かな?になってしまい、ついた時には目も開かない。本人はNICUの中を全然見てなかったほどだ。もはや車イスにも乗れなくなった。俺は、ママがそのまま遠~い世界に行ってしまうのではないかと、どきどきしたぞ。幸いにもベッドに戻って横になったら回復したけど。

ドレナージは脳外の担当。手術は午後でないとできないということで、帝王切開も午後に変更になった。
14時帝王切開手術開始。赤ちゃんを出したあとでドレナージ手術を続けて行うので、手術は全身麻酔。もはやできることは何もない。祈るしかない。携帯の電池が切れそうだったので、とりあえず俺の携帯で連絡がつくママのばあば、おかみさん、気功の先生、お袋のお姉さんには祈ってくれるように連絡をした。携帯のアドレスにはまだ強い人は載ってるし、もっと人手を集めたかったが、何せ電池が限界なので、ここで使い切ってしまうと、頼むだけ頼んで手術終了の連絡ができなくなる。最悪電池が切れて終了の連絡ができなくなっても、近場の人たちならごめんなさいをいうのは容易だ。ここはこの辺で涙をのんで我慢。まあとにかく頼んだだけでも強力な人たちなので、少数精鋭ということで何とかなるだろう。


14時45分、1時間ほどで無事出産。NICUの前で待っていると、赤ちゃんが来た。見た目普通の赤ちゃんのサイズが小さい感じ。母胎の麻酔で赤ちゃんも眠っている。1702g。
欠損箇所無しだが、見た目以外で異常のあるなしは今後の経過次第でわかってくる。でも、赤ちゃんに問題があって早産したわけではないので、リスクはきわめて低いらしい。
18時ドレナージ手術終了。
あちこちからチューブを出したママが帰ってきた。髪の毛は、髄液を出すためのチューブを出したとこの周辺だけ剃ってあるようだ。髄液を出したおかげで顔色が良くなり、目つきも怪しくない。手術はうまくいったらしい。でも、経過観察室にいるママを見た時は、もう少しで泣きそうになってしまった。
こんな姿になっちゃって‥
赤ん坊が生まれてきたばっかりなのに、なんで母親がこんなにならなきゃならないのか。髄液だって、ほんの少ししか出てきてない。これっぱかの無色透明な液体のせいで、ママはあんなにも苦しんだのか。しかも、これは第1段階の手術に過ぎない。まだ日時は未定だが、本番はこの後だ。髪の毛は全部剃って、頭を大きく開く。腫瘍を掻き出すんだよなあ。
考えただけで怖い。
しかもこちらは脳みそをいじるわけだから、今回の手術とは比べものにならないほどのリスクがある。
怖い!

それにさ、病棟がまたなんかあれな感じなんだよなあ。
産婦人科病棟は、例えるならまあるい感じ。生に向かってまっしぐらに柔らかく進んでいく雰囲気にあふれていた感じがした。一方で脳外が入っている病棟は、古いも古くて不気味なんだが、それ以上に形に例えるなら三角。それも鋭角な。とってもとげとげしい感じがした。産科と違って脳外は生に向かうばかりじゃないからなのかなあ。

ま、とにかく一歩前進した。この調子で腫瘍なんか全部出しちゃって欲しいな。
これを読んだ人は、次の本番手術時には一緒に祈ってください。

ママ入院 08/9/11 (木)
来週の火曜日、16日に入院し、17日に帝王切開&ドレナージ手術の予定。
だったのだが、今日受診に行ったらそのまま入院となってしまった。
何となく予測していたので、やっぱなって感じだけど、まさかまだ俺たちからは何も言わないうちに「入院する?」って主治医から聞かれるとは‥それだけ今日は、見た目からしてやばかったのか。
しかも、夕方になって病室に診に来た主治医から
「赤ちゃんも、明日だそうか?」
だって!
それはー、いくら何でも心の準備が~
でも、ママが食事をろくに取らないので、赤ちゃんは元気だけどもちと小さい。この先この調子で食が細いと赤ちゃんの成長が期待できない。ママの食事が太る要素もない。
で、結局明日、赤ちゃんは帝王切開で出されることになってしまった。
誕生日は9月12日か。
まだ名前が決まってないってのに‥
ともかく、明日の10時半から手術が始まる。


今日はママがいない初めての夜。
当分の間はママは帰ってこないので、せめてもと夕食後にゆめとたったを病室に連れて行った。
病室について5分と立たないうちに、怪獣なんか連れてきてしまったことを後悔した。
ゆめは怖いだの帰るだの、挙げ句、
「ばーか!」
を連発してるし、たったはたったでやたら騒がしい。ママの病室は4人部屋だが、ママともう1人外国の方しかいないことがせめてもの救いだった。
帰宅後にお風呂。
いつもならママも一緒なので俺は湯船にはつかれないのだが、今日は久しぶりに湯につかった。
肩がばりばりに凝ってることに気づき、なんだかんだいって疲れもたまってたんだなあと実感。やっぱしお風呂って、汚れ洗うだけでなく疲れも洗い流す場所なのね。生まれてこの方ずっとたっぷりお湯につかることが日課なんだから、3週間とはいえ連続でそれをしないってのは、体に良くなかったんだなあ。

○○の声 08/9/10 (水)
今日俺は、神の声を聞いた。
いや、もう1人の自分の声?
後ろの人の声?
誰でも良いが、とにかく、俺じゃない誰かに声をかけられたのだ。


このごろ、ゆめとたったを送っていく前に洗濯機を回し、帰ってきたらちょうど干せるようにして出かける。洗い物が異様に多いように感じるのだが、保育園児だの小学生だのを抱えている家庭ならどこでも同じなのかなあ。洗濯機は普通に2回は回すのよ。服とタオル。そのどっちも結構な量。タオルの方は、シーツやタオルケットなんかも入るけど。毎回、もの干し場は満員御礼状態だ。洗濯ばさみがついてて干すやつ、あれなんか3つフル稼働だもんなあ。家族4人分なのに毎日この状態って、普通なのか?

ま、ともかく、今日もいつものように1回目の洗濯機を回し、子供らを送っていった。
帰ってきたら、もう脱水が終わっていた。手に取ってみたら、なんか脱水が足りない感じがした。おっかしーなー、洗濯機も不調か?と思いながらも次々に洗濯ものをかごに移していると、たったの紺色の体操ズボンにクズがいっぱいついていた。
あの馬鹿たれ、ポケットに何入れてやがった!?いや、確認しなかった俺が悪いか。。。。などと思いながら取り始めたが、それはぬるっとした感触。
紙くずじゃない。

なんだこれ?

あっ、これって!

どうやらゆめの学校からの汚れ物袋の中に、おむつが混じっていたようです。洗濯槽に手を突っ込むと、ほどなく壊れちゃったゆめのおむつが出てきました。洗濯機の糸くず取りも、透明なゲル状物体で一杯になってるし。他の洗濯物にもみ~んな白ぽい高分子吸収体がつきまくってる。風呂場でぱたぱたしたら、出てくる出てくる、ものすごい量だ。
いつぞやにも一回同じことをやってエライ目にあった。あれ以来気をつけていたつもりなのになあ。今日は特に洗濯物が多いのだ。明日から天気が悪いとテレビで言っていたので、思いさま突っ込んだのだ。おかげで高分子吸収体を取るのにずいぶん手間取りそうだ。

なんとかして手軽に取り除く方法ないかなあ。高分子吸収体だなんてとても科学的な名前だし、何かかけたら溶けてくれたりしないかなあ。
は~~~

と、洗濯機にもたれかかってため息をついたところで、
「そんなの塩だろ」
と、誰かが言った。
いや、間違いなく、誰かが俺にそう言ったのだ。耳に聞こえたのではなく、頭の中に直接響いた。
いやしかし、半信半疑ですよ。
だってよりにもよって塩!
そんなナメクジじゃあるまいし、何で塩で溶けるんだ?まだ酢で溶けるって言われた方がましだ。

って、いやまあ、つっこむところが違うわな。声の中身じゃなく、声が聞こえたことの方が問題なんだけどね。
でも、一応ネットで調べてみた。
そしたらなんと、確かに高分子吸収体は塩で溶けるって載ってるジャン!!!!
こりゃー、たまげた!
もっとも、なんだかずっと以前に”あるある”だかなんだかで紹介されてたって書いてあるから、意外に知られている事実なのか?

ま、それはそうと、さっそくやってみました。

結果は、見事に溶けた!
いや、溶けたんだと思う。くず入れの中のやつまで無くなってたし。
すげーな、塩!
溶かすのはナメクジだけじゃなかったんだな!
おかげで洗濯物はきれいに洗い上がってるぜ!
まだ知らないみんな!おむつをうっかり洗ってしまったら、慌てないで塩だけ入れて洗い直せ!それできれいになるぜぇ!!





って、そこじゃないんだよな。俺にそれを言ってきた奴が一体誰かってのが今日のテーマなんだ。まあ、どう頑張って考えてもわかるはず無いんだけどさぁ。
それにしても、塩で溶けるならおしっこの塩分では溶けないのが不思議だ。

って、悩むのはそこじゃないんだっつーの。
誰が俺にそれを言ったのかが悩みどころなんだっての。。。

まあ、何にせよ助かったから良いけどさ。

いいか?


今日のママはまた格別不調だった。もはや自力で食べる気力はないようだ。何を口に入れても飲み込みにくいようだし。立たせるにも食べさせるにもタイミングが大事とコツをつかんだと思っていたが、食べる方はダメみたい。早くに起こしておいても、飲み込むのが大変なんじゃあ、意味ないし。
「食べることができなくなったら、ホントに入院だぞ!栄養取れないんじゃ点滴打つしかないじゃんか!」
とはっぱかけてみても、できんもんはできんもんなあと、またまた悲しくなってしまった。
明日は受診日。これを告げたら産科の主治医は喜んで入院の手続きを取り始めるだろう。
おかしいなあ、今日は特別に気功の日で、気功の先生は食べることも歩くこともできるはずだって言ってたんだけどなあ。
完璧に腫瘍に負けちゃったなあ。

うんちばなし 08/9/9 (過)
ママは、昨日の昼に食べた冷やし担々麺がことのほかうまかったようなので、今日は自分で作ってみた。麺はソーメンだが、味が同じなら良いだろう。
昨日のうちに材料は買っておいたので、ネットでレシピを拾って早速作ってみた。
作ってる最中からたまらなく良いにおい。
できばえはまあまあ。
味は‥レシピ通りなんだからまずいわけがないわなあ。ただ、ソーメンに入れて食べるには、やや麺つゆに工夫をした方が良かったかなあ。
ママはというと、昨日に引き続き朝の起きがけは調子良かったのだが、そのあと子供たちを送っている間にまた寝たようで、昼までほとんど寝通しだった。昼飯食わせるのに起こしては見たが、起きてすぐは体が言うことを聞かないらしく、またまた手を貸して食べさせることになった。
この頃昼間の寝いりが深いみたいだ。立ち上がらせてもふらふらしてまともに歩けないのも、起きがけに多い。俺は朝起きてすぐにアイドリングなしで全力運転が可能なので、この起きがけは調子悪いってのは経験少ないが、健康な人でも起きてすぐは体がうまく動かないね。ママの場合はそれがもっとすごいんだろう。
今後は、調理開始したらすぐにママをおこし、食べる時には暖機運転が終わってるようにしよう。
そうしよう。
それがいい。

ところで、その昼食時、俺が速攻で食べ終え、さてではママに食べさせましょうとし出したところで電話。ゆめの学校からだ。
ゆめさん、またまた発作。ちょうど昼食時で、半分くらい食べた頃だそうだ。でも、熱はないし、緊張するような状況でもない。僕が伝えておいた発作回避の方法を担任の先生が採ってくれて、幸いにも完璧な発作にはなっていない様子。今は少し吐いて、保健室で寝ていると。
おかしいねえ。今朝はめちゃくちゃ元気だったのになあ。朝ご飯だってもりもり食べたし‥
ともかく、すぐにお迎えに行った。
学校に着くと、校内は給食のにおいが充満していた。
保健室にあと8m。ゆめが騒ぐ声が聞こえる。
保健室にあと5m。騒いでいるのは、泣きながらなにかを叫んでいるってことがわかる。
保健室にあと1m。担任の先生がなだめる声が聞こえる。
保健室に入ってみると、担任の先生に抱かれながら、泣き叫び、暴れるゆめがいた。
養護の先生たちとも話したが、もしかしてやっぱ、てんかんかなあという話になった。脳波ではてんかんは出てないんだけど、十歳になって体内環境が変わったし、可能性はある。
でも、しきりにお腹が痛いと言っていたというので、俺は別の理由として、糞詰まりじゃないかと思った。最後にゆめがうんこをしたのは‥いつだっけ?っていうくらい便秘だから。でも、糞詰まりが何で発作に結びつくのかは不明。

帰宅後、ママ用に処方してもらってあった新レシカルボン座薬を、ゆめに1/3量ほど入れて様子を見ていると、結構な量のうんこが出た。結構硬めだがころころというほどではない。その後もう一回、今度はびちびちのを出し、これですっきりしたのかそのあと夕飯時まで寝てしまっていた。
やっぱし糞詰まりが原因でお腹が痛かったんだな。で、その痛みのもたらす緊張感が、発作につながった‥?
う~む‥
今年はまだ脳波を取っていないし、取る予定もない。今週末は整形の受診があるので、来月あたりに脳波を取るように予約しておこうかなあ。

そういえば佐久間にいた頃、ママの留守中にゆめがびちびちうんちし、処理に困って台所でいろいろやったが、その日の夕飯がジャージャー麺だったことはすんごく前に書いた。今回は先に担々麺で、その後にびちびちうんちだ。順番が逆で良かったせ、まったく。

珍しいことだらけ 変な日 08/9/8 (月)
今日のママは、良い時とおかしな時が半々ぐらいだった。
朝は自分から「おはよう」と声をかけてきたのでまずそれで面食らった。ハッキリ発音することも、自分から声を出すことも、この頃珍しい。
「今日はわしずのおばちゃんが来る日だよ」
と教えると、初っぱなから
「じゃあ、コーヒー入れるね。」
「は?誰が、誰の?」
「あたしが、あたしとパパの」
おばちゃんが来ることがコーヒーを入れるってことに結びつくのはちょっとあれだが、とにかく、なんだか朝からはきはきしていた。
素直に喜べばいいものを、俺はこういう時逆のことを思ってしまう。
『これが最後のひと花じゃねーだろーなー…。今日調子が良くて、明日から激悪なんてのはイヤだぞ。』
幸いというのかなんと言おうか、子供らを送って帰ってきたら、いつものようにぐったりしていた。でも、やっぱり朝の反動かいつもの午前中よりも悪かったな。うつろで、眠そうで。おばちゃんといとこが来てくれて一緒にご飯も食べたが、食べながら寝てたもんなあ。それでも途中から俺の食べてる冷やし担々麺を食べさせてみたらそっちの方が良かったらしく、きれいに平らげてくれた。

午後はいつもの通り寝て過ごしたが、やっぱり今日は調子良いみたいだ。夕食時に起こすと、背もたれなしで座り、自分で食べてくれた。もっとも、量はそんなでもなかったけど。
その夕飯時、俺とたったとのやりとりにゆめが絡んだ。いつもならそれ以上の参戦はないのだが、やっぱしきょうは変だ。ママが乗り込んできた。
「パパ、おちゃー!」(たった)
「お茶がなんだ!?」(俺)
「おちゃください!」(たった)
「ぱ~ぱ~、おちゃ~」(ゆめ)
ここまではいつも通り、だが次の瞬間
「ゆめ!、お茶がなに-!」(ママ!)
このとき俺もママが急に入ってきたので驚いたのだが、もっと驚いていたのはゆめだ。
びっくり半分の顔で俺を見上げながら、
『なにー?何で急にママがあたしにそんなことゆーわけー?』
と、目で訴えかけてきた。ママに叱られるなんて、実に一ヶ月以上ぶりだもんなあ、ゆめ。
子供を一緒に叱る。この行為自体が俺たち夫婦の約束事に反しているので、やっぱり調子悪いのは間違いない。しかし、子供らに対してまともな反応を見せたってのもこの1ヶ月で久しぶりだ。やっぱり今日は調子よかったんだ、うん。
あぁ、明日が心配だ。。。

叱ると言えば、この頃たったに対して叱ることが非常に多い。やつは、余計なことはしまくるくせに、肝心のやらねばならないことがおろそかになりがちだからだ。
なんか今日は疲れちゃったので詳細は省くが、自分で自分のしかり方が正しいのかわかんなくなってきた。叱る時は結構きつく叱るのだが、ちゃんとやったあとはきっちりほめあげて乗せて終わることを常としている。でも言われたことを素直にやり遂げないことも多いので、そういう場合はただ叱っただけで終わりになってしまう。やばいやばい、性格が卑屈になんなきゃいいが。しかも、たったのやることにはヒステリックになることも多い。あいつは、やることがどうにも俺の逆鱗に触ってくれるモンだから、ついつい頭ごなしになってしまう。
俺とたった、性格合わないのかなあ…

どうもうちは父親たる俺が叱る機会が非常に多く、困りものだ。父はやはりここぞという場面ででっかい雷を落とさねばな。もっとも、俺は親父に叱られた記憶が皆無なので、どういう時が”ここぞ”なのか、比べる対象がない。
困った困った。

突然の出来事 08/9/7 (日)

俺の後任からメールが来た。いくつかある授業集団の2学期最初の授業で、なぜ俺が来ないのか、学校来ないで何をやってるのかと聞きまくられているそうだ。そりゃーそうだろうなあ。夏休み開けたら1学期とは違う先生が授業に来てるんだから、びっくりするだろう。既に2学期はこれこれをやるという予告までしてあって、それで俺が来てないってんだもんな。2・3年生なんか、そもそも昨年度の選択授業説明会のおり、俺の授業を取ったらこれだけの内容を保証するって話を聞いて、馬鹿正直にそれを見込んで選んできた生徒までいるんだから、これはもう詐欺みたいなモンだ。
様々な混乱は、おそらくクラスの方もあるんだろう。もっとも、特に手塩にかけてた生徒からメールが来たときに理由を詳しく教えておいたので、授業の生徒ほどではあるまい。
一応クラスと職員室それぞれにお手紙を書いたので、明日出そうと思う。クラス当てのお手紙の方が文面が長いのはご愛敬だ。

今日、ビデオカメラを買った。以前から使ってたのがいかれてしまって久しい。でも今後、子供は保育器に入れられてしまうし、来月はたったの運動会、再来月にはゆめもたったも文化祭などイベントが目白押し。それをすべて見られないママのために、ビデオカメラはどうしても必要なのだ。
午後、義母たちが来てくれたのでママを託し、いつものようにたったと一緒に家電量販店へ。以前冷やかしに行ったときは、従来のビデオカメラとハイビジョンカメラが半々くらいか、まだまだ従来型の方が多いかなって感じだったのに、今日行ったらもう半分以上ハイビジョンカメラだった。今後半年は無収入。どれを買っても今まで使ってたのよりも遙かに高性能。できるだけ安いのが欲しいが、安物買いの銭失いはイヤだ。さんざん迷った挙げ句、たまたまやっていたパナソニックフェアで安くなっていたパナソニック製ハイビジョンカメラを購入した。併せて三脚とバック、予備の大容量バッテリーパックも。金がないので10回払い。どうせ収入がないんだから、分割にしても意味はないんだけど。

ところで、パナソニックフェアにちなんでか、パナソニックのF1が店内に展示されていた。ただのテレビやパソコンの並んだ中に突如現れた巨大なF1は、すんごく異質でなんか妙な感じ。中身は去年のモデルで、外見だけ今年のデザインだそうだ。
ど迫力でしたよ。
ええ。
すっごい迫力、一緒に来ていたレースクイーンがね。
着ていたのはレーシングユニフォームだったけど、なんか、ワンランク上の女性を間近で見たって感じ。なんていうか、普段目にすることなどまず無い、超高級なロボットを見てるみたいだった。
もっとも、低級であろうとロボットなんぞ見たことはないが。
他にもスタッフの女性は何人かいたが、1人だけ来ていたレースクイーンがそばにいると、他の女性たちはただのスタッフだって丸わかりだったなあ。
会場で記念写真も撮ってくれていたので、たったと一緒にとってもらった。もちろん、F1の方ね、レースクイーンじゃなくて。
たったったら車も爆乳女性も両方大好きなくせに、その両方がそろっている状況にびびったのか、すぐに逃げて行きやがった。
びびりんぼたっため。


誕生日 08/9/6 (ド)
出産予定日は11月9日だが、今月17日に子供を取り出す。

さて、問題です。
子供の誕生日は、一体いつ?


う~む、この問題は、問題だ。
おそらく17日が誕生日になるんだろうけど、実はまだ名前が決まってない。
問題は、実はそっちの方なのだ。
一応候補はあるけど、それで決まりってわけじゃない。画数だの何だのと調べてはいるが、ゆめはどんな流派で調べてもたいていはGOOD、それもかなり良いという結果になる。どうしてもそれと比べてしまう。でも、なかなかゆめに勝てない。
いや~、こまった。
どうしようー…


さて、ママは自力では全然立てなくなった。俺が手を貸してようよう立てるが、それでも自分で立つ気になってくれないと、持ち上げるなんて不可能だ。
立ち上がってもまっすぐに歩けないことが多いし、座るのも大変だ。重たくてグニャグニャした体を支えるのに、自分の体制を確保していないと俺の方が腰をやっちゃいそう。昨日すっごくたいへんだったので、今朝は誠大に起こされてもなかなか起き上がれなかったくらいだ。今日はコツをつかんだので、かなり楽に手を貸せたが、介護士とかが腰をやっちゃうってこういう状況なんだなって理解した。
ご飯も全然自分で口に運べない。七割こぼしてる。ろれつも回ってない。ほとんど言葉を発しなくなった。それをいろいろ質問したり話しかけたりして、無理矢理しゃべらせてる感じだ。
まだ目線が合うのでいいけど、毎度の事ながら寝かせたあと、明日が心配になる。
翌日、目が覚めるのが楽しみなら幸せだって言うけど、ホントだなって実感している。
今は目覚めるのが心配で仕方がない。朝起きてすぐに「前の日と比べてどう?」って聞くんだけど、毎度「変わらない」って答えが返ってくる。でも実際は何かしら機能が低下している。それを実感してしまうのが、怖い。
もう入院させた方が良いのかなあ。でも、今入院したって、この程度の症状ならまだ手術してはくれないしなぁ。


ところで、今日はママの37回目の誕生日だ。自分の誕生日を認識できないままに年だけ取ってしまうなんて、とんだ誕生日だぜまったく。

まだ夏が続いている気がしていたけど… 08/9/5 (斤)
今日は結構暑かった。帰ってきたポリアコフの掃除をするにはぴったりだ。ゆめとたったを送り届け、一通り家事をこなした後で、早速掃除に取りかかった。今回の獲物はブロアーとスチームクリーナーだ。このスチームクリーナーがなかなかのもので、油だろうが時間がたった食い物かすやしみだろうが、たいていの汚れは落ちてしまう。車内の要るものといらないものを仕分け、ゴミをブロアーで吹き飛ばしたりすったりした後、いよいよスチーマーの出番。臭いの元はだいたい見当着いてる。お漏らししたとこ、ジュースやなんかをこぼしたとこ、げろ吐いたとこだ。
どんな風に掃除したかをきっちり描くと気持ち悪いので詳細は省くが、擬音で言うなら「げ!」「うわ~~~」「うぉえっ!!」って感じだった。掃除後たったのお迎えに行くまで4時間ほどドア全開で乾燥させた。お迎えの時、たったは
「なんかちょっと臭うねえ」
とは言っていたが、昨日みたいに臭いとは言わなかったし、実際俺の鼻でもまだ足らんなあとは思うけど、昨日よりも遙かにましになった。明日あたり、まだ臭ってる箇所をもう一回掃除しようかな。


ポリを乾燥させている間に、天気が良い日に乾燥したらしまおうとしていた庭のプールをついにしまった。
これで、我が家の夏は終わった。
毎回、プールをしまうと夏も終わりだなあと思うのだ。いつもは8月中にしまってしまうので、今年の夏はやや長めだったということになる。
しまっているときにちょうどゆめがヘルパーさんに連れられて帰ってきた。やばいやつに見つかった、またプールはいりたい攻撃が始まるかと、内心舌打ちした。タイミングわり―なーって。でも、黙々と空気を抜いているところを眺めながら、ゆめは何も言わなかった。ゆめはゆめなりにいろいろと物わかり良くなっているのだろう。
そういえばお風呂でも、ママのひざ小僧をなでなでしていたので
「ゆめちゃん、ママのおひざ、なめてやんな」
って言ったら、ホントにベロンとなめてた。そのあと、舌ベロをちろちろとさせていたのがかわいかったなあ。

で、ママだが、今日はさらにやばくなっていた。
お昼時、ヘルプに来てくれていたママの友達が作ってくれたソーメンを食べようとして、全然口に届かない。いくらやってもダメなので、今日は初めて食事介助もした。
トイレに行ってもまっすぐ立ってられなくて、脱ぎ着させるのに往生した。
お風呂でも、なかなか湯船の縁を越えられなくて、滑りそうで怖いし大変だった。
「まだ入院は早いぞ!まだあと一週間はゆめたちのそばにいなきゃ!しっかりしろ!」
ってきつく声かけながら、そう言われたってできんもんはできんのだろうなあと、ちょびっと悲しくなった。
日に日に状態が悪くなっていく。目に見えてわかる。あまりに変化が早いと、気持ちが慣れない。でも、とにかく今俺にできることは、ママをしっかり介護することだ。悲しくなろうが何だろうが、できることをできるだけやる。それしかない。

お帰りポリアコフ! 08/9/4 (木)
今日、ポリアコフが帰ってきた。2万キロしか走っていない新古のエンジンを移植され、見事よみがえった。エンジンマウントがいかれてしまい、エンジンをかけるたびにものすごい振動と暴走族いやさひょっとこ団バリの音を立てていたのも直り、実に静かで快適になった。壊れかけのレディオじゃなくて、壊れてしまったエンジンも見せてもらったが、いやはや実に見事にひどい有様。原因も聞いたけど、いまいちハッキリしない。滅多にない壊れ方だそうだ。壊れる二日前には快調に東京往復してたのになあ。あまりに突然の事態だ。やっぱりママの悪いの引き受けてくれたと考えることにしよう。
一方車内の異臭は元のまま。乗って返ってくるときは鼻が曲がりそうだった。そのままたったのお迎えにも行ったのだが、たったなんか乗り込むなり
「なんかくさい」
って言ってたけど、お前もその臭いの原因を作った犯人の1人じゃ。
明日晴れたら、高圧洗浄機と大容量ブロアーで車内をきれいに磨き上げてやる。
次にママがポリに乗るのは、頭が治った後だ。せっかくきれいにしたところをまた臭くされたんではかなわないが、頭が治ってからなら今までみたいに車内を汚しっぱなしにはしないでくれるだろう。

そのポリを直す過程を担当ディーラーに詳しく聞いた。想像していたとおり、関係各所と相当な交渉をしてくれたようだ。うちの事情を理解した上で、できるだけ安く済み、なおかつまだまだ乗れる状態に戻るように。努力のたまもの、ポリは(車内の耐え難い異臭を除いて)ほとんど新品の走りを取り戻した。何しろ走行距離10万キロを超えているとはいってもまだ買って7年目だし、ゆめが電動車イスに乗るまでは頑張ってもらわねばならいわけだし、そもそもこんなに早く車を乗り換える予定はなかったし、なによりも半年間給料がもらえなくて生活自体困っちゃうのに、車を買う余裕なんかない。直ってくれてホントに良かった。今後もディーラーさんに足を向けては寝られないな。

やっっぱり、俺たちはついてる。困ると必ず助けてくれる人が現れる。(母方とママの)親族縁者にはずいぶんとお世話になってはいるが、ディーラーさんなんか赤の他人なのに、ものすごくよくしてくれる。
ありがたいことだ。
俺たちにはたくさん味方がいる。一時は廃車覚悟だったポリですらよみがえったのだ、ママも、必ず治って返ってくるのだ!

ところで、帰りがけに例の霊能者さんへの手紙を出すために、市内でも指折りの大きな郵便局へ寄った。駐車場が広いからね。でも、平日なのに結構混んでて、裏手の駐車場に回った。そこには駐車車両を裁くおじいさんがいたが、何にも仕事してなかった。良い位置に空いてる場所があったのだが、ほとんど消えてる路面標示を見ると車イス専用。素通りして奥のスペースへ入れて、手紙を出してきた。返ろうとして車に乗り込むときも、おじいさんはただ立ってるだけでやっぱり仕事してなかった。車を出そうとしたとき、入ってきた乗用車が車いす用に停めやがった。運転手はみたとこ40代。車からすっと出て行ったが、すたすた歩いているところを見ると、車イスではなさそうだ。
いや、どう見ても車イスではないし、ましてや妊婦でもない。怪我もしてないようだし、そんな場所へ停める権利は全くないだろう。
あのおじいさんは、一体何をしているのか。一言もの申したかったが、残念ながらさっさと移動しないと後ろが詰まるし、おじいさんがいる場所はやや離れていたので、仕方なくそのまま帰ってきた。
何なんだ、あのじいさんは!


日取り決定 08/9/3 (水)
ママの入院の日取りが決まった。帝王切開も腫瘍の手術も決まった。全部今月中に片がつく。
入院まで後13日。
2週間後には帝王切開して子供を出し、赤ん坊は出産予定の11月までは保育器の中へ。同時にシャントを入れて頭部の水も出す。これでママは多少は楽になるはずだ。
その一週間後には腫瘍の摘出手術。術後は、ママは病棟で過ごす。

今日のママはひどかった。
かんでたガムを出せない。延々とかみ続けていた。お茶をストローでのませようとしても、噛んじゃって飲めない。噛まなければいいのだが、どうしても噛まずにいられない。どうも、神経回路に変調を来しているようだ。ろれつが回らないのだから、噛み続けてしまうというのもうなずけるけれど。
でも、眼底検査をしたが、眼球に変化なし。腫瘍の増大は押さえられている。先生の気功のおかげだろう。
その先生によれば、腫瘍はおそらくたったが生まれたくらいにできはじめたのではないかという。そうすると、始まりは4年前ということになる。
4年も前からか。。。
全然わかんなかったな。
ただ、4年前ではなくもっと最近、2年前くらいからは、やたらと昼寝するようになったので、その頃にはぼちぼち腫瘍の影響は出ていたのかもしれない。ここ1年くらいはそれに加えてやたらとかたくなな言動も多くあったし、この半年はその上さらにおかしな判断が増えた。やっぱし徐々に腫瘍の影響は強くなっていったことがうかがえる。
今日は、いよいよ入院の日取りが決まったからか、帰宅後はいつにも増してあやしくなってしまった。今後のスケジュール、特に手術日が決まったからってすぐにこんなになっちゃって、反応がわかりやすすぎる。まあそれも、いつまでこらえればいいかが見えてしまったわけだから、仕方がないことだろう。
もう少しだ。もうちょっと頑張れば、楽になれる。
頑張れよ、ママ!

すごいんです! 08/9/2 (過)
この頃家の中で、やたらと虫が死んでいる。大きな虫では手のひらサイズのクモ。こいつらのおかげで我が家はゴキブリがほとんどいない。といいつつ、生まれて初めて普通サイズのゴキブリを生足で踏んづけた。軽くふんだだけだが、見事に死んだ。小さな虫ならハエにハチになんかよくわからん羽虫たち。先日食事中に、食器にとまったハエを冗談でつかもうとしたら、ホントにつかんでしまった。たぶん弱ってたんだろう。パソコンに向かっていても、これ見よがしに近くに飛んできては死んでくれる。
何気に車のデジタル時計を見ると、4:44ってことが、この一週間で3回もあったなあ。
なんか、我が家の周辺に『死』が渦巻いているようで薄気味悪い。
薄気味悪いので、違う見解にしてみた。
ママは今吸血鬼。いや、吸精鬼だ。虫の命を吸い取って、自分の命に替えているのだ。
すげーな、ママ!

ん~
やっぱし薄気味悪いわ。単に偶然ということにしよう。


ママの親友が、たびたび様子を見に来てくれる。
が、今日は玄関で出迎えた俺を見て、開口一番
「あんた、学校は!?」
こんな台詞を聞くのは、まじめな子供だった俺には初めての経験だ。お袋にすら言われたことなかったぜ。どうだ、えっへん。
ってか、せめて『仕事は』とかって聞いて欲しかったな。
まあ、介護休暇を取ってることを知らない人にとっては、明らかに夏休みが終わってるのに俺が家にいることは不思議だろう。いや、普通に仕事してる人は、そもそも8月いっぱい休みなわけじゃないんだから、今更ながら家にいることを不思議に思うこと自体、まちがっとる。子供の夏休みが終わったということと、教師はみんな夏休みがあるっていう勘違いが一緒くただね。実は教師には、夏休みなんて5日間しかないのさ~。後は有休とるか学校行って仕事するか。生徒がいなくてもやることはいっぱいあるのだ。
彼女は元看護師だっただけあって、ママの症状にも明るい。あれやこれやとお世話して、よりよい介護体制のアイデアをくれる。
そのうち脳の手術の話題になった。
「頭の手術って、どうやるの?」
「9時に手術を開始して、夜中の12時までに終わらない可能性もある。そしたら後日もう一回手術をやるんだって」
「2回もやるの?」
「だ。すげーよな。手術とかって朝から夜中まで立ちっぱなしで仕事するんだもんな。ドクター、すごい体力」
「すごいのはそこじゃない、そこじゃない」
そこじゃないか。一日中立ちっぱなしってのは十分すごいんだけど。
まあね。同じ場所を2回も手術、しかもそれが脳みそだってんだから、それはすごいことだわな。

適切な指摘、サンクス。
いやさ、深刻な事態でも笑いの潤いは必要じゃないかってね。
もっとも、手術時間の長さをすごいと思ったのは、実は潤いでも何でもなく本気モードだったんだけどもね。

新学期 08/9/1 (月)
今日はゆめさん、久々の登校だった。たったを保育園に連れて行き、その足で続けてゆめを学校へ。たったを連れて行っていただけの時は、その後すぐに勤務だったので登園時間がめちゃくちゃ早かった。何しろ家を出るのが6:45、園には7:00に預けていた。今は1時間以上遅く家を出ても大丈夫。何しろ普通はゆめもたったも8:45くらいまでに連れて行けばいいのだから。今までが早すぎたのだ。たったは朝の支度が余裕になって、今まで見られなかったテレビ番組が見られるようになって喜んでいる。ゆめは今までヘルパーさんの送りで時間に余裕があったのが、たったの送り込みで家を出るので逆に時間が早くなって忙しい。
それでも俺にしてみれば、家を出るのが今までよりも1時間以上遅くなるわけだから、余裕だなぁと気楽でいた。

今朝、実施してみて、現実は違った。

支度が二倍になることを失念していた。

1時間はあっという間に過ぎてしまった。余裕だと思って起床時間も遅かったので、慌てて支度してたら朝食を食べることもできなかった。
二人を送って返ってきたら、もう9時だ。その後ママの介護しながら掃除・洗濯、山のような家事をこなし、気がつけばもう11:00近く。今日は引き渡し訓練で11:00にはゆめのお迎えに行かねばならない。慌ててお迎え済ませ、帰宅後すぐに昼食の支度。そのの片付けが終わったら、もう『いただきます』も終わって、『白と黒』が始まる時間になっていた。

ゆめをお迎えにいったときに、先生に明日の予定でエプロンを使うので持たせて欲しいと言われた。
エプロン!
さあ困った。そんなの見たことないぞ。ママが見ている白と黒を尻目に探し回るが、見つからない。ママに聞いても当然わからない。
今困っている筆頭が、この『どこに何があるのかわからない』ということだ。午後中探して、夕食後も探して、やっと見つけたらたったの服の中に紛れ込んでた。
ほとほと疲れ果てた。

なんか、仕事してたときよりも忙しいんですけど。
学校は時間で動く。次にやるべき事も全部決まっている。他教科と違って美術は学校に一人しかいないから、自分で何もかもこなす仕事なので、準備も滞りない。それに慣れた体には、時間になってもチャイムが鳴らない、次に何をすべきか予測がつかないという状況は、かなりきつい。しかも相変わらず処理しなくてはならない面倒な書類がまだまだたくさんあり、聞かなきゃ書けないこともあってちっとも進まない。
一言で感想を言えば、働いてた方が楽だった!
まあ、別に楽したくて休暇とったわけじゃないけどさ。