INTERVJU/INTERVIEW

注:以下は私、ゆずるが訳したものです。誤訳、意訳等はご容赦ください。



Dejan Stankovic

"Inter.it" 21/02/2004

・ミラン戦後のコメント

後半に起きたことが、まだ理解できない。ミランはペースを変えていなかったし、すぐに僕らには3点目のチャンスがあったのに。 とても残念だよ。僕らは前半は危なげなくプレイしていた。できるだけ早く気持を切り替えるよ。僕らにはその力があるのだから。



"Inter.it" 21/02/2004

・今夜はあなたのインテルでの初めてのデルビーですが、ステッラ・ロッサ(ツルヴェナ・ズヴェズダ)とラツィオで多くのデルビーを戦っていますね。

そうだね。ベオグラードでは何回もズヴェズダ−パルティザンに出場した。何回も勝ったし、主役になったこともある。 ローマでは僕はゴールしたけれど、勝ったことがない。ラツィオ−ローマに10回出場して、4分6敗だった。 今夜がデルビーでの勝利を取り戻す、絶好のチャンスになるように願っている。

・あなたが戦ったすべてのデルビーの中で、ローマとミラノ、どちらが情熱的でしょうか?

ローマでは、試合の10日前からデルビーのことを考え始めていた。それが違うところだね。



"Inter.it" 19/02/2004

・ローマでの多くのデルビーを経験したあと、土曜の夜にあなたは初めてのミラノ・デルビーでプレイします。 どんな気持ですか?

幸運だね。僕はローマとベオグラードで多くのデルビーに出場した。それぞれに秘密があるよ。ローマでは一回も勝ったことがないから、 この状況を変えたいと思っている。ベオグラードでは?何度も勝っているよ。

・この日は、ティフォージがチームのより近くにいると感じますか?

インテルにはまだ少ししかいないから。確かに最近の試合は内容が悪かったし、ブーイングを受けても当然だった。 僕が出場した5試合のうち、4試合はとても良かった。もう少し運が良ければ、コッパ・イタリアの決勝に行くことができた。 僕らは集中して、前にすすまなくてはならないんだ。

・コッパ・イタリア準決勝のユヴェントゥス戦での溜まった疲れが、ウディネーゼ戦に影響しましたか?

そう、とてもね。ウディネーゼ戦のすぐ後に、僕はピッチ上で疲れを感じていたと言った。 僕の考えでは、僕らのパフォーマンスは疲れに左右されたと思う。僕と、何人かのチームメイトはとても疲れていた。 これは言い訳ではないよ。インテルはいつでもホームでは勝たなくてはいけないのだから。

・今回のデルビーでは、ミランとのポイントは大差がついています。是非とも勝ちたい試合なのでは?

絶対に負けるわけにはいかない。ラツィオに3ポイント差をつけられているし、少なくとも4位には着きたいからね。 あきらめてはいけない。僕達は4位に値する、質の高さをもっているんだ。

・ミランについて、気になっていることは?

ミランはとても強いチーム。今年はハイ・ペースで突っ走っている。彼らには多くのカンピオーネがいて、良いサッカーをしている。 ボールを支配し、攻撃でもミスは少ない。

・ミランに立ち向かうには、どのようなスタイルがベストだと思いますか?

攻めて、そして待たなくてはいけない。彼らが僕らのゴールから遠い所でボールを支配する分には良いんだ。 ボールを奪って、攻撃をしかける。シエナ戦、サンプドリア戦の前半、トリノでのコッパのユヴェントゥス戦のように プレイしなくてはいけないね。

・ミランにはラツィオでの元チームメイト、ネスタがいます。連絡をとりあっていますか?

いや、もう彼とは対戦したよ。デルビーで彼と対戦できるのは嬉しいけれど、連絡はとりあってないんだ。 試合の後で、僕らは会うつもりだよ。ラツィオで一緒だったパンカロとも。

・元チームメイトといえば、ヤープ・スタムのコメントは聞きましたか?

聞いていないよ。僕もメルカートの噂の渦中にあって、毎日違うチームに移籍させられてたけど。 彼の未来は彼が決めること。スタムは素晴らしいカンピオーネで、厳格な人だ。自分の一番良い道を選ぶだろう。 もし彼がミランに行ったなら?昨日ネドヴィエドも言っていたように、ミランはもっと強くなってしまうだろうね。 ヤープが僕らのところに来てくれたらいいな。彼は巨人で、真のカンピオーネだから。

・昨日、インテルのファッケッティ会長とミランのガッリアーニ副会長の間で、審判に関して応酬がありましたが…。

土曜の夜には主役が審判にならないよう祈っているよ。美しい試合、スペクタクルになるように願っている。 審判のことは考えたくないんだ。彼は彼の仕事をして、それが良いことを願うよ。僕ら選手はピッチで落ち着いていたいし、 試合のことだけ考えていたい。

・なぜインテルはミランに勝てると思うのですか?

僕らにとって、この勝利は重要だから。ホームで負けているし、4位になりたい。 僕らのモチベーションは高いよ。インテルは勝たなくてはならないのだから。

・昨日、ミランのDFアレッサンドロ・コスタクルタが、アドリアーノとヴィエリは世界最強のコンビだと言っていました。 そう思いますか?

ヴィエリとアドリアーノについて、今更言うことはないよ。彼らは2秒で試合を決めることができるフオリクラッセ(一流選手)だ。 土曜の夜は、二人ともにゴールのチャンスがあるといいね。彼ら二人がゴールするにはそれだけで充分だから。

・ミラン戦ではスタイルを変える可能性がありますが、あなたは前の方のポジションなのでしょうか?

わからない。ザッケローニに訊いてみて。

・あなたの役割に少し混乱が見られましたが、どのポジションが好きですか?

僕はなにも混乱していないよ。ザッケローニの望むポジションで良いんだ。もし彼が少し前でプレイしろといっても、なんの問題もない。 すでにすべてのポジションでプレイしたから。問題はないし、いつでも望みどおりにする。去年ラツィオではディフェンスの前で プレイしていて、最高のシーズンを過ごした。今年もそれができないなんてことはないでしょう?



"TEMPO" Broj1859 18/02/2004

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"Inter.it" 15/02/2004

・ウディネーゼ戦後のコメント

今日、僕達は少し疲れていた。ユヴェントゥス戦の後、100%のエネルギーを回復することができなかった。 僕達はビハインドを取り戻そうとすべてを尽くしたけれど、それができなかった。 練習のため、土曜日の夜のデルビーを見据えて回復するため、丸一週間ある。 ミランはとても強い。でも、僕達もそうだ。



"Inter.it" 13/02/2004

・PK戦で敗退した、コッパ・イタリア準決勝2stレグ、ユヴェントゥス戦後のコメント

僕の人生の中でも、こんな試合はなかった。なにもコメントすることはない。なぜ僕達が敗退するのか?としか言えない。 審判について言う言葉もない。そんな価値はないからだ。僕達はできる限りのことをした。 ピッチで起きたことを見た通り、不運だったんだ。



"La Gazzetta dello Sport" 11/02/2004

・ミラノのサッカー界にいたもうひとりのデヤン、サヴィチェヴィッチはあなたにミラノのことを話しましたか?

ほとんどミランのことをね。しっかりとして、よく組織されたクラブだと。 街についてはローマとは違う、とだけ。それはそうだね。僕はここに住んでやっと10日だけれど、その通りだと思ったよ。

・同郷のミハイロヴィッチとの別れは辛かったですか?

ああ、彼は僕を導いてくれたから。僕のために重要な手助けをしてくれたし、イタリアのカルチョの秘密を教えてくれた。 初めの半年間は、ちょっとしたことも判らなかったし、誰かが笑うと、僕のことを笑っているんじゃないか、って思っていたんだ。 その順応するための時期に、彼は手取り足取り教えてくれた。成長するため、知識を得るため、どうすればいいのか話してくれた。 シニシャのような人は、他にいない。常に変わらぬお手本で、少しの時間彼のプレイを見れば、なにも言うことはない。 でも僕は、彼のようにフリーキックを蹴ることはできなかったけれど。 この場を借りて、彼と彼のご家族に、心からの感謝の気持を伝えたい。

・どんな風に別れましたか?

話す時間なんてなかったんだ。インテルへの移籍は、忘れられないものになるだろう。 金曜日にはラツィオ−サンプドリアについて考えていて、土曜日にはインテル−シエナのためのトレーニングで ピネティーナ(インテルの練習場)にいたんだ。信じられないことだよ。 それについてはこの間、一緒に食事をした時に、ミハと話をしたけれど。 5年半、いつも彼と一緒の部屋で過ごした。これからはウォーミングアップは一人でやるんだろうな…って言っていた。

・マンチーニはなんと言っていましたか?

ただ一言、「in bocca al lupo(幸運を祈っている)」

・彼は選手時代と変わりましたか?

いや、いつも同じだよ。常に勝ちたいと思っている人だ。ピッチの上でも監督だったし、エリクソンは彼を信頼し、自由にさせていた。 マンチョは多くのことを教えることができるからね。

・ラツィオでは当初、あなたは真ん中でプレイしていました。今季はサイドで。好きなポジションはどこですか?

必要とあればどこでも。右、左、上がり目、下がり目…。

・それでは、一番苦労するポジションはどこでしょうか?

もしあなたが隠れたかったら、ディフェンスの前が一番危険だけれどね…。 ズヴェズダと去年のラツィオでは、チェントロカンピスタ・チェントラーレ(中盤の真ん中)としてプレイして、 カンピオナートで6〜7点決めたけれど、今季はセザルの負傷で左サイドが空いてしまい、僕がそこに入って、 いろんなことがあって…。僕は真ん中の選手としての特性があると思うけれど、ゴールするために中に入っていくことも好きだよ。

・インテルのような3トップの後ろでは、かなり走らないといけませんが。

そうだね。でもやりがいはあるよ。ラツィオでは、ヴィエリととても上手くやっていたしね。 彼はディフェンス陣を開いて、後ろから飛び出すためのスペースを作ってくれる。攻撃しかできないチームもあれば、 守備だけのチームもあるけれど、インテルはバランスがとれている。もちろん、リスクはおそれないよ。 僕らの3トップは本物なのだから。マンチーニも攻撃的なタイプだよ。 彼の4-3-3は少し守備的だけれど、コンセプトはザッケローニとほとんど変わらない。

・すでに知っている監督とできることは幸運ですね。

ああ、間違いなく。ザッケローニには前に感謝したことがあったけれど、彼がラツィオに来てから、僕にとって とても良い時期が始まったからなんだ。ゾフの時はプレイしてなかった。ゾフは僕のことを自分のスタイルに合う選手と 思っていなかったし、11〜13人の選手のグループを作って、特に彼らを信頼していた。 ブレッシア戦前日のザッケローニとの最初のミニゲームを思い出すよ。僕はスタメンのビブスを与えられて、 日曜日にピッチに立つことを知ったんだ。僕はゴールと2アシストして、そして彼は僕を外すことはなかったよ。

・長らく優勝から遠ざかっているクラブでは、ティフォージは新しく獲得した選手を、なにかを変えてくれる運命の人のように 思ってしまいます。大きな期待を感じていますか?

ここインテルでは、素晴らしい選手達がやって来たのに、優勝できなかった。不自然なことだよね。 もちろん、僕の望みは、僕の加入と同時に成功のサイクルがやってくること。 今年はコッパ・イタリアかUEFAカップ、来年はスクデットかチャンピオンズ・リーグ…。 メンバーは良いし、怪我人が回復したら、きっと僕らは争うことができる。 でも、トッティやデル・ピエロ、カカのようなカンピオーネがいる…つまり、他のチームも良い選手を備えているんだ。

・ラツィオ−インテルでコッラーディのゴールをアシストした後、あなたはとても喜んで、その様子はモラッティ氏の叱責に値するものでした。 彼はあなたの行為を気に入らなかったと言っていましたが。

・僕はひどい時期を過ごしていたんだ。ラツィオのティフォージは、僕がミラノへの移籍の気持を表したことを 許さなかったから。それで、ゴールの後トリブーナ・テヴェレの下へ行って、大喜びしたんだ。 モラッティと話した時、彼はこの話については何一つほのめかさなかったし、あなたたちがでっちあげるような事件はないよ。

・なぜモッジはあなたに対してあんなに怒っていたのでしょう?

僕は外国を含む、いろいろなチームのターゲットだった。僕はここに落ち着いて、これ以上得るものもなければ失うものもない。 事件が終わったことにとても満足しているとだけ言うよ。僕の移籍に尽力してくれたすべての人たちに感謝している。

・あなたはラツィオで、しばしばユーヴェに悲しみを与えていますよね。

僕がユーヴェに負けたのは1回だけ、コッパ・イタリアで3−2でだったかな、たしか。 カンピオナートでは勝ちか引き分けしか覚えていないよ。

・では、今回のコッパ・イタリアは…。

僕らは少しのアドヴァンテージがあるけれど、勝ちに行くつもりだ。それは彼らも同じ。 生き残るための戦い。本命なんて存在しない。



"Inter.it" 08/02/2004

・サンプドリア戦後のコメント

アウェイで2ゴールしたのに勝てなかったというのは、いつでも残念なこと。 僕らは今日も素晴らしいプレイをしたけれど、二つの不運のせいで2失点した。 サンプドリアはとても危険なチームだった。

確かに首位に15ポイントもリードされるのは大きい。けれど、僕らは4位をキープして、さらに2位に上がるように努力しなくてはならない。 まだ3つの大会が残っているし、諦めてはいけない。今のようにプレイし続けていれば、結果はついてくる。 幸運が僕らを助けてくれるように願うよ。



"Il Messaggero" 07/02/2004

75万ユーロの増資にサインしたことは、19歳の僕を250億リラ出してイタリアへ連れてきてくれたクラブに対する、当然の行為だ。 ラツィオは僕にすべてを与えてくれた。感謝している。
コッパ・イタリアの決勝は、インテルvsラツィオだったらいいな。前のチームメイトとカップを争うのは、素晴らしいことだろうね。

・オリンピコではブーイングされるのでは…

そうでないことを願っている。ティフォージが最近の試合で僕にブーイングしたのは、愛情からしたことだとわかっている。 ビアンコチェレステのユニフォームの僕をもっと見たかったからなんだ。 ティフォージに提案したい。最後の3ヶ月のことは水に流して、ラツィアーリの歴史の中でも最高だった5年間のことを美しいままに しておこうと。7つのトロフィーを獲得した、誇らしく成功に満ちた時、僕もその中の一人だった。 僕の心にいつまでも残る、忘れられない時だ。

・もしラツィオからゴールしたら、喜びますか?

いや。たとえネッラズーリにベストを尽くしていても、それはしない。

・マンチーニの許を去る時は、どんな気持ちがしましたか?

辛い別れだった。彼は僕が去ることを惜しんでいたし、6月まで引き留めるつもりだった。チームメイトたちも同じ、 僕は彼らととても親密だったから。困難な時にも、彼らは僕を助けてくれて、負けないよう励ましてくれた。 マンチーニは僕に助言と祝福を与えてくれたよ。

・来年、インテルで彼と再会するかもしれない…

カルチョの世界では、なんでも起こり得る。彼は他の誰よりも、僕をいつも評価してくれて、励ましてくれた監督だから、 また彼と仕事ができたら嬉しいね。

・ラツィオでのあなたの今シーズンをどう評価しますか?

まあまあだったかな、もっとできたとは思うけれど。去年よりも得点が少なかったけれど、問題があって、自分の特性を 発揮するには理想的ではないポジションでプレイしていたというのもある。セザルが負傷してしまったからね。 もし彼がいたら、ラツィオは少なくとも5〜6ポイントは稼いでいただろう。僕の得点も、もっと多かったかもしれない。 でも、たとえゴールしたとしても、多くの批判は受けていただろうけれど。

・どうしてユーヴェを断ったのですか?

インテルに好感を持っていたし、もうすぐ優勝できるようになると思ったから。その時に僕もいられたら、と思った。 僕が移籍期間の最後の日に着いた時、デビュー戦のように、緊張していたしナーヴァスになっていた。 幸せなことに、テクニカル・スタッフも、フロントも、チームメイトも僕の加入に好意的だった。 僕の選択は正しかったと確信したよ。そしてインテルでは、"怪物"を見つけたんだ。アドリアーノ、彼は世界一の選手になるだろう。

・8月にインテル移籍にとても近づいていたというのは、本当?

そう、あと少しで移籍するところだった。それからすべてご破算になって、数ヶ月遅れで僕はミラノにたどり着いた。 家を見つけたけれど、ローマの家は売らないよ。

・なぜラツィオからの250万ユーロの年棒のオファーを断ったのですか?

多くの問題や、犠牲、その他いろいろなことと向き合わざるをえなかった。だから、僕の人生の中でも大事なこの時期に、 新しい経験をすることを決めた。25歳で、イタリアで多くのシーズンを経たけれど、完成され成長していけると思っている。 でも、選手として、人間として僕を育ててくれたラツィオには、いつでも感謝しているよ。



"Inter.it" 05/02/2004

・コッパ・イタリア準決勝1stレグ、ユヴェントゥス戦後のコメント

今日のインテルは、日曜日のシエナ戦のように素晴らしかったね。 (トルドの退場で)10人になった時、僕らは10頭のライオンになった。チームは勇敢に戦っていた。

インテルに来て満足しているかって? Si(はい)と言うよ。素晴らしいんだから。 今はこの好調を続けていかなくてはならない。日曜にはジェノヴァでサンプドリアと戦うけれど、厳しい試合になるだろう。 僕らが良いチームであることを証明したいという気持をもって、敵地に乗り込むんだ。



"Inter.it" 02/02/2004

・インテルでのデビューとなったシエナ戦後のコメント

とても嬉しいよ。皆と同じに、自分の役割を果たせたと思う。とても素晴らしいデビューだった。
インテルはとても良い感じだね。すべてが最高の形で上手くいったし、4ゴールも決めた。 僕はデビュー戦でナーヴァスになって、少し緊張していたけれど、それは普通のことだよね。 土曜日に新しいチームメイトと知り合ったばかりで、すぐにピッチに立つことは楽なことじゃないよ。でも、とても上手くいった。

(ラツィオ−サンプドリアについて)前のチームメイトの引き分けは残念だよ。勝とうとしていたから。 でも、僕は今、インテルのことだけを考えなくてはいけないんだ。チームはしばらく結果を出すことができなかったけれど、 最近は7連勝できる力があることをすでに証明した。間もなく、良い時が来ることを願っている。
僕はどのポジションでもプレイしてきたから、ミステルの望むポジションでプレイするよ。



"Inter.it" 31/01/2004

・インテル移籍後、公式HPに寄せた初コメント

僕に対して興味と信頼を示してくれたインテルには感謝しています。 僕にイタリアでプレイし、高いレベルでプレイするチャンスを与えてくれたラツィオへの敬意のため、 ラツィオが金銭的補償を得るために、僕とインテルとの契約金の一部を放棄するのが良いと思いました。 2004年6月30日にラツィオとの契約は切れるのですから。今から、僕にとっての偉大なクラブ、偉大なチームでの新たな冒険が始まります。 僕の望みは、早く監督とチームメイトに馴染むことです。

・入団記者会見にて

僕はインテルに来て、ここの選手になる望みを抱いていた。
僕をイタリアへ連れて来て、選手として人間としてこれまで育ててくれたラツィオには感謝したい。

僕は自分と、ラツィオと、インテルに配慮した。僕の移籍について、最終的に合意に達することができて嬉しいよ。 とてもとても難しいものだったから。

ついにここに、インテルにやって来た。そのほかに言うことはない。辛い2ヶ月を耐えてきたからね。 「スタンコヴィッチはこちら、スタンコヴィッチはあちら」なんて言われて。 でも、僕の望みはいつでも、公式に発表したように、インテルに来ることだったんだ。

ザッケローニとはラツィオで素晴らしい7ヶ月を過ごした。彼は僕のことを良く知っているし、僕も貢献できたらと思っている。

・初トレーニング後、Inter Channelでのインタヴューから

ここへ来るために、僕が給料の一部を放棄したって? これについては言いたくないけど、どんな犠牲を払ってもインテルに来たかったんだ。 僕の契約は6月まで残っていたけれど、ここにくるのが良いと思ったから、今ここにいる。僕は自分と、ラツィオと、インテルのために 犠牲を払ってもいいと思った。それで良くなることを願っている。

インテルは能力のあるクラブだ。僕はいつも、素晴らしい選手やコーチング・スタッフがいるのに優勝できないのを残念に思っていたんだ。 僕がわずかな時間で知り合ったすべての人−前会長から、新会長、選手、スタッフ、関係者は皆、素晴らしい人たちだ。 もし、僕が助けになれるのなら、喜んでそうするよ。約束はしたくないけれど、ベストを尽くすとだけ言っておきたい。

(11番を選んだ理由は?)11番は僕にとっては名誉な番号なんだよ。素晴らしい選手達の番号なんだ。 シニシャ・ミハイロヴィッチが着けているし、セルビア最高のサッカー選手だったドラガン・ジャイッチが着けていたんだ。

※デキはインテルとの2008年までの契約中に支払われる給料の200万ユーロ分を放棄し、それがラツィオへの移籍金に当てられたとのこと。




以前のインタヴュー 2003.7〜2003.122003.1〜2003.52002.7〜2002.112001〜2002.42000

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