INTERVJU/INTERVIEW

注:以下は私、ゆずるが訳したものです。誤訳、意訳等はご容赦ください。



Dejan Stankovic

"Fudbalski Savez Srbije" 02/06/2011

・代表デビュー戦が1998年の韓国戦だったことについて

幸運にも、ベオグラードのマラカナでの試合だった。美しい思い出だ。多くのことが変わった。韓国のサッカーも。 そしておそらく僕もこの12〜13年の間に変わっただろう。当時のアシスタント・コーチだったイリヤ・ペトコヴィッチが リラックスするために僕に言ったことを思い出すよ。デビューする選手達はいつでも良いプレイをするものだと。あの時もそうだった。

・キャプテンとして、デビューする若い選手達に何を言うべきか

僕がデビューした時はどうだったのか、その話題は僕達も話したばかりだった。つまり、ただリラックスして、どうプレイすべきかに集中すること。 普段しないことをやろうとするのは良くない。きっと上手く行くだろう。彼らは偶然ここに来た訳ではない。その持っている能力の故に来たのだから。

・遠い韓国、ソウルでの親善試合について

アメリカでの親善試合を思い出す。地球の半分を通って旅をして、試合の前日に着いて、すぐにそこを後にした。 その時、僕達は勝った。今回もそうなるだろうと信じている。韓国代表をとても尊敬しているけれど、僕は楽天的だ。 彼らは良いチームで、そんなにビッグネームではないけれど、本物の代表だ。彼らとレースをしてはいけない。きっと負けてしまうだろうから。



"Inter.it" 21/04/2011

・コッパ・イタリア準決勝ローマ戦でのゴールについて

ボールがゴールに入る少し前に僕は喜び始めた。ドーニがそれに届かないことが僕にはわかっていたから。それからチームメイト達が祝福に駆け寄った時、 彼らにも言ったんだ。僕はゴールが決まる前に喜び始めたとね。指三本分ほど曲がっていったシュートで、とても美しかったね。いつでもチャレンジすることが大事。 シュートをしなければああいうものは生まれない。

・今シーズン終盤に向けてのレースについて

スクデットについては現実主義者になるべきだと思うし、僕はそうだ。(首位ミランとの差)8ポイントは大きい。とんでもないことだけれど、 数字上の可能性がある限り、どうなるかは誰にもわからない。僕がラツィオでスクデットを獲った時、残り5試合の時点でユヴェントゥスは9ポイントもリードしていた。 人生は本当にわからない。1ヶ月前の僕達は上へ這い上がり、できる限り首位に近づくため、とても多くの努力をした。 そして、デルビーで起こったように開始45秒で失点して、すべてが大きく変わることもある。 今、僕達はカンピオナートで2位か3位、コッパ・イタリアを持ち帰ることを考えている。

・インテルの移籍市場での動きについて

それは僕の仕事ではない。メルカートに従事しているフロントがとても良い仕事をしているし、上手くやるだろう。会長も同様に。 もし必要なら動くだろうし、必要でないならこのまま進むだろう。

・将来について

現役を引退しても、監督にはならないと思う。でも、まだ何をするかはわからない。今のところは楽しんでいるし、3〜4年はまだプレイできると思っている。 ひとつ確かなことがある。僕は選手としてのキャリアはインテルで終えたい。

・前監督モウリーニョとマンチーニについて

モウリーニョとは時々話し合っているよ。この機会に、昨日彼が国王杯を獲ったことにお祝いを言いたい。 とても厳しい試合だった。とても戦術的で、彼ら(レアル・マドリー)は本当にしたたかだった。 マンチーニ?2年ほど連絡していないけれど、彼には順調であってほしい。彼に対する僕の考え、愛情は変わっていない。 彼はいつでも僕にとってパパのような存在だ。FAカップの準決勝を見た。決勝も勝って欲しいと願っている。

・12月のクラブ・ワールドカップでスターティングメンバーではなかったことに不満をあらわにしたことについて

僕はいつも思っていることを口に出す。苦境にある人を攻撃はしなかった。でも僕はがっかりしたんだ。スターティングメンバーの座にふさわしいと信じていたから。 それも終わったことだ。僕にとって傷だったけれど、もうすべて忘れたよ。

・サッカー界における友人は?

オリンピアコスのパンテリッチやセビージャのドラグティノヴィッチのような親友がいる。彼らは僕の兄弟同然だ。 ここイタリアでは皆と仲が良い。もしかしたらマテラッツィやキヴやパンデフのようなタイプとはより気が合うのかもしれない。 でも、本当に皆と仲が良いんだ。

・セルビアの若手でおすすめの選手は?

(ラドサフ)ペトロヴィッチ。僕とは代表で一緒にプレイし、パルティザンにいる。フィジカルに強く、テクニックもある本当に素晴らしい選手だ。

・インテル次期監督候補のアンドレ・ヴィラス・ボアス(元モウリーニョのアシスタントコーチ)について

彼はポルトガルで恐るべきカンピオナート、素晴らしいシーズンをおくっている。きっとジョゼからなにかしら学んだに違いないね…(笑)。

・古巣ラツィオとの試合について

僕がラツィオを去ってからもう7年も経つ。でもいまだにあちらに対するとても大きな愛情は残っている。あそこで経験したことは忘れないよ。



"Inter.it" 28/02/2011

・サンプドリア戦後のコメント

彼ら(サンプドリア)はゴール前にボーイング777かクルーズ船でも置いていたかと思ったよ…。冗談はさておき、サンプにはいくつか良いチャンスがあったけれど、 僕達は諦めなかった。僕達にとっては時間との戦いだった。でも、その後ゴールはやってきた。 チームは耐えて、最初から最後まで良く反応した。厳しいピッチの上で大きな勝利を成し遂げた。 ミラン−ナポリ戦?結果はどうあれ、確実に首位との差は縮まっているよ…。



"La Gazzetta dello Sport" 21/02/2011

・カリャリ戦でのインテルのゴールについて

僕達のゴールが不正(オフサイド)だった?あなたたちはそう言うけれど、ミランのゴールだって正しかったわけではない…。 ともかく僕は心理的服従を信じてはいない。僕はいつものように、審判に対してはありうるプレッシャーを少なくする必要がある、と言うよ。
難しいピッチの上で勝った、キエーヴォ戦でのミランは素晴らしかった。僕達は疲れているか?それは普通のこと。きつい1月と2月だったからね。 でも、今は大事な試合がやってくる。チャンピオンズ・リーグが再開する。ああいう試合の前には疲れも忘れてしまうものさ。

・CLのバイエルン戦について

マドリッドの決勝から両チームは少し変わった。ファン・ハールはリベリーとロッベンの復帰を重要視しているとの記事を読んだ。 そして僕達にはミリートがいない。でも、僕達は絶対に次へ進みたいと思っている。

・新加入選手について

冬の新加入選手達の中でのサプライズはラノッキアだね。(セリエAでの)新人の長友を除けば、他の選手達はすでに知っていた。 パッツィーニのように過去にしたたかにやられたこともあった…。アンドレアで僕が感心するのは、若さに似合わぬ落ち着き、能力、確実性。 彼は新しいネスタになるか?そう言えるね。



"Sportski zurnal" 03/01/2011

・デヤン、2010年にあったことよりも、良い年にできますか?

うーん、実際、難しいね。でも、絶対にないとは決して言えないし、サッカーではなんでも起こりうる。 多くの人々が2010年に僕達が獲れるタイトルをすべて獲ることができるとは信じていなかった。僕達はそれができた…。

・去年、最も美しかった時は?

迷いなく、チャンピオンズ・リーグ優勝、その表彰台の上にたった瞬間。メダルを受け取り、夢に見ていたトロフィーを掲げ、ピッチで息子達と喜んだ時。それは絶対に比べることのできない瞬間だ。

・では最も辛かったのは?

もちろん、ワールドカップ南アフリカ大会から早期敗退したこと。それは去年、終止符を打ちたかったことで、違うものにしたかったことだ。 僕達はそれを少しも予想していなかったし、最低でもベスト16に行くと確信していた。

・ほかに辛かったことは?

ジェノヴァ。何故か説明するまでもない。それから、クラブワールドカップの決勝で僕がスターターでないと知った時。 それがあるから僕はベニテスを許すことができない。僕は準決勝で素晴らしいプレイをしたし、ゴールも決めた。そして彼は僕をチームから外した。

・モウリーニョもチャンピオンズ・リーグ決勝で同じことをしました。でも、あなたは彼を咎めない。何故?

二つの状況を比べることはできない。CL決勝の前に僕は怪我をしていて、準決勝のバルセロナでは累積警告で試合に出ていなかった。 あの時はトップフォームになかったけれど、アブダビではプレイすべきだった。あのベニテスの決定は僕だけじゃなく、チーム全体にショックを与えた。幸運にも僕達は勝ったけれど。

・もしかしたらそのせいで監督交代があったのでは?

ははは。それはわからないけれど、彼が適合していなかったのは事実だ。

・代表の話に戻りましょう。EURO2012に行くことはできる?

プレイしていればチャンスはある。僕達には決勝にような6試合が待っている。すべてのライバルに勝ち、プレイオフを通ってポーランドとウクライナのEUROに行くことができると信じている。 そして僕は最も美しい方法で代表のユニフォームに別れを告げることができる。

・ブラジル(2014年ワールドカップ)では?

若い選手達の時が来ていると思う。僕が12〜13年前に代表に入った時のように。僕に代わる選手もいるのは分かっているから、気は楽だ。 それが人生、自然というものだ。

・いつまでサッカーをする予定?

2014年まで契約があり、その時僕は36歳になる。多分それが引退にふさわしい時だろう。

・インテルで、それとも別のどこかで?

インテルだと思う。

・ズヴェズダでは?

現実的ではないね。息子達はミラノの学校に通っているし…。でも引退試合はマラカナでやると確信している。 僕が最も愛しているスタジアム。そこで僕は最も大事なゴールを決め、成長し、サッカー選手になり、代表選手になった。





以前のインタヴュー 2010.11〜2010.122010.8〜2010.102010.1〜2010.5
2009.10〜2009.122009.7〜2009.92009.4〜2009.52009.1〜2009.3
2008.11〜2008.122008.8〜2008.102008.1〜2008.5
2007.10〜2007.112007.7〜2007.82007.4〜2007.62007.1〜2007.3
2006.10〜2006.122006.7〜2006.92006.4〜2006.52006.1〜2006.3
2005.10〜2005.122005.8〜2005.92005.4〜2005.62005.1〜2005.3
2004.11〜2004.122004.9〜2004.102004.7〜2004.82004.5〜2004.62004.3〜2004.42004.1〜2004.2
2003.7〜2003.122003.1〜2003.52002.7〜2002.112001〜2002.42000

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