IVICA OSIM

-MINI BIOGRAPHY-

-少年時代-

・イヴィツァ

本名はイヴァン。イヴィツァは愛称。母親だけは「イーヴォ」と呼んでいた。

・シュヴァーバ

"Svaba"とはボスニア語、セルビア語、クロアチア語で「シュヴァーベン人、ドイツ人」の意。 祖母がドイツ出身で、家庭内ではドイツ語もよく話されていた。 そのことと、幼い頃金髪だった故についた愛称。

・家庭

多民族都市サライェヴォにあって、多民族文化の家庭に育つ。
父方の祖父は現スロヴェニアのマリボル近郊出身、祖母はドイツのミュンヘン出身。 母方の祖父はポーランド人、祖母はチェコ人。

・父と母

父ミハイルは、重量上げの選手でボディビルダー。 独りで鉄道車両を動かしたという伝説?を持つ、サライェヴォ最強の男として有名だった。 同時に、アコーディオンの演奏がプロ並みでもあった。
母カタリーナは主婦だったが、社会活動に熱心だった。共産主義信奉者として「何でも平等に」がモットーで、息子の持ち物まで近所の子供と共有させた。 息子には医者になってほしかったらしい。

・数学

大学では物理と数学を学ぶ。特に数学は、教職を勧められる程の才能をしめす。 ちなみに奥さんとの馴れ初めは、数学の家庭教師をしたことがきっかけ。


-選手時代-

・ジェーリョ

子供の頃から地元ジェリェズニチャル(愛称ジェーリョ)のファン。 選手として、監督としてのキャリアをスタートさせ、成功したクラブでもある。 長男アマルもジェーリョでプロとしてプレイし、現在は監督を務めている。 おじのエドゥアルドも1922〜29年に在籍していた。

・グルバヴィツァのシュトラウス

現役時代、バイオリンを奏でるかのような華麗で軽やかなドリブルで有名だったことから、 ワルツ王ヨハン・シュトラウスになぞらえてつけられた異名。 グルバヴィツァはジェリェズニチャルのスタジアム(とその地域)の名前。

・日本

A代表デビューは東京オリンピックでの試合モロッコ戦(当時23歳)。4試合目には日本と対戦し、2得点挙げている。


情報提供、協力:もーす さん(Hvala!)
参考:Ivica Osim 'Das Spiel des Lebens' 他


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