INTERVJU

注:以下は私、ゆずるが訳したものです。誤訳、意訳等はご容赦ください。


Perica Ognjenovic

"Dynamo Kyiv official site" 19/11/2003

・ペリツァ、君のキャリアには多くの出来事があった。レアル・マドリー時代にビッグ・イヤーを手にしたこと、そして 2年間の中断。今、君はディナモにいて、キエフで何を望んでいる?

ディナモは、僕のチャンスだ。大きなサッカーの世界に戻るための。 正直に言って、僕のキャリアは、大きな喜びから記憶から真っ先に消したい思い出まで、信じられないくらいの変化があった。 今は、監督、チームメイト、そして神の助けを借りて、新しい道を歩み、以前のレベルに戻りたいと思っている。 最も大事なのは、僕の怪我はもう過去のことで、すべては僕次第であることだ。

・どのポジションが最適だと思う?

レアル・マドリーでは右のアウトサイドでプレイして、ほとんど攻撃的な役割を与えられていた。 ここでも右サイドにいる。基本的に、監督が与えてくれるポジションでプレイできるよ。 選手は監督の戦術の元で、変わるものだからね。

・なぜディナモに決めた?

クラブについてはよく聞いていたし、チャンピオンズ・リーグの試合を見たりしていた。 ディナモは欧州で素晴らしいイメージがあるし、彼らの選手の多くが欧州の有名なクラブへ移籍していることが、 そのことを証明している。僕は、ウクライナ行きが僕のチャンスであることはわかっていたし、 ここに招かれた時は多くを考えなかったよ。

・チャンピオンズ・リーグで優勝を経験した選手が、ウクライナ・リーグで毎試合プレイできないのは不愉快ではない?

クラブと契約をしたからには、監督の決定を尊重する義務があるんだ。僕はチームに順応しなくてはならないし、 “ディナモ2(二軍)”の試合に出ることも、なんの問題もない。スターターとして認められたいと思っている。

・ディナモの前に、中国にいたけれど?

そう。でも、契約のことでかなり複雑なことが起きて、それで欧州に戻ることを決めたんだ。

・カイザースラウテルンとアヤックスに在籍していたけれど、それほどプレイしていない。
何故?

ドイツでは怪我と戦っていた。僕は2試合しか出場していなくて、ほとんど病院に通っていた。 その後で、アヤックスのトライアルを受けた。アヤックスは右のハーフバックとして僕のほかに、有名なオランダ人ヴィクトル・シコラを望んでいた。 彼が移籍してきたこと、それから僕の新しい怪我が、僕とは契約しないというアヤックスの幹部の決定に影響したんだと思う。

・君については、大きなポテンシャルと才能のほかに、怪我の多い選手だといわれている。今の状態は?

神様のおかげで、すべて順調だよ。過去の怪我はもう全くないし、全力でトレーニングもプレイもできる。

・君にはスペイン、ドイツ、CL、ワールドカップに出場した経験がある。ウクライナ・リーグの力がどのくらいか、評価してもらえる?

ディナモ・キエフがいるリーグが、弱いだなんて思えないよ。もちろん、欧州で五指に入るリーグではないけれど、 ここは学ぶべきことも多い。僕が10試合もプレイしたなら、このリーグの強さについてもっと知ることになるだろうね。

・君のチームメイトのレベルをどう思う?

ディナモには欧州のクラブでも通用する選手が多くいる。

・ディナモは欧州でも高い実績を残せると思う?

ディナモの選手達が全力を尽してプレイしたなら、このチームを倒すのはとても難しいだろう。 僕はディナモが欧州でも勝ち残るよう願っているよ。その時には、僕の力もこのチームの助けになるだろうからね。





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