MEMORANDUM

2002.6〜12

02/12/18
ページャは、古巣レアル・マドリーの創立100周年記念試合に、FIFAオールスターズのメンバーとして招待された。試合前のコメントはこちら

試合後のページャのコメント:
とても幸せだ。今夜のことは一生心に残るだろう。私は1月に34歳になるが、現役を続けて行くことにとって、大きな刺激になったよ。 ユーゴ代表をポルトガルに導き、レバンテを1部に昇格させるためにも。

…ちなみにページャは試合後、プレイヤーズ・トンネルを間違え、慣れているレアル側にいってしまったとのこと。

試合を観戦したピクシーのコメント:
ページャは大歓迎を受け、私も感激した。 いつでも、レアルのサポーターは彼を愛している。それは彼が素晴らしく、ファンタスティックにプレイしていたからだが、 彼は偉大な人物としても、サポーターの心の中にいる。私は嬉しいよ。
02/11/29
ラツィオについて、デキ語る。

僕らは素晴らしいチームを作ったマンチーニについて行くよ。彼と共に、できる限り上に行くんだ。
スクデット? まだわからないよ。イタリアでは、いつでも最終節に決まるからね。 僕らはプレイすることだけを考えるよ。

今では1年中、選手の移籍について話されている。僕らはそんなことに興味はないし、新聞も読んでいない。 僕はクラニョッティ会長からの契約更新の話を待っているけれど、今は会長はもっと重要なことで忙しいからね。
02/11/25
デキの移籍話について、代理人ヴィンチェンツォ・モラービト氏語る。

デヤンはラツィオ残留を望んでいますが、そのラツィオが彼を売らねばならないとしたら、我々もオファーを検討することになります。
インテルとは特に良い関係にあります。しかし、ミランにも扉は開かれています。ユーヴェは他の代理人たち(ルチアーノ・モッジGMの息子、アレッサンドロ・モッジなど)との 関係が強いので、移籍はありえません。マンチェスター・ユナイテッドやアーセナルも興味を示していますが、本人はイタリアでのプレイを望んでいます。
02/11/25
移籍話について、ダルコ語る。

バレンシア移籍の可能性については聞いた。ここ最近、TVや新聞ではラツィオはバレンシアとの交渉を終えたと報じている。 しかし、僕は今レアル・ソシエダの選手であり、2007年まで契約を残しているんだ。所有権はレアル・ソシエダが半分、ラツィオが半分という契約だからね。
(レアル・ソシエダとラツィオが共同保有権を有しており、1200万ユーロ以上のオファーがあった場合は、他方の許可なく売っても良いという契約らしい)
02/10/29
ラツィオ×ズヴェズダについて、ピクシー語る。

非常に残念なことだが、チューリヒでの抜けられない会合があって、”オリンピコ”にはいない。 しかし、問題は無い、我々のクラブを信じているよ。UEFAカップの1回戦の前に、私はユーゴのクラブはすべて勝ち抜くと言ったが、サルティドが敗退しただけだった。 ラツィオは良いチームだが、勝てない相手ではない。ツルヴェナ・ズヴェズダは調子も良く、ラツィオを恐れる理由などない。 パルティザンも、スラヴィア・プラハよりも良いだろう。
02/10/28
ローマ・デルビーについて、デキ語る。

僕のゴール? 良かったよ。でも、勝利にはつながらなかったから…。 ティフォージに対して、勝利をプレゼントできなくて、とても残念に思う。
ミハには、とても気の毒だった。彼は良いPKを蹴ったけれど、アントニョーリが奇跡的なセーブをしたんだ。 彼にとって、ティフォージと和解するための重要なゴールになっただろうに、うまくいかなかった。 でも、シニシャはとても素晴らしいプレイをしているし、PKの失敗は早く忘れるべきだ。

ローマ・デルビーについて、ミハ語る。

アントニョーリがPKをセーブしてしまったのは最悪だった。ファンには申し訳ないと思っている。しかし、シーズンは長い。 PKを失敗しない奴は誰か、知っているか? PKを蹴らない奴だよ。

ズヴェズダとの試合については

私がプレイするかは、マンチーニが決めることだが、心情的には出場したくない。最近多く試合に出ているし、休むのが良いと思う。
02/10/15
待望の?トヨタの車がやってきました。
02/10/14
イタリア戦について、ピクシー語る。

勝ち点を獲ることができたことに満足している。選手達のプレイ、強い闘争心と責任感に対しては嬉しく思う。それは、我々が試合前に彼らに求めていたものだ。
この勝ち点は価値あるものだが、もしかしたら、トロボクがペナルティ・エリアで倒された時にPKが与えられれば、事情は変わっていただろう。 イタリアは幸運にもゴールを決めた。何故なら、デル・ピエロのFKからのシュートは、壁に当たって入ったのだから。 しかし、アッズーリとの彼らのホームでの引き分けは悪くない。
選手達が、このように予選を続けていくことを望む。すでに水曜日には厳しいフィンランド戦があるからだ。
ナポリでは、終始選手達と共にあった。試合前も、ハーフタイムも、試合後も。

(選手達に具体的なアドヴァイスを与えたか、の質問に対して)
もちろん。私の役割は、見せかけではないからね。いつでも彼らの手助けをしたいと思っているよ。
02/10/13
アウェイながらも引き分けて、勝ち点1を獲ったイタリア戦について、デーヨと代表選手たちが語る。

デーヨ:
最も重要なことは、勝ち点を獲ったことだ。イタリア相手に勝つことも可能だった。我々はプラハでの大敗の後、自信を取り戻し、今はすでにフィンランド戦のことを考えている。 我々は厳しいグループにあり、くつろいではいられない。

ページャ:
このゴールは、私のキャリアの中でも、最も素晴らしいゴールのひとつだ。(レアル・マドリー時代のCL決勝)アムステルダムでのゴールほどではないけれど、大切なゴールだ。 私のフィレンツェでの3年間が、ただ運がなかっただけだったと証明したと思う。

ミハ:
我々は良いプレイをした。イタリアは選手が揃っていなかったから、勝つことを望んでいたが、結果には満足している。 ヴィディッチは、200キャップある選手のようなプレイをした。もし、これが続いていけば、我々には素晴らしい未来がある。

ヴィディッチ:
とても満足している。前半にゴールされなければ、勝てたと思うけれど。僕はあがらなかったし、怖くもなかったよ。 ミハイロヴィッチやクルスタイッチのような偉大な選手がいて、僕をとても良く助けてくれた。

デキ:
勝ち点3を獲れなかったことは悔しい。僕らはイタリアの上にいけることを証明した。 僕らのグループは、最後まで興味深いものになるだろう。
02/10/09
UEFAカップ2回戦ラツィオvsズヴェズダについて、デキとミハのコメントはこちら

ロベルト・マンチーニ(ラツィオ監督):
シニシャとデヤンが家に戻り、彼らの観客の前でプレイするのは、私にとっても喜ばしいことだ。 ステッラ・ロッサ(ズヴェズダ)はビッグ・クラブだったが、今はパルマのように、生まれ変わっているところだね。 厳しいだろうが、そういうことには慣れているよ。

セルジョ・クラニョッティ(ラツィオ会長):
ステッラ・ロッサはもう、欧州を席巻していたチームではないが、最大の尊敬に値するクラブだ。
02/10/09
UEFAカップ2回戦について、デーヨと代表選手たちが語る。

デーヨ(元ズヴェズダ):
(スラヴィア・プラハと対戦する)パルティザンの方が、よりチャンスがあるだろう。ラツィオは調子が上向いているし、ズヴェズダは厳しく手強い敵を迎えるだろう。 しかし、もし1回戦のキエーヴォ戦のようなプレイができれば、戦う前にラツィオに対して降参する理由はない。 厳しいだろうが、両チームとも3回戦に進むチャンスはある。

ケジャ(元パルティザン):
キエーヴォの後にラツィオを引き当てるなんて、ズヴェズダは運がなかったね。何年か前、パルティザンと同じ運命だ。 現実的に、ラツィオの方が質が高いし有利だろうけれど、ズヴェズダにチャンスがあるとするなら、イタリアのクラブがそれほどUEFAカップを重要視していないことだね。 なぜなら、彼らにはセリエAの方が重要だから。
パルティザンについては、魅力的な相手ではないけど、楽でもない。チェコのクラブは良いサッカーをするし、最近はヨーロッパでも結果を出している。 パルティザンは次に進めると思うし、質も高く、今シーズンは良いプレイをしている。僕の心は彼らと共にあるよ。

ページャ(元パルティザン):
ズヴェズダもパルティザンも、良い結果が期待できる。楽ではないだろうが、このような大会では、いつも本命が勝ち進めるとは限らないからね。

ダルコ(元ズヴェズダ):
ズヴェズダもパルティザンも、対戦相手が誰だろうと、次に進めると確信している。なぜかはわからないけど、そう思うんだ。
02/09/13
コーチ・ライセンス取得の相談のため、ユーゴに帰省中のヨカネが語る。

望み通りのクラブが見つからなかった。(移籍市場解禁の)12月にまた新しいクラブを探そうと思うが、もしその時に見つからなければ、引退することになるだろう。

代表については

監督が(代表選手として)私について考えるのは、現実的ではない。もし移籍できたとしても、6ヶ月も休んでいたのは大きすぎる。若い選手を選ぶ時が来たんだ。

私のコピーは探すべきではない。私が代表入りした時、背が高いというだけで、カタネッツと比較された。 ドゥリャイは私のコピーにはなれないよ。だって、彼は30センチも背が足りないじゃないか。(注:実際の二人の身長差は16センチ)
イゴールは、これは重要なことだが、質の高さと強いハートを持っている。足りないのは経験だけだ。長く、代表に有益な選手になるだろう。
02/09/09
公式プレゼンテーションでのページャ、抱負を語る。

私の目標は、素晴らしいシーズンをおくることと、レバンテを1部に昇格させること。
良いチームで、雰囲気も素晴らしい。良い結果が残せると思うよ。1部に昇格して、同じ街のライバルのバレンシアと対戦したい。
リーダーとしての責任を持つことは恐れていない。いつでもピッチでは最大限の力を出してきたし、それはレバンテでも同じだ。
レバンテを選んだ理由は、なによりもまず、私の息子が住んでいるバレンシアにあったからだ。私にとっては、家族のことが何よりも大切だ。 人生においては、金が一番重要なことではないからね。
02/09/06

左:チェコ戦でお披露目のLottoの新ユニフォーム(白)
右:U-21イングランド戦での新ユニフォーム(青)
02/09/04
レバンテ入団、メディカルチェックを受けているページャの図。
02/08/27
スペイン2部のレバンテとの移籍交渉にのぞんだページャだったが、契約にはいたらなかった。 彼の代理人によると、ページャ側の要求とクラブ側のオファーに隔たりがあったとのこと。
ページャはスペインのラジオで「スペインに戻りたいが、今はあまり楽観的になれない。 キャリアが終わる可能性だってある」と語った。

付記:9月2日にレバンテ移籍が決定した。
02/08/22
U-21のキャプテンでスティエスカのGK、ヴカシン・ポレクシッチのレッチェ(セリエB)移籍が決まったと報じられている。
02/08/21
サライェヴォでのBiH戦を前に、ピクシーが語る。

ここサライェヴォでは、いつでも良い気持ちになった。今でもそれは変わらない。 サライェヴォでは何回もプレイし、多くの友情とサッカーでの成功を体験した、そうしたすべてを忘れることはできない。
これはゲーム以上のものだ。最近、我々はBiHサッカー協会と非常に良い関係にあり、それはもっと良くなるだろう。 今後も親交が続いていくのを期待しているし、BiH代表がベオグラードに来るのを楽しみにしている。
02/08/20
サライェヴォでのBiH戦を前に、ミハが思い出を語る。

コシェヴォ・スタジアムで、私は1部リーグにデビューした。1988年、ヴォイヴォディナでプレイしていた時で、1-1の引き分けで終わった試合だった。 試合後のPK戦(注:当時のユーゴリーグはPK戦で勝敗を決めていた)で、我々は勝ったのだが、私はPKを外したことを覚えている。
私の父はボスニアのバニャ・ルーカ出身なので、つまり私は半分ボスニア人ということになるね。 長い間、サライェヴォに行かなかったので、行くことができて嬉しいよ。

6月18日に怪我をして、10日間ピッチに立てなかった。それからトレーニングを始めた。今はすべて普段どおりだが、時々膝に痛みを感じる。 今月中はまだ左膝に痛みがあるだろう。しかし、怪我はもう過去のことだ。
02/08/19
サライェヴォでのBiH戦を前に、ボスニアのセルビア人共和国出身のサヴォが語る。

プラーヴィのユニフォームを着て、すでに8年になる。僕は心から、この国のためにプレイしている。それはこれまでも、これからもそうだ。
この試合では、観客からの様々な挑発もあるだろうが、それは気にしない。 戦争が終わってまだ5〜6年しか経っていないし、その記憶もまだ新しい。ブーイングや侮辱はあると思うが、プロとしてそれは慣れているし、 最高のプレイをしようとする僕らの意思を妨げることはできないだろう。
サッカー選手としての第一歩をしるしたボスニアで、ゴールをしたいという特別な思いは、確かにある。 でも、興奮はしていない。感情的なつながりは、多くを与えてくれた唯一のチーム、ユーゴ代表だけにある。
02/08/19
10月12日のEURO予選試合イタリア戦が、ナポリで開催されることについて、デキが語る。

イタリア側は、たまたまナポリを選んだわけじゃない。サン・パオロは8万人収容のスタジアムで、物凄い雰囲気だ。 彼らが、どのくらい僕らとの試合を重要視しているか、どのくらい僕らを尊重しているかを、最も良く表している。
02/08/14
今シーズンのラツィオについて、デキが語る。

スクデットを獲った3年前のような、素晴らしいチームだよ。マンチーニは、新たなエリクソンだからね。 マンチョのためだったら、なんだってやるよ。

最近のサッカー界の経済危機について

僕は経済については分からないし、どんな解決法があるのかも知らない。選手達が給料を減らすべきだと言われているよね。 僕はかまわないよ。僕らは給料を10%カットすることもできる。でも、カルチョの問題を解決するためには、僕らの小さな犠牲だけで 足りるのかな?
02/08/12
BLICのインタヴューで、マンチェスター・U所属(現在リザーブ・チーム)のスウェーデンU-21代表ボヤン・ジョルジッチは、 将来のユーゴ代表入りを希望していると語った。彼はベオグラード生まれで、父のブランコがズヴェズダの元選手であるユーゴ人。 FSJがFIFAに対して請願すれば可能性もあるので、それを待つと語っている。
ちなみに彼はズヴェズダのファンで、好きな選手はピクシーとページャ。
「ストイコヴィッチとミヤトヴィッチが好きだ。僕はピクシーの写真を集めていた。彼は素晴らしく、賢い人なので、偉大なキャリアを築くことができた。 サッカーのセンスは、最高だよ」
02/08/11
スパーズvsラツィオは2−2の引き分けに終わったが、デキ、ミレ、ブーニェはすべてスタメンで出場した。 特にフル出場したブーニェは、怪我人続出の影響で守備的MFとしてプレイしたが、ホドル監督も絶賛する内容で、本人も満足した模様。 デキは当初セントラル・ミッドフィールド、その後左サイドでプレイしたが、「どちらも素晴らしかった」(ブーニェ談)とのこと。
02/08/10
ページャに、スペインの2部レバンテからオファーが来ている。ページャの息子アンドレアくんは、難病のためバレンシアに留まっており、 彼のためにバレンシアにあるレバンテに移籍するのではないか、とスペインでは報じられている。
02/08/09
11日のフレンドリーマッチ、スパーズvsラツィオについて、ミレが語る。

僕はレッドスターでデヤンとプレイして、彼は僕の姉と結婚した。彼らには息子が二人いる。
僕らは家族で、今回僕は初めて彼と対戦する。 今回は90分間は友達じゃないよ!
デキは素晴らしいプレイヤーだ。ラツィオに行った最初の年は問題を抱えていたけれど、僕にとっては、今や彼はラツィオのベストプレイヤーの一人だ。
僕らは毎日電話で話をしている。僕らは親友だ。彼はとても良いやつで、とても良い選手。
11日は特別な日になるだろう。
02/08/02
フィオレンティーナが経営破綻のためセリエBへの登録ができず、セリエCへの降格が決定した。
今後の身の振り方についてページャが語る。

今でもまだ、起こったことすべてが信じられないでいる。 すべてが悪い夢のようで、夢なら醒めてほしい。 しかし、これは厳しい現実であって、今は最良の解決の可能性を探らなくてはならない。
オファーについてはよく考えて、3年前にフィオレンティーナに来た時のように、過ちをおかさないようにしたい。 すべては、10日後に明らかになるだろう。
02/08/01
左膝靭帯損傷で全治1ヶ月のミハが、現在の状態を語る

今はトレーニングをしている。走り始めたが、まだボールを蹴ることは出来ない。 幸いなことに、靭帯は断裂しておらず、すぐにピッチに戻れる程度に傷ついただけだった。 8月12日には、チームに合流できるだろう。

多くを語るまでもなく、私はいつでも代表のユニフォームには敬意をはらっているし、いつでも招集に応じるつもりだ。 デーヨが私を必要としているのなら、ボスニア戦(8/21)にもチェコ戦(9/6)にも出場したいと思っている。
02/07/29
アトレティコ・デ・マドリーのニェグシュは、レンタルされていたセビージャに引き続き貸し出されることになった。ヨヴァン・スタンコヴィッチとパウノヴィッチは移籍する可能性があるらしい。
ベンフィカでは出場機会のなかったイヴァン・ドゥディッチは、ユーゴに戻り、ラドに入団する模様。
02/07/20
スパーズで再びチームメイトになった、ブーニェとミレ。
02/07/20
フィオレンティーナに残留し、トレーニングに参加しているページャだが、クラブは更なる降格の危機にある。29日までにチェッキ・ゴーリ会長が負債を返済しないと、フィオレンティーナはセリエCに落とされることが決まっている。
02/07/17
カイザースラウテルンを放出されたペリツァは、アヤックスのトライアルを受けている。テストマッチのハーレム戦にも出場。

付記:アヤックスは土壇場で、フラムへの移籍が決まりかけていたフィテッセの左ウィング、シコラを獲得したため、同ポジションのペリツァにオファーは出さなかった・・・。
02/07/17
スペインの雑誌Don Balonにジュキッチのインタヴュー掲載。
彼の二人の息子は、バレンシアのジュニアチームでサッカーをしている。長男のヴラダくん(12歳)は守備的MFだが、監督は父親ゆえか、DFをやらせているとのこと。 次男のヴィクトルくん(10歳)は左利きで、左のウィンガーやりたいのだそう。
02/07/11
キャンプ中のデキ。
最新インタヴューはこちら
02/07/10
チェルシーを去ることが決まり、ヨカノヴィッチが語る。

サポーターが私のプレイに満足していないのは知っていたし、それについては申し訳ないと思うが、 チェルシーのユニフォームを着ているときはいつでも、ベストを尽くしてきた。
私の契約は終わり、他のクラブを探している。チェルシーにいた2年間はとても幸せだったが、私は33歳で、クラブは若い選手を求めている。
02/07/07
これまでの主な移籍の噂
ラゼティッチ(フェネルバフチェ)・・・コモ(決定)
パウノヴィッチ(マジョルカ)・・・アトレティコ・デ・マドリー(レンタル終了)
ニェグシュ(セビージャ)・・・アトレティコ・デ・マドリー(レンタル終了)
ミロシェヴィッチ(サラゴサ)・・・ベティス、エスパニョール
ヨカノヴィッチ(チェルシー)・・・ラージョ・バジェカーノ、スポルティング・リスボン
イヴァン・トミッチ(ローマ)・・・ブレッシャ、アラベス
02/07/03
ユーガが、代表から引退するとGLAS紙に語った。すでに監督のデーヨとは1ヶ月前に話し合ったとのこと。 これに対しデーヨは、ユーガを親善試合に召集することはないが、EURO予選の試合には助けてもらう可能性はある、と語っている。
02/06/12
ミレがパラグアイ戦で得点したが、これは日韓大会100ゴール目とのこと(スペインのメンディエタとほぼ同時だったが、FIFAはミレの方が5秒早いとしている)。 娘のクララちゃんの写真がプリントされたTシャツを見せて、記念すべきゴールを彼女に捧げた。


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