MEMORANDUM

2003.1〜6

03/06/24
2位に終わったレアル・ソシエダだったが、祝賀ムードに沸く本拠地サン・セバスティアンの模様をダルコが語る。

これまで、このようなお祝いはまったく経験したことがない。 僕らはチャンピオンのように迎えられ、街中ソシエダ一色だよ。 僕らを乗せたバスは、中心街から集まった人たちの間をやっと通り抜けた。 こんなことは、マドリッドにだってないと思うよ。

来季もニハトとコンビを組めると確信している。スペインには僕ら以上のコンビはいないからね。 二人で43得点挙げて、とても成功したシーズンだった。だからクラブの会長も、ご褒美をくれたんだ。 シーズンが始まった時、会長はニハトと僕に、もし40ゴール挙げたらそれぞれに時計を贈ると約束した。 3点多く取ったし、取り決めは尊重されなくてはね。
03/06/19
今季限りでバレンシアを退団するジュキッチが語る。

バレンシアでは素晴らしい時間を過ごした。リーガ、国王杯、スーペルコパを勝ち取り、2度チャンピオンズリーグの決勝に進んだ。
調子は良いと感じているので、サッカーを続けたいと思っている。既にいくつかオファーを貰っているが、まだサインはしていない。 スペインに残るか、外国へ行くのか、まだわからない。家族と相談して決めるだろう。
03/06/13
デーヨ辞任を受けて、ケジャが胸中を語る。

嬉しいと思うなんて、馬鹿げたことだ。僕の仲間達はフィンランドとアゼルバイジャンに敗れて、僕もまた敗れたんだ。 大きな大会に出られないのは、選手達、とくに若い選手達のキャリアにとって悲劇だよ。 僕は日韓ワールドカップに出られなかった。今はポルトガルへの道も失った。ひどいことさ。

プラーヴィのためにプレイしたい。僕の当時の発言は、誤解されたようだ。 永遠にさようならなんて言ってないし、当時のサヴィチェヴィッチ監督ともう一緒にやることが出来なかっただけだ。 代表に戻って、手助けをしたいと思っている。
03/04/11
カマーチョ監督より戦力外とみなされたドルロヴィッチが、今季終了後ベンフィカを退団すると語った。

環境を変える時が来た。もしベンフィカが契約を申し出ても、受け入れることはない。 ベンチにいるのは苦痛だ。私はプレイしたいが、ベンフィカではその可能性がない。
(引退については)考えていない。少なくともまだ1〜2年は良いプレイが見せられると思うよ。 すべてはオファー次第であるけれど、心の家であるポルトガルに残りたいと思う。
03/04/10
デーヨが代表について語る。

ドローの後、予選は我々にとって厳しいものになると、承知していた。 我々にはまだ5試合あり、最大で15ポイント獲得できる。私の計画では、12〜13ポイントで1位になることができ、 10〜11なら2位になれる。全敗しているわけではないし、自分達の運命はまだ決められる。

我々は世代交代を実行してきた。今は新しいチームを創る段階にある。
現在のベストイレブンは ――イェヴリッチ、ラゼティッチ、ドラグティノヴィッチ、ミルコヴィッチ、ヴィディッチ、ミハイロヴィッチ、クルスタイッチ、 スタンコヴィッチ、ヴキッチ、ミヤトヴィッチ、コヴァチェヴィッチ。

右サイドについては、依然悩んでいる。ラゼティッチが、ラツィオでレギュラーでないからだ。 このポジションはスタンコヴィッチが代表の中では良いプレイを見せているが、チームに帰ったときに 真ん中をやっているのでは、彼を右サイドで起用するのは無意味なことだ。

スタンコヴィッチの代表でのプレイは、セリエAで見せているようなレベルにない。 しかし、彼はすでに経験のある選手であるし、ラツィオでのプレイを見れば彼を召集しないわけにはいかない。

ヴキッチのような選手は、我々に欠けていたものだ。彼は速さ、鋭さ、パスセンスの良さにおいて、プレドラグ・ジョルジェヴィッチや クルプニコヴィッチよりも優位にある。代表に必要なのは、攻撃と共に、守備もこなせる選手だ。

ケジュマンについては、彼の望み―代表を休む―を受け入れることとする。
03/04/06
ラツィオ×コモの試合で、コッラーディによるラツィオの3点目が一旦認められたものの、その前のパンカロのハンドが発覚し 取り消されたのは、自分の「告白」によるものだったとミハが語った。

コッラーディのゴールよりも前に、パンカロがハンドしたのが見えたので、私は主審に言うべきだと思った。 ベルナルドは少し怒っていたけれどね。
(0−0でも同じことをしたか?の質問に)ユーゴスラヴィア時代、ヴォイヴォディナでチャンピオンズ・カップの予備選を戦っていた。 私は手を使って得点したが、即座に主審の元へ行き告白した。そして、私のチームは敗退したよ…。

コッラーディのコメント

スポーツマンらしい行為だった。もちろん、怒っていないさ。確かに、シニシャに余計なことをするな、と言ったよ。 いつでもドッピエッタできるわけじゃないから…。僕は、彼が正しいことをしたと思っている。 でも、彼には晩飯でもおごってもらわきゃね。

なお、このフェアプレイを加味し、「Corriere della Sera」でのミハの評点は"9"だった。
03/04/03
31日のFSSCG一部リーグ監督セミナーに参加したヨカノヴィッチが、引退の意思を語る。

かなりのジレンマがあったが、サッカーに別れを告げると決めた。なにか他の種類のチャレンジに集中する時が来たんだ。 数えきれない美しい瞬間、思い出の試合、勝利、ゴールがある。もちろん、いつまでも心に残るのは優勝した時の記憶。 優勝のためにプレイしてきたからね。神に感謝している。

代表での、ヨカネの代役となる選手達について

同じ特徴をもった選手を見つけ出すのはとても難しい。私達には、中盤の底のポジションで違う質を持ったとても良い選手達がいるし、 彼らにチャンスとサポートを与えるべきだ。
03/04/03
デキの今後について、代理人のヴィンチェンツォ・モラービト氏語る。

私は、デヤンが現在プレイしているクラブに対する敬意により、 他のクラブといかなる交渉も始める意志はないと、強調したいと思います。 スタンコヴィッチには、新しいラツィオのリーダーになる用意があります。 それには、クラブ側が重要な再編成のプロジェクトを示すことが不可欠。もちろん、もしラツィオとの交渉が上手くいかなければ、 欧州のビッククラブからのオファーにはこと欠きませんがね。いかなる場合でも、私達は今、ラツィオからの来季の最終的なプランと、 具体的なオファーを待っているところです。
03/02/27
デーヨは記者会見で、次のウェイルズ戦にケジュマンを召集しないと発表した。

私は、彼のことを若く将来ある選手として尊重し、代表でもクラブと同じように機能するのを辛抱強く待っていた。 ポドゴリツァの試合の後、彼は礼を失した振る舞いをし、皆よりも早くベオグラードへ発ち、そしてストイコヴィッチ会長に電話で 代表を休みたいと告げた。私は彼の願いを受け入れると決めた。故に、ウェイルズ戦に彼を召集しないだろう。

アゼルバイジャン戦の後、一部の選手(サヴォ、ケジャ、デキ、ラザと言われている)が無断で先にベオグラードに戻ったことについて

ある選手は知らなかったと言ったそうだが、試合後の夕食と、共にベオグラードに帰る事は、代表での義務だ。 彼らは私に話もなく、正しい理由もなく、他の選手達より一時間早く出発した。そんなことは、自分の所属クラブでは決してやらない筈だ。 このようなことは繰り返さず、今後選手達は代表のスタッフに、自分の目的を知らせるようにすること。 代表では予選の終わりまで、規律を正さなくてはならない。

…この発表を受けてのケジュマンのコメント

すでに僕の願いはすべて、ピクシーに伝えてある。休みたいと言ったが、僕がいつでも召集に応じるつもりだと、彼は知っている。
03/02/20
ケジュマンは、「代表に"さようなら"とは言っていない」と語る。

僕は怒っていないし、協会の誰とも喧嘩していない。しかし、大きなプレッシャーを感じているので、 ピクシーに、一時代表の試合を欠席しプレイしなくても良いよう、お願いをした。
ウェイルズ戦に召集しないよう頼んだが、もし召集されれば応じるだろう。
03/02/19
ケジュマンの「代表を離れる」発言について、言われているような「事件」はない、とピクシー語る。

アゼルバイジャン戦の次の日、ケジュマンと5分ほど電話で話をした。マテヤは私に「許されるのであれば、少しの間代表の試合を休みたい。疲れているので…」と言った。 私は、クラブと代表で同じパフォーマンスが見せられないことからのプレッシャーに、彼が耐えていることは分かっていた。 今後も召集に応じないような、かたくなな態度には思えなかった。だから私は協会の会長として、元選手として、彼に 「ポドゴリツァでの不快な出来事は忘れて、自分の仕事に集中するように」と助言した。 メディアで言われているような「事件」はない。

(ケジュマンはウェイルズ戦の召集に応じるか?という質問に対して)
私は監督ではない。会長として、すべての選手たち、協会のことを気にかけてはいるが。 ケジュマンや、他の代表選手たちの運命については、サヴィチェヴィッチが決める。
03/02/14
FSSCGの会議が行われ、アゼルバイジャン戦後もデーヨに対する更なるサポートを続けると確認した。

ピクシーのコメント:
サヴィチェヴィッチは、EURO2004に我々の代表を連れて行くに充分な力と知恵を持っている。
03/02/12
引き分けに終わってしまったアゼルバイジャン戦について、デーヨとピクシーが語る。

デーヨ:
もちろん、プレイにも結果にも満足できない。選手達は戦っていたが、勝利を得るには充分ではなかった。 原因は、悪いピッチと強い風だった。この試合は攻撃的な布陣で始める必要があると思った。 それは多少実を結んだが、最後には選手達は少し疲れてしまい、それ故に戦える状態ではなかった。 ポドゴリツァの人々にも申し訳なく思うが、次に行かなくてはならない。我々にはまだ試合があるのだから。

ピクシー:
がっかりはしたが、降参したわけではない。チャンスはまだあり、我々は最後まで戦う。これは最後の不幸な日だ。
03/02/10
「10番」不在について、ピクシー語る。

サヴィチェヴィッチは集団的なプレイを推し進めており、その点で私も彼を支持している。 我々は新しい「10番」や新しいデーヨ、新しいピクシーを求めてはいない。 そうした時代のリーダーとは、記者たちが少しでも才能のある選手に名づけたがるものだ。 今やどこにでも「超高級」な選手がいる。 メディアによってリーダーになって欲しくはない。
03/01/31

キエーヴォからラツィオに移籍、お披露目のラゼティッチ。デキも通訳として付き添った。

ラザのコメント:
このようなチャンスを与えてくれたキエーヴォに感謝します。ミハイロヴィッチ、スタンコヴィッチと共にラツィオでプレイでき、とても幸せです。
03/01/20
17節を終了したセリエAの前半戦ベスト・イレブンをイタリアのメディアが発表した。
[Corriere della Sera]
GK:ジダ、DF:スタム、カンナヴァーロ、マルディーニ、カラーゼ、MF:カモラネージ、ピルロ、
スタンコヴィッチ、ネドヴェド、FW:ヴィエリ、デル・ピエロ、監督:マンチーニ
[Datasport]
GK:パリューカ、DF:ネスタ、マルディーニ、テュラム、セザル、MF:ダーヴィッツ、バキーニ、
スタンコヴィッチ、ディ・ナターレ、FW:ミッコリ、ムトゥ、監督:アンチェロッティ
03/01/16
デーヨがピストルを持った暴漢に襲われたというニュースが流れたが、本人は「報道されているような危険な目にはあっていない」と、大袈裟に報じたメディアに釘を刺した。
デーヨのジープのタイヤに穴をあけられるという事件があり、その犯人を見つけ問い詰めたところ、相手が怒りだし殴りかかられたが、デーヨはその腕を掴んで防ぎ事なきをえた、というのが真相らしい。 特に警察に届けることもしなかったとのこと。
03/01/05
修学旅行でエジプトに行ってきました(嘘)。


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