終章 花の散る様に、星の流れるが如くに

 「翼狩り」の要塞が起こした大爆発は、はるか遠方からも見ることができた。
 もちろん、ここ、アジアの某所にある山の上からも。
 放棄された都市から脱出してきた人間たちが、山のあちこちに小屋をつくって住んでいる。段々畑が作られはじめていた。百年前に戻ったかのような粗末な道具で農作業が行われていた。朝から作業ははじまり、すでに陽は暮れつつある。
「すげえ……」
 くわを振るう手を休め、青年は手ぬぐいで汗をぬぐいながら彼方を見つめた。
 そこには火柱が立っていた。ゆっくりと、火柱は天に向かって成長してゆき、火の粉をまき散らしていた。おそらく火柱の高さは宇宙まで届くほどで、火の粉ひとつがビルディングをへし折るほどの爆発力を持っているのだろう。
「落ちたのか……」
 青年のかたわらの男、農作業が辛そうな老人が、妙に気の抜けた口調で言う。
「天使たちが、勝ったのかな……?」
 当然出てくる推測を口にする青年。
 あるいはどちらも滅んだのか。その言葉は心の奥にしまわれた。
「……さあな」
「なあ、じいさん、ひとつ聞きたいことがあったんだ」
 はあ、という深いため息ひとつ、青年は訊ねる。声には真摯な響きがあったが、目線は火柱に据えられたままだ。
 老人は、やはり「翼狩り」の最期から眼をそらせずにいるらしい。顔を動かさず、ただ声だけで応じた。
「うん、何か?」
「おれよお……思うんだけどな」
 ためらいがちに、青年はその疑問を口にした。
「あいつらは間違ってたんだろうか。天使。醒めてしまうこと、計算ずくの世界が汚いっていう連中……」
 禁忌とすら言うべき発言だった。その天使たちによって、彼らの仲間の多くは殺されたのだ。味方をするとは。
「……悔やんでおるのか?」
 青年自身、天使によって親友を喪っている。そんな人間の口からその言葉が出たことに、しかし老人は驚かなかった。彼も内心、似たようなことを考えていたらしい。
「いいや。ただ不思議だよ」
「間違っていないのではないかな。天使も、翼狩りも」
 老人は、安物のセーターで覆われた薄い胸に手を当てた。
「じゃあ、なんで?」
 その時青年ははじめて目線を動かした。老人もやはり動かす。二人の眼が合い、たがいが考えていることを確認した。
 ああ、やっぱり、あいつの事を言ってるんだな。
「おい、見ろ!」
 三人目の人物が空を指して叫んだ。そこには眼を疑う光景があった。
 流星だ。消えてゆく火柱と入れ替わるように、同じ方角の空を流星が埋め尽くしてゆく。
 一体どれほどの数だろう。
 何百、何千、何万……
 次から次へと降り注ぐ流れ星。
 おそらくは要塞の爆発によって巻き上げられた破片のたぐいが、結局地球の引力を振り切ることができず、舞い戻ってきたのだろう。
 星になれなかったもののかけらたちが、きらめいては消える。
 老人と青年は、無数という他ない流星雨がこの地上へと降り注ぎ、輝きながら散って行くのを、ただ見守っていた。
 やがて老人は、眼前の光景の中に答を見いだした。
 そして、古来より言い訳として使われてきた言葉を口にしたのである。
「人間、だからな」

 「天使たちの戦場」 完


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