エピローグ
一
「この惑星ブルムベンが地球人安住の地として定められたのは革命暦三十一年、すなわち六十年前のことである。銀河各地に潜んでいた地球人はこの惑星ブルムベンに集まり、悲願であった生存権を手に入れた。クファール連邦の庇護のもと……おや?」
そこで老教師は首を傾げた。
「どうしたんですか先生?」
生徒の一人が問いかける。
「ノボトニーがおらんが、どうしたんだ?」
「マークの奴なら帰りました」
「なんだ! またか! あいつは歴史の授業をなんだと思ってるんだ!?」
「せんせ、別に歴史に限った話じゃないですよ。学校自体つまんないって言ってますから」
「まったく……あれでは将来が思いやられるな」
「将来はヒーローになるから勉強はいらないんだそうです」
「……なに? ヒーロー?」
「そうです。ほら、映画とか小説とかにでてくるでしょ。鉄砲をバンバン撃って悪い奴やっつけて、お姫様を救い出すとか宝物を探すとか……」
「本気で? 本気で、そんなものになりたいって言ってるのか? 十五にもなって?」
「さあ。たぶん本気だと思うけど。なんか、自分の宇宙船をバイトして買って、冒険の旅に出るとかいってたし」
二
「ただいまー!」
玄関にとびこむ。
靴を適当に脱ぎ捨てる。
親はこの時間、ふたりとも働きに出ている。
「おかえり」
だからそういってくれたのは、居間で本を読んでいた祖父だけだった。
祖父は禿頭で、まるでアボガドのような肌の色。当然、地球人ではない。
この星が「地球人特別区」として認められた時、この爺さんは地球人の女、つまり祖母と一緒にやってきて、この星に住み着いたという。悪の権化として忌み嫌われていた地球人となぜ祖父が結ばれたのか、詳しいことは訊いたことがないのでわからない。遺伝子工学の助けを借りて子供をつくり、現在に至る。機械いじりと本を読むのが好きな、もの静かな老人だ。祖母は歳のわりに若々しくて元気で、さして上手くもないのに料理が好きだった。テストの点が悪かったり学校で虐められたりしたとき、泣いて帰ってきたマークをよくなぐさめてくれたものだ。だがマークが小さかった頃、亡くなってしまった。
もうひとり、祖父の父親……つまり祖父の父親という人もいたらしいのだが、マークが生まれるよりまえに亡くなってしまったのでどんな人なのか全く判らない。
「今日も学校はさぼりか」
「う……まあその、似たようなもんだ」
「そうか」
「なあ爺ちゃん」
「なんだ」
本から顔を上げずに応える祖父。
「爺ちゃんは、俺が学校さぼっても怒らないんだな」
「怒って欲しいのか?」
「いや、そうじゃないけど……」
「目標があるんだろう?」
マークは戸惑った。たしかにある。だが普通の人間なら笑って当然の、非現実的で馬鹿げた、それも漠然としすぎた目標だ。もしかしてこの祖父は俺の言ってる言葉をよく理解できてないんじゃないのか? ぼけちゃってるんじゃないのか?
「なあ、爺ちゃん」
「なんだ」
「どうして爺ちゃんは、笑わないんだ? 俺が、ヒーローになりたいっていっても」
そこで祖父は……マード・ノボトニーは顔を上げ、腰を伸ばし、皺だらけの顔を孫に向けて、こう言ったのだ。
「不可能じゃない、笑って良いようなことでもない。そう知ってるからだ」
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