CHAIN

 プロローグ

 
 一

 彼は……エンファード星系解放軍のバトル・ビーイング乗り、ゲンデは突撃した。
 真っ赤な絨毯の敷き詰められた広い廊下を。
 バトル・ビーイングの筋肉運動が生み出す時速百五十キロの速度で。
 憎むべき圧制者「地球帝国」を倒すために。
 このエンファードを、地球人の支配から解放するために。
 現在バトル・ビーイングは最小限にまで縮小させられており、その大きさはたかだか三メートルばかり、「乗る」というより「着る」といったほうがふさわしい状態だ。だから室内の戦闘でも問題はない。
 身体を極端に傾け、壁を蹴って廊下を曲がる。
 向こうには、簡易プロテクターを身につけた兵士たちがいた。手には多目的ブラスターを持っており、一斉に銃撃してくる。
 多目的ブラスターはレーザー光線・神経麻痺フィールド弾・分子破壊フィールド弾などを撃ち分けることができる優秀な兵器だ。
 この時兵士たちの銃口から飛び出したのは真っ赤な光の弾だった。発射されたとたんに膨れあがり、ピンポン玉ほどの直径となって空中を疾走する。
 赤い光弾は、分子破壊フィールドだ。
 空間の量子力学的性質を変動させることで、原子と原子の間にある電気結合力をうち消して、塵よりも細かく分解してしまう。
 目の前が真っ赤な光の弾で一杯になる。
 しかし、ゲンデは思った。神経接続によって加速された時間感覚の中で。ゆっくりと自分を食い尽くそうとする分子破壊フィールド弾を前にして。
 ……なかなかやるじゃないか。
 ……だが、相手が悪かった。
 ……これはただの装甲服じゃない。戦車でも装甲車でも戦闘機でも、結合装甲機でもない。
 ……バトル・ビーイングだ。
 ……お前らの「帝国科学」がうみだした史上最強の可変機動兵器だ。
 彼は鋭く念じた。 
 ……第三種能動防御!
 その思念コマンドはゲンデの脳髄から発され、脳に接続されている量子コンピュータに流れ込んだ。
 量子コンピュータは、バトル・ビーイングの身体に散らばっている何兆という数の超小型機械……S級ナノアセンブラに命令を発する。
 たいがいの物質は分子や原子からできている。ナノアセンブラはこの分子や原子を、まるで職人が煉瓦を扱うように組み替え、物質を再構成する能力に特化したマシンだ。「S級」とはナノマシンの性能を表すランク付けの最上位、他のものとは比較にならない高性能だということを意味する。
 ナノマシンが一斉に動き出す。
 分子を並び替え、つなぎ換え、別の物質、別の形態へと変化させていく。
 ゲンデのバトル・ビーイングが変形をはじめた。
 これまでバトル・ビーイングは筋肉を簡略化したような形の鎧となって、ゲンデの全身を包んでいた。鎧の胸部分に隆起が生まれる。
 隆起は百を超えていた。隆起は突起となった。その形は棘に似ていた。
 棘は、迎撃用の砲台だった。
 棘は先端からレーザーを放った。
 真っ赤な光弾の雨を、白い光線の嵐が迎え撃つ。
 すべては一瞬のうちにおこなわれた。
 光線は赤い光弾を残らずとらえ、その中心部を貫いて力場を崩壊させていた。光弾はまるでシャボン玉のように、その力を発揮することなく弾けて飛び散る。
 分子破壊フィールドは不安定なものだ。自然は均一を好む。「他の空間とは性質が異なる空間」などというものを容認しない。それを無理矢理安定させていたのだ。そこにレーザーという高いエネルギー密度の刺激を受ければ安定は崩れ、フィールドは破裂するのだ。
 兵士たちは、何が起こったのか把握できなかったはずだ。バトル・ビーイングが第三種
能動防御を行うのにかかった時間は、一秒の十万分の一程度だったから。
 時速百五十キロで飛び込んだゲンデは、その右腕を振り回した。
 その瞬間、腕は変形していた。
 曲線的な造形の、それは一本の刀。
 刀身に超音波を流され、切断力を大幅に引き上げられたその刃は、三人いた兵士の首を残らず切りおとしていた。
 振り返ることなく彼は走り去る。
 三人の兵士は、ゲンデの敵「地球人」ではなかった。一人は真っ青な肌をしていた。ひとりは額に角が生え、最後の一人は三つの眼をもっていた。ゲンデたちと同じ『異種族』、すなわち平民だ。帝国貴族=地球人によって劣等種と決めつけられ、千四百年の長きに渡り屈辱を味合わされ続けてきたものたち。ゲンデと同じ境遇のものたち。
 だがそれでも、ゲンデは後悔しなかった。
 ……降伏する機会はいくらでもあたえた。解放軍側に寝返る機会もあった。事実、多くの兵士たちが寝返ってくれた。おれが着ているこのバトル・ビーイングも、領主軍の裏切りなしには決して手に入らなかったもの。
 だが、奴らはすべてのチャンスをふいにした。「地球人は銀河の支配者」「地球人は、神に選ばれた優良種」……そんな言葉に踊らされ、いまになっても帝国貴族=地球人に従い続けている。全種族平等という革命の大義に、決して同調しようとしない。
 だから奴らは……殺すしかない。
 それに……
そこで思考は中断された。また行く手に兵士たちが現れたのだ。
 今度の兵士たちも、やはり異種族。
 ……早い!
 顔面に並んだ複眼状のセンサーが熱と磁場の発生をとらえた。
 兵士たちが手にしたブラスターの銃口に、強いエネルギーが発生している。
 レーザーか!
 レーザーは光と同じ速さ、一秒の三十万キロメートルで進む。兵士と自分の間を、千万分の一秒で結ぶ。ナノマシンによる形態変化さえも間に合わない速度で。
 だから先読みして、彼は行動した。
 次の瞬間、レーザーが空間を薙いだ。
 だがその時彼は、すでに天井すれすれの高さに飛び上がっていた。すべてのレーザーは彼をかすることもなく飛んでいく。
 レーザーは直線でしか進まない。放物線を描くことも、敵にむかって誘導されることもない。銃口の向きを観察さえすれば、レーザーの弾道を予測することほどたやすいことはない。
 片腕を天井に叩きつけて、反動で彼は急降下した。
 また兵士たちがレーザーを浴びせてくるが、今度は形態変化が間に合った。
 体表面ナノアセンブラ活性化。対光学スキン第一水準にナノリライト。
 これまで彼のバトル・ビーイングは白かった。だが今は銀色に変わっている。ただの銀色ではない、赤い絨毯や壁、兵士たちの姿が映っていた。
 鏡面である。
 レーザーは身体の表面で虚しく跳ね返された。その間に彼はまた走る。
 兵士たちがセレクターをいじり、弾種の変更を試みたその時、ゲンデはすでに兵士たちの目の前にいた。
 両腕を無造作に振り払う。
 いつのまにやらもう片方の腕も刃に変化していた。兵士たちの頭部がごろりと転がった。
 全身に浴びた返り血は、すぐに消えた。
 流れ落ちたのではない。蒸発したわけでもない。
 「喰われた」「吸収された」のだ。
 バトル・ビーイングの体内に充満したS級ナノアセンブラによって分解され、バトル・ビーイングを形作る材料にされたのだ。
 こうやって材料を補給することで、バトル・ビーイングは巨大化が可能だ。ただし巨大化すればするだけナノアセンブラの密度が減少し、総合的な能力は低下する。
 ……「おい、ゲンデ」
 その時ゲンデの耳元に声が響いた。
 解放軍・ロールヴァーゲ城攻略部隊司令部からのニュートリノ通信だ。
 ……「こらちゲンデ。なんでしょう」
 部隊名ではなく自分の名を、ゲンデは言った。その口調も軍隊の常識から外れていた。これは解放軍がつい数年前に作られたばかりの急造軍隊で、制度や軍規が整っていないことを意味した。
 ……「先走り過ぎだ。他の者がついてこれない」
 ……「通常の歩兵部隊と連携をとるのは、バトル・ビーイングの能力を殺すことになります」
 ……「一人でその城を落とすつもりか。わかってるのか、この星の領主の館なんだぞ。今までに潰してきた貴族どもとは違う」
 ……「問題ありません。すでにロールヴァーゲの戦力は枯渇しています」
 ゲンデはそう答えた。
 事実、彼は物足りなさすら感じていた。館に突入してからこれまで、ただの歩兵しか出てこない。その数も多いとはいえない。領主軍の大半は脱走するか、解放軍側についてしまったのだから当然だが。
 ……「危険だ。勝利に浮かれる気持ちは分かる。ロールヴァーゲの首を取りたい気持ちもわかる。だが我々が今まで勝利してこれたのは連携のおかげだということを忘れるな」
司令部からの声は冷静だった。
「……わかりました。この場で後続部隊を待ちます」
 と、その時、前方の壁が切り開かれた。
周囲の壁もまとめて消滅する。
 煙が視界を満たした。
 ……分子破壊フィールド弾!?
 それもかなりの大威力の。
 機体内部のナノアセンブラを再び活性化しようとするゲンデ。
 顔面のセンサーが、煙の中から現れる敵の姿をとらえた。人型。大きさは三メートル。速い。
 とっさに、真横に飛び退く。
 肩を、細い紐のようなものがかすめた。途方もない速度で繰り出されてきた紐。いや触手か。その触手は突き出され、横に薙ぎ払われた。ゲンデはステップを踏んでかわす。
 その時にはもう煙は晴れていた。
 すぐ目の前に、全身を真っ赤な装甲に包んだ「人」がいた。
 片手が、木の根のように変形している。何十本もの触手がそこから伸びていた。
 触手は床に垂れ、今にも獲物に襲いかかりたくて仕方がない、といったふうに激しく波打っていた。
 見ると、触手はただの触手ではなかった。
 テープのように平たく薄かった。
 切断力を持っていることは確実だろう。
 ゲンデは低く落ち着いた声で報告した。
「……司令部。こちらゲンデ。ちょっと忠告が遅すぎたようです」 
「なに?」
「バトル・ビーイングです」
 通信を切った。
 誰にも邪魔されず、全力でやり合わなければ勝てる相手ではない、そう思った。
 これまで何度かやり合った帝国軍のバトル・ビーイング乗りはいずれも凄腕ばかりだった。たまたま適性があったから乗っているにすぎない自分と異なり、幼い頃から過酷な訓練を続けてきたのだから当然だろう。
 向こうの頭部は、兜というより昆虫の頭を思わせる流線型のものだった。眼のあるべき場所にはV字型のスリットがあるだけだ。それでもゲンデにはわかった。こいつは俺をにらんでいると。
 そして、うかつに動けないこともわかった。
 少しでも隙を見せたら触手が飛んでくる。あの不規則な動きをよけるのは難しい。第一撃をかわせたのは単に幸運だ。もう一度、同じ事をできる自信はない。
 そのとき赤いバトル・ビーイングが声を発した。
 合成音声による奇麗な地球語だ。
「……反乱軍どもにバトル・ビーイングを盗んだものがいるというが、それが貴様か。……けがらわしい、それは騎士の鎧だ。貴様らに使われるために作られたのではない」
「ご挨拶だな。確かにこいつは盗んだ機体だが、『Tプロテクト』を解除したのは俺たちだ」
 地球人=貴族は「ナノマシン・重力制御・超光速」という三つの超科学技術を独占することで銀河に君臨してきた。これらには地球人の遺伝子を持つ者にしか使用できないプロテクトがかけられている。もちろんバトル・ビーイングも例外ではない。だが地球人たちが「絶対に破れない」と豪語していたプロテクトを、解放軍の技術者たちは次々に破っていった。
「……まあいい。少しは腕が立つ。戦士としての資格はあるようだな」
「……なに言ってるんだ? お前らの国はもうおしまいなんだよ。何をきざったらしいことを」
 五年ばかり前に勃発した「帝国打倒の大戦」。戦況は解放軍側優勢で、すでに帝国は銀河の八割を喪っている。ことに今年になってから起こった「コアロード宙域会戦」で敗北し、銀河中心部の工業宙域を奪われてしまったことが致命傷であるといえた。
「帝国がいかに苦境にあろうと私は諦めぬ。ただ貴族として、そして騎士としての務めを果たすのみ。いつもどおりにな」
「……ようするに闘うってんだろ。ご大層な理屈をこねなきゃ闘うこともできねえ。やられる寸前なのに現実から眼をそらしてる。まったくどうしようもないな、お前らは」
 ゲンデは隙をうかがっていた。
 この男の技量が自分を凌いでいることは伝わってきた。喋っているのに集中の乱れが感じられない。挑発したが、向こうに動じた気配はない。むしろ自分のほうが動揺しているのではないか。
「何と言われようと私は闘う。私は帝国騎士、ゴットハルト・カーン・エンファード・ロールヴァーゲ」
「……ロールヴァーゲ?」
「そうだ。父上は私が守る。……ゆくぞ」
騎士ゴットハルトの右手がさっと閃いた。その時には触手がうねり、それぞれ異なった軌跡を描いて襲いかかっている。
 触手は後方から、そして左右から来た。彼を包み込むように。
 逃げることはできない。
 ならば。
 前傾姿勢をとり、ありったけの力で突進した。
 両腕を刃と変化させたままで。
 前方から来る触手はわずか。
 ゲンデは両腕で、一本また一本と触手を斬り飛ばしていく。
 後方からの触手は、突撃の速さに追いついてこれないようだ。
 一瞬よりも短い時間で、彼は間合いを詰めた。もう邪魔な触手はない。手を伸ばせばさ触れる距離にゴットハルトがいる。
 右手の刀を振り下ろした。
 と、その時、ゴットハルトのバトル・ビーイングが変形する。
 胸のあたりが左右に開き、蜂の巣のようにびっしりとならんだレンズがあらわれる。
 ……分子破壊フィールド投射砲。
 さきほど壁を消滅させた兵器だ。
 分子破壊砲は威力こそあるが、弾の飛ぶ速度は遅いから避けられる。また先ほどゲンデがやったように、弾を空中で迎撃することもできる。バトル・ビーイング相手にはあまり有効な兵器とはいえない。
 それを補うのがこの触手だった。
 触手は攻撃の手段ではなく、分子破壊砲を確実に当てられる位置まで誘導するためのものだったのだ。
 レンズが、一抱えもある赤い光弾を発射した。
 いかに遅い弾とはいえ、これだけ近ければ外れようがなかった。胸からレーザーを出して力場を破壊しても、ゼロに近い距離では意味がない。飛び散った破片のほとんど全部を自分が浴びるからだ。
 ナノマシンによる修復がまるで追いつかない速度で、ゲンデは機体もろとも塵に変わるだろう。
 ゲンデは賭けた。
 レーザー発振装置を右腕内部に生成する。右手の刀は消滅させる。かわりにレーザーの剣を生やす。剣の長さは身長を遙かに超えていた。
 そしてその剣で。
 振り下ろした。
 真っ赤な光弾に向かって。
 レーザービームで破裂させられるのなら、レーザー剣で切り裂くこともできるはず。四散させるのではなく、奇麗に真っ二つにできれば。
 上段から振り下ろされた光の剣は、光の弾を見事に両断した。
 正確に二等分されたフィールドは左右に分かれ、ゲンデの機体の脇を抜けて飛んでいく。
 あとは、慣性の法則がかたをつけてくれた。
 たった数十センチ。
 もう、ゴットハルトといえども止めることは不可能だった。
 ゲンデはゴットハルトに体当たりしていた。
 同時に、もう片方の手を突き出す。
 左手の刃は、ゴットハルトの機体の腹の部分に勢いよく突き刺さっていった。
 二人は一体になって吹っ飛んでいく。
 しばらくすべって、床の上で転がった。
 ゴットハルトが下になっている。
 その腹にはゲンデの右腕が突き刺さったままだ。
 ゲンデは凄まじい圧力で押し返されるのを感じていた。だが彼はすでに腕を変形させ、内部に根を張って抜けないようにしている。
「油断したか……」
 ゴットハルトがうめいた。
「そうさ。優良人種がきいてあきれる」
 ゲンデは右腕の先端に爆発物を形成、炸裂させた。
 ゴットハルトのバトル・ビーイングがその身を痙攣させた。その部分には生身のゴットハルトが入っているはずなのだ。手応えあり。中身に致命傷を与えた。ゴットハルトの意志力が弱まったせいか、赤い鎧の形が溶けるように崩れ始めた。
 ついで、ここがおそらく中にいる人間の頭部だろう、と思われる場所を突く。
 力の限り。
 頭蓋骨を破砕する感触が伝わってくる。
 また腕の先端に爆発物を形成。炸裂させる。
 変化は急速だった。
 赤い鎧はほとんど一瞬にして溶解し、銀色の液体となってひろがった。
 水たまりの中心には、頭の上から半分を吹き飛ばされたゴットハルトが倒れている。
 バトル・ビーイング本来の姿は「ゲル」と呼ばれる流体である。使用者が死んだ場合、基本的にナノアセンブラは機体を初期状態に戻そうとする。
「……こちらゲンデ。司令部、敵のバトル・ビーイング乗りを倒した。ロールヴァーゲの野郎は逃げたか」
「いや、逃走は確認されていない」
「じゃあ時間稼ぎってわけでもなさそうだな。本気で守れるつもりだったのか」
 彼は敵の亡骸に一瞥もくれず歩き出した。
 もし敵が地球人でさえなければ、亡骸に最低限の敬意は払っただろう。勇敢な戦いぶりに感激することすら考えられた。
 だが、奴は地球人だ。
 地球人は全て敵だ。ただそれだけだ。
 ゲンデはそう思っていた。

 二

「た、た、たけすてくれっ」
 呆れたことに、ロールヴァーゲはガウン姿で寝室にいた。しかもウイスキーの瓶をかかえている。自分のすべてが喪われていく、という現実を信じることができずにいるように見えた。
「あんたの息子はもっと勇敢だったぞ。まるで似ていないな」
 ゲンデはゆっくりと歩いていく。
 すでにセンサー類で隠し武器の存在をサーチし、ロールヴァーゲの醜態が何かの罠でないことは確認済みだ。
「た、た……」
 酒臭い息を吐き、顔を真っ青にして、ロールヴァーゲは太った身体をゆさぶって逃げた。いや、逃げようとして転んだ。
「……助けて欲しいか」
 先ほどとはまるで違う種類の感情が湧いてくる。
 父は息子と違い、闘う気力が全くないらしい。戦闘能力が高いとか低いとかいう以前の問題だ。
 だがそれなのにゲンデは失望していなかった。
 ただ深い怒りだけがあった。
 焼き尽くすような怒りではなく、決して荒れ狂わない、だが氷のような、すべてを凍てつかせ固めてしまうような怒り。
「た、た、たすけ、られりゃっ」
「落ち着いてしゃべれ」
 こつん。こつんと近寄る。
 這いつくばったままのロールヴァーゲを見下ろした。
「たすけて、くれ、るのかっ」
「まず懺悔しろ。自分がおれたち平民に、そして奴隷達になにをやってきたか。すべてを話せ。そして謝れ」
「はっ、はっはいっ。わたしは帝国の法に則って領民たちを治めてきましたっ」
「へえ。じゃあ八年前、大地震でバクト市が壊滅した時に平民たちを助けなかったのはどういうことだ。帝国の法では、確か領民を守らなきゃいけないと書いてある。だいたい地震なんて、帝国のテラフォーミング技術を応用すれば防止できるはずだ。起こったこと自体おかしい」
「そ、それは……あまり平民を甘やかすといけないから……」
「ほう。わざとやったのか? で、革命勃発後、この星はやたら締め付けが厳しくなった。放送や雑誌で貴族を批判したら刑務所にぶちこまれるようになった。看守に犯されたり、指を折られたり目を潰されたり、そんな拷問にかけられる奴もいた。それで頭がおかしくなった奴も一人や二人じゃない」
「わ、わたしは! そんな事をしろとは一言も命令してなっ」
「わかってる。やった本人は探し出したし、とっくに処刑した。あんた以上に小心者の、平民だったよ。罪人を拷問すると自分が帝国貴族になった気がして嬉しかったんだとさ」
「そ、それでは私には罪がっ」
「そんな奴を野放しにしていること自体罪だろうが。まあいい。それはいいさ」
 そこでゲンデは間を置いた。
 彼の全身から殺気が消え、緊張が抜けた。
 バトル・ビーイングごしでも、それはロールヴァーゲに伝わったらしく、いまにも尿を漏らしそうだった彼の表情がゆるんだ。
「ゆ、ゆ、ゆるして、くれりょっ」
 訴えを無視し、酷く冷たい声でゲンデは言った。
「……その後に比べれば。おれたちはそれでも我慢してた。取り締まりが厳しくなる事なんて何度もあった、耐えるしかないんだと思ってた。だが他の星で次々に革命が成功すると、あんたは怖くなった。もしかしたらうちでも革命が起こるんじゃないか、もしかしたら、もしかしたら自分も領地をとりあげられ、裁判にかけられ、処刑されるんじゃないか。貴族はみんな追放されるんじゃないか。そう思ったら怖くて怖くてしょうがなくなった。だからあんなことをやったんだ、違うか」
「ち、ちがいません……だからわたしは、反逆の疑いがある者達を……」
「そう、まとめて二百万人ばかり処刑した。星系全土でそれは行われた。反対する者も同類とみなされた。男も女も、子供も年寄りも関係なかった。……おれの家族も死んださ」
「お、おまえそれで……」
「そうだ。これはおれの復讐だ。おれだけじゃない。みんなが思ってる。どうしてあそこまで我慢していたんだろう。どうしてあれだけやられてやっと立ち上がったのだろうってな。後悔してるんだよ、自分の意志が弱かったことを。だからこの革命は、絶対に成功させなきゃいけなかった。
 で、その後は。その後お前は何をやった」
「それで……平民たちが暴動を、いや革命を起こして、わたしはそれを鎮圧して……その時にもたくさん殺して……それでも平民たちは引き下がらずに、こちらの兵器を手に入れて……バトル・ビーイングまで手に入れて……何度つぶされても……それで最後は……」
「最後は、おれたちが勝った。こうして今、おれはここにいる。……で?」
「わるかった……すまなかった……なんどでもあやまる……すまなった。すまなかった」
「……」
 頭を絨毯にこすりつけるロールヴァーゲの姿を、ゲンデは腕を組んで見ていた。
「……ごめ、ごめんなさいっ、すまな……ごめんなさい。ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
 ロールヴァーゲはその言葉を何百回となく繰り返した。言っている間に涙があふれてきたらしく、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚しながら、ただ謝り続けた。
息を荒くして、ふと顔をあげた。
「あ、あやまりました……ゆ、ゆるして……」
 手を差し出す。救いをもとめるかのように。
 ゲンデはその手を取った。
 そして、握りつぶした。
 銀色に光る巨大な手の中で、骨が砕け、肉がすりつぶされる音がする。
「ああああああああああああああああああっ!」
「謝れとは言った。だが謝ったら許すとは、一言もいってない」
「ひいいいいい嘘つきいいい!」
「嘘つき? 嘘つきだと? 税を来年は下げる下げると言いながら上げ続けたのは誰だ? うちの星系は領民を大切にしてると言いながら、影で『反乱分子』を毎年何千人となく投獄していたのは誰だ? 領民がどんなに飢えても病で死んでも、ろくに助けようとしなかったのは誰だ? どんなに民が飢えても、自分の居城と銅像だけはぴかぴかにしていたのはどこの誰だっ」
 ギリギリとゲンデの手が握りしめられた。もうロールヴァーゲの手はまったく原形をとどめていない。
 ペースト状になった肉と骨が、ぼたぼたと湯にしたたり落ちる。
「あああああっ!」
「お前より上の領主がやってくるときだけ街を奇麗にして、商店に品物を並べて、歓迎のためにパレードとマスゲームをやらされて……訓練についてこれなくて倒れた奴を、あんたたちは反逆容疑で収容所に放り込んだ! 本当は収容所の中で死んでいるのに、家族には生きているといい続けた!」
「ああああああああああ!」
「嘘をついたのは貴様だ。そしておれたちの仲間を殺したのも、おれの妹を殺したのも、すべて貴様だ。それが謝ったくらいで償えるだと? ふさげるな、そんなことが何になる。この痛みだって屁みたいなものだ、死ぬことに比べればな」
「があああああああ!」
「殺した罪は、死なないと償えないんだよ。殺された奴の仲間は、そうじゃないと納得できないんだよっ」
「がああああああ!」
 そこで声はとぎれた。
 気絶したようだ。
「……まあいい。あんたに償って欲しい奴はたくさんいるだろ。おれだけでやっちまうのは不公平ってもんさ」
 そういって、ゲンデはロールヴァーゲを引っ張って持ち上げた。またブチブチと何かの千切れる音がする。ロールヴァーゲは、ただぐったりとしている。
 その顔を一瞥し、ゲンデは呟いた。
「……こんなんじゃねえ……」
どうして、爽快感が湧いてこないんだろう。
 仇を討ったというのに。
 どうして、この声がまだ聞こえてくるのだろう。
 ……助けて。助けてお兄ちゃん。
 銀色の流体金属で包まれた手を、胸に当てた。
 ……苦しいよ、お兄ちゃん。
 そうだ、あの時からずっと、変わることなく聞こえてくる声。その声が、ただその声だけが彼を支えてくれた。その声だけが彼に戦う力をくれた。
 だが、未だ声は消えない。
 なぜだ。
 歯ぎしりをする。
 ……きっと俺は、帰ったら英雄と呼ばれるだろう。だがそんなことはどうでもいいのだ。
 俺はただお前の声に答えたくて、戦って来たんだから。あの時俺はお前を助けられなかったから。だから。
 それなのに何故だ……?
 ただ、疲労感だけが彼を包んでいた。
 

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