怪しい日記 西暦2004年6月
6月26日
 いまごろになって、海原零「銀盤カレイドスコープ」を読んでます。
 フィギュアスケートという題材に興味がもてなくて、買ったはいいものの何か月も積みっぱなしだったのですが……
 読んでみると、これが面白い。
 主人公の意地っ張りぶりに、憧れにも似た好感をもってしまいました。
 実力ある奴、凄い奴が大口叩くのって、なんてかっこいいんだろう、そう思いました。
 ああいう子を主人公に設定すると、一人称でも自分についてえんえんと書けて、ある意味突き放した三人称的な書き方ができるんですね。小説技法としても興味深いです。
 日記書きながらずっと読んでいて、いま読み終えました。
 天才の苦悩と誇りが余すことなく描かれた力作でした。
 それにしても、ライバルをほめるときに「この先も私の足の裏にへばりついてくる女」って表現は……いかしてます。
 あと印象に残ったのは、勝負の場に挑む前の緊張と恐怖。そして、勝負してる最中の熱狂と恍惚。
 ふたつの、あまりに鮮烈な対比。読んでるこっちもシンクロしまくりでした。
 スポーツに限った話ではなく、己の力を振り絞って戦うすべてのものへの、惜しみないエール。
 そんな小説でした。

 本の感想、もう1冊。
 ディーン・R・クーンツ「ベストセラー小説の書き方」朝日文庫
 熱い本です。
 「売れる本を書け! 読者の求める本、100万部売れる本を! なぜ君はトップを狙わないのだ?」
 「わたしは自己満足のために書く。そうでないという作家はうそつきだとわたしは思っている。売れるから、編集者が書けというからという理由で書いても傑作は生まれない。作家の内的衝動にもとづいて書かなければいけない」

 一見矛盾しまくったこの二つを、どちらも大切な真実なのだと、自信を持って語る本です。
 読者がもとめているプロットのパターンは? 主人公として適切なキャラクターは? 書き出しでやるべきことは?
 ミステリを書く場合、やってはならないことは? SFに説得力を与える方法は?
 などなどについて、具体的な例をあげて、ユーモアたっぷりにアドバイスした本です。

 「凶漢が60人も射殺したり、ハイジャック機をホワイトハウスに激突させたりして、その動機が失業保険の給付が1日遅れただけとなると、その小説を買ってもらうのはむずかしい」
 とか。

 「それは極論すぎる」「例外もある」「それはアメリカの話であって日本では違う」とか言いたくなった点もあります。
 しかし、敬意をもって、何度も読むに値する本ではあります。ワナビ必読書の一つでしょう。
 あと感動したのは、
 
 「自信喪失してスランプになったら、自分が軽蔑している作家の駄作を読め」
 
 という一文です。なかなか言えませんよ。これ。

6月21日
 台風6号が各地に被害をもたらした今日。私もわずかですが被害を受けました。
 東京には直撃してないんですが、それでも風が強くて。
 バイクが! バイクが倒れて!
 ガソリンタンクに握り拳よりでかいヘコミが!
 なんかタンクだけ見てるとスクラップっぽいです。
 タンク以外どこも壊れなかった幸運に感謝すべきなのでしょうか。

6月20日
 きのう日記に書いた喫茶店、今日もいってみたんですが……
 お休みでした。
 日曜日に休みだなんて! 神保町じゃあるまいし。
 仕方ないので別の喫茶店にこもってiBook広げてました。
 おお、プロットがすすむ。2週間くらいつまっていたのに。
 
 本の感想。
 
 渡辺まさき「夕なぎの街 18番街の迷い猫」富士見ファンタジア文庫
 渡辺まさき「夕なぎの街 こころのかけら」富士見ファンタジア文庫

 友人におすすめされて買ってみました。 
「夕なぎの街」シリーズの1巻と2巻です。
 まず世界設定の独特さにひかれます。
 主人公は和服着て、和風の居酒屋で働いて、でもこの世界は魔法の発達した世界で。魔法だけでなく科学もあって。科学は、19世紀レベルと思いきや部分的に現代より発達していて。魔法はクトゥルー系の召還魔法で。
 ごちゃ混ぜです。
 でも、不協和音はでてません。個性になってます。
 主人公が魔法で戦ったり、アンドロイドに心が芽生えて悲しんだり、そういう派手なできごとは起こっているのに、全体としてまったり落ち着いた雰囲気があります。家庭、家族といったもののあたたかいつながりが、作品全体をおおってます。
 地味なんですよ。そして薄口です。しかし……心に何かが残ります。
 「傑作!」というより「惜しい!」って感じですが。
 ロボ娘好きには2巻がわりとおすすめです。
 ロボットや人工知性の描き方が、ファンタジーならではの切り口で、面白く読めました。

6月19日
 近所に喫茶店が開店しました。
 私は東京のはしっこにあるこの街に10年住んでます。10年住んでわかりました。この街は飲食店の墓場であると。
 弁当屋が潰れ、パン屋が潰れ、寿司屋が潰れ、居酒屋が潰れ、ラーメン屋が潰れました。
 飲食店とはちょっと違いますが、先日はコンビニも一軒なくなりました。
 書店や理髪店なども消えていきました。
 駅前の商店街は10店舗もない小さいものですが、私がここに来た10年前と比べても確実に衰退しています。
 そんな恐ろしい場所に、喫茶店が! なんと挑戦的な。
 でも、歩いていける範囲に喫茶店がある生活って素敵です。
 応援しないわけには、いきません。
 さっそく行ってみました。
 中はなかなか落ち着いてます。壁なんかの木材の使い方がうまいんでしょうか、古めかしい感じなんです。
 神保町のさぼうるやラドリオみたいに、半世紀の時を実際に乗り越えてきた威厳と風格はありません。でも、それっぽくしようという意志は感じられます。
 店員の女性に案内されて席に座り、「窓の向こうにどんな景色が見える? 線路だ。いまいちだな」とか思いつつ注文しました。
 アイスコーヒーとサンドイッチのセット。サラダつき。これで500円は安い。大丈夫かと思うほどです。珈琲が200円というのはドトールに対抗する価格で、個人経営の喫茶店で実現するのはつらいんじゃないでしょうか。
 料理をもってきた店員さんに「どんな感じですか? この街って飲食店が定着しないんで、心配してるんです」と話しかけてみると、いろいろ話をきけました。

 店員「大学がいくつかあるので学生が来ることを期待していたんだけど、いまいち来ない」
 私「このへんの大学っていっても、バスで行く距離ですからね。学食で食べるでしょう」
 店員「少なくとも昼はさっぱりで、帰り道に来る人はいるんです」
 私「そうですね、夕方と夜はいけるかも」
 店員「でも、この喫茶店の存在に気づいてくれない人が多いんです。通り過ぎるだけで。駅から1分なのに」
 私「看板をもっと大きくしましょう。あと、この値段だと苦しいのでは」
 店員「とにかく他の喫茶店より安くしようと思ったんですよ」
 私「値段で勝負するのは難しいと思いますよ。むしろ高級感の演出をして、珈琲が500円でもいいから落ち着ける感じがほしいです。まったり本を読んだり。ぼくの場合、2時間くらい粘れるのが良い喫茶店です」
 店員「映画をスクリーンに映そうとか思ってます。珈琲も高いのと安いのを2種類用意しようかと思ってます。食事の種類も定食とかパスタとか増やして、お酒も飲めるようにして……要望があったらなんでもおっしゃってくださいね」
 私「メニューにナポリタンをくわえてほしいです。最近ナポリタンのおいしさにめざめたんです」
 店員「あ、それ他の人も言われたんですよ。喫茶店といえば甘いカレーとナポリタンとサンドイッチだろうって」
 私「まあ、古いタイプの喫茶店なんですけど。でも、そういうのが好きだって人は大勢いますよ。週に一度は必ず来ます、がんばって下さいね」
 
 さて、どうなることやら。

6月17日
 神田神保町の早売り書店「コミック高岡」で「電撃hp vol.30」を買って、レストラン「さぼうる2」で読んでました。
 さぼうる2のナポリタンはほんとに素晴らしい味ですな。くせになりそうです。
 今はいろいろありますが、私が小さかった頃、スパゲッティといえばナポリタンとミートソースの2種類しかありませんでした。
 ミートソースの方が明らかに高級な食べ物でした。ごちそうでした。
 しかしナポリタンも捨てたもんじゃありません! いままで馬鹿にしててごめんなさいナポリタン! ところでどのへんがナポリなのですか?

 電撃hpによれば、ついに「イリヤの空、UFOの夏」アニメ化!
 しかしイリヤ最大の魅力は個性的な文章表現です。もっといってしまえば「本筋とぜんぜん関係ないディテールの、超高密度な積み重ねによる、『雰囲気』の演出」です。文章でしかできないやりかたでの演出。
 映像で、あの空気を、どう表現しましょう。
 私はイリヤについて考えると、「文体こそ作家が真に売るべきものである。あらゆる物語は語り尽くされている。新しいプロットなどない。」というディーン・R・クーンツの言葉を思い出します。
 微妙な間のとりかたとか構図を工夫して、どうにか……
 
 上遠野さんのインタビューなんかも大変楽しく読めました。
 この人はとにかく、漠然としたものをはっきりさせず、漠然とした形のままで考える人なんですねえ。
 言葉や理屈をつけて「意味を限定する」ことをあくまで拒否する、というか。
 そして、「わからない」ということじたいを物語に変えてしまうのです。
 
 これから求められる物語とはなんであるか、ということについて、ずっと考えています。
 新しい物語がもうなかったとしても、それでも、ありえないものであっても人はもとめます。
 「新しく見える物語」? それでもいいです。読者が新しいと認識すれば新しいんです。
 電撃系の作品群は、やはり「新しい物語」をもっとも激しく、熱く追求しているように見えます。
 まあ、「全方位ミサイル」って感じですが。

6月12日
 映画「シルミド」の感想。

 韓国の映画が面白い、という噂は聞いていたのですが、実際観たのはこの作品が初めてです。
 いやあ、凄まじかったですよ。
 全編に渡り、銃撃や格闘の迫力と、ドロドロ生臭い人間ドラマと、そして「重さ」があふれてます。
 まず、特殊部隊の訓練シーンがとにかく執拗に繰り返されます。
 筋トレ、走り込み、射撃、登攀、格闘、潜水、対拷問訓練。罵倒と殴打の嵐。
 しかし執拗ではあっても単調ではなく、驚きがあり、ユーモアがあり、そして「こいつはこんな奴か」という「人間臭さ」が伝わってきます。
 そして長い長い地獄の訓練を経て、隊員と指導兵の間には絆ができて。
 ついに出撃の日が来た! しかし……
 私はまったく予備知識をもたずに観たので、「えー。……えー。そうなっちゃうのー!」と驚きつつ、「物語が想像を超え、超カタストロフに向けて疾走を開始したときの、あの暗い喜び」に震えていました。
 そのあとは、もうひきこまれて、時間を忘れてみてました。
 隊長かっこいい! とか、人間の暗黒面の書き方がすげえ上手い! とか、こいつは悪なのに怒りではなく悲哀を感じさせる! とか、そんな感じで。
 最後は……悲劇なのですが、「泣ける」というよりは、「胸に重苦しい気持ちがつまって、それなのに大切な何かがスッポリ失われてしまったような気がして……」という印象です。
 国家の暗黒面と、韓国人の情念がいかに強烈であるかをとことん描き抜いた力作です。
 ちょっと陰惨すぎる気もしますが。強姦シーンまであるので、観る人は気をつけて下さい。
 
 映画館を出た後、シルミドの看板をボーッと眺めていると、あとからでてきた人が携帯電話で話しはじめました。
 「あー、おまえか。いま映画観てたんだよ。すっげー迫力だったぜ。韓国の映画でさ。タイトル? 『チミドロ』」
 ちがうー! でも内容に合ってるー!

6月6日
 今日は馬車道でスパゲッティ食べて、そのあと喫茶店にこもってプロットいじってました。
 そこそこ進みました。
 しかし、馬車道はとてもおいしくて、内装もウエイトレスさんもしっとりした雰囲気で大変すばらしいのですが。
 柱という柱に時計がくっついているってのは、どうかと。そんなにいっぱい時計つけて何の意味が。
 松本零士メカの謎メーターみたいなもんですかね。
 機械化人の顔についてる奴なんて、何を表示してるのか、誰が見るためのものか、全然わからんのですが。
 やっぱりあれですかね。顔色とか表情に相当するもの?
 「あっ、今日は伯爵、ご機嫌斜めだぞ?」とか取り巻きが判断できるようにするためのメーター。

 本の感想。

 あすか正太「総理大臣のえる! 神様だよ、全員集合!」スニーカー文庫
 私の大好きな「のえる!」ついにでた7巻。
 今回も飛ばしてます。
 美少女総理のえる、謎の宗教団体に拉致される!
 ところがのえるが「自分で考えろー!」と説教かますや、みんな感動してのえるを新しい教祖にまつりあげる。
 教祖やってる間の代行総理は、マジメで泣き虫であがり症の女の子。もう困りまくり。
 「こうなったら副総理は泣き虫キャラで売りましょう!」「えー!」
 相変わらずむちゃくちゃです。
 のえるのペースに全員が振り回され、トンデモ思考が拡大していくスラップスティックの王道展開が、テンポの良さとあいまって実に笑えます。
 しかし笑えるだけでなく、悪ノリ悪ノリが連鎖反応するギャグ部分と、信頼や自由の価値を高らかにうたいあげる後半のシリアス展開が、無理なくマッチングしてます。
 字をでかくして、凄まじいスピードで場面を切り替え、地の文を極限まで省略し、つじつまが合わないところもあり、いろいろと「掟やぶり」ですけど、でもそれが全部、疾走感につながってるんだから文句言えません。
 こんなこと絶対あるわけないけどこうだったらいいなあ、と思える、政治家の、社会の、人間の物語。
 一流のコメディであり、「鼻につかない、説教臭くない風刺」のお手本でもあります。
 いつもの「のえる」です。
 しかし。一言だけツッコミが。
 覚醒剤と大麻はぜんぜん別物ですー!!
 しっかりしてくださいー!

6月5日
 本の感想。

 桐咲了酒(きりさきりょうき) 「快傑! トリック☆スターズ」(ファミ通文庫)
 この人は以前ジャンプノベルで「霧咲遼樹(きりさきりょうき)」として活動しており、今回の作品は名前を変えての再デビューということです。
 現代日本、のような世界で、美少女名探偵(天然ボケ。お嬢様。眼鏡っ娘)が、「怪盗」と知的バトルをする話ですな。
 バトルに巻き込まれて主人公が困る話、とも。
 すごく漫画的というか、ギャグっぽくデフォルメされた「お嬢様」「怪盗紳士」「サムライ」。
 その「変」なところがきっちり物語や謎解きに生かされてるってのが、なかなかいい感じです。
 富士見ミステリ文庫の「東京タブロイド」なんかが好きな方におすすめします。
 あと、表紙や口絵などのイラストやデザインが遊び心と雰囲気たっぷりで、「小説」というだけでなく「1冊の本」として完成されてるんですね。

 最近、「21エモン」などの藤子不二男作品(Fのほう)を読み返しています。
 私が生まれて初めて買った本、それは「21エモン」の2巻です。まだ5歳くらいだったはずです。
 店員のおばさんとどんな風に会話しながら買ったか、ということすらおぼえています。
 藤子作品は私の原点なのだなあ、などと思います。
 21エモンをいまでも通用するライトノベルに作り替えるには、などという妄想を膨らませるとなかなか楽しいです。
 つぶれ屋(違う)のボロっぷりはそのままでいいでしょう。
 今どきあの形のロケットはないだろうと思いますが、レトロフューチャーというもののありますしねえ。
 主人公は、宇宙パイロットに憧れる理由を強化しましょう。
 モンガーとゴンスケは、やっぱり女の子にしたほうが。
 モンガーはともかく、ゴンスケみたいな性格のヒロインいやですよー。

6月1日
 ひどく暑かった、こないだの日曜。
 どうもプロットがうまく練れないので「よし! 場所を変えよう!」と思い立ちました。
 ちょっと遠くに、長居できて気分の盛り上がる喫茶店とかないか、と。
 漫画家さんなんかはネームを練るのにファミレスをよく利用するそうですが、ファミレスなんてどこも同じ……ということはなく、おなじチェーンであっても、飲み物食べ物が同じであっても、「ここはアイディアが出る。ここは出ない!」とはっきりわかれるそうです。漂ってるオーラが違うとか。島本和彦さんがそういってました。
 きっと小説書きにも同じようなことが言えるでしょう。だから適した場所を見つければ作業もはかどるはずです。
 相模湖あたりなんてよさそうだな、と思ってました。湖が見える喫茶店でiBookを広げてプロットづくり。いかにもいい感じです。
 ところが行ってみると、「どーも適当な場所がない……この店はなんか違う……」
 国道20号線をどんどん進んでいきました。きっともっといい場所があるはずだと信じて。
 すると……山梨県に入ってしまいました!
 「今日はツーリング! 決定!」と開き直って、日帰りツーリングを楽しんできました。
 いやあ、大月市にある「猿橋」という橋がわりと当たりの観光スポットでした。瓦屋根みたいなものがくっついた木造の橋で、深さ数十メートルの渓谷にわたされていて。橋の上からみおろすと、景色もいいですし、谷を吹き抜ける風を全身に浴び、爽快な気分になれます。ここって国道20号からたった100メートル入ったところにあるんです。日常と隣り合わせの異世界感。
 しかしボロボロの顔出し看板が置いてあるのがなんとも(笑)。
 よーし橋の上で原稿書いちゃうぞー。とかいって、ちょっと書いてみました。
 ……景色にばかり眼がいって、あまり書けませんでした。
 猿橋公園にあった「山梨ロマン街道 富士の国やまなし」という宣伝文句にすこしカチンときた私。
 静岡出身者としてひとこと。
 富士山は静岡と山梨の共有財産です! ひとりじめしないでください!
 いえ、6対4くらいで静岡の取り分が多いはずです!
 (もっと過激な静岡人は、静岡による独占を主張し、北から見える富士山のことを『裏富士』とよびます)
 


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