エピローグ1 伝説

 地球人類が、選民思想にもとづく「地球帝国」を建国してから数十年が過ぎた。
 地球人こそ貴族。宇宙を支配すべき偉大な種族なのだ。それ以外の種族は、たとえ顔かたちが似ていても、亜人間にすぎない。そういうことになっていた。
 惑星エバーグリーンも、地球帝国の要所のひとつだ。
 エバーグリーンの原住民も、やはりまともな市民とはみなされていない。とりあえず地球人に混じって暮らしてはいるが、休みもない肉体労働以外の仕事は決して与えられない。使える食堂や列車、トイレまで地球人用とは区別されている。
 そんな差別を受け続ける原住民が、大量に暮らすホープシティのスラム。
 荒れ果てた「自治区」から出てきたものの、住む場所すら見つからない原住民たちが、何十万という単位で路上に暮らす場所だ。あるい住む場所が見つかっても、それはトタンの小屋で、水道もガスも電気もそこには存在しない。法律も社会も守ってくれない。
 褐色の肌をした浮浪児たちが、数人連れ立って、あるボロ小屋をめざしていた。
「今日もおばあちゃんのとこ、行くのか?」
「あったりまえじゃん。あのおばあちゃんとこ行きゃ、イモ一個くらいは食わせてくれるぜ。それに」
「面白いもんな、おばあちゃんの話」
 スラムの一角にある、とても人が住んでいるとは思えない「板切れとトタンのかたまり」に、子供たちの目的とする人はいた。
「おばあちゃーん! あそびにきたよおー!」
 だが、小屋の中から現れてきたのは、おばあちゃんではなく、背中の曲がった小柄な老人だ。
「ああ、ユクルじいちゃんもきてたんだ」
 チョコレート色の肌をした老人は、よく見えない眼を何度か開閉した後に、笑う。
「ははは、ちがうよ、わしはユクルじゃなくて、アーサーという名前なんだよ。お前たちの目当てのエルミンおばあちゃんも、本当はジェニファーだ」
「地球人のつけた名前なんか、どうだっていいじゃん!」
 先頭の子供が声をあらげる。
「そうか、そうか。まあ、みんな入りな。きっと、おばあちゃんも喜んでくれるよ」
 子供たちの期待どおり、エルミンおばあちゃんは子供たちにイモがゆを食べさせてくれたし、百才を過ぎているというのに大した記憶力で、昔の面白い話をしてくれる。
 とくに、自分たちがまだ地球人に屈さず、大地の声をきいて生きていた時代があったこと、その生活を守るため戦った勇者たちがいたこと、それは子供たちにとって「伝説」だった。
「ねえねえ、大地の声って、どんなの?」
「ううん、あんたたちに説明するのはむつかしいねえ」
 しわの塊のような顔を、いっそうくしゃくしゃに歪めて、エルミンはいいよどんだ。
「けれど、まあ、自分たちは大地の民なんだ、地球人とはちがうんだ、ずっとそう思い続けていれば、そんなこと気にしなくたって大丈夫さね。いつか全てかわるんだ、たどりつくんだ、勝つんだって」
「よくわかんない」
 そこでユクルが疑問に答える。
「このわしが、お前たちと同じくらいの歳だったころ、エルミンおばあちゃんは約束したんだよ」
「だれと?」
「あの眼鏡の人と、さ」
 部屋の隅には棚があり、ひとつの眼鏡が置かれていた。何かの衝撃を受けたのだろうか、レンズが片方割れている。
「だから、わすれちゃいけないよ」
「うん!」
 その眼鏡をかけた人物が、エルミンおばあちゃんが昔好きだった人だということを、子供たちは知っていた。

 エピローグ2 神話

「諸君、ついに勝利の日は来た」
 ブリッジに立つ艦長は、褐色の肌と尻尾をもっていた。
 それぞれが担当する機械の前に座った部下たちは、それぞれ違う姿形をしている。
 ある者は毛むくじゃらで、直立した猫のようだ。また別の者は大蛇が腕を生やしたような姿をしている。背中に翼があったり、眼が三つだったりする以外は、地球人と変わらない種族もいる。
 みな一様に、やかましく叫び、艦長の言葉に賛同をしめした。どれほどうるさくしても、軍規にもとづいて叱るような無粋な者はここにはいなかった。
 当然だ。
 何十世代もの間にわたって悲願であり続けた、地球人支配体制の打倒が、今果たされようとしているのだ。
 当初は活気にあふれていた「地球帝国」も、建国以来1400年を経て腐敗しきっていた。
 貴族たちは内政を忘れて、領地をめぐって争っていた。帝国中央の連中は、毎日ひたすら遊び惚け、あるいは権力や女を取り合うことに夢中で、誰も、自分たちの帝国が崩れつつあることに気づかない。
 そしてあの「詩人たちの夏」事件。帝国のタガがゆるみきっていることが明らかになった。
 歴史の陰にかくれ、密かに連絡をとりあい抵抗組織を作り上げていた異種族たちが、銀河解放戦線の名の元に一斉蜂起したのは、そんな時のことである。
 それ以来、長い眠りによって精強さを失っていた帝国軍を破りに破り、帝国をいくつにも分裂させ……
 コアロード宙域会戦の敗北によって銀河中核部の工業施設を喪った帝国に、もはや逆転の手段はなかった。
 ついに今、勝利の時が訪れようとしていた。わずかに残る支配領域に逃げ込んだ帝国軍を、あくまで地球人独裁にしがみつこうとする者達を、圧倒的多数の銀河解放軍が包囲しているのだ。
「全艦一斉突撃は一八〇〇だ。まあ散発的な抵抗しかないだろう。
 だがまあ休ませるわけにもいかん。俺から話がある。この戦いに終わりが訪れるとき、言おうと思っていた話だ。皆、聞いてくれ」
 艦長は、雑多な種族の入り乱れるブリッジ全体を見回し、話をはじめる。もちろん彼の言葉は、ブリッジだけではなく全艦に中継されていた。
 彼の話とは、地球帝国建国前夜、ただひとり異種族の心を理解し、異種族のために戦って死んでいった、ひとりの男のことであった。
「その男の名はエリオット・マースチン。俺の種族を解放するために軍をつくったという。今の我々には彼が何を考えたのかは判らない。だが、 彼の夢が今やっとかなったのだと、そう考えていいだろう」
 そう言って艦長は、床に置かれていた透明なケースを取り上げた。ケースには、銀色に光る眼鏡が入っている。
「これは、俺の種族に代々伝わる、エリオットの遺品だという眼鏡だ。本物かどうかは判らない。だが、俺は、こいつに、すべてが変わる瞬間を見せてやろうと思う」

 やがて通信回線を、震える叫びが満たした。
「全艦突撃!」
「……了解。銀河解放艦隊所属巡洋戦艦『大地の声』、突撃!」
 無数、としかいいようのない数の艦隊。ありとあらゆる種族が建造し、何千年も昔からの夢を果たすためここに集結させたものたちが、いっせいに光の尾を引いて加速してゆく。
 艦隊の去った後の宇宙空間に、なにか小さな物体が浮かんでいた。
 眼鏡だった。
 眼鏡は艦隊を見送っていた。
 やがて戦いが終わり、それぞれの種族が、それぞれの言葉でよろこびを声に託して叫ぶ。回線という回線にあふれる、勝利のさけび。
「諸君! 地球帝国は崩壊した……!」
「我々が誰の目も気にせず暮らせる時代がやってきた。我々が創った……!」
「我らは居場所を手にいれた。我らが創った!」
 かけるもののいなくなって久しい眼鏡が、誓いの果たされるところをじっと見守っていた。

「フロンティアの落日」完

 1996.2.15脱稿


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