フロンティアの落日

 プロローグ1 大地の声

 粗末な布でつくられた天幕のなか、焚火が燃えていた。揺れる赤い光に照らされて、マグマのような顔色になった男たち。赤熱した顔は、みな一様に苦悩の色をうかべていた。
 彼らの内面世界も、顔色と大差の無いもので満たされているらしかった。
「また、流れ星がきたのか」
「そうらしい。地球人たち。今度はなにをしにきたのやら……」
「奴らは今度もまた、約束を破るだろう」
「もう耐えられぬ、抵抗だ!」
「長老! 抵抗の許可をください!」
「ホープシティを討ち滅ぼせ!」
「長老!」
 男たちは、長老とよばれる老人を見つめ、そう叫んだ。そうだ、そう叫ぶだけの理由が確かにあった。彼らの家族は、友人たちは、地球人によって……
 だが長老は、肯定の意を示さなかった。ただ、しわだらけの表情を苦々しげに歪めたまま、おちくぼんだ目を閉じたまま、震える声でこう言っただけだった。
「なぜ、彼らには『大地の声』が聞こえんのだろう……」

 男たちの集まっていたテントは、草がまばらに生える土地のなかにあった。
 ヤック鳥と呼ばれる大きな鳥、ダチョウに似た乗用動物が、テントの周りで首を折ってすわりこみ、静かに眠っていた。
 テントで寝起きする毎日、ヤックに乗ってささやかな狩猟。それが彼らの生活だった。
 百年前もそうだった。千年前も同じだった。一万年前も変わらない生活をしていた。草原で、機械を作る事も大地を掘り返すこともなく、動物たちと暮らしていた。
 これからもずっとそんな毎日がつづくだろうと、みんなが信じていた。
 地球人たちが、流れ星に乗ってやってくるまでは。
 地球人たちが都市をつくり、騒々しい機械に乗って緑の野を荒し回り、原住民を駆り立てはじめるまでは。
 部族会議は、今回もまた虚しい結果に終わった。テントから出てきた部族のひとりは、天を仰いだ。
 美しかった星空は、数千の星々が形作る星座は、いままで見た事もなかった明るい星たちによって壊されていた。
 月よりも明るいその星たちは、普通の星のように一昼夜かけて天空を巡るのではなくて、一日に何度も天と地の間を駆け回っている。
 もちろん、それらはただの星ではなくて。
 あれが地球人の船か。
 部族のひとりの表情が、いっそう暗く、ひきつったものに変わった。
「なぜ、彼らには……」

 プロローグ2 反逆の日

 ちょうどあの日のように、雨が降っていた。
 二十代なかばほどに見える金髪の若者が、馬ほどの大きさがある鳥、ヤック鳥にまたがり、何事か命令を発していた。
「第1小銃隊、北の谷に回り込め!」
 金髪の若者が発した命令にしたがって、彼と同じような鳥に乗った数十人の者達がいっせいに行動を開始する。
 めいめいライフルを持った、その連中の姿は、金髪の若者とはまったく違っていた。
 黒髪、浅黒い肌。まだ肌寒い季節なのに、彼らは上半身裸だった。よく灼けた肌の下には自然の中できたえられた筋肉がうねっている。服のかわりに、彼らの民族にしか理解できない意味をもつ色とりどりのボディペイントが身体中をおおっていた。骨でつくった首飾りを身に付け、染めた鳥の羽根で頭をかざっていた。そして、尻からは、犬のような尾が伸びている。
 そんな格好でありながら、持っているのは銃剣をつけたライフルや、重そうな機関銃や、ロケット砲なのだ。
「リョウカイ!」
 奇怪ないでたちの、尾をもった戦士たちは、どこか発音のおかしな返答をして走り去る。
「エリオット、勝てるの?」
 女の声が、金髪の青年に問いかけた。エリオットと呼ばれた青年はすぐに声の方へ振り向き、そこに若い娘の姿を見いだした。彼女もまた羽 根飾りを髪につけ、腰から尾が垂れ下がっている。男たちと違って、胸のあたりに二本の布を巻いてふくらみを隠している。
「エルミン、そこにいたのか」
 エリオットは黒髪の娘を見ると、今までの固い表情をくずした。
「大丈夫さ。まだ地球人たちは、原住民のことを馬鹿にしてる。石槍を振り回すしか能のない原始人だと思ってる。きっと勝てるよ」
 自分もその地球人のひとりであることを、エリオットはあえて無視した。
「そうね。あなたの作った武器もあるし」
「うん。あのロケット砲。機関銃も水冷にしたし」
「なに浮かない顔してるの? 勝てるんでしょ? 自信もってよ。あなたの作ってくれた科学兵器が、あたしたちドロパの一族に力を与えてくれたのよ。地球人をぶちのめす力」
「うん、それは判ってるけどね」
 エリオットは、かたわらの少女に、無理な笑顔をつくって見せた。
 たたかうしかない。理屈なんていらない。助けをもとめる人がいて、ぼくがそれに力を貸せるんだから……やるしかないじゃないか。
 エリオットの、その灰色がかった青い瞳の中に、そんな思いがあった。
「いかなきゃ。ぼくは族長たちと一緒に、谷の入り口で迎撃を指揮する」
 つとめて冷静そうな表情をつくってそう言うエリオット。けれど、「英雄の花嫁」であるエルミンには、そんなエリオットが内心でどれだけの葛藤をかかえているか、よくわかった。痛々しい、本当にそう思っていた。
 けれどエリオットも、そして自分も、「独立戦争の指導者」としての立場にいつづけ、仮面をかぶり続けなければいけない。
 エルミンも微笑んだ。エリオットのそれに負けずおとらず、嘘臭い笑みだった。
 二人はヤックの腹を蹴り、駆け出した。
 谷の入り口には、すでに武装した地球人たちが装甲車に乗って押し寄せていた。数百台いる。
 すでに戦いは始まっていた。
 装甲車が屋根に据え付けられた重機関銃をうならせる。砂煙が舞って、たちまち一頭のヤックとその乗り手が血しぶきとともに土に沈んだ。
 だが情熱に燃えた原住民たちは、仲間を射殺されたくらいでは決してひるまない。あるいは岩陰に隠れながらロケット砲を撃ちこみ、あるいは装甲車に肉薄して爆弾を叩きつける。
 続けざまに響く、軽い爆音。重い爆音。
 残像を眼に焼き付け、白煙を曳いて飛ぶ炎の矢。天よりの水をものともせず、一瞬で燃え上がる人、機械。
 数十人の人間がまとめて焼かれるときの、なんとも言えない異臭。絶叫、また叫び。
 そこに登場したのが、他のヤックと違う純白の毛をもつヤックにまたがったエリオット。
 ちがうのは、またがったヤックの色ばかりではない。
 原住民にはありえない金色の髪、そして顔にかけられた金属フレームの眼鏡。泥に汚れたマント。武装してはいないが、なによりの武器が、その頭の中に詰まっている。 
 英雄。
 原住民の戦士たちに武器をあたえてくれた英雄の姿。解放者エリオット。いっせいに戦士たちが歓声をあげる。
「ドロパの民に自由を!」
「シャラーハの民に勝利を!」
「この大地は俺達のもの!」
「地球人どもを追い散らせ!」
 エリオットとエルミンがヤックに乗って、ぬかるんだ大地を駆ける。するとふたりに続く戦士たちが、そう叫びをあげる。何度も何度も。
 ああ、そうだ。ぼくは英雄になった。
 でも……ほんの少し前まで、ただの失業者だったのに……なんでこんなことになっちゃったのかな。
 エリオットが戦陣に加わったことで、原住民たちは異様なほど戦意を高めていた。思ったとおり原住民を甘く見ていた地球軍は、思わぬ抵抗にあって敗退しつつある。
 安堵のなかで、エリオットは、自分がなぜこんな英雄なんかになってしまったのかを、思いだしはじめた。


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