小川一水の諸作品について

 おそらくあなたは、小川一水という作家をナメている。
 なるほど、地味な作家だ。文体はいまひとつ起伏に欠けているし、キャラクターの心理描写は浅いし、コメディシーンのかけあいの面白さも、人並み以上のものではない。「SF作家」と自称しているわりに、「なるほど、間違いなくSFだ」と言い切れる作品はほとんど書いていない。
 しかし、彼がSF作家になりたがっていたことだけは、そしていまも諦めていないことは、作品からはっきりと伝わってくる。それも、古き良きSFだ。いまだ宇宙に夢があったころ、科学によって人が幸せになれると、多くの人々が無邪気に信じていた遠い遠い昔の、SFだ。
 同好の士としては山本弘、秋山完、野尻抱介などがいるだろうか。だが、小川氏には彼らのような衒学趣味がないため、ウンチクの洪水に悩まされずに読める。
 コメディ要素も一応はあるため、肩の力を抜いて読める。
 名古屋好き、科学好き、バイク好き、銃好き、機械全般が好き。そういった趣味の要素が、彼の作品には濃厚に漂っている。そして、それだけ趣味に走っていながらも、一般の読者を拒絶していない。作者自身が楽しんで書いてるが故に、読者にも楽しさが伝わってくる。
 幸福な作家だ。彼は幸福な作家なのだ。
 もう一つ、彼には大きな強みがある。
 「材料面でのオリジナリティ」。着眼点の面白さである。普通の人間が興味を持たないか、あるいは気づきもしない題材の面白さを発掘して、読者の前に展示する。一息に読める面白さ、というデコレーションを施して。このあたりの目利きのセンスは、なかなか努力では修得できないものだ。ネット上に「あの小説は××のパクリだ」「あの作家は人の真似ばかりしている」という批判が満ち溢れている(三雲岳斗を参照)ことを見れば判るとおり、オリジナリティを手にするのはきわめて困難である。だが小川氏は、まごうことなきオリジナリティを、「この人にしかない武器」を持っているのだ、この作家は!
 もっと注目されていい作家である。

 「まずは一報ポプラパレスより」シリーズの批評
 「アース・ガード」の批評
 「アマリアロード・ストーリー」の批評
 「こちら郵政特配課」の批評
 「イカロスの誕生日」の批評
 「回転翼の天使 ジュエルボックス・ナビゲイター」の批評
 「グレイ・チェンバー」の批評
 「ここほれONE−ONE」シリーズの批評


 「まずは一報ポプラパレスより」シリーズ
 
(集英社 ジャンプノベル)
 

 
1巻「まずは一報ポプラパレスより」
 この作家のデビュー作である。
 当時彼は「小川一水」ではなく「河出智紀」と名乗っていた。彼は現在よりもさらに若く、無限の可能性を秘めた超若手作家の登場に読者は驚嘆したものだった。
 この作品はこんな文章でいきなりはじまる。
 「おそらくあなたは、ウルムスターという国をナメている」
 名文であろう。「ウルムスターってなんだ?」と思った瞬間、読者はすでに術中に落ちている。
 かくて主人公は気弱なスパイとなり、ウルムスター王国にて、風変わりな王女殿下と一緒に奔走する羽目になるのだ。
 「なぜ勝てたのか」という考証の部分に無理を感じるが、まあ本格軍事小説ではないのだから、こんなものだろう。設定が似ているため、田中芳樹の「アップフェルラント物語」と比較してしまうが……アップフェルラント物語を楽しめたという読者であれば、まったく気にせず読める程度の問題である。
 

 「まずは一報ポプラパレスより2」
 短編集である。
 鷹城冴貴氏のイラストがよく似合う、理想主義のキャラクターたち。強い女達にはさまれて戸惑う主人公。
 これから始まる大きな物語のプロローグとでも言うべき本だ。
 そして……「大きな物語」は、ついに書かれることがなかった。
 この本を最後に、作者はジャンルノベルから、そして出版界から姿を消す。
 このまま消えてしまうのか。数少ないが熱心な愛読者たちは、またひとり良質の作家が消えてしまったことに心を痛めた。


 「アース・ガード」(ソノラマ文庫)

 だがしかし、彼は消えてはいなかった。小川一水と名を変え、新たな活躍の場を手に入れて還ってきたのだ。
 うーん、えらく軽い。こいでたくのロリ系イラストがぴったり合う話だ。楽しそうな雰囲気に満ちている。少しコミカルでサラッと読める、娯楽作としてよくできている。


 「アマリアロード・ストーリー 復讐銃騎アンジェラ」(ソノラマ文庫)
 これである。このあたりから、小川氏のオリジナリティが発揮されはじめたのだ。
 前作とは打って変わって、暗く重い復讐の話。一族を皆殺しにされた女が狙撃の腕を磨き、伝説の銃を使って復讐の旅に出る。舞台設定は、十八世紀あたりをモデルにした架空の世界。
 伝説の剣ではなく伝説の銃、「キャニール・ミリタリー・スペシャル」、またの名を「七頭竜」の設定が面白い。遠距離射撃を重視した狙撃銃「稲妻のイエボー」、発射速度の早い前装式の銃「疾風のギルウイング」、すさまじい破壊力を持った巨大な銃「爆炎のストラボ」、音を出さない暗殺用の銃「毒牙の二メンス」など、それぞれ特色のある7つの銃を駆使して、主人公と敵の国家が戦う。銃に関する豊富な知識に裏打ちされたアクションには並以上の迫力がある。いや、そもそも前装式の銃を使って戦う話など、滅多に書かれることはない。剣か、二次大戦以降の銃か、ライトノベルにはその片方しか登場しないのだ。ある意味、新しい分野を拓いたともいえるだろう。


 「こちら郵政特配課」(ソノラマ文庫)
 またしてもコメディ路線の話に戻った。これはこれで面白い。郵便局をかっこよく描いた話など、なかなかお目にかかれないだろう。


 「イカロスの誕生日」(ソノラマ文庫)
 小川一水最大の問題作である。
 この作品は、空を飛ぶ能力をもった者達の物語である。どういうわけか翼を持ち、空を自由に飛ぶ。精神も普通の人間と少し違い、束縛を極度に嫌がる。自由を常に欲する。彼らはイカロスと呼ばれた。ある日イカロスは、人類を背後から操る組織によって敵視された……
 この作品は「逃げる」ことについての作品である。
 イカロスが持つ飛行能力は、「逃げたい」という願望のあらわれなのだそうだ。枠組みが飛び出すことによって人間は進歩してきたんだ、だから束縛を脱して何が悪い、と弁護されもするが、それでも登場人物たちは、主人公さえも認めている。我々は苦しいから逃げているのだと。
 逃げることは恥ずかしいこと。自分だけ逃げるのはもっと恥ずかしいこと。
 そういった常識について「本当にそうか?」と疑問を投げかけているのが本作品である。
 きわめてクセの強い作品だと言えよう。


 「回転翼の天使 ジュエルボックス・ナビゲイター」(ハルキ文庫)

 「戦闘機パイロット」。
 なるほどかっこいい。
 だが、「オンボロヘリコプターで人命救助」はどうだ?
 それも、そのヘリコプター会社というのが社員3人しかいない零細企業で、金にならない人命救助をやってしまうがために潰れる寸前だったら? どうにも冴えない話だ。

 しかし、彼らはかっこいい。
 やるべき事を、やるべき時にやった人々だから。
 というのが本作品である。「宇宙船サジタリウス」の主題歌が聞こえてきそうである。
 
 作品を読んだ人間は、「現実」と「夢」は相反するものではないことをいやでも知るだろう。わざわざ超能力や宇宙人や架空の世界を持ち出さなくても、この世界にはドラマとロマンがあふれていることを、日常と非日常は全く別のものではなく地続きであることを、この作品は訴えている。純粋に小説としての完成度がきわめて高い逸品である。
 それはいいのだが。
 ハルキ文庫によると「新世紀SF」なのだそうだが、この話の一体どこがどのようにSFなのだ。
 あっ、もしかして「スカイ・フィクション」略してSFか?
 


 「グレイ・チェンバー」(集英社 Jブックス)

 小川一水名義でジャンプノベルに復帰!
 これぞ凱旋である!
 さて内容だ。
 パンツがパンツが。
 以上。
 実際第一印象はそれなのだが、それではあんまりなので。
 途方もないスピードで一気に読めてしまった。読みやすいから、ではなく、内容が薄い。
 敵と戦うことが主眼ではなく、友達とコミュニケーションするのが話の中心なのだと割り切って読めば、いい出来である。
 ただ、小川作品の特徴である「機械油の臭い」が漂ってこない。彼は地に足のついた科学考証を心がける作家だったのだが、今回そういった面は全くない。
 説明を放棄し、読者も主人公も知らない専門用語を連発する。その連発によって発生する強烈なハッタリが「何か裏に凄いのがありそう」な雰囲気を生み出し、読者を強引に引っ張る。それが今回使われた手法だ。後半では多少の説明はされるが。
 うまく行けば秋山瑞人のような「勢いがあり、説明臭くないが、そこには膨大な量の情報があり、世界観のすべてが示されている」という状態を作り出せるだろう。だが危険な賭けだ。滑ったら「はあ? なんだそりゃ」と思われるだけだ。
 ギリギリ賭けには勝っている。本当にきわどいところで。


 「ここほれONE−ONE」シリーズ
 

 「ここほれONE−ONE」
 すごいタイトルである。
 タイトルほど中身は妙ではない。
 地面を掘る人達の物語だ。例によって、一般的にはあまりかっこいいと思われない人達の物語である。
 彼らが仕事をする過程は精密な考証によって裏付けられている。
 そして発生するトラブルも、背後に大量の資料の存在をうかがわせるものだ。
 実によく調べて書いてるんだな、というのが感想だ。
 ただ、盛り上がりは弱い。キャラの魅力もさほどない。ヒロインの正体や動機についても、あまりにあっさり明かされすぎている。とにかく、森あがるはずの場面でさらっと流れてしまうのは問題だ。
 シリーズ化されるらしいので、全部よんでみないと本当のところは判らないのだが。


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