*カルテ3

      静かな月夜、診療室の奥にある技工室で、ゼフェルは
      ワックスアップを終えたアンジェリークの歯牙模型をぼんやりと眺めていた。
      あとは    これを金属に置き換え、研磨すればクラウン(鋳造冠)ができる。
      このかぶせを次回セットすれば、治療はおしまい。
      不適合で再製なんて事、ゼフェルの腕では    ありえない。

      ふと、いつかのアンジェリークの手の模型が目に入った。
      細い指、ぶきっちょで    小さな。    神の造った芸術品‥‥‥
      ―アンジェリークにしてみれば、彼の    爪も短く整えられた    長い指のほうが
      憧れの対象だったりするのだけれど。―
      ゼフェルは    その白い石膏の薬指に    ワックスで繊細な花の透かし模様の指輪を作り
      金で鋳造して、白衣のポケットに忍ばせた。計画なんか、ないけれど。

      予約の日。

      ピンセットでクラウンをつまんで、試適しようと顔の上に持ってゆく。
      これで、きょうで    最後なのだ。
      柔らかな金糸の髪    陶器のようになめらかな白い頬
      鮮やかなエメラルドを包み隠している、薄い瞼と長いまつげ
      薄紅の唇の柔らかな感触は、グローブ越しの指先で    知っている。
      全てが、記憶に焼き付いて    胸を締め付ける。

      余計な考えが    頭を駆け巡っていたおかげで、普段なら考えられない様なミスをした。
      ピンセットから滑り落ちたクラウンが、エプロンの喉元を転がって、消えた。
      「きゃっ、つめたい!」
      丹精こめたクラウンは、アンジェリークのブラウスにするりと入り込み
      驚いて動く度に    逃げ回るのだ。
      ふくよかな双丘の谷間を、臍のくぼみを、ゼフェルの知らない    領域を‥‥

      「あの、あっちで、取って来ますね。」
      行方が分からなくなって、アンジェリークはチェアを降りると
      レントゲン室に入って行った。

      「あれ〜?どこにいっちゃったんだろう‥‥無いなー」
      ブラウスを脱いで、パタパタ振っても、スカートを脱いでひっくり返しても、ない。
      ようやく    タイツの中に発見した時には、スリップ1枚の姿になっていた。

      「よー、あったか?」
      まさか、そんな事になっているとは思わず
      もういいかげん    見つかっただろうと様子を見に来たゼフェルは
      ガラスの自動ドアが開いた途端、脳天を突き抜けるような衝撃を食らった。

      3歩、だった。
      大股で歩み寄り    スカートを手に首だけこっちを向いて固まっているアンジェリークを
      気がついたら力一杯    抱き締めていた。(ゼー様、それは犯罪です〜:泣)

      もう、止めらんねー

      唇を    重ねる。
      碧の瞳が揺れて    紅の瞳を捕らえた。

      ゼフェルは    あられもない格好のアンジェーリークを軽々と抱き上げ
      床に転がっている    探し物には目もくれずに
      奥の私室に向かって    ずんずん歩き出した。

      ベッドに降ろして、もう一度抱き締めた。
      甘い匂いに    頭の芯が痺れてゆく。麻酔を打たれた獣のように‥‥

      「あの‥‥ゼフェル様‥‥ちょ、ちょっと‥‥‥」
      「ヤなのか?」
      「そうじゃないです‥けど‥‥」
      「何なんだよ」
      もごもご‥‥‥
      「はぁ?」
      ――――お嫁に行くまでは、そういうの‥‥‥
      「だったら、今すぐ結婚するか?」
      白衣のポケットから取り出した指輪は、アンジェリークの指にぴったりとはまった。
      「ゼフェル様‥‥‥‥」
      驚きと、喜びに    頬を染めて、
      アンジェリークは、瞳を、閉じた‥‥‥‥‥。

      *予後報告

      結局、アンジェリークに押し切られて    お預けを食ったまま、
      ゼフェルは    正式な申し込みをしに    彼女の両親を訪問する事になった。
      クラウンはきちんと洗浄して、無事に装着され、治療は終わったけれど
      ふたりの物語は    まだ終わらない。
      つづきはあなたの心の中に‥‥‥(筆者逃走:爆)

      FIN



      1998.5.20 ROM /個人で楽しむ以外の転用、複製及びHP上での使用をしないで下さいね。