続・歯科医師ゼフェルの診療録

      注)このお話は、「歯科医師ゼフェルの診療録」の続編です。
      先に、そちらでカルテ1〜3を御覧になってから、治療を受けられることをおすすめします。



      *カルテ4 98.5.20

      「診察台に上った患者の気持ちってぇのは、きっとこんなんだろーな。」
      身に纏ったブルーグレーのスーツは、今日のゼフェルの心の色だ。
      着慣れない衣装も、上げた髪も、全てはアンジェリークとの結婚の許しを得るため。
      横で浮かれて    幸せ色のオーラを蒔き散らしている想い人程にノーテンキにはなれないのだ。
      苦虫顔の父親と対決させられる    男の心ってヤツは。

      箱入り娘をかっさらわれる父親の視線が    好意的でないだろう事は、大方、予測がついていた。
      重苦しい調子で 取り調べは続く。
      名前に出身、両親の事
      ――聞いておもしれー事なんか、なンも無いのによ‥‥
      しかし!今は。
      グッと堪えて罪人役を演じる他ないのだ。

      尋問が    ゼフェルの職業にふれた時、ふいに空気の流れが変わった。
      「歯医者さん‥‥ですか?」
      応接テーブルの向こうで    検察官と判事が顔を見合わせる。
      ぱあぁ    と光が差したように、渋い表情が解けていった。
      ――そーか、歯医者か、それなら安心だ。社会的地位も経済力もあるし‥‥――
      と、この両者が思ったかどうかは知らないが、
      一般人の感覚には 多分にそんな所がある。
      ところが、この反応は    逆に鋭い探針となって、
      ゼフェルの心のどこかを「ガリッ」と嫌な音を立てて引っ掻いたのだ。
      着火即ギレの歯科医師殿は、テーブルに両手をバン!と突いて立ち上がり
      炎の勢いで    一言吠えた―――――

      ‥‥‥結果的には、その「一言」が効いて、
      彼女の両親はゼフェルを非常に気に入ったらしいので、
      まあ、あれで    良かったのだろう。
      「いい方じゃないの。アンジェ、幸せになるのよ。」
      ハンカチで感涙を拭っている母親を眺めつつ、ゼフェルは
      ――ああ、コイツの感激屋の性格は    母親ゆずりか――
      などと    ぼんやり考えていた。
      先程までの緊張と、力一杯怒鳴ったのと、一仕事終えた安堵で
      少々気が抜けていたのだ。
      その間にトントン拍子で    アンジェが今月いっぱいで今のアルバイト先を辞め
      ゼフェルのアシスタントとして診療所に通いつつ花嫁修行をするなんて事が
      3者間の協議で決まっていたのだった。

      侮るなかれ、女の子の情報ネットワーク

      翌日、アンジェリークはカフェテラスで友人達の「お茶の肴」にされていた。
      ケーキをつっつきながら、嬌声と質問の雨あられである。
      「まさか、アンジェが一番乗りとはね〜」
      「しかも、歯医者さんですって?いいな〜。玉の興じゃない。」
      お祝いムードは盛り上がっていたが、看護婦をしているエマが、慎重に口を開いた。
      「医者や、世間に先生なんて呼ばれる人達って、人間性に問題ある人多いわよ‥‥
      アンジェ、本当にいいの?」
      芯が強くて思慮深いこの友人は、アンジェの最も信頼する相手だった。
      真剣に、ドジで愛すべき友人の行く末を心配してくれている。
      「うん、あのね、昨日ゼフェル様ったら    うちのお父さんに向かって
      『歯医者だからじゃねえ!オレはオレ自身の力でコイツの事幸せにしてやりてーんだ!』
      ってね、すっごい大声で‥‥‥うふふふっ。」
      てれてれてれ‥‥‥
      「あ――――――」
      「ほぉ〜〜〜〜〜〜〜っ」
      「これはこれは。どーもゴチソウサマ!」
      「あっ、それでね、エマ、私    診療所のお手伝いをするつもりなの。
      身だしなみの事とか、いろいろ教えてもらいたいな〜って。ね、いいでしょう?」

          カルテ5につづく    初診の方は保険証を忘れずにお持ち帰りください。



      1998.5.20 ROM /個人で楽しむ以外の転用、複製及びHP上での使用をしないで下さいね。