*カルテ5 98.5.20

      「だから、本格的に始めるのは来月からですけど、バイト終わったら
      お手伝い見習いに来ますねって、一昨日お話したじゃないですか。
      んもう‥‥上の空だと思ってたけど、やっぱり聞いてなかったんですね?」
      「オレは聞いてねー」
      「言ったもん‥‥」
      「おめーがこんな仕事するこたァねえよ。別にオレ一人でも困ってねえし。」
      「‥‥‥‥」
      「なァんだよ。」
      「だって、ゼフェル様の側にいたいんだもん。ちょっとでもお役に立てたら
      嬉しいんだもん‥‥‥わたしがいたら、ジャマですか?」
      「うっ‥‥‥‥」そんな目でオレを見るんじゃねー!!!
      「―――んな事ねえよ。そりゃ、オレだって、その‥‥おめーが
      側にいてくれるっつーなら、その方が嬉しいけどよ、でもこれは仕‥‥」
      「やった!うれしい。ゼフェル様、大好き!」
      ―――仕事なんだから、ビシビシしごくぞ、と言いそびれたのは、
      アンジェリークに抱きつかれたせいだったが、言った所で実行できるか怪しいものだ。

      アンジェリークは、受験生よろしく単語帳持参で 器具や薬品の名前、
      掃除の仕方など    張り切って教わっていった。

      「もう遅いから、そろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」
      「あ、はい。でも、その前にちょっと    診ていただきたいんですけど‥‥」
      最近になって急にせっせとはみがきをするようになったアンジェリークは
      まだ    力加減が上手にできないせいで、知覚過敏を起こし冷たいものがしみるという。
      ゼフェルは歯頸部に貼薬してやった。
      「これ、今塗っていただいたお薬ですか?甘い匂いがする‥‥」
      練板に鼻を近ずけて、一生懸命匂いを嗅いでいるのが、微笑ましかった。
      「気に入ったか?その薬、液の方の酢酸イソアミルってのが、そーいう匂いがすんだよ。」
      (ハ●パーバンド『キム●』:ネオ)
      「バナナの匂いだ‥‥色も黄色くて、ほんとにバナナみたい。
      あのね、今わたしの口の中もバナナの匂いです。」
      「どれ‥‥‥‥」

      バナナの匂いのKissを‥‥した。

      翌朝
      診療室の掃除をしに現れたアンジェリークは、まだ寝ているゼフェルの
      私室の小さなキッチンで、朝食の準備をしていた。
      かりかりのベーコンとサニーサイドアップの焼ける音、香ばしい匂い。
      くすぐったいような幸せを奥歯で咬みしめながら、
      寝起きのよろしくないゼフェルがまどろみから抜け出た時には
      すでにアンジェリークはケーキ屋の売り子のバイトに行ってしまった後だった。
      「ちぇっ」
      トーストをかじりながら、ちょっと拗ねてみる。
      来月になれば、朝からずっと一緒にいられるのだけれど。

      コーヒーカップを持ったまま、診療室のスイッチ類を入れてスタンバイ‥‥
      ビシッッッ!
      「あのやろう、無影灯(ライト)濡れゾーキンで拭きやがった!!」
      あの、アンジェリークを手許に置く以上、
      ゼフェルの受難の    これは    ほんの序曲に過ぎないのだが、
      それすらも、幸せな    朝の情景‥‥‥

          カルテ6につづく    歯磨剤の使いすぎは知覚過敏や楔状欠損のもとです



      1998.5.20 ROM /個人で楽しむ以外の転用、複製及びHP上での使用をしないで下さいね。