「……すごく怖かった」
「……?」
「怖かったよ。地球。思ってたより何百倍も怖かった。もう絶対死ぬって何度も思ったし、
そのたんびにおしっこ漏らした。わたし今でも『しょんべんルノア』。
小隊長になって、部下一人殺した」

おばさんは固く口を引き結んで、固い目でルノアのつむじを見つめた。

「何度も仲間見捨てて逃げた。関節の音がおかしいって思ったら、故障だって言って出撃しなかった。
わたしね、命令出す時考えるの。こいつに今死なれてもいいかなって。
部下の顔見比べて、こいつに死なれると困るけど、こいつは死んでも困らないなって。秤にかけるの。
どっちの命が軽いのか、私が決めるの」

顔を伏せたまま、呪文を唱えるように、抑揚の欠ける口調で、ルノアは喋り続けた。

「地球に帰りたいなんてうそ。わたし死ぬのいや。地球で好きな人できたけど、
その人に会いたいけど、でも地球に帰るの怖い。
死ぬの怖い。死ぬの怖いって、地球に行った最初の日からずっとそう思ってた。
ずっとそう思ってたから、死ぬのいやだったからなんでもやった。だからね、今はわかるの。
なんとなくだけど、誰にも内緒にしてたけど、こうすれば死ななくてすむかもってやり方。
自信ないけど、わたしのやり方」

おばさんは、言葉を失う。

この子は、一体どんな地獄を見てきたのだろう。まだ靴紐も結べないうちからプラネリウムがおまえの
敵だと教えられもっとも多感な時期を訓練に明け暮れ、おまえは殺しがうまいからと
誰よりも前に押し出されて泣きながら歩いてきた血の色の地獄。
見た者でなければ分かりはすまい。どんな空想も及びはすまい。
救世軍の兵士が、救世軍のために死ぬことは、常識でこそあれ、美徳ですらない。
それしかないから、今のこの世にはそれ以外の生き方がないから、
この子はそれが地獄であったとすら思っていない。
地獄以外を夢見ることを誰からも教えてもらえなかったこの子は、
それでもそこで倒れる事を拒み、倒れないですむ方法を必死になって学んで、
しかし倒れた仲間こそ正しかったのだと自分を責めている。
 この子には分からないのだ。地獄以外を夢見る事・・・・
それこそが倒れないですむ方法であり、自分はそれを月に持ちかえったのだということが。

「わたしね、はじめのうちずっと、ヤマグチ教官の真似をしてたの。
全部真似した。喋り方とか、歩き方とか、教え方とか。
わたしを教えてくれた人だし、わたしが生き残れたんだからそのやり方が正しいんだって。
そう思って真似した。
だけど、ほんとうは違うの。
怖かったから、
わたしのやり方でやって、兵隊になったあの五人のうち誰かひとりでも死んだりしたら、
わたし眠れないもの。
もうずっと眠れないもの。
だからわたしはヤマグチ教官になった。あの五人が手柄を立てたら、それはヤマグチ教官のせい。
あの五人が死んだら、それもヤマグチ教官のせい。全部ヤマグチ教官のせい。
自分を自分じゃなくして、全部真似して、真似し切れなくなると、
ヤマグチ教官ならどうするのかわかんなくなると、あの五人を怒鳴ったり殴ったりした。
 でも、でもね。それって寂しかった。あいつら、みんなちゃんとやってるのに、
誉めてあげられなかった。缶コーヒーもわたせなかった。
あいつら、わたしのこと、教官としか思ってなかった。口きいてくれなかった。でも、でもさ、」

ルノアは顔を上げた。

「いいのかな?わたしが教官なんかしていいのかな?わたしのやり方は、ずるいやり方だもの。
勝つためのやり方じゃないもの。生き残るためのやり方だもの。
やっぱりヤマグチ教官みたいにはなれないよ。勝つためのやり方なんて教えられないよ。
そうしなきゃって思うこともあるけど、そんなのずるいもの。
自分だけずるをして生き残って、そのこと黙ってるなんて。
誰かに教えないといけないと思う。
勝たなくてもいいから、死にたくないのならこうすればいいって、そういうやり方もあるんだって、
せめて誰かに教えなきゃ・・・・
なんのために生き残ったのかわからないよ」

ルノアの目には、涙すらなかった。
おばさんは、この目を正面から見つめなければならないと思った。
地獄以外を夢見ること−−−
それをこの子に教えることをしなかった大勢の中のひとりとして、目をそらすことは許されなかった。
ルノアは尋ねた。

「それで、それでいいと思う・・・?」

「自分のやり方は、自分で決めなさい。あなたが後悔しない方に。それは、」

すべてを捨てて、平坦で真っ直ぐな道を行くのか。
何もかも取って、曲がりくねった険しい道を行くのか。
おばさんは答えた。

「それが、自分で決めた道なら、それがあなたの、正しい道だから」

ルノアはうなずき、覚悟を決めた。
決断した。
ルノアの中の何かが、大きな亀裂を生じていた何かが、ついに、完全に砕けた。
それは、枷だったのだろうか、鎧だったのだろうか。 

E.G.コンバット 第一巻 第八章 『自分のやり方』より

 

 月より舞い降りしワルキューレ。反応速度の女神。
 「明日をも知れん野郎どもの隠れたアイドルとなり、心を支えるものとなった」
 「母校であるここオルドリン基地においては、その名はほとんど伝説的な響きを伴う」
 「不可能と言われたシナリオ11を成功させた強襲部隊、
その先陣を切ったクレイプのパイロット・・・
北米大陸最年少大尉、生成晶撃破数歴代7位を誇る最強の卒業生」

様々な形容詞を冠せられる”英雄”ルノア・キササゲ。
そんな彼女の本当の姿がここにあります。
そう、たった”21歳の女の子”の素顔が。
こういった場面の数々が私に「ナニか」を残すんです。
 ちょっとは参考になりました?

 
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