「お金」ってやつは,いったい何ものなのでしょう
でもちょっと待ってください
お金,お金,お金。この便利なはずの道具が,なんだか今では私たちを支配しているように感じませんか。私たちがお金を使うのではなく,お金に私たちが使われているような気がするのは私だけでしょうか。この文章を読んでいるあなたも,失礼ながら,少なくとも一度はお金に苦労したことがあるのではないでしょうか。もしもそういう経験がないなら,あなたはもうここから先を読む必要はありません。
借りたお金を2倍にも3倍にもして返さなければならないような住宅ローン。返済に追われ,とうとう追いつめられて自殺という道を選んでしまう人もいます。「万物は流転する」といった哲学者がいますが,すべてのものはみな消耗し,傷み,いつかは壊れます。新築した家も,40年も過ぎればぼろぼろになってしまうのに,どうしてお金だけは無限に増殖しつづけるのでしょう。まるでガン細胞みたいですね。でも,そのガン細胞ですら,寄生先の死とともに死滅します。
経済活動の目的はみんなの幸福のはずなのに,人間は「人材」として,石油や鉄鉱石と同じようにあつかわれています。歳をとると「廃材」になっちゃうのでしょうか。会社経費を減らすためにリストラされることもあります。使われはじめたときには「リストラ」って,「解雇」という意味ではありませんでしたよね。収入の道が閉ざされるのではないかという不安に,みんな絶えずおびえています。
超低金利で集めたお金を,超高金利でまた貸しする銀行やローン会社。多重債務を抱えたり,破産したり,夜逃げしてホームレスになることが,もう他人事ではない時代になってしまいました。利子や金利ってやつが,太った人をますます太らせ,やせた人をどんどんやせ細らせるように働いていませんか。こんなダイエットはいやですね。「金は天下のまわりもの」なんていいますが,まわるどころか,集中が進み,不平等がますます拡大しているように見えます。
銀行や郵便局を経由して集められたお金は,空港など,もう必ずしも役にたつとはいえないガラクタ建造物をつくるために使われたり,それどころか,ダムや河口堰のように,自然環境に対して有害な施設の建築にあてられたりします。さらにそれどころか,人殺しのほかには何の役にもたたない軍事兵器の開発や購入に使われたりもします。私たちから集めたお金を使って鉄砲を買い,その鉄砲を私たちにかつがせるってわけでしょうか。ODAっていうのは,援助の名を借りた国家間の貸金業のことですか。しかもその「援助」が本当に現地の人の生活に役だっているかどうか,とっても疑わしいのが現実です。
差益をあてにして,お金をお金で売買する為替相場。「投資」なんてもんじゃなくて,売買の差額収益を目的におこなう株取引。「から売り」なんてわけの分からない技もあるんだそうです。まだ収穫を終えてもいない穀物を売り買いする先物取引。私たちの生活実感とはかけ離れたこういう経済活動が,私たちの生活そのものに悪影響を与えるのは,たいへん困ったことです。
「人間は万物の尺度である」と言った哲学者もいますが,今では,人間の価値も,その人のかせぐお金の量によって決まるかのようです。しかも奇妙なことに,人間にとって大切な仕事に携わる人ほど収入が低く,あってもなくてもいいような仕事をする人ほど高い収入を得ていませんか。
お金は人と人とのあいだに忍び込んで,人の親切がお金目当てのものかそうでないか区別ができなくしちゃいます。店員さんの「お客さま!」という明るいかけ声が,「お客さまのおサイフさま!」と聞こえることがありませんか。強盗や,保険金目あてに人の命を奪う事件だって,たくさん起こっています。人が人を信じられなくなるのは,本当に不幸なことじゃあないでしょうか。私たちが生きてゆけるのは水と空気,太陽,土,植物や動物たち,そしてなによりも仲間である人間のおかげなのに,お金が何ものにもまさるという幻想が広まっています。
不平等はもめごとの種です。この先ずっと国と国のあいだの経済格差が広がれば,やってくるのは戦争じゃないかと心配です。世の中をバラ色にするように見える最先端の科学技術も,不平等な社会ではろくなことに使われません。
お金そのものは単なる紙きれや金属片に過ぎず,ティッシュの代わりにも,漬けもの石の代わりにもむいていません。それどころか通帳上の数字にしかすぎないこともあります。そもそも人間が発明した単なる道具であるお金が,まるで現代の「神」のように,そして人間の主人のように我がもの顔でふるまうこの現実はいったい何なのでしょう。
私たちの身の丈にあったお金。私たちがコントロールできるお金。経済活動の実体のともなったお交換の単位を,もう一度取り戻すことはできないのでしょうか。使うことが「信頼の連鎖」を築くような,そういう道具をつくり出すことはできないでしょうか。さかさまになった価値観を,その本来の姿に戻す手だてはないでしょうか。
地域通貨
ワット精算システム
たとえば,あなたがAさんから,1000円のスイカを買うときに,その支払の一部にワット借用証書(ワット券と略します)を用いたいと思っているとします。
まずAさんがワット券での支払いに応じてくれるかどうか確認しましょう。応じてもらえない場合は,もちろんワット券は使えません。Aさんは同意してくださったとしましょう。
■ワット券の受け入れに応じてくれる人,ワット券を使う人,つまりワット券の仲間を「ワット会員」と言います。しかし「会員」とはいうものの,どこに登録する必要も,会費や入会金を払う必要もありません。
■あなたの身近に「ワット会員」がいる可能性は,今のところ,まだきわめて少ないでしょう。あなたの信頼のおける親しいお友だちに働きかけて,ワット券を交換の仲だちとして使えるような仲間を作りましょう。
■もしもインターネットを利用することができるなら,ワットシステムのホームページhttp://www.watsystems.net/index.htmlをごらんください。ワットシステムについてのもっと詳しい説明や,便利な利用方法,取引物件を掲示したり検索することのできる「ワット勧商場」などがあります。
スイカの代金のうちの何%を,Aさんがワット券で受け入れてくれるか確認しましょう。ここでは20%受け入れてくれるということにしましょう。したがって,スイカを買うために,代金の80%にあたる分を日本円で,20%にあたる分をワット券で用意することになります。
■スイカを育てるために,Aさんは,種や肥料,農業資材を日本円で購入したことでしょう。ですから,支払いの100%すべてをワット券で受け入れてもらうというのは無理な話です。20%もの割合で受け入れてくださるとは,Aさんは,かなり気前のよい人といって良いでしょう。
■「1ワット」は,風力発電などのような環境に対する負荷の少ない方法で電力1Wを生産するためのコストに相当します。日本円とは何のかかわりもない交換単位ですが,現在のところ,ほぼ100円に相当すると考えられています。
■気前のよいワット仲間であるAさんからスイカを分けてもらうために,あなたは800日本円+2ワットを用意します。
用意する2ワットのうち,新発券(あなた自身が,あらたに発行するワット券)と既発券(あなたのところに,ほかからまわって来たワット券)の割合をAさんに確認しましょう。ここでは,Aさんが,既発券50%,新発券50%という割合を指定したとします。つまり,1ワットを既発券で,もう1ワットを新発券で支払うことになります。
■あなたの手許に,1ワット分の既発券がないとしたら,残念ながら,この取引は成立しません。あなたが既発券を持っているということは,今回のAさんとのスイカ取引の以前に,あなたは,だれかほかの人からワット仲間として認められているということを意味しています。ワット仲間としてのあなたの信用度は高いというわけです。
■どうしてもワット券を利用してAさんからスイカを分けてもらいたいなら,既発1ワット券分を日本円で支払う,つまり,Aさんに900日本円+新発1ワット券でスイカを分けてもらうよう交渉されてはいかがでしょうか。
既発1ワット券の[年,月,日,使用者,支払先]の所に必要事項を記入します。[年,月,日]の所には取引の成立した年,月,日を,そして使用者の所にはあなたの名前を,支払先の所にはAさんの名前を,縦書きで小さく記入します。
■あなたがAさんに支払った既発券を,AさんはBさんへの支払いに用い,さらにBさんはCさんへの支払いに用いるでしょう。ワット券がだれからだれへ渡ったのか,きちんと券の上に記録が残るのです。こうして「信頼の連鎖」がどんどん広がって行きます。
新発券を用意します。このパンフレット8ページのところにある券をコピーし切り取って使うのでかまいません。右肩のkWhの右あたりに,アラビア数字で1を大きく書き込みましょう。次に[甲]の所にAさんのお名前を,[乙]の所にあなたのお名前を書き込み,なつ印し,日づけを書き込みます。左側の[控え]の[振出日]に今日の日づけを[宛先]にAさんのお名前を[振出人]にあなたのお名前を[借入ワット高]の所に,先ほど書き込んだkMhの右の数字,つまり1を書きます。割り印を忘れずに。これで,あなたが発行する,ほんものの新1ワット券ができあがりました。
■ワット券はだれでも発行できます。発行した分だけあなたの負債が増えることになりますが,心配することはありません。利子が利子をよんで,いつの間にか大きな負債になってしまうということはありませんし,支払いの期限もありません。ワット仲間に対して生じたこの負債を,いつかあなたが,品物やサービスを提供してゼロにすればよいのです。
■あなたには,人を幸せにする,何かすばらしい能力がありませんか。そういう力は,きっとだれにでも備わっているはずです。自分を過少評価することなく,自己卑下せずに,この世にたったひとりしかいないあなた自身をしっかり見つめて,いろいろな能力の備わった自分を再発見してください。その力をワット仲間のために役だててくだされば良いのです。たとえば,無農薬で農業をしているCさんに,草むしりのお手伝いという勤労サービスを提供することができるかも知れません。Fさんの作るカボチャがとってもおいしいと,あなたが自分の口を使って宣伝することだってできます。Fさんはその口コミ宣伝に対してワット券をくださるかもしれません。あなたのお宅に不要品として眠っているものが,ひょっとすると,Xさんにとって必要なものかもしれません。
■AさんからBさんへ,BさんからCさんへ,CさんからDさんへ...と巡って行くワット券が,いつかまたあなたの手元に戻ってくるとき,その券は役割を終えてあなたの負債とともに消えてゆくのです。手から手へ渡るごとに増殖を続ける不気味な日本円よりも,ずっと人間的ではありませんか。
日本円800円+既発1ワット券+新発1ワット券をAさんに渡して,あなたはスイカを受け取ります。新発1ワット券の「控え」は切り取って保存しておきましょう。
■あなたが品物やサービスを提供するときは,これまでのステップをふんだ説明で,あなたとAさんの立場が入れ代わるだけです。
地域通貨についての参考書を紹介します。「なるほど地域通貨ナビ」丸山真人/森野栄一著,北斗出版,1800円(税別)ISBN4-89474-019-2 この本の著者の森野栄一さんが地域通貨「ワット」の生みの親です。