ほーら、やっぱり。
 おれは、母さんからバルキリーのことも、クロード父さんのことも、聞いているじゃ……ん?
 聞いている……よなぁ?
 あれ?
 あれれ?

「アーサーぁ」

 おれは、膝を抱え直した。
 震動を起こす頭を、膝と胸の間に埋める。

「う〜〜〜んっ?」

 何かが、おかしかった気がする……。
 今の回想を、もう一回繰り返してみよう。
 れっつ、りぴーとっ!
 ……あれ?
 ……あれれれれ?

「アーサー! もう、どこに行ったのよぉ」

 おれを呼ぶ声が聞こえた気もするが、今は頭が壊れているので、おそらくは幻聴だろう。
 それにしても、やはり、何かがおかしかった気がする。
 いや、だけど、そんな馬鹿な。
 という訳で、もう一回りぴーとっ。
 ……うーーーーん?
 ……いや、でも、さあ……。

「この辺りで、声が聞こえた気がするんだけどなぁ」

 そんな訳で、もう一回りぴーとっ。

「あっ……、あの銀頭はっ!」

 ……あれ? やっぱり……。
 という訳で、もう一回……。
 と、おれは回想シーンを、巻き戻しては再生して、十二回ほど見た。

「アーサー……、もう、いい加減、返事しなさいよ! 何回呼んでると思っているの……」

 ひょっとしなくても……あの人いこーるクロード様ちがうっ!?
 おれの使える神器いこーるバルキリーちがうっっ!
?
 母さんは、クロード神父が父だとも、おれの継承した神器がバルキリーだとも、言っていない!?
 がーん、がーん、がーーーーーーーんっ。
 じゃあ、オイフェが言っていたように……おれの父はレヴィンっていう人で、使える神器はフォルセティってヤツなのか!?
 そ、そんな馬鹿な……。
 これまで憧れていた父さんの像があっ。
 父さんのような立派な杖使いに、父さんのような優れたバルキリーの使い手に、なりたいって。ずっと思っていたのに。
 母さんが大好きだった、素晴らしい人。エッダのクロード神父。その血を受けていることを誇りに思っていたのに。
 おれは……クロード神父を父さんだと信じていた。なのに。

「ああ、おれは……本当に、クロード神父の子供じゃあ、ない……?」
「だから、違うってさっきも言ったでしょう」
「でも、信じたくなかったんだ。記憶にある母さんは、クロード神父のことをすっごく愉しそうに話していた。子供のおれは、そんな母さんを見ながら、ああ、心の底から父さん……いや、クロード神父を愛していたんだなぁって、嬉しくなったりしていたんだ。ショックだよ……父さんじゃなかったなんて」
「……わかるよ。その気持ち」
「分かってくれるか、フィーっ!」
「うん……多分、他の誰より分かるよ」
「慰めでも嬉しいよ。フィー……って、フィー!?」
「そうよ、フィーよ」

 おれは派手なアクションで振りかえった。
 フィーが、居た。

「何回呼んだと思っているのよ。返事をしないだけじゃなくて、聞こえてもいなかったの!?」
「え? 呼んだのか? おれのことを??」
「はーーーーっ。駄目だ、こりゃ。やっぱ、心配して来てみて正解だったわ」

 盛大な息を吐くフィーを、虚ろな思考状態はそのままで仰ぎ見た。

「父だと信じていた人が、実は父じゃなかった。そのショックのあまり、頭んの中が麻痺しちゃうの、分からないでもないけど。あー、もう。そんなに切ない顔して呆けてないでよっ」

 フィーはおれの前方に移動し、額を小突いた。

「……フィー?」
「もう、しっかりしてよね! 一応、あたしの相棒なんでしょう?」

 高く茂る麦の穂を分けて、フィーはおれの右隣に周りこんだ。そして、腰を下ろした。かろうじて身体が触れないだけの間隔を空けていた。
 フィーは暫く、黙って月を仰いでいた。やがて呟きにも似た小さな声で、話し出した。

「……ねえ、アーサー……」
「ん?」
「さっきは、嘘つき呼ばわりして、怒ったりしてごめんね。あんた、本当にうちの父さんの息子だと思い込んでいたんだね。ちょっと威張ってみたくて、嘘をついたんだと思ったの。レヴィン様の息子でフォルセティの継承者が解放軍に参入するって話を聞いてて……入ってきたのがあんたで……内心、かなり困惑したわ。フォルセティ使えるのに、バルキリー使えるなんて嘘ついてもなんのメリットもないだろうにってね」
「嘘……いや、でも実際んとこ、おれ、嘘ついていたワケだしさ……」
「好きでついていた嘘じゃないんだから、怒ったりしないわよ。むしろ、同情する。うちも、ほんっとうに似たようなものだったから、よく分かるんだ。そのやるせない気持ち」
「……」

「実をいうとね、あたしもレヴィンって人がお父さんだって思っていた時期があるんだ。お母さん、レヴィン様の話ばっかりしていたし。お兄ちゃんには、シレジアの聖戦士セティの名前までつけちゃうし……」
「好きだったんだね、おれの父さんのこと……」
「以前は、たまにだけれど家に帰ってきていたんだけどね、あたしのお父さん。でもまさか、時折家を訪れる神父様が父親だなんて、夢にも思わなかったなぁ。昔は」
「え……?」
「お兄ちゃんも、そうだったって言っていたし。だから、お母さんと小さい頃別れたきりじゃ、無理もないよ」
「そうなんだ……フィーや、お兄さんも……」

 信じていた両親の像が壊れたのはショックだ。すっごくショックだ。
 ショックなだけに、他にも同じ苦みを味わった同志がいるというのは、心強い気がする。
 特にフィーのお兄さんは、おれが長いことそうありたいと願い、憧れていた“立派な杖使い”“バルキリーの使い手”だという。そのお兄さんと同類だというのは、悪い気はしない……かもしれない。

「うん。だからショックなのは分かるけど、落ち込まないでよ。いいじゃない、そのかわり、お父様ともうじき再会できるのよ。解放軍のメンバーのご両親のほとんどがバーハラの戦いで行方不明になったきりなんだから。贅沢なことだよ」
「父さんに会える、か……」

 ああ。そういう考え方もあるのか……。妙に納得してしまった。
 クロード父さんならいざ知らず、今日始めて存在を知った人に特別に会いたいとは思わない。でも、その考え方はいいかもしれない。父さんに、会える。
「そうかもしれない。フィーは意外と優しいんだな」
 膝を抱えたまま神妙に呟いたおれの言葉に、フィーは照れたように頭を掻いた。

「意外と、は余計よ」
「じゃあ、フィーは優しい」
「……分かれば、よろしい」

 フィーはさらに勢いよく、頭を掻いた。

「あんた……そういう台詞、真顔で、しかもちょっと憂いを帯びた顔でいっちゃったりすると、すごくハマるのよね……。顔の造作がいいだけに」
「そうか?」
「そうよ!……まったく、ただでさえ、憧れていたレヴィン様の息子さんだって分かってから、バンバン意識しちゃってるのに……もうっ」
「え? 何?」

「あんたがクロードお父さんに憧れていたように、あたしも、お母さんが大好きだったレヴィン様に憧れていたのよ。悪い?」
「いいや、悪くない。ますます同類なんだなぁ……うん、心強いっていうか、妙に嬉しい」
「うん。でね、そのレヴィン様の息子ってことで、アーサーのことも、嫌だけど、ちょっとだけ気になっちゃってるの!」

 耳も項も赤くして、フィーは言った。そしておれの瞳を切なげに見た。しばらくそうしていた。
 そのフィーは……綺麗な月に照らされているからかもしれないけど……5割増しくらい、可愛く見えた。
 元気で口が悪いだけの娘だと思っていたけれど……。
 まるで年頃の女の子のように見えて……。
 ちょっとだけ、頬が熱くなってしまった。いや、これは酒を飲んだせいだろうけど。

 やがてフィーは目線を外して、そっぽを向いた。

「気に……なる?」

 おれは、言葉を詰まらせてしまった。
 気になる、というのはやはり、好意を抱いている、という意味だろうか。んなこと言われたの初めてだ。
 あれ? でもさ、嫌だけど気になるって言っているんだから、違うよな。
 ど、どういうことだろう。難しいな……。
 むーーーーー。 
 そうか! 行動が目につくって意味だな。

「そうか、気になるか……」
「う、うん……」

 母親が慕い、自身も父親だと思い込み、憧れていた人間の子供、フィー……。
 羨ましくて、恨めしいっていうか、微妙な存在かもしれないな。本当なら、そうあったかもしれない自分ってやつ……?
 うーん。そうだ! 血は繋がってこそないんだけど! 心では兄妹みたいなモンなんじゃないか? おれとフィー。同じ人を父と呼んだ仲だしさ……。
 ややあって、おれは答えた。

「フィーの気持ち、すごく嬉しい。おれもフィーのこと、気になるよ。母さんの好きだった人の娘だから……当然だよ」
「……そう。仕方ないよね。お互いに、気になっちゃうのっ」

 フィーの顔が綻んだ。花が開くような笑顔だった。
 ふ、不覚にも、可愛いとか思ってしまった自分が悔しかったりして。
 綻びを繕って、フィーは表情を堅くした。
 おれもつられて、真面目な顔をしてみる。
 風が大きな波みたいに押し寄せてきた。おれは、暴れる髪を押さえながら言った。

「本当に嬉しいよ。フィーの存在に、おれは救われた気がする。フィーがいなかったら、父親が思っていた人と違うだなんて事実知ったら、暫くは呆然として何もする気持ちになれなかったと思う。まあ、本当はまだ呆然としてるけどさ。フィーのおかげで回復の方向が見えてきたっていうか。とにかく、ありがとう」

「オ、オーバーねっ。アーサーなら、そのうち立ち直ったわよ。あんた、お馬鹿だし、少し……いや、かなりかな。ヌケたところがあるけれど、その分考え方とか前向きで、性格が素直じゃない。ちょっと話しただけでも、それがわかるくらい。だから……一人でもいつか、事実を受け入れられたわよ」
「ははは。それってさ、誉め言葉として受けとっておいていいのか?」
「うーん。まあ……そうねぇ。誉めているってことにしましょう。この場では、ね」
「ありがとう」

 フィーの存在、フィーの言葉が嬉しい。
 フィー……ホント、いい子だなぁ。
 おれ、フィーのこと、可愛いくって、大切な娘って思えてきちゃったみたいだ。
 おれの大切な娘って、一番は妹ティニーなんだけど、けど!
 フィーも同じように、同じくらい大切な……妹のように思えてきた。仕方ないよな……この場合。だって、おれとフィーは兄妹みたいなモンなんだし。

「どういたしまして。ね、寒くない? ここ。そろそろ、野営地に戻ろうよ。皆、心配しているかもしれない」

 フィーはぎこちなくも明るく言って、立ちあがった。
 空を散策する天馬マーニャに、大きく手を振る。
 マーニャは、フィーの腕の動きに応えるように旋回し、こちらに向かってきた。

「マーニャで送ってあげるからさ。テントまで」
「ああ、うん。サンキュ」

 おれも、衣服にしがみつく緑の繊維を掃いながら立った。

「ヨシヨシ、待たせて悪かったねっ」

 身体を摺り寄せるマーニャの背を撫でてから、彼女は跨った。

「ほら、あんたも早く乗りなさいよ」
「う、うん」

 フィーがおれに手を差し伸べた。

 憧れていた“クロード父さん”の娘の。妹のように近い存在になった彼女の。手。
 おれはその子供のような手をとった。
 暖かい手の平の感触が、なんだか照れくさかったりした。

 それからというもの。
 おれとフィーはよく一緒にいる。戦いの中も、その合間の休息の時も。

 結局体力なしのおれは、杖を使える上位職につくより、馬に乗れるマージナイトに転職することを選んだ。エッダの血筋でないと分かってからというもの、杖を使うことに対する執着はどんどん薄れていった。無理に使えるようになることもないなって思うようになったんだ。実際、才能もなかったっぽいし。
 で、馬に乗れるようになったから、天馬のフィーとも並んで進軍できる。まあ、山とか森ではちょっと遅れるけど。

 フィーと一緒にいると、すごく愉しい。身体に力が漲る……なんて言ったらオーバーかもしれないけど、全力で戦いたい気分になる。フォルセティの威力だって増しちゃう感じ。
 これをフィーに話したら、フィーも同じだって言った。おれが近くにいると頑張らなきゃいけないなって気になるって。少し、強くなっている気がするって。……何故か、赤い顔をして言ってくれたんだ。

 おれたちは一緒にいると心なしか強くなるってこと……セリス公子は知っているのかな。おれとフィーは2人1組のような扱いで戦場に配置される……。

 おれとフィーの予感は的中して、2人とも兄妹と再会できた。
 おれの妹ティニーは、アルスターから。フィーの兄、セティさんとはマンスターから。解放軍に参戦した。あ、因みに今、おれ達解放軍はミーズにいる。

 おれはティニーが隣にいると、フィーがいる時と同じように力が出る。微妙に違う感覚かなって感じる時もあるけど、腕まくりして魔法を放ちたくなるような感じは同じものだ。
 フィーもやっぱり、お兄さんが傍にいると力が出るって言っていた。おれといる時と近い感覚だって言っていた。
 その話をした時……おれ達は本当に兄妹に近い存在なんだなぁって、改めて思った。んでもって、なんだか幸せな気分になったんだ。

 かつて、シグルド軍で何があったのか、おれは知らない。どうやら、母さんが愛する人と結ばれなかったってのは事実みたいだ。レヴィン父さんのことも嫌いではなかったみたいだけど……。その辺りのことはよくわからない。

 おれは、母さんの想いが報われなかったことをとても残念に思っている。大好きな母さんだから、好きな人と幸せになってもらいたかったんだ。そしたら、今のおれはなかったかもしれないけど、でも、やっぱりそう思う。

 その一方で、おれは感謝していたりもする。
 クロード父さんを愛しながらも、他の人……レヴィン父さんと結ばれてくれたことを。
 母さんがそうしてくれたから、おれが生まれてティニーが生まれて、フィーとセティさんが生まれたんだ。そしておれは、フィーやセティさんと兄妹みたいな関係が作れたんだ。

 セティさんに初めて会った時さ、おれ、言ったんだ。
「お兄さんって呼んでもいいですか?」 
 って。
 これ言った時のおれの心境、わかる? もう、心臓ばっくんばっくん。手なんか震えていた。だって、セティさんは真のバルキリーの使い手! 長年の憧れ、クロード父さんの息子! なんだから。話をするだけでも緊張。そのうえいきなりお兄さんなんて呼んだら、失礼なんじゃないかって思ってさ。でもお兄さんってどうしても呼びたくって。だから言ったんだ。同じ人を父と呼んだ仲なんだからって、自分を叱咤激励しながらさ。

 セティさんは、不安でいっぱいのおれを安心させるように、肩に手を置いて。
「アーサーだね。話はフィーから聞いている。いいも悪いもないよ。私も君のことを弟だと思うことにするよ……少し、気が早いかもしれないけどね」 
 優し気な、それでいて少し複雑っぽい笑顔を浮べて言ってくれた。やっぱり、初対面の人をお兄さんって呼ぶのは気が早かったみたいだ。セッカチな奴だって呆れられたかな。でもでも、早く呼んでみたかったんだ。

 おれ、いい家族というのは、一人でも多く欲しいって思う。シレジアでずっと一人でいたらから、余計にそう思うのかもしれない。だから、フィーやセティさんのことを兄妹だって思えることが、むちゃめちゃ嬉しい。
 おれ、今はまだ……正直レヴィン父さんを父さんだとは思えない。父さんが母さんを愛していたようにも見えないし。だけどいずれはレヴィン父さんとも親子らしい関係が築けたらいいなって思っている。そして、もしもクロード父さんと会うことが叶ったなら、やっぱり父さんて呼びたいなって思っている。
 ティニーもレヴィン父さんも。クロード父さんもフィーもセティさんも。
 大好きな母さんが残してくれた、大切な家族だから。 

 母さん、ありがとう。
 本物の家族でこそないけれど、限りなく家族に近い存在をくれて……。
 本当に、本当に、ありがとう。

FIN

あとがき

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