5

 城郭都市ターラ。776年。
 ターラは、前領主の娘リノアンを市長にいただき、帝国の悪行に抵抗していた。
 フリージ軍の総攻撃、ついには街に襲いかかったベルクローゼン。ターラを耽々狙うトラキア。リーフ王子の解放軍と力を合わせても、これらを退けることはできなかった。ターラ公女は最悪の結果を避けるため、トラキアに街を明け渡すという決断を下した。そうして、彼女自身はレンスター王子リーフ率いる解放軍に同行した。

「ここは……」
 ターラより逃れた解放軍はアルスター方面へ抜ける山道にあった。
 薄暗い山道。光を遮る木々の中を、公女は歩いた。
 全くの闇ではない。歩むべき道は見えている。進むことに、不自由はない。だが先は見えない。だから、ただ先に進むだけ。前方に足を踏み出すだけ。 ……いつも、そうだった。

「どうかしたのか、リノアン」
「ディーン……」
 ふいに声をかけられて、公女はこの2年、常に傍らにあった男を見上げた。
「あの、これでよかったのですよね」
「うん?」
「私が今、ここでこうしているのは、間違いではありませんよね……」
「最良の選択だったと思う。アリオーン殿下は、ターラを悪いようにはしない」
「……はい。王子のことは信用しています」
 トラキア王子は、帝国を討って帰れば、ターラは返還すると約束した。苦笑しつつ。公女は優しき婚約者が無理なことだと思いながらも、約束すると口にしたことを承知していた。

 帝国を討つこと。まず、これが不可能。王子として握っている権力の範囲で、ターラを返還する。これも、不可能……。 約束は婚約者の優しさがさせたことだと、分かっていた。
 公女を護るという言葉も同様だった。
 グランベルの唯一の同盟国であるトラキアがターラを制圧したことにより、フリージ軍は一時的にターラから手を引いた。だが、ターラ引渡しの圧力が掛かることは必至である。
 もし公女がターラにあれば、フリージは彼女の身柄の引渡しを要求したことだろう。ターラを保護する王子の負担を増やすことはできない。だから公女はターラを出た。選択の余地など、なかった。

「ディーン……貴方は、覚えていますか……?」
 竜騎士は首を傾げた。
「ここは2年前、貴方の手を取った場所です」
「言われてみれば、そうかもしれないな……」
 周囲を見渡して、竜騎士は答える。公女は、呟くように続ける。
「私、あの日の約束を守れませんでした……」
 自分の手で、愛する地を護ることができなかった。もう、ターラの地にあり、ただ立つということすら叶わない。魂を引き裂かれる痛みが、嗚咽となって外に漏れる。竜騎士が公女の手を握った。大きな手に包み込まれると痛みが和らぐ。
 公女は彼の大きな手が大好きだった。 二年前、耐えるだけしかできなかった彼女が、初めてその心の望むままに取った手が。

「……ターラの地があり、民が生きている。ターラはまだ死んではいない。もっとも辛い選択肢を、よく選んだな……」
 竜騎士の言葉は、私は何も選んでいない、喉元まで出てきた言葉を消散させた。彼の言葉が、存在があるから、運命を選びとっていると公女は考えていられるのだ。
 
「いつか、戻れる日が来るから……」
「そうね……必ず、戻ってくる。帝国を打って。……その時まで、貴方は傍にいてくれますか?」
 それは問いというよりも、願いだった。彼女が願うことができる、最大の願い。それ以上は、望んではいけないこと。
 口に出さずに、握る手に力を入れる。熱を伝える。 本当はずっと一緒にいたい、と。

「ああ。その日まで、おれがお前を護る……殿下の代わりにな」
 竜騎士は応える。彼が口にすることのできる、限界の言葉で。
 彼が公女の傍らにあるのは、主命ゆえだった。だが、公女を護りたいという気持ちは、誰に命じられたからではない。彼自身の中で芽生えたものだった。

 かつて、二人は終結だけを望んでいた。
 公女がターラのためにある日が終わること。竜騎士の護りを必要としなくなること。約束が、消えることを。
 だが今は。今は……。


 トラキアの竜騎士ディーンはターラ公女リノアンの傍らにあり続けた。
 暗黒の魔法も、鋭き刃の一筋も、公女の身に届くことはなかった。
 グランベル暦780年。世界の光に保護されし公女のもとを竜騎士が去る、その日まで。
 

FIN


<光の約束・あとがき>

 書き終えた……というより、ついに公表してしまった……という気持ちのほうが強い、ディーリノ出逢い編。これ実は、パソの中で一年半以上眠っていた話です。因みにこの話が入っていたフォルダの名前は『ほぼボツ』という名で(笑)。そのフォルダの中には、これとほぼ同じパターンのディーリノ出逢い中心話が眠っていたり。何故そんなものがあるのかというと、これが気に入らなくて書き直したから(笑)。でも公表していないってことは、やっぱり気に入らなかったから(爆)。どころかこっちのほうがまだマシだったから。そっちはリノアン一人称で、舞台はターラ領主館で。あとはほとんど同じ。因みに書きたかったシーンは一つで。

 ディーンが手を伸ばして。
「リノアン。俺を信じて、共に来てはくれまいか」
「……」
 リノアンが手をとる。

 ええ、ここだけです。他はおまけです(きっぱり…っておまけでセクハラかい)。ここだけが年単位で昔から、頭の中にぐーるぐーーーるっと廻っておりました。リノアンがディーンの手をとるシーン。とらずにはいられなかった場面。ホントは、文よりも絵で表現したい場面だったりするんですが……。あうー、どなたか描かれませんか?(不特定少数に向けて誘ってみる)

 ラスト一章はアップ直前に追加したので、完全に出逢い編ではなくなりました。ディーリノ出逢い編……というよりは、出逢い中心に書いたディーリノですね。出逢いメインのくせに、やっぱり悲恋ちっくで終わっている……(遠い目)。
 そういや上から視点三人称って、一般的な気はするけど(気のせいか男性に多いような? 商業誌でもネットでも)、一番苦手な文体だったりします。精進せねば。

 


FE創作TOP