<君と一緒にいたいから>


「ねえリノアン! 街に行こうっ!!」
 光の公子セリスの力を得て、フリージによるレンスターの包囲は解かれた。そう遠くないうちに、マンスターへ向けて出発する。解放軍は現在、レンスター城に滞在していた。
 今は次の戦いに向けての備えの時期。武器や馬、食料を揃える。戦士たちは十分な時間をとることで、戦いの中で負った傷や疲れを癒している。

 北トラキア解放軍の盟主はレンスターの王子。名はリーフ。齢15の少年。元気と健康がとりえの彼は、連日、城下町に降りていた。彼もまた、休息をとっていたのだ。5年ぶりの、心の休息を。

「生まれて間もなく離れなくてはならなかった祖国を生で見たい」
「離れたら最後、暫くは戻れぬであろう治めるべき国を、目に焼き付けておきたい」

 フリージが退いたとはいえ、北トラキアから帝国の勢力が完全に消えたわけではない。レンスター城と目と鼻の先にある街であっても、彼に仇なすものが潜んでいるか分からない。 街へ降りたいというリーフの希望は、容易には受け入れられなかった。皆は反対した。

「よいのではないですか?」
「アウグスト殿?」
 だが、意外な人物の賛同を得られたことをきっかけに、黙認されることとなった。

「国民は王子の顔を知らぬ。素の国を見る機会は、今を逃せば得がたいものになるでしょう」
「しかし……」
「私はもう子供じゃないんだ。危険なことはしないよ、フィン。逃げ足なら自信はあるし……そうだな、一人ではいかないよ。誰か、腕が立つ人間を同伴する。それならいいだろ」
「……」

 リーフはさんざ揉めた末、街に遊びに出ることを認められた。同伴者を、というのは、彼には好都合な条件だった。

  リーフが街に誘う相手は、決まっていた。
  ピンク真珠の髪と、翡翠の瞳の、人形のように可憐な娘。

 幼なじみだから、気を使わなくていい。身分に遠慮してのことか、雑務等を担当させてもらえない……つまりリーフと同じく暇。 だから、誘いやすい。
  勿論、それは言い訳。
  リーフはただ、一緒にいたいという、初歩的な望みゆえに彼女を誘っている。

「今日も、ですか?」
 少女は首を傾げる。髪が肩を滑り、背に落ちる。
 彼女は昨日も、一昨日も、幼馴染である王子に誘われて、街に出ていた。
「うん。駄目? リノアン、今、忙しい?」
 リーフは頬を微かに上気させ、覗うように言う。
「いいえ。喜んで、ご一緒させていただきます」
 特別に用事のないリノアンは、微笑んで応える。
 二人はその日もまた、寄り添って街に出る。子供の頃、ターラで何度もそうしたように。

 その日は城の西にある公園でボートに乗った。 それから、日差しの穏やかな芝生の上で過ごした。台所から拝借したお菓子と屋台で購入したイチゴ水を口に入れながら、日が暮れるまで話をした。

 ターラで共に過ごした幼き日の想い出。
 離れていた5年間、何があったのか、どう行動してきたか。
 再会して、ここまで。戦いの中で感じた共通の想い。

 リーフが、リノアンと再会を果たしてから、半年以上が経過していた。だが、二人で長い会話をする余裕はなかった。時間もだが、個人的なことを話すような精神的なゆとりがなかったのだ。そしてようやくとれた二人きりの時間は、リーフに現実を思い知らせた。

 帰るすがら、リーフは言った。
「リノアンさ……」
「はい」
 リノアンは楽しそうに笑っていても、会話をしていても、ほんの少しの間があるだけで、空に視線を彷徨わせる。それは、単なる癖なのかもしれないけれど……少なくとも幼い時にはなかった癖だ。少女の婚約者は空を駆ける人、という事実が少年の焦りと不安を掻き立てる。
「僕と一緒に街に出るの、嫌なんじゃない?」
「そんな! 嫌だなんてとんでもありません、楽しいです!」
「僕と話をするの、つまらなくない?」
「そんなことありません! 私も、ゆっくりリーフさまと話す時間が取れたらなぁって思っていましたから。いい機会です!」
 リーフは少し歩みを早めた。そうして、リノアンの三歩前を行く。頬が熱を持っていないか、手を当てて確認してから、振り返る。
「じゃあ、さ」
 恋しい少女の瞳を、真っ直ぐに見る。
「……リノアンは僕と一緒にいるの、楽しい?」
「はい。とっても楽しいです」
 躊躇うことなく、リノアンは答える。出てきた言葉はリーフの望むものだったけど、含むところが全く感じられなかった。リーフは唇を尖らせた。

「あっさり言うなぁ……やっぱ、脈なしかなぁ……」
「は?」
「リノアンにとって、僕ってさ。どんな存在?」
「……? 大切な方です」
 リノアンはやはり、簡単に口にする。
「北トラキアをロプトの楔から解放するために、必要な人間だから?」
「……それも、ないとはいえませんけれど……」

 血筋故に民から期待を寄せられる。その苦渋をリーフと同じように負ってきた少女はどこか哀しげな瞳でリーフを見た。
「リーフさまは生き延びている。いつか、再会できる日が来る。そう信じることだけが生きる支えだった時期もあったのです。リーフさまには重荷かもしれませんが……リーフさまの存在があったから、わたしは辛い日々を越えることができたのです」
「支えだった、か」
 過去形、か。リーフの失意を誤まって読み取ったのか、リノアンは声を高くする。
「あ、でも、やんちゃな幼なじみでもあります。レンスターの王子だから、北トラキアを解放してくれる人だから、とか……そういうのではなくて、大切な友人として……っ。ここ数日は、特に、子供のころに戻ったみたいに遊べて、楽しかったです。」
「友人ね……でも、うん。そういってくれると嬉しいよ。僕も子供のころに戻ったみたいだった。リノアンも僕も、もう小さな子供ではないのにね」

 リーフは、リノアンの隣に戻った。そうして、手が触れそうなばかりに近い間隔で前を向いて歩き出した。
 小さい頃は、その手を握って歩きたいと思っていた。でも今は、抱き寄せてキスをしたいと思ってしまう……。

 二人の逢瀬は続いた。
 街に行かない時も、お茶を飲んだり、庭でおしゃべりをしたりと、二人の時間を多く取った。
  空白の5年間を埋めるように、二人は子供に戻って遊ぶ。大人が近づいたことで、相手に求めるものを追い払うように、リーフはがむしゃらに遊んだ。だが、彼らの年代にとって子供という名の枷は、些細なきっかけで外れてしまうものだった。

 ある日、庭先で花の種を植えることにした。
 北トラキアの希望である二人は庭弄りなど縁のない生活を送っていた。だから、やってみたいと思ったのだ。
 見よう見真似。不器用な手つきで、土を掘り、種を落とす。

「痛っ……」
 リーフが土を掘った時、尖った石に手が当たった。血が滲む。
 連日の土弄りで、荒れた手だった。剣だこによって堅くなった皮は皹が割れやすい。リノアンは薬草を寄り、リーフの手に治療を施す。
 包むように優しく、手製の薬を塗る。指の間に、爪の先に……丹念に、塗った。少女の顔はリーフの首の付近にあり、その吐息が胸元に熱を燈す。艶やかな髪が鼻腔の付近で遊ぶ。

 近い、とても近い距離。
 少年との結合部である少女の手はとても暖かかった。その動きは丁寧で、だけどどこか不器用で。リーフは近すぎる距離と少女から伝う熱に、困ってしまう。

「困るよ……」
「え?」
「その、手……気持ちいいけど、変な気持ちになる」
「え、あ、その……失礼しました」
「……自分に自信が持てなくなるから、困るって言ったんだよ」
 リーフは、腰を屈めて、リノアンの翠の瞳に己のそれを合わせた。こうやって、想いを込めた視線を贈るのは、何度目になるだろう。無駄なことと思いつつ、数えてしまう。

「自信?」
「僕たちは、もう子供じゃないんだよね……」
「はい、子供ではいられません。お互い、背負わねばならぬものが、多すぎる身ですもの」
 リーフの真剣な顔につられるように、リノアンは表情を固くして、背筋を伸ばす。
「リノアンは、真面目だね」
「そうでしょうか」
「うん。僕が今考えていることなんて、想像もしていないんだろうなぁ」
 リーフは、芝生に腰を下ろした。そうしてリノアンの腕を引いた。上に落ちた小さな背中に手を廻す。
「リ、リーフさまっ!?」

  ターラでともに過ごした五年間は、リーフにとって貴重な時間だった。
  ターラ公爵がまだ生存していて、恋しい少女の背負うものも今よりずっと少なかった。リーフ自身もまだ、自分の肩に乗っているものの重みに気がついていなかった。 彼にとって、ターラで過ごした時期は、王者としての資質を磨き、背負う者を認識する期間であると同時に、穏やかな期間だった。楽しい幼少期に想いを馳せると、浮かんでくるのはリノアンの笑顔だった。

「ねえ、リノアン……」
 リノアンは掴まれた腕を剥がそうとしたが、剣を握り戦う力で押さえられては、不可能なことだった。
「僕は、リノアンが好きだったんだよ。ターラではじめて会った時、なんて綺麗な子だろうって思った。お人形みたいだって、見惚れた」
「好き、だった……?」
「初恋だったんだ。仕草とかも品がよくてさ。頭もいいし、優しいし、しっかりしているし……そのくせ、抜けてて、頼りないところがあってさ。なんかほっとけなかった」
「過去、なのですよね……?」
 リノアンは困惑の声で問う。そうあって欲しいと願っているように、リーフには聞こえた。

「過去にしなくちゃって思うよ。リノアンが僕のこと、男として好きなんじゃないっていうのは、わかっている……から」

 リーフは、リノアンの片手を解放し、空けた手で髪を撫でた。優しい動きのはずだったが、リノアンの体は跳ねるように震えた。
「……あの、私……その……」
「僕がリノアンを好きだと、やっぱり、困る?」
 三度の早い頷き。リーフは息を吐いた。重い息はリノアンの前髪を揺らした。掴んだ片手を解放すると、リノアンは申し訳なさそうに立ち上がった。庇うように、己の身を抱きしめる。

「アリオーン王子を、好きなの? 君の意思で結んだ婚約ではないでしょう?」
「約束は、父とアリオーンさまとの間で結ばれたものです……けど」
「……リノアンの気持ちは?」
「アリオーンさまが今尚わたしを望んでくださるのなら、一緒になりたいと考えています」

 国を愛し、父親を誰より慕っていた彼女らしい答えだと思う。そして己の望みは主張しない。昔から変わらない。好きになった少女が変わらないことが嬉しくもあり、寂しくもあった。
「……そう、か」
「あの方は、私の……ターラの危機を何度も救ってくださいました。あの方の指導するトラキアの許ならば、ターラは悪い方向には行かないでしょう。父もそう考えたから、私とかの人の婚約を決めたのだと思います。ですから、私は……」

 リーフはトラキア王子という人を直接は知らなかった。闇司祭に狙われたターラの保護を申し出て、間接的にリーフも助けられたことになる。リノアンはそれを恩に着ている。
 アリオーンの行動は、豊かなターラを自国の領土とするため、という可能性が高い。婚約も同様。だがリノアンはアリオーンに深い信頼を寄せていた。それはやはり恋から来る無条件の信頼なのかもしれない。眩しそうに空を見る、愛しい少女の横顔が脳裏を過ぎる。

「……どうにもならない、みたいだね……」
 リーフは独白する。彼女が、儚げな風貌に似つかわしくない強い意志の持ち主だということはよく知っている。
「婚約者がいる子にこんなことしたらいけなかったよね」

 リノアンは喉を抑えて首を振った。
 もしも誰にも恋をしていないとしても、責任や恩義を感じている以上、彼女からの婚約破棄はありえそうになかった。性格上。そうとなれば、レンスター王子の恋慕が重荷以外のものになるのは難しい。ターラの民はトラキアよりもレンスターとの結びつき望むだろうから。リーフの想いは彼女の動向を左右しかねないということに、今になって気がつく。

「アリオーン王子って、いい人……?」
「いい人です。とても優しい人」
「そうか。僕は意地悪だもんなぁ」
「そんな! リーフさまはお優しいですっ」
「でもアリオーン王子はもっと優しいんだろ?」
「そんなことは……えっと、その、お二人の優しさは種類が違うのです!」

 拳を振って力説するリノアンに、リーフは上目遣いで笑ってみせた。
「あーあ、失恋した上、惚気まで聞かされちゃったよ……」
「惚……ち、違います! そういうのでは……っ」
 頬を赤くした少女は、愛でるための人形ではなく、生身の……普通に可愛い女性に見えた。
「リノアンが幸せになれるんなら、僕はそれでいいんだ。変なこと言ってごめんね、忘れて」
 少年は立ち上がり体についた土を落とす。呆けている少女の手をとる。

 リーフはリノアンがとても好きだった。彼女に負担をかけたくなかった。 間違っても、無理強いをするようなことになってはいけないと思う。だから諦めるしかない。己に言い聞かせつつ、精一杯笑ってみせる。

「帰ろうか」 
「……はい」

 いつもより少しだけ近い距離で歩く。子供のリーフが望んだように、手を繋いだまま帰路に立った。心の距離は近くなってはいないけれど、それどころか遠くなってしまったかもしれないけれど。それでも不思議と後悔はしていなかった。邪な望みを隠して子供でいるよりも、ずっと気持ちが楽だった。

「ねえナンナっ! 街に行こうっ」
「はあ?」
 次の日、街に行く同行者の役目を、ナンナに求めた。
 ナンナは、大きな瞳も三度開閉して、それから、頬を抓った。
「リノアン公女のお部屋は、この真上ですよ……?」
「それはわかっているけど?」
「どういう風の吹き回しですか? だって、毎日毎日、リノアン公女とばっかりご一緒なさっていたじゃありませんか」
「そうだね。でもって、今日もやっぱりリノアン誘うつもりだけど」
「……」

 ナンナはそれを聞くと一歩後退した。扉を閉じよう取っ手へと手を延ばす。リーフは手に手を乗せて、その動きを止めた。
「今日はアスベルも誘って、四人で遊ぼうと思うんだ。木に登ったり、教会に裏口から忍び込んだり。子供の頃、ターラでやったみたいにさ。あ、でもナンナも忙しいのかな。そうでなくても、折角お兄さんと再会できたんだもんね。兄妹水入らずの時間を過ごしていたいのかな」
「いえ、別に……今では兄さまとはいつでもいられますから、四六時中一緒にいたいとは思いませんし……でも」
「じゃあ、決まりだね。行こうよ」
 そのまま躊躇いもなく、ナンナの手を取る。そして、外へと引き出す。

「ちょ、リーフさまっ、わたし行くなんて一言も……」
「え、駄目なの?」
 何で? 変なナンナ。
 そう言わんばかりに、首を傾げる。
「いえ……行きますけど。私、少し怒っているんですよ」
「僕、ナンナに何かしたっけ?」
「……何かって……だから何もしてくれないのが……」
「なになに、聞こえないよっ」
「何でも……」
 リーフは耳を彼女の唇近くに寄せる。ナンナは幼馴染みの耳を掴んだ。
「何でもありませんっ!」
 吟遊詩人のそれよりも美しいと称えられるナンナの声が回廊に響いた。あまりの音量に、リーフの耳が悲鳴を上げる。

「さ、早く行きましょっ。次はアスベルを迎えに行くのでしょ。彼もきっと、わたしと同じような反応だと思いますよ」
「だから、何で……」
「はあ、鈍感……ホント、子供なんだから……」
 ナンナは繋いだ手を振り払った。そして、アスベルの部屋に向かって上品な彼女にしては珍しい大股で歩く。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ナンナぁ」
 リーフは痛む部位を抑えつつ、ずっと一緒だった少女を追う……。


<あとがき>

 リーフ×リノアン……正しくはリーフ→リノアンですか。リーフちん失恋&次の恋へ向かう話です。
 この話は最初はリノアンの一人称で、ギャグになるはずの話でした……が、どーも彼女だと真面目すぎていまいちギャグっぽくなかったので、リーフ三人称に組み替えてみた……はいいけど、なんか中途半端にシリアスねー。つか、ほのぼの失恋話? りのちゃんはぼけぼけお鈍ちゃん。リーフもぼけぼけ。ていうか、このリーフ、自己中心的でわっがままー、っすよね。トラナナ中もそうっつやそうだが(おい)。ナンナは微妙に聖戦風味。なんか……キャラの性格が微妙に、いや結構違うんだよねー。つか、私リノアンって書くたびに性格違う気がす……(爆)。
 にしてもリーリノ、支持はないワケではないのに、創作で読んだことないなー。とりあえず私が書くとリノアンが出てくる=トラナナ設定=リーフとナンナは結婚する、リノアンは生涯独身(大涙)、なので、どーしても普通にハッピーエンドにはならんのです。他の方が書くのも読んでみたいな。可愛いリーリノをv
 そしてこれ、公表している中ではじめての、ディーン以外が相手のリノアンのカップリングものだったり。プフ&リノは違うと思うし。私、何気にディーリノ絶対! 最愛っ!! ってワケではなかったりするのですが、書くと勝手に、リノアンがディーンに好き好き光線を送ってしまうんですよ。しかし今回はどうなんでしょうね、空に馳せる相手……。微妙っつーか、ディーンのディの字も出てきてないっつーか……。

 

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