「そっか、スカサハが声かけたんだ」
「はいっ」
 恋の話をきっかけに、ティニーは女の子たちの輪に入っていきました。特別な用がなくても話かけられるようになっていきました。話しかけてもらえるようにもなりました。
 同じ年頃の女の子だけではありません。人と接することが、前よりも自然にできるようになっています。話をするといえる異性も、今ではアーサーとセリスだけではありません。ぎこちなさのとれたティニーに話しかける男性は多くいました。状況的にスカサハはもはや特別な存在ではありません。ですが心情的には彼はいまでも特別な存在でした。以前よりも、ずうっとです。スカサハの存在が、周囲の異性を特別でないものにしているとも言えます。
 ティニーの中は、スカサハへの感謝の気持ちでいっぱいでした。

「で、そのまま一緒に買い物をしたのね」
 食料搬入の連絡を受け、量を確認に来たラナと、修理品の到着の連絡を受け引取りに来たティニーが、裏口で行きあいました。どちらともなく、会話がはじまりました。
 ラナがやさしく笑って、ティニーの話を聞いています。今日はラナが聞き役ですが、三日前に話をした時は逆でした。
「そうなの!」
「ばったり会ったのが武器屋っていうのは色気が足りないけど、嬉しい偶然ね」
「はい、それで、護身用軽い剣を選んでくださったんです」
 ティニーは細身の剣を大事そうに抱えます。頬擦りせんばかりでした。
「ねえ、ラナさん。この剣、使わないとだめかしら。壊れたら嫌かも」
「壊れたら、仕方がないわ。修理に出せばいいじゃない」
「それはそうだけど、でもほら、使ったら汚れてしまいます」
「ティニーったら!」
 ラナはお腹をかかえて笑いました。落ち着いていて優しいシスターのラナが実は笑い上戸というのをティニーが知ったのは、つい最近です。
「わ、笑うところでしょうか」
「ご、ごめ、ごめんね……っ」
 まだ声が半分笑っています。ティニーはため息を吐きました。
「もう……っ、酷い」
「ね、こういうのはどう? スカサハに剣を倣うの!」
 ラナは二人がうまくいくといいなと思っていました。彼女とスカサハは幼い頃からの友達同士でした。恋心はないけれど、特に幸せになって欲しい人間の一人です。ティニーのほのかな想い人が彼だと聞かされた時は思わずハンカチで涙を拭う仕草をしたくなりました。
 今まで色恋沙汰と縁の薄かった彼を、こんなに可愛い子が拾ってくれるなんて! スカサハついてる、よかったわね……っと。

「それとなく頼んであげてもいいしね」
 ラナは人の恋に関してでしゃばった真似をするつもりはありませんでした。それとなく後押しだけして、どちらからか仲介を頼まれるのを待っていました。
「そ、そんな、そんな嬉しいこと、無理です」
「どっちなの、もう」
「悪いからいいです。それに、わたし、剣は下手ですから」
「同じ時期に修行はじめた杖は、大得意なのにね」
 ラナは常に右手にあるリライブの杖を見ます。ハイプリーストである彼女は上級の杖も扱えます。それは、物心ついた時から修行を積んでのことです。エッダの血縁ゆえの特例と知ってはいても、ティニーの生まれついての才能には、複雑な想いもありました。
「それは、お父さまの血です」
 ティニーは誇らしげに言います。嬉しそうな笑顔は、シャナンのことを語るスカサハに似ていると、ラナは思いました。
「それから、ラナさんからコツを教えてもらったから!」
 明らかにとってつけたように、ティニーは言いました。同時期に他の魔法修行をはじめた二人は、時折技術的な面でも交流を図ります。
「ラナさんこそ、修行をはじめたばかりなのに、魔道士以上に炎の魔法を繰ります。魔力も高くて、その上、私が一度詠唱を唱える間に二度も魔法を放ちます。ずっとすごいなぁと思っていました」
「……それも血かしらね。それから、ティニーの教え方がうまいというのもあるわね」
「わたしなんて、そんなっ」
 ティニーは以前よりは自信がある娘になっていましたが、咄嗟に後ろに下がってしまうところはかわりません。
「これからも、よろしくね」
「はい! こちらこそ!!」
「同じ魔法でも、色々と違うものね。わたしたちは補えあえるわ。で、スカサハからは剣技を習えるように頼めばいいのよね?」
 にっこりと、ラナが言います。
「はい!……あ、じゃなくて、本当に必要ないですっ! 駄目です、絶対駄目!」
 ティニーはうっかりと肯定し、それから再び断りました。

 スカサハの傍にいて、言葉を交わしたいとは思います。声を聴いていると、頬が熱くなります。彼の瞳に自分がいるのを確認すると、胸が高鳴ります。しかしティニーには、現状を打開したい、どうしても両想いになりたい、という強い想いはありませんでした。
 家族がいて、友だちがいて、ほのかに想いを寄せる人がいる。 ティニーはこのままで十分幸せで、楽しかったのです。

「そう? まあ、無理にとは言わないけどね」
 ですから、スカサハに頼むつもりなどなかったのです。
 ラナも、強引に話を進めるつもりはありませんでした。
「スカサハさんの注文はこれだね。ほそみの剣と銀の剣とリターンリング」
 たまたまスカサハが、二人の声が聞こえる位置にいただけなのです。
「……え、あ」
 裏口には、荷馬車が止まっていました。荷の山に隠れてラナとティニーには見えなかったけれど、その影には二人の人間がいたのです。中古屋の店主と……スカサハが。
「スカサハさん? 何か足りないかい?」
「いや、は、はい。これで全部です」

「……スカサハ?」
 ラナは馬のほうに回ります。 ティニーも足の震えを抑えて、それに続きます。中古屋から取り寄せた武器を抱えたスカサハがいました。
「や、やあ、ラナ。いい天気だね」
「そ、そうね。ところでスカサハ。いつから、そこに……?」
「まあ、さっきから、かな」
 ティニーをちらっと見て、スカサハは言います。真っ赤な顔が、全部話を聞いていたと物語っています。
 ティニーの顔が、スカサハ以上に赤くなります。
 手にしていた修理したての魔道書が腕から落ちます。
「わ、わたし、わたし……あの」
 何か言わなくてはと思います。が、何を言っていいのかわかりません。
 あなたが好き。これを機会に告白するか、誤解……ではないけど、とにかく言いつくろってみるか、何事もなかったかのように振舞ってみるか。
「あの……ごめんなさいっ」
 どれもできなくて、どうしていいかわからなくて。
 ティニーは頭を下げて、城の中へ走り去ってしまいました。

「ちょっと、ティニー!?」
 ラナとスカサハは呆然とその後ろ姿を見送ってしまいました。
「えーと。何か、悪いとこに居合わせちゃったかな」
「……」
「あ、おれ聞いてないよ、何も聞いてない」
「……嘘おっしゃい」
「……」
「そもそも気がついてたでしょ、ティニーの気持ち。あの娘の場合わかりやすいし」
「うーん、まあ、よっぽど嫌われてるか、意識してくれているかどっちかなんだろうなー、くらいには」
 スカサハは最初、所在なさげにしているフリージ公女に気を配って、時々彼女に声をかけるようにしていました。違う理由で話しかける男性が少なくないのに気がついたのは、最近のことです。最初から綺麗な子だったのか、綺麗になったのかはわからない。意識して見てみれば、ティニーは気品のあるたいそうな美少女でした。自分には向けてくれないけど、はにかんだ笑顔がとても愛らしい。
 ティニーは以前はだれと話をしても頬をほのかに染めて、しどろもどろに話していました。だけど、今はスカサハといるときだけ、その態度なのです。
 軍に馴染むのはいいことだけど、自分といる時より他の人間といるほうが輝いていることには、少し不満がありました。

「で? 好意だってはっきりした今、どうするの?」
 ラナは、ティニーが落していった雷の魔道書を拾いました。
「……どうしよう」
 スカサハは重い荷物を持ってあげるような仕草で、ラナの手から魔道書をとりました。
「とりあえず、行くよ」
「うん」
 スカサハはティニーが去っていった方向に足を向けます。ラナは笑って、その背を叩きました。

 スカサハは戸惑っていました。ティニーのことは可愛いとは思うけど、共に過ごした時間も短く、よく知らない。
 だから、彼女の気持ちを確認することを避けていましたし、当分は今の関係でいいと思っていました。
 だけどもし、彼女が笑ってくれる関係になれるなら、そっちのほうがいい気もする。

「ティニー、待って!」
「……!?」
 走るのははしたない城の回廊。走るのはさすがにやめ、早足で歩いているティニーに、スカサハはあっさりと追いつきました。
「きゃ、ええと……っ、ごめんなさいっっ」
 ティニーは近くにあったサンルームに逃げ込み、扉を閉めようとしました。
「あのさ、ティニー。その」
 スカサハはとっさに魔道書を扉に挟みました。半開きの扉、見えるのはお互いの目と鼻と口と。
「気が付いていた? おれも君のこと好きなんだけど」
「スカサハさん……でも、そんな。わたしなんて、えっと」
「ティニーは可愛いよ。なんだって一生懸命やるいい子だと思ってたし、それに面白いから」
「面白い?」
「うん、反応が面白い。あそこでごめんなさいはないよ」
 ティニーのことは好きでした。
 ただ、一緒に育った友や親族、あるいはイザークの大地に向ける愛と比較してしまうと、大きくはない好きでした。

 ティニーは扉を開けて、外に出ました。周囲に誰もいないのを確認し、スカサハの腕を握りました。その手は震えていました。スカサハは照れた顔で頭をかきました。
「嬉しい、です。すごく、嬉しい」
 笑顔、でした。今まで覗き見たどの笑顔より、ずっと華やかで愛らしい笑顔。
「えっと、じゃあ付き合う?」
 こくり、とティニーは首と縦に振りました。

 スカサハはティニーの気持ち応えたいと思いました。
 ティニーは気持ちに応えてくれたスカサハに感謝し、一歩を踏み出そうと思いました。

 嬉しい、好き。それは本当。でも……このくらいの好きでも、よかったのかな。 その想いは、真面目すぎる二人の中に共通してありました。
 付き合いはじめたばかりの頃、二人の感情はまだ完成されていませんでした。
 共に困難を乗り越えたり、深い話をしたり、時には喧嘩めいたことをしたり、そういった時間と経験を得て、真の愛情へと成長していったのです。

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