<プロローグ>

 レンスター王子を匿った罪で帝国の介入を招き、指導者を失ったターラ。ターラには、政務を引き継いだ公女の補佐という名目で、帝国より代理公主が送り込まれた。
 公女リノアンは父を失った時、わずか10歳。子供であった。

 しかし、父親の施政者としての才を受け継いだリノアンは、英才教育のかいもあって、歳に相応しからぬ才覚を発揮した。

 彼女は二年間、帝国に踏みにじられた街のために、一人、戦い続けた。
 その結果、外見の成長を待たずに、中身だけが大人になっていった。諦めと責任を知る、大人のものへ。
 公女の類い稀なる能力は、並のフリージ役人が太刀打ちできるものではなかった。彼女は、富める街ターラの支配者として、美味い汁を吸えると甘く考えていた代理公主を、次々に退任へと追いやっていった。……そのために彼女がとった手段は、ここではあえて省く。

 公女がターラ領事館で、囚人同然の生活を送っていた二年の間、11人もの人間が、代理公主の任に就き、辞めていった。公女と性格的にあわないというのが辞職の理由だ。だが、1人だけ違う理由で辞めた……否、辞めさせられた人間がいた。

 11人目の代理公主となったフリージの奇行士……もとい、貴公子ケンプフ。彼はフリージ大公家の流れをくむ名門の生まれでありながら、国のためにどうとかを、全く考えられない性質であった。魔法騎士としての才も今一つ、努力して己を磨くということも全くしない人間であった。ようするに、自分が一番大事な、怠け者……。しかもそれを指摘されるとムキになって怒るという、なんとも子供っぽい大人だった。根は悪い人間ではないのだが、誤解されやすいタイプではある。

 この書き物は、大人になりきれない青年と大人への階段を駆け上がらねばならなかった少女の心温まる交流のときを、それぞれの視点から綴ったものである。

『 はーと・ふーる・こみゅにけーしょん りの&ぷふ編 』

 ケンプフ<翠の月 3日>
 今日ターラにようやくたどりついた。
 今までいた辺境とちがってきっといろいろ楽しく遊べるにちがいない。
 着くやいなや遊びにくり出そうとしたら、部下に「ともかくターラ市長にあってからにしてください」といわれた。めんどくさい。ただの小さい子供なんだろーが。…と思っていたらただの子供でなく、くそ生意気なガキだった。

 リノアン<翠の月 3日>
 新しい代理公主が到着したようです。
 前任者は、ひと月しかいなかったけれど……今回の人はふた月くらいはいるのかしら。
 せめて今回は、建築学や経済論に詳しい方だと嬉しいと思います。退屈しないですみますもの。……あと、わたしのこと殴らない人だといいな。
 それにしても前任者。あの程度の知識で<代理>公主に就くなんて不思議です。代理というからには、最低でも子供の公主……つまり私よりも、秀でてなくてはならないと思うのだけど。フリージは相当人材が不足しているのね。
 ふう。新しい人にも、期待しないでおいたほうがいいわね……。

 ケンプフ<翠の月 4日>
 会うやいなや経済についての話をふられた。疲れていたので、てきとーに答えてやった。思いがけずいろいろな反応を返してくる。めんどくさい。さらにターラについての報告書を山ほどわたされた。明日の朝までに読むように言われた。が、朝まで経済と建築についての講議を聞かされてしまった。いつ読めというんだ。つーか子供は早く寝ろ。

 リノアン<翠の月 4日>
 私が管理していた……だって、前の代理公主、無能だったのですもの……ターラに関係する政治経済に纏わる書き物を、新任者に渡しました。書類の内容に触れつつ、朝まで世間話をしました。……が、彼が内容を理解していたかははなはだ怪しいものです。適当に頷いているだけに見えました。
 でもまあ。よく考えてみれば、私の言葉が理解できないほど無能な人というのも、逆に都合がいいかもしれません。何も考えずに署名してくだされば、フリージに壊れされたターラの美しき街を元に戻してもらえるから。帝国軍がいる限り、完全に元通りの街にはならない、とは思うけれど。

 ケンプフ<翠の月 6日>
次の日もそのまた次の日も経済と政治についての話をえんえんときかされた。こいつマジに
12才か!?? 寝ないと美容に悪いぞ、と言ってやったら気にしてしまったらしい。少しはかわいいところがあるのだな。

リノアン<翠の月 6日>
 今回の代理公主、長くいてくれるといいな。
 名前……なんて言ったかしら。プフケンさんでしたっけ。
 知識が豊富かといえば……まあ、ちょっとどころでなく疑問なのですが。でも私の話に耳を傾けてくださるし、強く言えば、署名もしてくださるから……。
 本決まりに近かったエッダ寺院の取り壊しも中止にしてくださるようです。本当によかった。フリージ上層部から、プフケンさんが怒られるのではないかしら。
 プフケンさん、今日は私の美容にまで気を使ってくださったの。男性は普通、そういうところには気が廻らないものなのに。そういえばあの人は、自身の美容にも気を使っていそうね。彼の部屋に飾ってあった肖像画のポーズからして……他人の目から見た自分が、とても気になっていそう。エッダ寺院取り壊し中止のお礼に、近いうちに化粧水の一つも贈らせていただこうかしら。

 ケンプフ<翠の月 14日>
 最近オレの美容のほうがピンチ! だめだ、この生活習慣は。
 上層部からずいぶんと怒られたが眠くてあまりきいてなかった。最近目を開けたまま寝るという特技を身につけた! でも寝ていたのがばれてニカラフになぐられた。顔にあざができた。いつか寝首をかくことを決意。それを見たあのガキが化粧水と傷薬をくれた。好感度少しアップ。でも眠い。

 リノアン<翠の月 14日>
 今日は、フリージ将軍でプフケンさんの上官に当たるニカラフという人がターラを訪れました。
 プフケンさん……寺院の件で、やはり、怒られたよう。
 私の部屋まで彼を罵る声と肉を殴るような音が響いてきました。プフケンさんの部屋は3階で、私の部屋は2階なのに。
 化粧水より傷薬のほうがいいかしら。痕が残ったら、気の毒ですもの。
 ここのところお疲れのようだからSドリンクも……と思ったのだけど、どうやら私が今飲んだので今月分は終わりみたい。またサフィに差し入れしてもらわなくては。

 ケンプフ<翠の月 15日>
 いい女発見! 今日はいい日だと思ったら、なんだかやたらと堅苦しい女だった。シスターじゃあしょうがない。というかもうちょっと遊び心のある女はここにはいないのか。やはり町にくり出すしかないな。
 しかし町もなんだか堅苦しい雰囲気だった。これはおもしろくない。娯楽もいまいちだった。
 あのガキに娯楽施設もなければ経済都市としてやっていけないようなことをもっともらしく言ったらやたらと感動された。

 リノアン<翠の月 15日>
 サフィにSドリンクを届けてもらったわ。途中、変な人に話かけられたと言っていた。最近のターラは、治安が悪いから心配だわ。<街を護っている>フリージ兵がもっとも問題を起こすのですもの。
 それなのに、プフケンさんは言ってくださったわ。
 娯楽施設を作るべきだって。娯楽施設があれば、無理やりお酒に付き合わされたりする女の子も減るかもしれない。フリージ人は、ターラ人に無償でなんでも要求できると思っているようだけど、プフケンさんは違うのですね。
 ターラの経済的な発展にも繋がるし、何より、フリージ人に欲求不満解消の場を与えておくのは必要なことだと思う……。
 明日は奮発して、Sドリンクを1ダース差し入れしましょう。

 ケンプフ<翠の月 16日>
 
Sドリンクをガキから贈られたなんだかむなしかった。
 とりあえず精力つけてまた町にくり出したら、ホメロスとかいう自称吟遊詩人と意気投合した。別れまぎわにリザイアの書を気前良くくれたが、オレがもっていてもしょうがないのでガキに渡してやった。

 リノアン<翠の月 16日>
 プフケンさんから、リザイアの書を戴きました。
 はっきりとは言いませんでしたが、きっとSドリンクのお礼なのでしょう。Sドリンクは一応高級品ということになっているから、気にしてくださったのね。原価は売値の1/20なのに。何だか申し訳ないわ。それにしても、わたしに魔道書など与えて怒られないのかしら。
 ……。
 怒られないはず、ないわよね。他の人に見つからないよう隠し持つことにしましょう。
 今日はプフケンさん、機嫌がよかったようで。歌まで披露してくださったわ。街で覚えてきたのですって。
 それは聴いたことのない歌でした。音は酷いものでしたが、詩はとてもよかった。竜騎士ダインを称える歌で……。
 記憶から薄れていた遠いトラキアの大地と、蒼き空を翔ぶ竜騎士の姿が……わたしの中で色をつけました。
 アリオーンさまやアルテナさまはお元気かしら。
 もう一年以上、会っていない……。

 

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