<運命の出逢いIN森>


プロローグ1・セリス

 ユリア……。
 僕は、君を愛していたよ。
 一目見た時から、恋に落ちたんだ。

 あの日、君は。
 レヴィンに肩を抱かれながら、心細げに僕を見上げたよね。
 あの時の衝撃を、僕は忘れない。
 運命だと思った。運命の出逢いだと。

 ユリア。君は綺麗だ。
 銀の髪も、整った顔も、細っこい身体も。全て綺麗だ。
 あの日から。君しか……僕には、君しかいないって思っていた。ずっと。
 君も、そう考えてくれていると思っていた。
 お互いの中に深い愛が芽生えたのは事実だったはず……。

 念の為と思って占い屋にも行った。僕自身の気持ちを確かめたんだ。
 君を買い物のついでに占い屋に連れていき、その結果も盗み聞いた。
 僕は君を愛している。
 君も、僕を愛していた。
 だから。
 結ばれるのは、時間の問題だと思っていた。
 それなのに。ああ、それなのに。

 何故だ、何故なんだ!
 何故、今。君はデルムッドを大事な人だと言うのだ?
 何故に、何故に、あの、ヤンキー頭を……。
 やはり、僕が気持ちをはっきり伝えなかったから?
 だから痺れを切らして、他の男に走ったというのか?
 ユリア、どうして……。どうして……。

プロローグ2・サラ

 リーフさま。
 あたし、ずっと好きだったの。
 貴方の声が好きって、前に言ったよね。
 貴方の声を聞くと、どきどきするの。
 声、好き。でもね、それだけじゃないの。存在の全てが愛しいの。

「もっときみのことが知りたい。一緒に来てくれるか?」
 リーフさま、そう言ったよね。
 これって、ずっと一緒にいてもいいっていう意味じゃなかったんだね。
 いつだって、まっすぐな王子さま。一生懸命な王子さま。
 大好き。ずうっと、大好きだった。

「今はまだ、誰かが好きとか嫌いとか、そんなことを考える余裕はない」
 ミランダ王女に、リーフさまが言った言葉。これ聞いていたの、こっそり。
 少し寂しくて、だけど、いっぱいほっとした。あたしはまだ子供だから、待っていてくれるんだなって。
 だ、だけどその数分後。
 ナンナさまに向かって。
「大好きなナンナを僕に下さいって、ラケシスに言うつもりだ」
 こう言ったのよね。

 大好きなナンナ、大好きなナンナ、大好きなナンナ……。
 信じられなかった。聞きたくなかった、そんな言葉。
 どうしてあたしじゃなくて、ナンナさまなの。
 どうして、あたしじゃいけないの? どうして……。


本編

 マンスター城近くの深い森。城の北西にある森だろうか。セリスはその森の中にあった。

 彼はリーフ軍と合流を果たす直前、コノートにて、衝撃の事実を知ってしまった。
 日頃主張をしないユリアが、マンスターで戦うリーフ軍の応援にはどうしても同行したいと言って聞かなかった。セリスは自分と常に共にありたいのだなと解釈し、大いに気をよくした。
 どうせならその事実をユリアの口から聞きたいと思い、理由を問うてみた。
「ユリアが僕と一緒に行きたいの、どうして?」

 するとユリアは、頬を微かに染めて言った。
「デルムッドさまが、心配なのです……」
「デルムッド!? 何で!?」
「彼は、わたしの大事な人ですから……」

 これだけでも、ショックだった。
 さらに、駄目押しをされた。

 リーフ軍との合流後。マンスター城での夜……。
「……貴方と離れているの、辛かった。辛かったの……」
「私もだ。ああ、無事でよかった……」
 デルムッドとユリアが、ムードたっぷりのテラスで互いの無事を喜び合う様。セリスは目撃してしまったのだ。
 その中でデルムッドは、壊れ物を扱うかのようにユリアの肩に触れたり、遠慮がちに額へとくちづけを落としたり……などということまでやってのけていた。ユリアもデルムッドの肩に頭部を乗せ、幸せそうに身を添わせていた。

 どうみても幸福絶頂の恋人同士だった。
 セリスは心に深い傷を負った。とにかく、その場にはいたくなかった。少しでも離れたかった。

 そうして着のみ着のまま武器すら持たずに、城を出るに至ったのであった。
 何も考えず、考えられず、ただ歩いて。暗い森の中に入ったのであった。
 セリス、失恋の真っ最中。そして、迷子真っ最中であった。


 セリスが、デルムッドとユリアのらぶらぶ風景を目撃した頃か。
 サラは、ミランダと2人で大量の酒を飲んでいた。何故、この2人なのか、何故酒を飲んだのかは……言わずもがな。

 浴びるように飲んで、2人、同じだけの量を飲んで。先に潰れたのはミランダであった。サラも酔い潰れたかった。そうして、一時でも忘れたかった。リーフのことを。
 だからその後も、ミランダがどっからか調達してきた酒が底を尽きるまで、一人飲んだ。だが最後の一滴を舌に垂らしても意識は保たれたままだった。さすがに、ぼんやりとはしている。しかしこのぼんやりとて、酒のためか失恋のショックのためか、わからないものだった。

 サラは溜息をつく。
 このままでは、全てを忘れて眠ることもできない。
 酒の効果は、身体だけはしっかり酔わせていた。ただひたすらに、身体が熱かった。余計に眠れそうにない。
 外の方が涼しいかもしれないとぼんやりした頭で考え、彼女は城を出た。

 サラは、こっちの方が涼しいか、あっちの方が涼しいかと、ふらふら〜と城の外を移動した。
 そうしているうちにサラもまた、マンスター城は北西の深い森に入り込んだのであった。


 森の中……正確にいうならば、森の端。そこには深ーい渓谷があった。そして渓谷には細い吊り橋がかかっていた。対岸には、さらに森が広がっていた。
 森と森を繋ぐ、細く危うい道……。

 セリスは、1度この吊り橋を渡った。
 迷い子の彼は、対岸の森をも探索したのだった。村でもないかとの淡い期待を抱いて。だが、見当たらなかった。
 失恋の傷に、迷子の不安に。身体の疲れに。セリスの心身は麻痺しかかっていた。方向もロクに考えずに、ただ足に動かしているような状態だった。
 で、適当に歩いているうちに。セリスは再び吊り橋のたもとに巡ったのであった。幸運といえば幸運だ。

 マンスター城方面に引き返すためには、吊り橋を渡らなくてはいけない。
 帰りたくない。だがいずれは帰らなくてはいけない、マンスター城。
 セリスは躊躇った。吊り橋を前にして。

 先はなんとなく渡ってしまった吊り橋だった。見た目はそれなりに頑丈そうに見える。見えるといっても暗がりの中。希望的観測が丈夫そうに見せているに過ぎない。セリスは一度痛い目を見て、それを承知していた。

 2度と渡りたいとは思えなかった、細く、古いつり橋……。
 だが、他に道は見当たらない。仕方なく、二重の意味で仕方なく。
 セリスは、再び橋を渡ることにした。

 サラは涼を求めていた。
 向こう側の森の方が、より涼しいような気がしたのだった。なんとなく。
 夜の吊り橋。
 怖くないわけではない。でも、怖くても別に構わないような気がした、なんとなく。
 で、サラは吊り橋を渡ることにした。

 偶然にも。2人は、同時に吊り橋に足を踏み込んだのであった。


 夜、暗い。前後にあるのは、茂る木々。足元は踏むたびに柔らかい感触を返す木板。さらにその下は、暗がりゆえに底が見えない谷……。

 これは、怖〜〜い状況だ。

 これまで闇の中で生きてきた少女サラも。
 光の盟主として数多くの難関を乗り越えてきたセリスも。
 同じように恐怖していた。とくとく胸を鳴らせる。

 2人とも、なるべく音を立てないようにしよう、極力揺さないようにしようと、努力をしていた。戦場で気配を絶つように、己の存在を消していたのだ……無意識のうちに。

 他人に会うなど、予想しない状況……。
 夜。森と森を繋ぐ、吊り橋の真ん中で……。

「きゃ」
「わああ」

 ばったり。危うく、ぱったり。
 セリスとサラは対面したのだった。


「あ……君は?」
「貴方は……」

 どきどき。
 2人の胸は鳴っていた。
 この状況で人に会ったら、どきどきするのは当然だ。

「あ……」

 ないに等しい明かりの中、互いを確認するためには接近せざるを得ない。
 2人は触れ合わんばかりに、顔を近づけた。
 中央に、たわむ吊り橋。中央に集中した重みによって、橋はさらに大きく揺れる。

 どきどきどきどき。

 一層、2人の胸は鳴る。怖いんだから、当然だ。

「あ、あたしはサラっていうの。あなたのことは知ってるわ。名前はセリス。シアルフィの公子でしょ。それで、父親はシグルドっていうのね。母親はディアドラっていう綺麗な人だったけど、死んじゃったのよね」
「……!」

 セリスは驚愕する。冷静に考えれば、そこらの吟遊詩人が吹聴していることなのだ。誰もが知っていることなのだ。セリスの人相書きなど、高い報奨金とともにいくらでも出回っている。彼の顔を知っている人間などいくらでもいるのだ。

 しかし。危険の中で高鳴る心臓と失恋の傷の疼きが邪魔をして、セリスは思考が上手く廻らない状態にあったのだ。だから。目の前の女の子が、ただただ不思議な少女に見えたのであった。

「君は……もしかして、リーフ王子の軍の子なの?」
「うん。そうよ……」

 サラはセリスと接近しながら、自らの胸のうちに戸惑っていた。
 胸が、鳴っている。この胸の高鳴りは、何?

 どきどきの主因は、下界に広がる闇だ。落ちたら、まず命はないであろう、深い谷への恐怖だ。そして誰もいないはずのところで人に会ったことへの驚きだ。

 しかし、セリス同様サラも失恋のショック中にある。その上彼女は酒まで飲んでいた。セリス以上に、思考が廻らない。

 2人は見詰め合った。胸のうちに動揺しながら。
 そのまま。金縛りにあったように、動くこともできなかった。
 どうして今、胸が鳴っているのか。何故、この人から目が放せないのか。何故今、動けないのか。その理由を2人はぼんやり頭で考える。

 実際は、足が竦んでいるに近い状態なのだけど……。


 2人は、しばらく見詰め合っていた。
 互いの息がかかるほどの距離で。

 セリスは、サラが発する匂いに、さらに胸を鳴らせていた。
 一瞬咽るような、熱いような、匂い。だが、微風に紛れて、それほど強烈に伝わってくるわけではなく……。
 人を惑わせるかのような、ほろ酔いさせるかのような、不思議な匂いだとセリスは思った。
「ああ。サラ……君は……なんと不思議な子なのだろう」
 セリスは思わず、呟いた。
 ……サラの発する匂いは、彼女が先に多量に摂取した飲料、つまり酒の匂いだ。酔いそうになる匂い、そのまんまだ。不思議でも何でもない。

「貴方は、あたしの何? 何故あたし、貴方を知っているの?」
 サラは昼間、マンスター城で応援に駆けつけたというセリスが、リーフと話をしているところを目にしていた……柱の影から。その直前に耳にしたナンナとリーフのやりとりがあまりにショックで忘れていただけだ。ただ、セリスを目にしたことで何となく思い出したに過ぎない。
 試験の時に、問題を読んでみて分からないと思っても、選択肢を見たらば、“お、答えこれだよ。一昨日読んだ頁に書いてあったじゃん”となったようなものだ。因みにセリスのプロフィールは、リーフ軍で耳に蛸が出来るほど聞いていた……。彼女の口をついて出てきても、おかしなことではない。

「サラ……僕は、過去に今と同じような気持ちを抱いたことがある。この胸の高鳴り……」
 セリスの脳裏に、ユリアの儚げな微笑が浮んだ。
 ユリアを愛しているはずだ。大失恋はつい先のこと。まだ、忘れてはいない。
 だけど、彼女を、サラを前にした時に起こった衝撃。心が止まりそうな、あるいは暴走しそうな、あの、感覚。あれは、ユリアと初めて逢った時に感じたものと同種だった……。セリスは思った。

「あたしも、あるわ。どきどきして止まらなかったこと」
 サラの脳裏に、リーフの明るく強い笑顔が過ぎる。
 リーフを愛している。失恋は、昼間のこと。忘れたいけど、忘れられない。酒を飲もうとも、考えること、全てを放棄しようとしても。
 だが、彼と。セリスと遭遇した時に走った衝動。心臓が停止するかと思った。五感の全てが震えた。あの、衝撃。あれは、リーフと出会った時に、初めて覚えた感覚と類似していた……。サラも思った。

 2人の中に、初恋の想い出が蘇った。ときめきが蘇った。

「僕は……」
「あたしは……」
 もしかしたら、この人を好きになったのかもしれない。

 そんなことを、考えた。その時。

 2人を、2人を乗せる危うい吊り橋を、突風が襲った。
 揺れる、揺れる。激しく揺れる。
「きゃあ」
「わあ」
 ぐらぐらぐらぐらぐら。
 揺れに呼応して。
 ばくばくばくばくばく。
 心臓の音は、もう最高潮。これ以上鳴ったら、割れてしまうというほどの激しい動悸を起こした。
 2人は手を伸ばし、目の前の人間を求めた。無事を確認しようとしたのだ。
 セリスが触れたのは、サラの髪だった。サラが触れたのは、セリスの手だった。
 ばっくばっくばっくばっく〜〜〜。
 未だ、胸は激しい音を立てている。

 この激しい胸の鳴りは、ユリアの時以上だ。セリスは思う。
 これだけ痛く、早く、熱く、胸が動くのは、リーフさまの時にはなかった。サラは思う。
 2人は、以前の甘酸っぱい初恋の胸の鳴りと、現在の胸の鳴りを比較した。
 今のほうが、激しい。
 勿論、命の危険を前にした恐怖が起こした動悸に過ぎない。だが、虚ろな思考状態の2人はそこまで頭が及ばない。
 互いの存在に。好きなのかもしれないと考えたことに。はじめて触れた愛しい人の柔らかさに……。
 かつてない高揚を覚えたとしたのだった。

「サラは僕の、運命の人だ」
「セリスさまはあたしの、大切な人なのだわ」

 ひしと抱き合うサラとセリス。
 こうして2人は、真なる運命の相手に巡り合えたと……思い込んだのであった。


エピローグ1・サラ

 ああ、セリスさま。
 あたし、貴方が好き。

 こんな気持ちをリーフさま以外の人に抱くなんて、思っても見なかったわ。神様はあたしにもちゃんと、運命の人を用意していてくれたのね。……リーフさまにナンナさまが用意されていたように。

 森に足を入れた時には、寂しくて寂しくて、仕方がなかった。
 一生リーフさまのことが忘れられず、独りで生きていかなくちゃいけないのかもしれない、なんて思っていた。

 でもね、森を出た時には、もう寂しくなかったの。
 独りじゃなかったから。隣に、手を繋いでくれる人がいたから。

「君はもう、僕の恋人だよ」
 セリスさまはそう言って、あたしの頬にキスをしてくれたわ。
「それって、ずっと一緒にいていいっていう意味で、いいの?」
 前に、勝手な期待をしたせいで、哀しい想いをした。哀しいのは……半日だったけど。
 だから、確認したの。そうしたら、セリスさまは笑って頷いてくださったわ。
「君が離れたいと言っても、離さない」
 って。

 あたし、今、幸せよ。
 セリスさまと初めて逢った時のスゴイときめき。あれは、時間の経過とともに静かになっていった。だけど本当の愛情ってそんなものなのかもしれないって思う。

 最初は高く、熱く、盛り上がる。胸を締めつける。
 だけど次第に緩やかになって、日々の平穏、幸せを噛み締めるようになるの。
 うん。きっとそう。

 あたしは、本当に幸せだわ。
 セリスさまと出逢えて、本当によかった……。

エピローグ2・セリス

 ああ、サラ。
 僕は君が好きだ。

 ユリア以外の人に、あれほどの気持ちを抱くことがあるなんて。予想もしなかったよ。今となっては思う。ユリアとの愛が成就しなかったのは、他に運命の人が用意されていたからなんだ、ってね。

 森に入った時、僕は一人だった。
 ユリアへの報われぬ想いを胸に秘め、独り、これから先を生きていくことになるんじゃないかって、漠然と考えていたように思う。
 その後すぐ、サラと想いが通じあって。通じ合ったのだけど、でもそれだけだと、また愛しい少女を失うこともあるかもしれないって、そんな危惧があって。だから僕は言った。

「君はもう僕の恋人だよ」
 彼女は躊躇いがちに頷いた。あまりにその様子が可愛かったものだから、頬にキスをした。
「それって、ずっと一緒にいていいっていう意味で、いいの?」
 彼女は当然のことを言った。ずっと一緒にいて欲しいから言ったんだ。
「君が離れたいと言っても、離さない」
 そう言って、僕はもう一度彼女を抱きしめた。折れそうなほど華奢な身体を。彼女はおずおずと僕の背中に手を廻した。

 彼女は僕のものだ。彼女の全てが愛しいよ。愛する人と想いが通じ合って、本当に幸せだ。

 オイフェに僕たちのことを報告したら。
「さすがはシグルドさまのお子だ……」
 と、苦笑された。
 聞けば、僕の両親も一目惚れの果てに、深い森の仲で愛を確かめ合い、結ばれたという。

 初めて逢った時のような、衝撃的で多大な気持ち。あれを今、サラに対して持っているとは思えない。
 常に一緒にいることで、穏やかな、日々の中で育むような恋に変わっていったからだ。両親も同じだったに違いない。
 一目惚れの末、電撃結婚。僕という子供を出産。2人は共にあった期間こそ短かった。だけど、独身者の目の毒と言われるほどに仲睦まじい夫婦だったという。

 両親と僕たちは、近い恋の道を歩んでいるのかもしれない。だけど、だけどっ! 
 僕たちは両親のように引き裂かれたりなんて、してたまるかって思っている。もし、離れなければいけない運命だとしても……僕は、必ず打ち勝ってみせるって、そう思っている。

 サラ、君を愛している。
 だから、僕は誓う。
 例えこの身が切り刻まれようと決して後悔などしない。
 我が愛しきサラを、神よ……どうか永遠に護りたまえ!!

FIN

 

FE創作の部屋