闇の天使が乞う光




「ねえ、スルーフ。何してるの?」
「……ああ、貴女ですか」
「うん、またあたしよ。ねえ、何してるの?」

 レンスター城の奪還は、リーフ王子を旗印としたレンスターの遺臣の悲願であった。願いは叶ったかに見えた。だが、それはつかの間の成就でしかなかった。
 城の頂きにノヴァの旗を立てることに成功したものの、レンスターを奪い返さんとするフリージの攻撃に、リーフ軍は城の片隅に追いやられていく。
 レンスター奪還より、三月が経過していた。
 レンスター城の再度の陥落は時間の問題であるのかもしれないと、皆が不安を覚えていた。
 彼も、例外ではなかった。
  ブラギの徒として、世界の光の行く末を見届けんとするエッダの神父スルーフもまた、翳りを見せ始めた光の行く末に心を痛めていた。

「何をしているって……見ての通り、祈りを捧げているのです」
 レンスター城は、左右対称の設計である。二重城郭を擁し、外城壁は高く築かせている。縦深の防御を重視した縄張りとなっている。
 今はまだ解放軍の区域である、内郭は西の教会。夜、そこで祈りを捧げるのがスルーフの日課だった。明日には果たせなくなるやもしれぬ日課。それを、気まぐれに妨げる存在がある。

「……ふうん。それって、面白いの?」
 少女は、首を傾げた。長い紫銀の髪が流れる。
「面白いという表現には、当てはまりませんね……」
「そう……」
「貴女も祈りませんか?」
「そうしたいけれど」
 スルーフは笑い、言葉を返した。神への真摯な祈りを中断されたことはさして気にしないこととする。彼女は神出鬼没なのだ。突如現れて、彼の行動の流れを堰き止めるなど、いつものことである。
 少女もまた微笑む。笑い慣れていない、そんな笑みだ。
「……お祈りって、よくわからないの」
「もしかしてサラは……祈りを捧げたことはないのですか?」
「ないわ」
 サラは短く答えると、祭壇に膝をつくスルーフの隣に座り込んだ。
「サラ……?」
「どうやるの。教えて」
 不器用に手を組み、硬い動作で、膝をつく。
「お祈り、してみたいの。スルーフがお祈りしてるところ、綺麗だから」

 紫銀の髪の少女、サラ。
 彼女はレンスター城東門に近い教会に迷い子として保護されており、たまたま 訪ねた解放軍の戦士に、連れていって欲しいと言ったそうだ。理由も素性も語らない。伴に行きたいとだけ繰り返す頑強な少女の態度に皆が折れる形で、解放軍への同行が認められたという そして回復系の杖が使えるということで、スルーフの指揮する医療班に配属された。
 はじめてサラを目にした時、スルーフは息を呑んだ。
 彼女の中からは、解放軍の誰からも感じられる“光”の波長が微塵も感じられなかったのだ。むしろ、彼の嫌悪する闇に近い。
 少女はそんな彼の驚愕を見透かすかのように、口許だけで笑い、言った。
「光を見続ける人に、闇は、どう映るの? 闇は、それだけで汚いの?」
 スルーフは首を傾げた。直感的に言わんとすることはわかった。だが、わからないフリをした。

 サラは“祈り”を始めた。 スルーフの隣で。
 懸命に光を乞うかのような姿に、彼は違和感を覚える。
 スルーフとサラは、共に過ごす時間が多い。
 同じく医療を担当する身であること、勿論、それもある。
 だがそれ以上に、サラのスルーフと共にあろうとする努力によるところが大きいようだ。サラは空いた時を見い出しては、スルーフの傍らにあろうとしていた。話をする時もあれば、ただ隣にいるだけのこともある。
 そうして時々、誰もが知っていること、当たり前のことすぎて、誰も疑問にまで格上げしないことを、尋ねる。
「ねえ、空は何故青いの?」
「男の人と女の人で、声が違うのは何で?」
 スルーフが知る範囲で。あるいは調べてそれに答えると。
「ふうん」
 と、だけ言った。それが、
「そう。ありがとう」
 短い礼の言葉に変わるまで、三月掛かった。
 そして、出会いより、かれこれ半年。
 今では、礼の言葉に、不慣れな笑顔が付加されるようになった。以前は口許を動かしている。そんな笑みだった。近頃では、目許と口許が、自然な順序で動く。

 彼女には、疑問に答えるという形で、様々なことを教えた。だが、彼が本当に教えたいものを、彼女は進んで学ぼうとはしなかった。聖書を読ませようとしても、無言で目を逸らせる。教えを説こうとすると、立ち去る。そのサラが、祭壇の前で膝を折り、祈りを捧げている。進歩だと思う。
 エッダ神父スルーフの教えたいもの。それは光の経典、ブラギの教え。闇属性の少女に光を与えたかった。
 今、はじめての祈りを捧げる彼女の姿は、清廉な信者そのものに見えた。そこに、違和感を覚えたのだ。違和感がないことが、違和感だった。彼の知るサラは、光を求める娘ではないから。

「ねえ、これでいいの。お祈りって」
 僧院で育ったという話を彼女から聞いたことがある。
 それなのに、何故、“祈り”を知らぬのか。全く持って、奇妙な話である。ロプトとて、“祈り”の対象となるものはあるはずだ。  サラは、スルーフにはだけは、他のものには言えぬことも話していた。僧院育ちという話も、恐らくは軍の他のものは知らぬことだ。その素性について決定的なことを彼女の口から聞いたことはなかった。ただ、少女の属性が闇にあるということは、一目見た瞬間からわかっていた。理由などない。ブラギの信者としての勘である。ロプトにあっても、単なる一信者でなかっただろうと、推測していた。それでも、祈りを知らぬのは不自然なことだ。

「おかしい?」
 返答のないスルーフを心細げに見上げるサラ。スルーフは優しく微笑む。
「おかしくなどないですよ」
「でも、奇妙なものを見る目をしていたわ」
「……祈りを知らぬという人とは、はじめて会いましたから」
「ブラギの神父様だもんね」

 抑揚のない口調に、毒が感じられた。
「本当は……お祈りしている人は、これまでも見たことあったわ。育ったところでも、数日居ただけの教会でも」
「そうなのですか」
「うん。でも……スルーフのとは違った。体勢は似ていたけど。スルーフのは、なんか綺麗だったから、あたしも同じことをしたいと思ったよ」
「……」

 ロプトの祈りとは違おう、根本的に。当然だ。だが、一般的な教会の祈りとも違うとは、綺麗な祈りとは、どういうことだろうか。 考えていると、サラが言った。
「どっちも、縋りついているだけだったわ。スルーフは違うでしょ」
 サラは青灰色の瞳を、スルーフのそれに強引に絡みつかせた。
「ね……あたしのお祈りは、どっちに見えた?」
 皆の祈りは縋りついているだけ。自分とは違う。どう違う?  言葉を反芻させる。
 どう違うのか分からぬのに、どっちに見えたのかと言われても、答えようがない。
 当惑を浮べたスルーフを見て、サラは眉を上げた。頬を膨らめ、あからさまに不機嫌な顔になる。
「もういい。嫌い。帰る」
 サラは立ち上がった。足音を立てず、スルーフに見向きもせず。消えるように、視界から去ったのであった。

 本当に、嫌われたのだろうか? ただ、言わんとすることがわからなかっただけで? それとも、他に不快にさせる要因があったというのか?

 サラの姿を目にしなくなって半月が経過していた。
 これまで感情の表現に乏しかった少女が、負のものであれ、気持ちを言葉にし、感情が露骨に現れた顔を見せた。
 気持ちの歩みよりがあった証拠ともとれる。悩める人、迷う人の心を救わんとする存在、ブラギの徒として、そう分析する。
 だが、一個の人間として、サラの言葉には一抹の不安を覚えていた。哀しい怒りを含めた表情が、胸を締めつけている。

 気が付けば傍にいる少女。自分にだけ、懐いていてくれた子供。
 傍にいて欲しいと思ったことはなかったが、共にあることを不快に感じたこともなかった。快、不快など考える余裕もなかった。 彼女は、絶えず、疑問を渡すから。ひたすらに、考えることを要求するから。

 現在、レンスター城の四割は、フリージの手に落ちている。しかし、元より広大な城。解放軍のものである地域だけでも、会おうと努力しなければ、まず会うことはない。
 スルーフは教会にある時間を長くとっている自分に気が付いていた。そうしていると、いつものように彼女が姿を現すような気がする。
 今日も祈りを捧げ、その後も、椅子に座り、ただ考え事をした。
 思考の多くを占めるのは、サラのことだった。世界のことよりも、ブラギのことよりも、彼女のことを多く考えていた。これまで、2日に一度は彼女と言葉を交わしていた。
  離れてみると、何かが足りなかったのだ。

 何故、サラが自分に懐くのか。その疑問を直接彼女に投げたことがあった。
 彼女はこれまで、素朴な疑問を口にする相手もいなかった、と言った。
 答えて貰らえるはずがないから、口にしようとも思わなかった。そう言ったこともあった。
 そうして、スルーフは、答えてくれるから好きなのだ、一緒にいたいのだ、と付け加えた。
 やはり、答えを与えない自分にはもはや感心がないのかと思う。

 ロプトに冒された少女を、救わなければならないと思っていた。それはエッダの聖職者としての使命だ。
 だからスルーフは、全ての質問に答えを与えたかった。それが、彼女を救うことに繋がると思ったのだ。嫌いな人間より、好きな人間の言葉に、誰しも耳を傾ける。
 だから……と言い訳をしながら、彼女の言葉を、何度となく脳内で繰り返した。

“どっちも、縋りついているだけだったわ。スルーフは違うでしょ”

 神に縋る、か。
 縋るという表現が正しいとは思わない。だが、一理あると言わざるをえない。
 今、世界は闇に覆われている。
 皆が深い絶望に陥り、人間としての存在意義を見失いつつある。  
 
 神、光の存在は、道を照らすことは出来ても、道を作ることはできない。生きる意味を与えることはできても、生きることを与えることはできない。 生き残りたければ、神に祈るだけでは意味がない。そこを履き違えた人間は少なくない。サラは、神の力を過大評価して縋りつき、自ら立とうとしない者らの祈りを無駄なものだと言いたかったのだろう。

 闇の教えというものを、スルーフは知らない。学ぼうと思ったこともない。だから比較することができない。歯痒い。
 闇の教えが、闇が神とあがめるものが、生きることそのものを与えることは、不可能なはずだ。食料も、敵を退ける力も、与えはしまい。だが、錯覚させることはできる。誰しも繰り返し同じ方向を耳元で囁かれれば、そして、周囲のものがそちらに向かえば、その方角に歩くだろう。自力で生きていても、闇のおかげで生きていると言われ続ければ、そう思い込むだろう。そうして、闇が無ければ生きられないと錯覚するのだ。
 サラはロプトの信者を、ありもしない闇の力を信じ、操られるままに生きる、愚かな生き物と見ているのかもしれない。信仰と錯覚はそう遠いものでないのかもしれないと、スルーフは思う。

 スルーフには動けぬクロードの目となり世界の行く末を見届けるという使命があった。それが、今の彼の存在意義だった。道を迷うことはない。生きるべき道を求めて、神を盲目的に崇拝する必要もない。
  彼にとって祈りとは、神への感謝と報告だった。
  サラの見てきたものは、神を過大評価しての、あるいは闇の力を錯覚しての、助力を乞うような祈りだったのだろう。

“ね……あたしのお祈りは、どっちに見えた?”

 サラの祈り。違和感を覚えた。それは確かだ。
 サラは、神に縋ることに侮蔑に近い感情があるように見受けられた。
 だが、あの日のサラは、まるで光を求めているように見えたのではなかったか。そして、そこに違和感を覚えた。

 神に乞うような祈りに、見えた。どっちと言われれば、見えた、確かに。しかし、何かが違う。 といって、神に感謝し、報告するような祈りだとも感じなかった。神でも、救い手でもない何かを、欲している……?
 わからなかった。考えても、考えても、わからなかった。
 頭を抱えていると、背後に、気配が出でた。

「スルーフ」
 思わず、立ち上がった。
 サラは、無表情のままで、スルーフの隣に来た。そして腰を掛ける。貴方も、座れば?  目で勧める。小さな手が、ローブの裾を引く。スルーフは、再び腰を落とした。
「サラ……少しだけ、久しぶりですか」
「そうよ。久しぶり」
 微笑みで迎えると、サラは不慣れな笑みを返す。
 普段の、サラだった。
 安堵している、と自覚する。彼女に嫌われたくはない。
 サラは、つと手を伸ばし、スルーフの髪の中に手を入れた。頭部に直接、指を当てる。 瞳をしっかりと見据えて、嘘は許さない、意思を垣間見せる。そうして、口にした。

「ね、今……あたしのこと考えていたよね?」
「……!」
「そうでしょ?」
「……考えていました。貴女の祈り……」
「……答えは、出た? あたしの祈りは、どっちに見えたの?」
 逡巡の後、首を振る。また負の表情になるのではないかとの、内心の緊張を押し隠して。
「わかりません」
「……そう」

 サラは、顔を伏せた。
 スルーフの頭を触れている手が震えている。やがて、自身の膝の上に落ちる。微かな振動を続けている。
 また、傷つけた。
 スルーフの心臓が軋んだ。
「すみません……」
「……」
「サラ……?」
 言葉を発しない少女の息遣いだけが、薄暗い教会に響いた。
 スルーフは、彼女の前方に移動し、膝を折った。小さく早く上下する肩に、手を乗せる。
 泣いているのかと思い、顔を覗き込んだ。……少女は、愉しげに笑っていた。

「成功ね。逢えない間、ずっとあたしのこと、考えていたでしょ? スルーフは分からないことは、分かるまで考えようとするもの」
 くすくす。抑えていたのであろう声が、高く鳴る。
「だから、難しいこと言って、考えさせようと思ったの。でも、スルーフは頭いいから、すぐに答えを見つけちゃう」
「知りたいからではなく、私を困らせることが目的で質問をしたのですか?」
「……知りたいのも、本当よ。スルーフの目に映るあたしが気になるもの。それにね、スルーフを困らせることが目的なんじゃないわ。目的じゃなくて、手段なの」
「私はこれまでだって、貴方のことを考えてきましたよ。無理難題など寄越さなくても」
「うん。エッダの神父様として、あたしに布教活動しているんだよね。あたしのためを考えて。でも、それじゃ嫌なの」

 布教活動とはまた、身を蓋もない言い方だった。
「スルーフは、あたし個人なんて見ていないんだよ。闇の毒にやられた、気の毒な子供としか、見ていない。初めて逢った時から、ずっとそう……」
「サラ……」
 これまで彼女のことに心砕いてきた自分の気持ちや時間が酷く虚しいものに思えて、気持ちが沈む。
「やだ。哀しそうな顔しないでよ」

 先の笑顔が消え、泣き出さんばかりの顔に、変化する。この娘は、これほどに表情の豊かな娘だっただろうかと、驚く。消え入りそうな声で続けられた言葉は、さらに驚きだった。
「あたし、スルーフに、あたしのこと、考えていて欲しかったの……、理解しようと努めて欲しかったの。あたし自身を見て欲しかったの。スルーフは真面目にあたしが質問したこと考えてくれるから、難しいことを沢山言えば、あたしのこと考える時間も沢山になるって思ったから……だから、あたし……」
 サラは、真下にあるスルーフの顔を両手で挟んだ。
「ワザと、変なお祈りをしたの。何も考えずに、手を組んだの。貴方の心が欲しかったから」
「変な祈り……?」

 スルーフが呟く。
 変? 無心とは、祈りの一つの形……それも、理想的な形なのではないだろうか。
「それは違……」
 違うと言おうとしたが、途中で遮られた。
 サラが、顔を近づけたからだ。
 くちびるに、くちびるを当てたからだ。
「サラ!?」
「あたし。貴方が、好きなの」
 軽いくちづけの余韻と言葉を残して、 サラは扉の前まで駆けた。そこで一旦立ち止まる。
「スルーフは、あたしが感情見せたほうが、戸惑うね。もっともっと、考えてくれるよね」
 くすくす、くすくす。笑い声。

 厚い扉を開く、軋むような音。
 再び、閉じる重い音。
 一人残されたスルーフは、サラの行為と言葉を、頭の中で何度となく繰り返していた。

 半年に渡る篭城。その末、レンスターは光の公子たるセリス軍の助力を経て、真の解放に至った。
 アインスの光。
 セリスの姿に、スルーフは、リーフと同じ大いなる光を見た。
 光は、集う。
 きっと、世界は救われる。希望が見えてきた。大陸の未来という希望が。
 その事実を悦ぶ反面、気にかかっていることがあった。それは光を取り戻した先。闇の行く末だった。

 新たな世界は、闇を受け入れることはない。子供狩り、洗脳、力無き人々への虐待。実際、ロプト教がやってきたことは許されることではない。闇の時代が再び訪れることがないように、ロプトは叩き潰されるだろう。
 だがロプト教団に属していたからと言って、全ての信者が加害者ではない。何かに縋らずにはいられない状況にあった時、目の前にある力……ロプトに縋り……そうして抜け出せなくなっただけ。彼が闇に所属するより早く、ブラギの光が彼らに射していれば、光の信徒となっていたのかもしれない。だがひとたびロプトの徒となったものに、光の教えを説くものはそうはいない。その機会もない。
 そう考えて、一つ、息を吐く。
 闇の未来を憂うなど、一年前の彼には考えられないことだった。
 闇の行く末は、一人の少女の姿に象徴される。血に、生まれに闇を持つ、だが純粋な少女に。闇の、天使に。
 
 正常な世界に戻りし時、ロプトが弾圧の対象になることがあってはならない。光とともに生きるか、闇に身を沈めるか、選ぶ権利はあっていいはず。スルーフはそう考えるようになっていた。その根源にあるのは、自分を好きだという少女に、不幸になって欲しくないという感情だった。

 サラとスルーフは、よく時を共有した。
 告白とくちづけの後も、それ以前と同じように。
 変わらずサラは、スルーフに疑問をぶつけ、スルーフはこれに答えていく。
 2人の関係に若干の変化があったとすれば、スルーフの行動に、だった。
 スルーフも、彼女に質問をするようになったのだ。
 例えば、彼女の素性。解放軍に同行した目的。
 訊ねたならば、サラはこともなげに答えた。

「貴女は、何者なのですか?」
「あたしは、サラよ」
「……生れ育ちは? それに、ご家族は……?」
「スルーフの考えている通り、ロプトの僧院で育ったわ。生まれたところは、よく知らない。両親は随分前に死んじゃった。お爺さまはね、生きているけど、大嫌い。マンフロイって……偉い人みたいだけど、あたしは嫌い」
 予想以上の複雑な素性に驚いたが、同時に納得もした。彼女のロプトを見る目は、一介の信者を上から見ているところがあったから。立ち振る舞いや雰囲気には高貴な素性ゆえのものだろう。

「……何故、解放軍に?」
「あたしを、必要としている人がいるの。とっても綺麗な人よ。声も、心も、生命も」
「……抽象的すぎます」
「そう? でも、あたしもこれ以上は知らないし。焦らなくても、もうじき、具体的になると思うよ」
「この軍の方ですか?」
「そうだけど、違うのかな。いいじゃない、もうじき会えるんだから。この話はもうやめよ?」
「……貴女が嫌ならば、やめますけど」
「嫌なのよ。だって、あたしじゃないヒトのこと気にするスルーフなんて見たくないもの」

 好きよ。耳元でそう囁いて、頬を摺り寄せてくる。
 スルーフはこれまでサラの愛情に言葉で答えたことはなかった。
 ただ、この上もない優しい微笑みを浮かべることで彼女の行動を容認した。口づけも、抱擁も、ただ受けるだけ。彼女も無理にスルーフの気持ちを求めようとはしなかった。

「私は貴女のことだから気になるのですが」
「気になる……ねぇ。ま、いいけどね。スルーフってわかりやすいし」
 くすくす、と笑ってみせる。愛らしい。銀の髪が月の粉を放つように輝き、揺れている。眩しいほどに、綺麗だ。思わず目を細める。

“闇はそれだけで汚いの?”

 スルーフはかつて、闇は穢れたものだと考えていた。ロプトはそれだけで悪だと。そして、光こそが清らかなものだと。だが今はそう思ってはいない。
  ともにある時間がそうさせたのか、最初から惹かれていたのか、もはやわからない。ただ精神の理解を求めて何度となく心を交わらせるうちに、そうして身体の一部を触れ合わせるうちに、これまで抱いたことのない感情が芽生えていたのは事実だった。
 スルーフは、サラほど無垢な魂を知らないし、綺麗だと感じる少女はいない。これまでもいなかったし、これからもいないと思っている。
 サラと出逢い、時を過ごしたことで、ロプト教そのものへの嫌悪は薄れていった。闇に属するものは、それだけで邪悪なのではない。だから、光の教えを受け入れることもあるのだと信じられるようになったのだ。
 エッダの神父として、一つの殻を破ることができたと思っている。偏見という、世界を狭くする殻を。
 スルーフはサラに、サラに出逢えたことに、感謝していた。

* 

「……ねえ、北トラキアの戦いが終わったら、スルーフはどうするの?」
「大陸中を旅し、クロード神父の教えを広めたいと考えています。今はまだブラギを知らぬものたち、皆に」
「ふうん。ね、あたしもついて行っていい?」
「ええ、貴女がそうしたいのなら……」


END

 

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