Φなる・あぷろーち SS

 大進展!? 愛と波乱のスキー旅行 〜 西守歌編 Part.1 〜

                         震天 さん

  涼   : ……かなり不本心だが、一緒に滑るか? 西守歌。
  西守歌 : まあ! 涼様、遂に私を婚約者として認めて……。
  涼   : やっぱり、明鐘と……。
  美紀  : じゃあ、私は鐘ちゃんと滑るよ。
  笑穂  : では、私は彼女とだな。
  あやめ : よろしくお願いします、陸奥さん。
  笑穂  : 笑穂で良い。
  美紀  : 鐘ちゃん、行こ。
  明鐘  : え、でも……。
  笑穂  : 私は初めてなんだが、滑れるだろうか?
  あやめ : コツさえ掴んじゃえば簡単ですよ。

 俺と西守歌だけ残し、みんなはそれぞれリフトに向ってしまった。

  涼   : ……。
  西守歌 :涼様? そこまで露骨に嫌がらなくても……。
  涼   : まあ、もうしょうがないしな。ただし、くっつくなよ?
  西守歌 : 涼様と二人っきり……ああ! どうやって涼様の心を射止めましょ
        うか♪

 ……なんか、貞操の危機を感じるんだが……。

  涼   : ……怖いから話題を変えよう……。とりあえず、初心者コースに行くか?
  西守歌 : はい!

 という訳で、リフトに乗ったのだが……。

  涼   : コラ、くっつくな!
  西守歌 : いや〜ん、涼様、私こわ〜い♪
  涼   : おまえなぁ! 今俺たちがどういう風に見られてるかわかってるのか!?
  西守歌 : もちろん、婚約者同士に……。
  涼   : なんでいきなりそこまで飛躍した見方をされてると思うんだ……?
  西守歌 : 皆様! 私と涼様は婚約者同士です! 盛大に祝福―
  涼   : だぁーっ! やっぱバカか! お前はっ!

 って言うか、どこから出した!? そのメガホン!?

  西守歌 : まあ、涼様ったら。こんな公衆の面前で私を襲われるなんて……。
  涼   : ち、ちがっ……!

 やっぱこいつと滑ろうなんて思ったこと自体間違いだったのだろうか……?

  美紀  : お〜い!
  涼・
  西守歌 : ?

 何で美紀の声が?
 助けを求める俺の心が聞かせる幻聴だろうか?

  美紀  : バカな事考えてないで、早く降りないと中級者コースまで行っちゃうわ
        よ〜?
  涼   : 幻聴じゃない……。

 ふと横を見れば美紀と明鐘が手を振っている。
 俺も手を振り返そうと思ったが、さっきの美紀の言葉を思い出す。

  涼   : ……中級者コース?
  西守歌 : 涼様。
  涼   : どうした?
  西守歌 : 行き過ぎました……。
  涼   : は?

 そういえば、このリフトは初心者コース、中級者コース、上級者コースのどこで
も行ける。
 ただ、初心者コースに降りれなければそのまま中級者コースまであがってしまう
ということになる。
 ……つまり、最悪次で降りないと初心者が上級者コースまで上がってしまうと言
う事になる。

  涼   : おい。
  西守歌 : はい?
  涼   : 次は絶対に降りるぞ。
  西守歌 : そうですね……。

 次はとにかく無事に降りれたが、ここからが問題だ。

  涼   : さて、初心者しかいないわけだが、どうやって滑るんだ?

 俺も西守歌も全くの初心者。
 教えてくれるような人間もいない。

  西守歌 : 心配には及びません。

 そう言って、西守歌は笛……いや、ホイッスルか?
 まあ、どっちでもいい。
 とにかくそれを吹いた。
 当然、他の人は何事か、とこちらを見る。
 ……もう少し周りの目を気にしろよ……。

  涼   : ……おい。それでなにが起きるんだ?

 西守歌がそれを吹いても特に何の変化もない。
 てっきり、黒服部隊がやってくるものかと……。

  西守歌 : 来ましたわ。
  涼   : ……ん?

 頂上のほうからなんかやってくる……。
 なんか、黒っぽい点の様な……。
 周りの人たちも気付いたらしく、そちらを見る。
 そんな人たちの中には、

  男性客 : おい、よくあれで滑れるな。
  女性客 : って言うより、寒くないのかしら?

 などと言う感想を述べている。
 ……まさか……。

  黒服  : お待たせいたしました、西守歌お嬢様。
  西守歌 : ご苦労様です。涼様、こちらはインストラクターの……どうかなさい
        ました?

 がっくり項垂れている俺にようやく気付いたか。
 俺もこの人が目の前にくるまで、幻か? と信じたかったよ。
 だが、実際本当だった。

  涼   : なんでその格好なんですか?

 その格好=いつもと同じ黒服。
 しかもちゃんとグラサンと黒の帽子まで着用してるよ、この人。

  西守歌 : だって、この格好でないと私の配下の者と言う事がわかりませんでし
        ょう?
  涼   : そういう問題か? ……って言うか、あなた誰?
  黒服  : 私、矢野と申します。

 だから、見分けつかないって。

  涼   : と、とにかく、こんな格好してるけど、インストラクターなんだな?
  西守歌 : はい!
  涼   : えっと、じゃあ、よろしくお願いします。
  黒服  : かしこまりました。

 それにしても、黒のスーツとグラサンと黒の帽子を着ている人にスキーを教わる
なんてすごくおかしい画じゃないか?

  涼   : おい、西守歌。せめて今だけでもこの人をスキーウェアに……お前、
        何やってるんだ?

 俺がこんなおかしな状況の中、滑り方やらなんやら教わっているのに、こいつは
座り込んで俺を見ているだけだ。

  西守歌 : なにって、涼様の御勇姿をしっかりと瞼に焼き付けているのです♪
  涼   : いいからお前もさっさと教われ。
  西守歌 : いやです♪
  涼   : なに?
  西守歌 : どうせ教えていただくのでしたら、涼様に手取り足取り腰取り、教え
        ていただきたいので♪

 なぜに腰?
 いや、それより、こいつ、本気で習う気ないのか?

  涼   : 大変でしょう? いつもこれの相手するのは。
  黒服  : いえ……。
  涼   : いつもわがままばっかりで、こっちの言う事なんかまるで聞かないし。
  黒服  : そんな事は……。

 まぁ、いくら仕える相手を間違ったっていっても、面と向かってそんな事言えな
いしな。
 この人も困ってるし、この辺にしておこう。

  涼   : お前、本気で習わないつもりか?
  西守歌 : 私は、涼様に教わりたいのです♪
  涼   : 俺は教えないぞ。
  西守歌 : まあ♪ 涼様ったら、照れてらっしゃるのですね。
  涼   : 違う。とにかく、教わらないって言うなら、一緒に滑らずにお前を置い
        て行くぞ、バカ!
  西守歌 : 涼様酷い! 私のことは西守歌、とお呼び下さいとお願いし、涼様も
        了承してくださったのに、また、バカだなんて!
  涼   : そっちかよ……。

 こいつ、実は滑れる、とか言うオチじゃないだろうな?
 だったら、置いていっても問題はなさそうだ。
 そしたら、案外、簡単に追いかけてきたりしてな。

  涼   : なんとなくわかった。ありがとう。
  黒服  : いえ。
  西守歌 : ありがとう。もう下がっていいわよ。
  黒服  : はい。

 そう返事をして、黒服さんはゲレンデ滑っていった。
 ……絶対目立つよな、あの格好で滑るのって。

  西守歌 : さぁ、涼様。私にスキーの手ほどきを……。
  涼   : いやぁ、ホントに滑れるかどうかわからないから、ちょっと滑ってくるわ。
  西守歌 : え……? あ、あの!

 西守歌が何か言う前に俺は滑り出す。
 これで化けの皮が剥がれるだろう。
 俺はお嬢たちと違って甘くないんだ!

  西守歌 : ……。



 途中、何度か転んだが、周りの人のをみて、間違っているところを見つけ、よう
やく普通に滑れるようになった。
 転んだ時に西守歌に追いつかれないかひやひやしたが、特にそういったことはな
かった。

  涼   : まぁ、どうせあのバカの事だ。すぐに来るだろう。

 そう思い、下で待つことにする。
 しかし、10分経っても全然降りてこない。

  涼   : ……まさか、あいつ……本当に滑れないのか……?

 だとしたら、俺はすごくバカなんじゃないか?
 あいつは確かにバカだし、腹黒だし、はっきり言って……違うな。
 俺が嫌いなのはRTP委員会だ。
 そして、あいつがそんなに悪い奴じゃないのもわかってる。

  涼   : ……いたらいたらで迷惑な奴だが、いないときはいないで……
        あぁっ! もうっ!

 俺は自分のバカさ加減に腹を立て、中級者コースに戻った。



  涼   : えーっと……確かこの辺だったな……。

 さっきまで練習してた場所に戻ってきたが、西守歌はいない。
 ……入れ違いで降りたのか?

  涼   : とにかく、もう少し辺りを探してみるか……。……ん?

 探し始めようとした時、視界の端っこで何か引っ掛かるような光景を見た、気が
する。
 女の子1人に男が3人で取り囲んでいる。

  涼   : やっぱり、こういう場所でもああいうことする奴いるんだ……おい……。

 周りの男は当然知らないが、囲まれている女の子は知ってるじゃないか。
というより、探してる奴だし。

  男   : ねぇねぇ、良いじゃない。
  男   : 滑れないんでしょ? 俺達が優しく教えてあげるから。
  西守歌 : 結構です。私にはちゃんと教えてくれる方がいるんです。
  男   : そんなこと言って。誰もいないじゃん。いいんだよ、照れなくても。
  西守歌 : 照れてなんかいません。それより、早く私から離れてくれませんか?
  男   : そんなつれないこと言わないでさ……。
  西守歌 : 言っておきますけど、私にはそれはそれは素晴らしい方がいるんです。
        あなた達のような、女の子なら誰でもいい、とお考えの方々の相手をする暇、
        私にはまったくございません!
  男   : なんだと……!?

 ……あいつ、なにわざわざ相手を怒らせてるんだよ……。
 ……しかし、よくよく考えたら、あいつ、可愛いんだから声をかけられてもおか
しくないんだよな……。

  涼   : ったく、俺もあいつの事、バカと呼べないな。

 まぁ、今回の事に関しては、後で謝ろう。

  男   : ちょっと可愛いからって、調子に乗ってるんじゃねぇの?
  西守歌 : あら。自分が卑しいと自覚のない方に言われたくはありませんわね。
  男   : てめぇっ……!
  涼   : はい、ストップ。
  男3人 : !?
  西守歌 : 涼様!
  男   : なんだ、てめぇは!?
  涼   : 俺? 俺は……。

 俺は答える前に、西守歌の肩に手を回し、自分のほうに引き寄せる。

  西守歌 : りょ、涼様……?
  涼   : こいつは俺のだ。勝手に手を出すな。

 俺はハル直伝の睨みで相手を睨みつけた。

  男   : ぐっ……!
  男   : ちっ! ホントに男連れかよ……。
  男   : おい……。

 男3人はすごすごと退散していった。

  涼   : はぁ〜……おい。

 西守歌はこのどさくさにまぎれて俺に擦り寄っている。

  西守歌 : う〜ん、すりすり♪

 しかも、ご丁寧に擬音までつけてくれてるよ。

  涼   : 猫か、お前は。
  西守歌 : にゃ〜ん♪
  涼   : はぁ〜、とにかく離れろ。
  西守歌 : 無理です♪
  涼   : はぁ?
  西守歌 : 今は涼様が抱き寄せてくれていますもの。私は離れられません。

 そういえば、さっきのままだったな。
 こんなところ、ハルや百合佳さんに見られたら……。

  春希  : ようやく受け入れる気になったか。
  涼   : って、ハル!?
  百合佳 : おめでとう、涼君。
  西守歌 : まあ♪ ありがとうございます、春希様、百合佳様。

 いやいや、それ以前に、いつから……?

  春希  : お前が彼女を抱き寄せたところからだ。

 よ、よりにもよって、そこからか……。

  百合佳 : ねぇ、西守歌ちゃん。ラブラブ?
  西守歌 : はい!
  涼   : 否定しろ!
  西守歌 : あら。私には否定する道理はありませんわ。

 まぁ、違いないな。
 俺としては断ってくれれば、すぐにでも……。

  百合佳 : 涼君。
  涼   : はい?
  百合佳 : もう少し、自分の心と向き合ってみたら良いんじゃないかな?
  涼   : え……?

 百合佳さんはそういった後、ニッコリと笑った。
 ……その一言以外、なにも言わずに……。

  春希  : ところで、後一時間もすれば昼だ。お前達はどうするのだ?
  涼   : え? もうそんな時間?
  春希  : 俺達はこのまま降りたらレストランに入る。一緒に来るというなら、
        たまには俺が奢ってやろう。
  涼   : それはありがたいけど……。

 一緒に行こうにも、こいつはまだ滑れない。
 とてもじゃないが、この二人のペースについてはいけないだろう。

  涼   : 悪いけど、ハル。俺、こいつ連れて行くから。
  春希  : そうか。
  百合佳 : 一緒にご飯食べたかったね。
  西守歌 : 申し訳ありません。あ、でも、涼様に優しく教われば、すぐにでも滑
        れるようになるかもしれません。追いついた時は、ご一緒させていただきます。
  涼   : って言うか、お前がちゃんとインストラクターに教わっていれば……。
  西守歌 : あ、でも、お二人の邪魔をしてしまいますわね。

 こいつ、ホントに自分の都合が悪くなると、俺の言葉を無視するよな。

  春希  : そこまで気を使う必要はない。俺も百合佳も了承している事だ。甘えら
        れる時は甘えればいい。
  百合佳 : うん。ホント、気にしなくていいから。

 謙遜でもなんでもない、二人は本当にそう思って言ってくれている。
 この二人、本当にいい組み合わせだよな。

  西守歌 : では、お義兄様、お義姉様!
  春希  : なんです?
  百合佳 : なに?
  涼   : ぐあっ!?

 俺は西守歌の言葉と、二人の反応に叩きのめされたように倒れた。

  涼   : 否定してくれよハル、百合佳さぁん……。

 まぁ、俺の言葉なんか当の本人達には聞こえていないだろうけど。

  西守歌 : 絶対、ぜぇっったい! 追いつきますから、なるべくゆっくり滑って
        らして下さい。
  百合佳 : いいよね、春希さん?
  春希  : なるべく早く追いつけよ。

 それだけ言って、二人は滑って行ってしまった。

  涼   : やっぱ、二人とも上手いな。
  西守歌 : そうですわね。では、涼様。私たちも行きましょう。
  涼   : ……お前、やっぱり滑れるとか?
  西守歌 : 先ほど、涼様が滑って行ってしまわれたとき、追いかけようとしたの
        ですが、なにをどうしていいのか分からず、ろくろく滑る事も……。
  涼   : あぁ……それは、まぁ……すまん。
  西守歌 : では、優しく教えてください。それで先ほどのことはなかったことに。
  涼   : ……わかったよ。

 とりあえず、ああなってしまったのは俺の責任でもあるわけだし、ここは西守歌
の注文通りに応えてやるか。
 一応、俺なりに段階を考えて教えてみた。
 起き上がる練習から始め、滑り方、止まり方、曲がり方。
 もともと飲み込みが早いタイプなのか、西守歌は俺の言った事をほとんど一回で
修得していく。
 ただ、事ある事に、

  西守歌 : 涼様〜♪ 止まる時は、こうでしたか?
  涼   : そうじゃないって。足はなるべくそろえて、こう……。
  西守歌 : あん♪ 涼様ったら、大胆ですのね♪
  涼   : ち、ちがっ!

 などと、身体の動きに少しコツがいる部分で必ずこういった事をしてくる。
 こいつ、絶対わざとやってるだろう。
 だが、さっきもいったが、こいつはかなり飲み込みが早い。
 無駄に変な指摘をしなくていい分、人並み外れたスピードで滑れるようになって
いく。
 気付けば、俺より上手くなっていた。

  西守歌 : 涼様! もうこんなところまで降りてきましたわ。
  涼   : そうだな。ハル達、結構ゆっくり滑ってたから、そろそろ追いつけると思
        うけど……。
  西守歌 : あ! 涼様、あそこ!

 西守歌がある場所を指差す。
 ようやく追いついた、と思ったが良く見れば止まっている。
 しかも、二人だけではない。
 更に二人いる。

  涼   : ハル、百合佳さん。どうしたの? ……って、明鐘に美紀?
  明鐘  : あ、兄さん。
  美紀  : やっほ〜……。

 美紀は雪に埋もれながらも何とか顔だけ上げた。

  西守歌 : どうかなさいまして?
  ハル  : 相性が悪いそうだ。
  涼・
  西守歌 : は?

 俺も西守歌も声を揃えてそんな声を出した。
 まぁ、そんな事はどうでも良い。
 俺も西守歌も今来たばかりなのに、そんな簡単に状況を理解で気ない。
 ……でも、なんとなく想像できる。

  百合佳 : 美紀ちゃん、上手く滑れないらしいの。
  涼   : そうでしょうね。でなければ雪に埋もれるはずもないですし。
  美紀  : 涼、あんたは滑れるようになったの?
  涼   : 見ての通り。
  美紀  : ……裏切りものぉ〜。
  涼   : いつ俺が裏切ったよ……。
  美紀  : 西守歌ちゃんも?
  西守歌 : はい♪ 涼様にそれはそれは優しくして頂いたので♪

 なんか、この言葉だけ聞くと誤解を招きそうだ。

  美紀  : うぅ〜……私の味方は笑りんだけなのかも―
  笑穂  : 私がどうかしたか?

 俺と西守歌に遅れて、お嬢とあやめちゃんも合流してきた。
 しかし、お嬢。
 止まり方が様になりすぎてるぞ。

  美紀  : え、笑りん……滑れるの?
  笑穂  : ? 私が滑れるようになると、なにかまずいのか?
  涼   : 相性が悪いんだと。

 ハルと同じセリフを言ってみる。
 お嬢なら理解できるはずだ。

  笑穂  : なるほど。守屋はスキーとの相性が悪いのか。それは大変だな。
  あやめ : なんで今のでわかるんですか?
  笑穂  : なに。水原たちとしばらく付き合えば自ずとわかるようになるさ。
  涼   : お嬢の場合、△が多いけどな。
  笑穂  : さすがに、お前の考えを100%理解するのはまず無理だ。最も、妹さ
        んに対しては、全く嘘がつけないようだが?
  涼   : それは……。
  明鐘  : 兄さんは私のこと、好きだもんね?

 ……否定できない。
 実際、俺は妹の明鐘に対して超がつくほど甘い。
 明鐘に嘘をつこうとすると、真っ先に罪悪感がやってくる。
 そんなプレッシャーに耐えられる人間が、いや……兄がどれだけいる?
 はっきり言うが、明鐘は本当に可愛い。
 加えて純真で無垢で甘えん坊だ。
 そんな明鐘に嘘をつける兄がいるなら見てみたい!

  美紀  : 鐘ちゃんの兄貴はあんただけでしょうが。
  涼   : ……それもそうだな。

 美紀は未だに突っ伏した状態からでもつっこみを入れてくる。
 ……って言うか、冷たくないのか?

  春希  : それより、早く起きたらどうだ? 帰ってきた幼馴染。
  美紀  : あぅ……まだその呼び方なんですね……。

 美紀はハルの呼び方を訂正することなく、すっと起き上がる。

  あやめ : わぁっ! 起き上がるの上手ですね。
  美紀  : そりゃ、100回以上転べばいやでも上手くなるわよ。

 尋常じゃないな、その回数。
 しかし……。

  涼   : 美紀。後30分もすれば昼飯だぞ?
  美紀  : うそっ!?
  西守歌 : どうぞ。

 西守歌が腕時計を見せる。
 ……高そうに見えるが、あえて触れないでおこう。

  美紀  : ……ねぇ、鐘ちゃん。今までのペースで行けば、下に行くまでどれくら
        いかかると思う?
  明鐘  : えっと……1時間強、位かな?
  涼   : ……置いていくか?
  美紀  : 薄情者ぉ〜!
  笑穂  : それはさすがにまずいだろう?
  百合佳 : じゃあ、何人かが残って美紀ちゃんにスキーを教えて、他の人たちは
        レストランで席を取っておく、っていうのはどう?
  あやめ : 一番無駄が無いと思いますよ。

 確かに、美紀一人をおいていくより、何組かに分けたほうがいいのは事実だな。
 問題は……。

  笑穂  : 誰が教えるのだ?

 それだよなぁ……。
 はっきり言って、相性の問題は努力すれば直るというものではない。
 そんな人間に後30分ほどで滑れるようにするにはかなり上手に教えないといけ
ない。
 そんな人間、誰がいる?

  笑穂  : 水原。武笠さんがこの中では一番上手く滑れると思うが?
  涼   : ……と言う意見が出てるが? ハル。
  春希  : 却下だ。
  涼   : だろうね。

 ハルが他人に何か教えようとすると絶対に人の倍……いや、最悪全く飲み込めず
に終わる可能性が非常に高い。
 ハルは自分から自分に戦力外通告を出したようなもんだ。
 まず、ハルは除外。
 それと連動して、ハルの恋人である百合佳さんも除外。
 残りは5人。

  美紀  : ハルさんと百合佳さんの他にかなり上手に滑れるのは?
  明鐘  : 皆一緒くらいかな……?
  西守歌 : でしたら、私と涼様でお教えしますわ。
  涼   : はぁっ!? お前、何勝手に……。
  西守歌 : だって、涼様にご教授していただいたおかげで、私、見事に十数分で
        マスターできましたので。
  美紀  : じゅ、十数分!?
  笑穂  : 決まりだな。
  あやめ : 私、そんなに早くマスターさせる自信ありません。
  明鐘  : 私も……。
  西守歌 : 涼様。よろしいですわよね?

 よろしいも何も、ほとんど選択肢は無くないか?

  涼   : 美紀が良いんならな。
  美紀  : おねげぇします、お代官さまぁ〜!
  涼   : うむ。しっかり精進するのだぞ、越後屋。
  美紀  : ははぁ〜!
  笑穂  : この分なら大丈夫そうだな。
  あやめ : そうなんですか?
  明鐘  : 私も一緒に残るよ。もともと、みぃちゃんのパートナーは私だったんだ
        し。
  春希  : 決まったようだな。行くぞ。

 決まったところでハルがさっさとその場を離れていった。
 そして、百合佳さん、お嬢、あやめちゃんもハルについていく。

  美紀  : じゃあ、よろしく。
  涼   : ちなみに、どの辺までいったんだ?
  明鐘  : とりあえず、一通り教えたんだけど……。
  涼   : だめだったと?
  美紀  : はっきり言わないでよぉ〜。
  西守歌 : では、再びインストラクターを……。
  涼   : 呼ばんで良い。
 明鐘・
  美紀  : ?

 西守歌が笛を取り出したところで俺がストップをかける。
 当然、明鐘も美紀もわからないだろうけど、説明するのも嫌なので止めておく。

  涼   : とりあえず、今の美紀がどの程度なのかわからないから、一応滑ってくれ。
  美紀  : う、うん……。

 美紀はそろりそろいとスキー板をハの字にしていく。
 足元がふらふらとしていて、なんと言うか……。

  西守歌 : 生まれたての小鹿のようですわね。
  涼   : だな。
  美紀  : うっさい! って、うわぁっ!?

 ……こけた。
 美紀が滑った距離、2メートルか?

  涼   : ……明鐘、良く頑張ったな。
  西守歌 : 確かに、これでは下に降りるまで後一時間強はかかりますね。
  明鐘  : 教えれる事は全部教えちゃったから、どうしていいのかわからなくて。
  涼   : ……とりあえず、こいつに教えたのと同じやり方でしてみよう。

 ちなみに、作者はスキーの事は詳しくないので、説明は省く。

  涼   : ……と言う感じだ。
  美紀  : うん。じゃあ、やってみる。

 先ほどと同じよう板をハの字に広げていく。
 だが、さっきまでと違うのは、ふらふらしてないところだ。

  美紀  : おっ! 滑れる。
  明鐘  : すごい、みぃちゃん。
  美紀  : やったぁ〜! これでお昼にありつけるぅ〜!

 美紀はそう言いながら滑っていく。
 ……真っ直ぐに、曲がることなく。

  西守歌 : しかし、あれでは人にぶつかりませんか?
  明鐘  : 兄さん。曲がり方、教えた?
  涼   : ……まだだな。
  西守歌 : あの、そんな冷静に傍観を決め込んでいる場合ですか?

 確かにそうだな。
 あれでは本当にぶつかりかねない。
 お昼時だからある程度人はいないが、全くいないというわけではない。

  涼   : とりあえず、追いかけるか。

 美紀はそれほど早く滑れないので、あっさり追いつけた。

  美紀  : あ、涼。スキーって楽しいわね。
  涼   : それより、そろそろ曲がれよ。ここちょっと右曲がりだからな。
  美紀  : ……どうやって?

 さっきも言ったけど、説明は中略。
 まぁ、どうにか説明しながら滑っていき、どうにか下まで降りる事ができた。



 レストランに入ると、丁度メニューを見ているハル達を発見した。

  春希  : 来たか。
  涼   : なんとかね。

 ハル達は俺達全員が一緒に座れるような場所を確保していた。
 空いてる席に座り、俺達も席に座る。
 ちなみに、俺はお嬢の隣―

  西守歌 : 笑穂様。申し訳ありませんが、席をお譲りして頂いてもよろしいでし
        ょうか?
  笑穂  : あぁ。構わないぞ。

 ……に座ったのだが、あっさりと隣が変更してしまった。

  涼   : おまえなぁ、わざわざ俺の隣に座らなくても……。
  西守歌 : いいじゃないですか。許婚同士がこうして隣同士で座る事は、なにも
        おかしい事ではないですよ。
  涼   : 誰と誰が許婚だ。
  西守歌 : 私と涼様が、です。
  涼   : 俺は認めてない。
  春希  : だが、先ほど抱き寄せていたが?
  涼   : ハ、ハルッ!
  春希  : 見たままを言っただけだ。

 確かにそうだが……もっと、言い様ってものが……。

  西守歌 : 涼様があんなに大胆な方だったなんて……。
  涼   : お前は黙ってろ!
  明鐘  : 私、兄さんが決めた人なら……。
  涼   : 明鐘……誤解だよ。
  春希  : 誤解もなにもないだろう。

 ……ハル、完全に面白がっているな……。
 どうにか、このごたごたを収めないと……。

  笑穂  : 孤立無援、四面楚歌ではないか、水原。
  涼   : お嬢も?
  笑穂  : まぁ、どうしようもない時は助けてやろう。
  涼   : ……俺って孤独だな……。
  明鐘  : 大丈夫、兄さんには私がいるから。
  涼   : その割には、さっき俺を見捨てた感じだが?
  明鐘  : ごめんなさぁい。
  あやめ : 水原さんって、結構もてるんですね?
  百合佳 : 涼君、優しくて良い子だから。

 百合佳さん、良い子は無いでしょう……。
 何で一つしか違わないのにこう、お姉さんぶりたがるんだろう?

  美紀  : ところで、ご飯まだぁ〜?
  西守歌 : では、そろそろオーダーを。

 それぞれ注文をする。
 なんとなく学校の食堂を思わせるレストランだが、レストランだけあって、メニ
ューの種類がやたら豊富だ。
 ……知らないメニューまであるぞ?
 程なくして、メニューが全てテーブルに並ぶ。
 ……なんか、ちょっと悪寒が……。

  西守歌 : 涼様―
  涼   : 却下!
  西守歌 : あの、私、まだ何も言ってないのですが……。
  涼   : お前の言いたいことはわかってる。
  美紀  : つまりこう言うことよね。

 美紀が適当なおかずをつまみ、お嬢の方へ持っていく。

  美紀  : 笑りん、あ〜ん♪
  笑穂  : 守屋……私にそういう趣味は……。
  美紀  : 笑りん、ノリ悪い〜。西守歌ちゃんがやろうとしたことの実践じゃない。
  笑穂  : わかってはいるが、やはり、少し抵抗がある。
  涼   : それは残念。お嬢のそういうところ、少し見てみたい気もするが。
  笑穂  : 水原がやってくれるなら、やらない事もないが?
  涼   : ……それは勘弁してくれ。
  西守歌 : 涼様は私にしてくださるのですよね。
  涼   : 誰がするか!

 そんな恥ずかしい事、こんなところで―

  明鐘  : 兄さん、これ美味しいよ。

 明鐘が自分のおかずを俺の前に持ってくる。

  明鐘  : あ〜ん。
  涼   : あ……ん。

 ……うん。
 確かに美味い。
 俺も明鐘も少しあっさりしてるものが結構好きだ。
 要は、明鐘が好きなものは俺も大体好きだ。

  涼   : じゃあ、俺のも食ってみるか?
  明鐘  : いいの? ありがとう。
  涼   : ほい。
  明鐘  : あ〜ん。

 俺もおかずを明鐘に食わせる。
 明鐘が嬉しそうに食べてくれるのを見ると、もう一つあげたくなる。
 ……餌付け、ということではないが……。

  西守歌 : 涼様、酷いですわ!
  涼   : は?
  西守歌 : 私の『あ〜ん♪』はお断りになって、明鐘さんはOKなんですか!?
  涼   : 明鐘は妹、お前は敵。
  あやめ : 敵なんですか?
  百合佳 : 最初は敵として扱ってたみたい。
  涼   : 今も一応敵ですよ。
  百合佳 : でも、あの時ほど邪険にはしてないよね?
  涼   : ……。

 あの時、つまり、俺が西守歌を完全に敵と判断した時の事だ。
 確かに、あの時と比べれば、俺も西守歌に対しては丸くなったほうだと思う。

  西守歌 : あの時期は本当に辛かったですわ……。

 言葉だけ聞けば胸が痛むようなセリフだが……。
 目は確かに遠い日を見ている感じだが、口元が薄っすらと笑っている。
 絶対に計算しての事だ。
 だが、確かに俺はあのときのお詫びをしていないのかもしれない。
 今回だって、旅行に誘ってもらったわけだし……。
 まぁ、何か策略があってのことだとは思うけど……。

  涼   : ……。

 あの時の話題を持ってこられると、反応に困る。
 実際、ここに入るメンバーのほとんどが知っている事だ。

  笑穂  : 水原。
  涼   : ん?
  笑穂  : 良いじゃないか、少しくらい、彼女の願いを叶えてやっても。
  美紀  : 私も笑りんに賛成。涼、あんたは西守歌ちゃんに返さなくちゃいけない
        ものがたくさんあるでしょ?
  涼   : ……こいつが勝手にした事だろ?
  美紀  : まぁ、それを言っちゃおしまいだけど……。
  涼   : ……でも、ちょっとくらいなら、な?
  西守歌 : 涼様……。
  涼   : 言っておくけど、あの時のお詫びと今回の礼だけだからな。それ以上の意
        味は無い。
  西守歌 : ……相変わらず、頑固ですわね。でも、ありがとうございます。
  涼   : 今回だけだからな。
  西守歌 : はい♪
  明鐘  : 良かったね、西守歌ちゃん。
  西守歌 : ありがとうございます。

 ……まぁ、これくらいの事で喜んでくれるならたまには良いか。
 性格は違うだろうけど、根本的には明鐘と変わらないか。

  春希  : 涼。
  涼   : ん?
  春希  : 既成事実を盾に取られるなよ。

 ずるっ!

 人生の先輩として、なにか重要な事を教えてくれるのかと思ったが、期待した俺
がバカだった。
 そうだよな、ハルはこういう人だったよな。

  西守歌 : では、涼様。あ〜ん♪
  涼   : ……。

 明鐘とは別に何の抵抗も無くできるが……他の奴とやるとなると、こう……。

  西守歌 : 食べてくださらないのですか……?
  涼   : あ、あ〜……ん。

 西守歌の差し出した料理を食べる。
 すっげぇ、恥ずかしいぞ?

  美紀  : いやぁ、もう暖房いらないね。
  涼   : 黙れ……。
  笑穂  : 水原も人並みに羞恥心があったのだな。
  涼   : 何気に失礼だな、お嬢。
  笑穂  : ま、冗談はさておき、お返しはしてやらないのか?
  百合佳 : 西守歌ちゃん、待ってるよ?
  涼   : ……。

 確かに、こちらをじっと見ている。

  涼   : 仕方ないな……。
  西守歌 : あ〜ん♪

 西守歌が目を閉じ、口をあける。
 ……ここでデコピンでもしたらうけるかな?

  百合佳 : 涼君。イジワルはダメだよ?
  涼   : それは残念。
  明鐘  : 西守歌ちゃん相手だと、本当に容赦ないね……。

 明鐘の言葉に苦笑しつつ、料理を手に取り、西守歌の口へ……。

  あやめ : え!? それを!?
  西守歌 : ?

 西守歌が目をあける前に、手に取ったフライドチキンを西守歌の口に突っ込む。

  西守歌 : !?
  百合佳 : 涼君!
  涼   : いや、食わないから入れてやっただけなのに……。
  美紀  : あんたも良くやるわ……。
  春希  : それでこそ俺の被扶養者だ。

 この周りの状況にも動じず、もくもくと食事を続けていたハルがお茶をすすりな
がら呟いた。
 そういや、なんでハルもお嬢もこの騒動を普通に眺めていられるんだろう?

  西守歌 : 涼様、酷いですわ。
  涼   : お前がさっさと食わないからだろう。
  西守歌 : でも……あら?
  涼   : ?

 西守歌がさっき俺が突っ込んだフライドチキンを見つめる。

  西守歌 : そういうことでしたか。
  涼   : なに一人で納得してるんだ?
  西守歌 : そうならそうと言ってくだされば……。涼様ったら、恥かしがり屋さ
        んなんですから。
  美紀  : どういうこと?
  西守歌 : これ、涼様の食べかけですわ。
  涼   : え……?

 確かに、さっきまで俺はフライドチキンを食べていたけど……。
 あれ?
 俺が食ってた分が……無い。

  涼   : ……間違えた……。
  春希  : それでも俺の被扶養者か?
  涼   : 言わないでくれよ、ハル。マジでへこむから……。
  西守歌 : そこまでいやがられなくても……。
  百合佳 : 気にしなくていいよ。ただの照れ隠しだから。
  西守歌 : まあ。そうだったんですか。

 もはや何も言う気力はない。
 その後、適当に食事を済ませ、レストランを出る。

  春希  : せっかくだ。もう少し滑ってみるか。
  百合佳 : 今度は中級者にしない? 春希さん、ちょっと早すぎ……。
  春希  : 仕方ないな……。

 ハルと百合佳さんは先に行く。

  美紀  : 鐘ちゃん。私たちも行こ。
  明鐘  : う、うん。じゃあね、兄さん。
  あやめ : 私たちも行きましょうか?
  笑穂  : そうしよう。

 ほぼ放心状態の俺と西守歌を残し、みんなも行ってしまう。

  西守歌 : そろそろ復活していただけませんか?
  涼   : 無理……。
  西守歌 : では、お目覚めのキスを……。
  涼   : ……っ!? せんでいいわ!

 キスされる直前でどうにか復活し、一気に距離を取る。

  西守歌 : そんな、逃げなくてもいいじゃないですか。
  涼   : やっぱ、お前は俺の敵だな。
  西守歌 : 違います! 許婚です!
  涼   : 絶対に認めないぞ、俺は!
  西守歌 : でしたら……。

 西守歌が間合いを詰める。
 それと同時に、俺も詰められないように距離を離す。

  涼   : 何する気だ……?
  西守歌 : もちろん、既成事実を……。
  涼   : んなことされてたまるか!?

 言い捨てると同時に、俺は逃げる。
 当然、西守歌は追って来る。
 午後のスキーはずっと鬼ごっこだな。


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……でもVivaお嬢様っ!!(ぉ


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