恋人はサンタクロース 前編 [後編]
夜桜 さん
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恋人はサンタクロース 後編
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十二月二十日。この日からバーベナ学園高等部は冬休みを迎える。本来ならばもう少し後ろの方で冬休みが始まるけどバーベナ学園高等部は他の高校よりも少し冬休みが長い。それは俺達生徒にとって有り難いことであるが教師は事実上、年末まで学校に来る者も居るからあまり嬉しいこととはいえないだろう。強いて言えば生徒の相手をしない分、精神的な疲れが軽減させるぐらいだろうな、うん。問題児を抱えている紅女史なんかはその最たる例と言えるだろう。
いや、そんな下らない前口上はどうでもいい。今、俺の眼前に広がるのはそういった小さなスケールが単細胞生物レベルに思えるほど小さいものだと実感させられる。
「いやー稟ちゃん、申し訳ないねー。空飛ぶソリまでは用意できたんだけど空飛ぶトナカイまでは居なかったからね。有翼馬で我慢してくれないかな?」
魔王のおじさん、それはそれで凄いと思いますよ? トナカイじゃなくて有翼馬でソリを引く俺……。絵になっているかどうかはこの際おいといて、スケールがでかいのは間違いないな。
ちなみに今日は下準備も兼ねた打ち合わせということで魔王邸に居る。本番は二十四日の夜だ。これは念の為言っておく。
「それと稟ちゃん、家に忍び込む時はこれを常備したまえ」
そう言って、魔王のおじさんはやけに近代的な武器───いわゆる銃を俺に渡した。魔王に銃の組み合わせが似合わないと思うのはきっと俺だけじゃない筈───って! 何故そんなものを俺が持ち歩かなければならないんだ!?
「決まってるだろ稟殿。幾らサンタクロースといえど家に不法侵入したのがばれちゃあおしめぇよ。そこで、もし気付かれたらそいつを撃って、ドンだ」
「プレゼント云々よりも新聞記事の一面を賑わせます!」
「大丈夫! これは最新テクノロジーで作られた電気銃だから気絶程度で済むよ」
そうじゃなくて、もっとこう道徳的なものが………いえ、やっぱりいいです。私が間違っているということで。
「稟殿、あとはこいつを頼む」
「……?」
魔王のおじさんと入れ替わるように、今度は神王のおじさんから別の物が手渡される。袋に入っているからその中身は伺えないけど何だか長方形の形をしている。
不安を抱きながら俺はその袋の中身を確認すると───何故かデジカメが入っていた。
「……あのー、これは?」
「あぁ。それでネリネちゃんとシアちゃんの寝顔を撮ってきて欲しいんだ。勿論、アングル多数希望だよ♪」
魔王のおじさん、あんたやっぱりマニアック過ぎるよ。そもそも人間界をこれっぽっちも理解してないように思えますよ。ネリネに押し付けたスク水とかエプロンドレスとかチア服とかが無言で訴えていたのは俺の記憶に新しい。
「………まぁ、余裕があれば」
絶対、寝顔の撮影は止めておこう。俺自身の安全のためにも。……いや待てよ? 使い方によっては使えるかも知れないし……。
………やっぱり辞めよう。俺がやったってばれたら末恐ろしい結果になる。
「それじゃあ稟ちゃん……」
「稟殿……」
『二十四日の夜は頼んだぜッ!』
二人の王様が俺の肩を同時にバンバンと叩く。それはもう、手加減という言葉が載っていないといわんばかりの勢いで。
……本気で誰かに交代して欲しいと切実に願いながら、俺はその痛みに耐えた。
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その後の日は慌しかった。必要なプレゼントを一気に買い込むことは出来ないから時間をずらしては少しずつ買いに行っては神王のおじさんの部屋に隠して、また買いに行くの繰り返しだ。一度だけ、楓に怪しまれたけどどうにか切り抜けて事なきを得た。
そして迎えた二十四日の夜。
『メリー・クリスマース!!』
いつになくはっちゃけた亜沙先輩が市販で売られているクラッカーよりも一回り大きい奴で盛り上げる。あれは絶対に手作りだ。祭り好きの人のあの人ならやりかねない。
「酒だー! ジャンジャン飲むぞー!」
神王のおじさん、クリスマスパーティーと宴は似て非なるものです。まぁ、流石に日本酒は出してないけど、目の前には高い洋酒がずらりと並んでいるわけで……。
「ほらほら稟ちゃん、今のうちに楓にお酒を注いで───」
「洒落になりませんから辞めて下さい」
っていうか亜沙先輩、楓がアルコールに弱いの知っているでしょう。わざと酒を飲ませる理由はあえて追求しないでおく。っていうか訊いたら場の混乱が加速する。
それにしても……。
「ねぇねぇ稟くん見て見て! サンタさん!」
「あの、稟さま……似合ってますでしょうか?」
……シアさんネリネさん、どうしてあなた方は変なところでずれているのですか? おおよそ魔王のおじさんが“クリスマスにはこれを着ないといけないんだよ”っとか吹き込んだに違いない。いや、間違いなく。
「素晴らしい、素晴らしい! 実にワンダフルだ!」
……あっちはあっちで発情期の雄猫の如く飛びついている。まぁ、ネリネのサイズを考えれば当然かも知れないけど。
だって、あれですよ? 動く度に見事なまでに実ったあれが揺れるんですよ? 自制心を保つのがやっとですよ。いつぞやのスク水着より破壊力は劣るけど。
「な〜にしけた面してんのよ! 折角楓も普段着とは違ったお洒落をしてるんだからじっくりたっぷり嘗め回すのが礼儀ってモンでしょー!」
「それは微妙に間違った楽しみ方だ」
どうしてもこいつは俺と楓をくっつけたいらしい。まぁ、それに異議は唱えないが、せめてもう少しまともな言い回しをして欲しい。
唯一の心の救いは双方の王から酒を勧められないことだ。それが俺に対して気を使っているということはすぐに分かった。
……何故だろう、どう考えても無情に悲しくなる気がする。
ん、待てよ? 確かプレゼントは各家で配る筈だけど………いや、恐らくおじさん達が転送魔法で家に飛ばすのに違いない。あの二人ならそれ位のことはやってのける。あの人たちはそういう人だからな。
「稟……楽しくない?」
「ん? どうしたプリムラ? 藪から棒の質問みたいだが」
「稟……少し疲れたような顔してる」
むぅ、プリムラにしては鋭いな。しかし相手はまだ子供だ。幾らか誤魔化せる余地はあるぞ。そこ、純粋無垢な子供を騙しているとか言うな! 俺にだってふかーい事情ってものがあるんだ!
「なに、後のことを考えたら軽く眩暈がしただけさ」
「だ、大丈夫ですか稟くん! すぐ私の膝の上で横になって下さいッ!」
……楓さん、あっさりと爆弾発言かまさないで下さい。幾らお酒の助けがあるとはいえ、一口飲んだだけでそこまで気が動転しますか。
「あ〜! カエちゃんだけずる〜い! だったら私も♪」
「稟さま、こういう時は一口のお酒が一番ですよ。酒は万病薬の元と申されますし」
ってこの二人も既に酔いが回っている!?
なんてこった……。唯一救いがあると期待していたネリネまでもが酒の手に落ちていた………って二人とも何お酒を口に含んだままこっちに向かって来ているんですか!? もうね、素晴らしいくらいにこの後の展開予想付いちゃったんですけど!
「ん〜んん〜♪(稟く〜ん♪)」
急いで慌ててその場から脱出しようとしたけど楓が俺を逃がさないように拘束している。何故だ、男の俺なら楓ぐらいの腕力、簡単に脱出できるのに何故か上手く力が入らない。
………多分、膝枕のせいだろうな。ほんと、男って生き物は損をする。
「んっ♪」
俺の抵抗に気付いてないのか、何の躊躇もなくシアは俺と唇を合わせてくる。刹那、口を割ってシアの舌とアルコールが口いっぱいに広がる。
………あのですねシアさん、シチュエーションとしては非常に嬉しい訳ですがもっと周りの空気を読んでからやって下さい。
おじさん達は冷やかしているし、樹は殺意の炎をめらめらと滾らせてるし、亜沙先輩とカレハ先輩は黄色い悲鳴を上げている。そして俺の横では麻弓がデジカメで写真撮影。
……この俺に味方はいないんですか。(泣)
「ん〜(稟さま)」
息つく間もなく、シアと入れ替わるようにネリネが口付けをしてきた。アルコールと美女との相乗効果で俺の心臓はバクバクと音を立てて鳴っている。しかもあろうことに、ネリネは自分の舌で俺の舌を捕捉すると音を立てながら舌と舌とを始めた。ネリネがどの位の洋酒を口に含んでいたのか知らないけど舌を絡める度に、僅かに空いてる隙間から洋酒が零れる。
やばいやばいやばいやばいやばい! この未曾有の事態に俺の理性が全力で警報を鳴らしている! しかもいつの間にか楓は対抗心からか、膝枕から俺の頭を自分の胸へと導きながらも酒を手に取っている。頼む、止めてくれ! ネリネにキスされてる状態で辛うじて理性が保てているだけで奇跡に近いのにここで追い討ちを受けたら俺は自分を保てる自信がないんだ!←つまり極限まで追い込まれているということ。
「り、稟くん……私からのお酒、受け取って下さいッ!」
要りません! 力いっぱいお断りします! ってか楓さん、どうしてラッパ呑みするその姿が板についているんですか!? ハッキリ言って親父くさいですよ?!
「んん、んんんん〜(どうぞ稟くん、飲んで下さい)」
「(×■☆*/▽〆◇○!?)」
言葉にならない俺の悲鳴が虚しくも(?)楓の口付けによってかき消される。しかも懇切丁寧なことにネリネを見習って舌を絡めている。
「おー! モテモテじゃねーか稟殿!」
「うんうん、男子たるものやっぱりハーレムは夢だよね!」
「きゃー! 土見ラバーズから熱烈なチュ−よチュー!」
「いや〜稟ちゃん、男冥利に尽きるわね♪」
「まままままぁ♪♪♪♪♪」
「……稟、殴っていいかい? 聖なる夜に血の雨が降るぐらい懇親の力を込めて………」
嗚呼、遠くの方で殺意と冷やかしが同時に行き交っている。まぁ、そのお陰で俺はどうにか理性を保てたわけですが………。
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確認しよう。わたくし土見稟の当初の目的は一晩だけサンタクロースになること。一晩だけのサンタクロースになって幾人かの人たちにプレゼントを配るのが当初の目的の筈。
筈………だった。なのに何故前哨戦とも言うべきパーティで疲弊しきっている私が居るんですか? しかもこれからソリで空を駆けるというのに。
そいでもってこのシーンに来るまで、どうしてあの前哨戦が筆者が愛用している一太郎に換算して二ページと少し(ページスタイルは40×40也)の時間を経て、やっと目的の実行に移ることが出来た。
「うぅ〜、一度に三種類もの酒なんか飲むんじゃなかった………」
魔王家にあった酔い止め薬で身体に気休めを効かせ、俺は時計に目をやる。
深夜一時二十五分。うん、そろそろおじさん達が全員ベッドへと転送させた頃だな。
「お待たせ稟ちゃん。全員ベッドに寝かせておいたよ」
そんな俺の心中を察したかのように、魔王のおじさんが俺に声をかける。ちなみに魔王のおじさんの服装は何故かトナカイ。まぁ、娘に受けてもらうためなら何でもするような人だからなぁ。っというかその格好で近づかないで下さい。私は、あなたと同類と思われたくありません。もし同類と思われたら、私は引きこもってしまうかも知れません。
「稟殿、こっちはいつでも準備万端だぜ!」
神王のおじさんはいつも通りの服装。神王のおじさん、今この瞬間だけあなたが正常な人だと認めてあげましょう。今のあなたはまさに神族だ。明日になればただの娘馬鹿に戻るのは明白ですけど。
「それにしても、よく有翼馬なんて用意できましたね」
本当に、我ながら信じられない。まぁ、これはこれでかなりシャレているのは確かだよな。むしろトナカイより立派に見えるぞ。
「そうだろそうだろ。なにせ私と神ちゃんが苦労して捕まえてきたんだからね」
「いやー、俺達も随分歳食っちまったって実感させられたよな、まー坊!」
捕まえるのに苦労した? ってことは、二人はわざわざこの為に有翼馬を用意したってことか?
やばい。不覚にもこの二人にちょっと感謝───
「稟殿は将来、三世界を統治する王になるんだからな! このくらいの派手さがなければな!」
「そうとも! 稟ちゃんが三世界の王になれば我々も安心して隠居暮らしが出来るからね!」
……そっちが本音ですか。しかも三世界の王は私だって、既に決定事項ですか?
でもまぁ、この二人が俺のためを思ってくれた行為だ。ここは素直に受け取っておこう。これを貶してしまえば流石に失礼に値するしな。
「それじゃ、俺はそろそろ行きますね」
「おう!」
「稟ちゃん、気をつけるんだよ。死んでしまえばネリネちゃんと結婚できなくなるからね」
聞こえません聞こえません。結婚なんて言葉は聞こえません。
俺は自分に暗示をかけると手綱を掴み、馬に走るように促す。
『ヒヒィーンッ』
天まで届くかのような有翼馬の声が聖夜の空に響く。それを合図に数頭の有翼馬は助走をつけ、翼を羽ばたかせて、それは次第に浮力を得て本当に空を飛んで見せた。
近年、人間界において錬金術や魔術の発展が飛躍的に伸びたとはいえ、やはり庶民の間ではそれは生活の一部として受け入れることは出来ていない。俺もその一人だから当然、この初めての体験には驚きを隠せずにいた。
「すっげー……」
月並みな言葉しか出てこない。いや、実際これ以上にない位に凄い。
夜空から吹き抜ける風。眼下に移るイルミネーションの光。頭上に輝く満点の星空。この瞬間だけ、自分の物になっているのは少し……いやかなり勿体無い気もするけれど、今日はそういった景色を楽しむ為にこんなことをしてるんじゃない。プレゼントを配る為に有翼馬を走らせているんだ。
「さぁーて。まずは子供宛のプレゼントから配布しに行きますか」
幾らか元気を取り戻せた俺は有翼馬を急がせる。
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どうやら魔王のおじさんが言ってたことは本当だった。プレゼントを配る家の屋根には宣言通り煙突が作られている。しかも梯子付きで。お陰で昇り降りがとてもスムーズに進んだ。
「さてと、残るはバーベナ学園生徒の面々ですか……」
神王のおじさんが用意してくれた地図を片手に、俺は有翼馬を飛ばす。カレハ先輩は亜沙先輩の家で寝泊りしている。後の人はそれぞれの家で寝ている筈。
……麻弓は起きていてもおかしくないけど、まぁその時はこの電気銃で黙らせよう。
『シャン、シャン、シャン』
ソリが動く度に、供え付いているベルが心地よい音を立てる。それだけで一気に深い眠りへと陥ってしまいそうだがグッとこらえ、亜沙先輩の家の屋根に降り立つ。
「え〜っと、亜沙先輩はケーキ作り百科典でカレハ先輩は料理本だったな」
流石にカレハ先輩の本命プレゼント、女性向けの恥美小説を買う度胸は俺にはない。っというか買ってしまえば店員さんに白い目で見られてしまう。
プレゼントを専用の靴下に内包して、俺は煙突の中にある梯子を降りて中へと入る。
……あっさりと部屋へと付いた辺り、心の準備もなしにプレゼントを置かなければならないのはある意味試練だ。
「(メリークリスマス。亜沙先輩、カレハ先輩)」
二人を起こさないように、小声でそう呟いた俺は頭上にプレゼントを置き、静かにその場を去っていく。
「ん〜稟ちゃぁん、私も混ぜてぇ〜」
「………」
亜沙先輩、あなたはどんな夢を見ているんですか? 少なくとも俺が出てる時点で面白い系の夢であることは容易に想像がつきますけど。
「まままぁ〜、でもぉ、愛し合っているお二人なら〜」
カレハ先輩は、寝ていてもやっぱりカレハ先輩だった。そんな思いを胸に俺は煙突から脱出して、麻弓家へと向かった。
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意外にも、亜沙先輩の家から麻弓の家はそう遠くなかった。いや、有翼馬で空を飛んでいるからそう感じるだけだ。うん、間違いない。
「にしても、こんな近代的なものサンタクロースに頼むか普通?」
手の中にある五百万画素のデジカメを見つめながら、俺はぼやく。けれどもぼやいたところで何かが変わる訳じゃない。覚悟を決めた俺は煙突を経由して、麻弓の部屋に入った。
「何やってんの土見?」
部屋へと出た刹那、何の捻りもなく、ほぼ予想通り俺の前には寝ていない麻弓の姿があった。右手に持っているのはバットってのが凄く気になるけど、用途はあえて言わないでおく。決して現実逃避ではないことを追記しておく。
っていうか麻弓、俺がサンタに変装しているの一発で見抜くのはどうよ?
「な、何をいう。私はサンタクロースじゃ」
「いや、思い切り土見稟でしょ?」
……ちっ。あざとい奴め。かくなる上は実力行使で行くか。
そう決めた俺は懐から素早く電気銃を取り出し、照準を麻弓に合わせ、引き金を引き絞る。そこ、サンタクロースというよりも強盗ないし泥棒じゃないかとかいう野暮な突っ込みはいれない!
「くっ、この麻弓=タイム。ただでは逝かぬッ!」
断末魔の叫び声と共に、カメラのフラッシュが光ったような気がしたがそんなの問題ない。俺は麻弓が気絶したのを確認するとデジカメをこっそりとすり替える。勿論、すり替えたのは五百万画素のデジカメ。麻弓が今まで使ってたデジカメは……不必要なデータだけ消しておこう。うん、それが一番だ。
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次に降りたった先は神王のおじさんの家。今思えば先にこっちの方を片付ければ良かった気もするけど……まぁいいか。どうせ一周して戻ってくる訳だし。
「え〜っと、シアへのプレゼントはっと……」
今日のために用意したシアへのプレゼント。それはロケットだ。ペンダントもいいかも知れないけど、シアはきっとこういう形のものが凄く気に入ると思う。ロケットなら好きな写真を入れられるし、いつでも何かを感じることが出来る………っというのは単なる言い逃れで、実際は高い奴しか売ってなかったから親しみやすさを追求した結果がこれなんですけどね。
「よっと」
例の如く、煙突の中に備え付けられている梯子を降りてシアの部屋へと降り立つ。和室独特の畳にちゃぶ台、そしてベッド。ここまで和室に拘っているんだから寝具も布団でいいのにと思ったけれど、やっぱりベッドの方がいいのかな? まぁ、俺もベッド派なんだけど。
「稟君……」
寝言だな。しかし、亜沙先輩といいシアといい、どうして夢にまで俺が出てくるんだ? それだけ俺が思われてるってことか?
……いや、流石にそれは自惚れた考えだな。第一、俺以上の男なんて沢山居るんだ。俺が何か特別なモノを持っている訳じゃないんだ。強いて言えば我慢強いってことぐらいだしなぁ。
「(メリー・クリスマス。シア)」
シアの頭上にそっと、包装されたプレゼントを置く。その時目に映ったシアの寝顔はとても可愛かった。
人懐っこくて、日溜まりのような暖かい笑顔を向けてくれるシア。ころころと表情が変わって、一緒に居たいと思わせてくれるその笑顔。神族という種族柄もあるかも知れない。
けれど、仮にシアが神族でも魔族でもなかったとしても、俺はきっとこの笑顔に好印象を抱くだろう。神族としてじゃない、日溜まりのような笑顔を見せてくれるリシアンサスとして。
「じゃあな、シア」
自分でも驚くくらい、優しい口調で静かに別れを告げると、俺は煙突からシアの部屋を去っていった。
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さてと、残すところはネリネ、プリムラ、楓なわけだがこの三人は徒歩でも渡しにいけるからソリと有翼馬は魔王邸の庭に置いておこう。プレゼントの数も持ちきれる程度しか残っていないんだし。
「稟、さま……」
……こういう時、女運があると言っていいのだろうか? 樹に言わせればそうかも知れないが、俺としては少し複雑な心境だ。まぁ、俺が答えを先延ばしにしているのも一つの原因だろうけど。
(………)
イヤリングの入ったプレゼント箱を置いて去る。それはとても簡単な作業だけれど何故か俺の行動を制止させてしまう。シアの時もそうだったけど、女の寝顔というのはどうやら男の足を止めるのに十分な効果を発揮するようだ。
シアとは対照的に、整った顔立ちを月光が照らすことにより、神秘的な魅力を放っている。普段のネリネを“綺麗”と言うならば、寝ている時のネリネは“美しい”と言ったところだろう。その白い肌が月光を微かに反射しているから尚の事、美しいと感じさせられる……って、いい加減プレゼント置いて立ち去らないとな。
「(ネリネ……メリー・クリスマス)」
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最後は芙蓉家に帰る訳だが、流石に煙突は使わず正面から堂々と入る俺。なんかこう、サンタの衣装を身にまとったまま返って来るのって凄く違和感あるけどこの際気にしない方針でいよう。
「なんか、プレゼントを渡しに来たというより帰って来たっていう感じの方が強いな」
今更かも知れないけど、俺は芙蓉家の厄介になっている。おじさんは万年出張とでもいおうか、家に居る時よりも海外に居る時間の方が圧倒的に多い。最後に聞いたのは“次に返ってくる時は孫の顔が見られるかもな”とか言っていたような気がする。
神王といい魔王といいおじさんといい、どうして皆揃って子供の話を持ってくるのだろう。いや、もう慣れたけどさ。
そんなことを考えている間に俺はプリムラの部屋の前に立っていた。昔は楓の母親が使っていた部屋だけど、今はプリムラが使っている。
ドアノブに手をかけて、細心の注意を払って俺は扉を開ける。光源を失ったその部屋を、月明かりだけがうっすらと照らしている。ネリネもそうだけど、プリムラも月が似合うのはきっと美人系の顔立ちだからだろう。
「ん……」
俺が近づいてきたのを察知したかのように、プリムラが小さく声を上げると共に寝返りを打つ。普段は両側を結んでいるけど、髪を下ろしたプリムラは幼さの中に何処か女性としての魅力が見え隠れしている。きっと、髪を下ろした方が綺麗だと思うのは俺だけじゃない筈だ。樹は論外として。
「……なんだかんだ言っても、外見も中身もやっぱり子供なんだよな」
人間の言葉で言えば、プリムラはホムンクルスと呼ばれる存在。ある魔法を研究する為だけに造られた生命体。
けれどもそれはもう“過去”であって“現在”ではない。今ここに居るのはホムンクルスとしてのプリムラじゃない。芙蓉家の一員のプリムラだ。楓の教育がいいのか、最近のプリムラは笑うようになったし、表情が柔らかくなった。
「(メリー・クリスマス、プリムラ……)」
そっとプリムラの頭を撫でて、その言葉を紡ぐと共に俺は猫の抱き枕をプリムラに抱えさせる。きっと朝起きたら驚くであろう、その様子を想像すると自然に笑みがこぼれた。
そんな心地よい感情を胸に抱いたまま、俺はプリムラの部屋を遅々した足取りで退室し、楓の部屋へと移動する。
「……すー………すー………」
規則正しいリズムで呼吸する音が耳に入る。それだけで俺の胸は激しく胸打つ。それはもう、この胸の鼓動が楓に聞こえるんじゃないかというくらい。まぁ、実際は聞こえないんだろうけどさ。
「楓……」
まるで幼い子供が母親を求めるように名前を口ずさんで、ゆっくりと楓の頬に手をやる。柔らかく、瑞々しい頬の感触が指先へと伝わり、感情を高ぶらせる。けれどもその感情はやましい物じゃない。
この感情は───そう、“愛しい”と言うべきだろう。
俺と楓の関係は実に奇妙なもので、一言では言い表せない。母親を亡くしたショックで生きる意欲をなくした楓に対して、俺は嘘をついた。けれどもその嘘は時が経つにつれて亀裂が走り、結果として成長した楓の心を締め付けてしまった。
多くの人は誤解が解けたその日を夜明けというかも知れないが、楓にとってそれは地獄の始まりだった。罪に縛られ、自分のしてきた事に心を苦しめてきた日々。俺に尽くすことで罪を償う為の道具と思ってしまった自分への罪悪感と、俺に対する恋心。欲望が、理性が、願望が、全ての感情が楓の心に傷を負わせる。その原因は他でもない、俺だ。俺が楓のことを許してやらなければ、楓はずっと苦しみ続ける。俺としては楓のことなんてとうの昔に許していたつもりだったけど、面と向かって許すといった記憶はなかったのが原因だろう。
「なぁ楓、あの時は拒絶させたから、改めて俺の気持ち、聞いてくれないか?」
言ったところで楓から返事がないってことくらい分かっている。だからこそ俺にとっては好都合だ。相手が寝ていれば、独り言という大義名分で素直な気持ちを告白できるんだ。
「愛しているよ、楓。世界中の誰よりも……」
三文小説ならここで、そっとキスでもするんだろうけど俺にそんな度胸はまだない。変わりに指先でそっと唇に触れて、その感触を確かめるように自分の唇へと宛がう。いわゆる、間接キスという奴だ。
「メリー・クリスマス。愛しい楓」
皆に言った時よりも一回り大きな声で、けれどもまるで囁き掛けるような柔ららかな口調で俺は楓にそう言うとプレゼントを置いて、部屋を去っていった。
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っで、翌日の朝は当然のようにお昼まで───とは行かなかった。何というか、目が自然に覚めたって感じだ。本当、珍しいこともあるものだ。
「あ〜、なんか昨日の出来事が嘘みたいだな……」
昨日の出来事というのは勿論、俺が一夜だけサンタクロースになったこと。今でもあまり実感が湧いてないし、実は夢落ちなんじゃないかと思えるぐらいに疑っている。けれどもそれは部屋を出てすぐに鉢合わせとなった楓とプリムラによって現実のものだったと教えてくれた。
「稟くん、見て下さい。今朝起きたら私の枕元にこんなものが」
「稟……これ………」
目の前に居る二人の美女は互いのそれを俺に見せた。
楓の手の中にあるのは未だ包装された小包。プリムラの腕の中には猫の抱き枕。プリムラに関していえば凄く嬉しそうな表情を浮かべている訳なんだが。
「そっか。それはきっとサンタクロースからの贈り物じゃないか?」
「サンタクロース、ですか?」
「そう。サンタクロースだ」
「………」
流石は楓。俺の言うことをあっさり信じ込んでいる。この歳でサンタクロースの存在を信じるなんて。プリムラは至らずとも信じているし。
「(……ふふっ。稟くん、嘘を付くならもう少し上手く嘘を付いて下さい)」
「? 楓、何か言ったか?」
「いえ。何でもありません。ふふっ」
なんだ? 妙に嬉しそうだな楓の奴。まぁいいか。こうして楓の満面の笑みを見れただけでも俺は果報者だ。自分でいうのはお門違いって奴かも知れないけど。
……そう言えば楓の奴、昨夜は酔っていたみたいだけど覚えてないのか?
「なぁ楓、昨日のこと覚えてるか?」
「えっ───!」
俺の言葉を引き金に、急に昨日の出来事を思い出したのか、顔全体を赤らめ、頭から湯気なんか出してそのまま気絶した。
まぁ、なんというか……俺としても触れてはいけないと何となく思っていたけど……ほら、やっぱり男の性ってやつ?
「楓、朝ごはんの準備」
「いやプリムラ、それで戻ったら苦労しないぞ」
まぁ、結局朝ごはんはお預けってことになるのか。確か戸棚に食パンがあった筈だからそれで済ませるか。
余談。
稟が楓へ送ったプレゼントのリボンは髪結びにも、鞄の一部に付けたりと、幅広いファッション性を見せただけでなく、しばらく稟の料理が豪勢だったりした。
シアとネリネは昨夜のパーティの事をしっかりと覚えていたらしく、稟と顔を合わせた途端に赤くなって何処かへと逃げたとか。
麻弓は今まで使ってたデジカメがショートして壊れたと嘆いたと思いきや、念願のデジカメが手に入って喜んだとか。
また、何処で耳に入ったのか魔王と神王が娘の寝顔を激写するようにと稟に頼んだことがシアとネリネの耳に入り、年末年始の間はずっと魔王様だの神王様だのと呼ばれ続けた所為か、しばらく精神科の病院に通ったとか通わなかったとか。
Fin.
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楓へのプレゼントは……にやにや。イイですね、そういうの。
ひょっとしたら、楓はあけなくてもても分かってるのかもしれませんね。
サンタクロースだとしたら稟くんで、稟くんだとしたらプレゼントは――なんて感じで。
神王と魔王にそそのかされた(?)稟も、楓のサンタクロースになれて、実はまんざらでもないのかもしれません。
……私も誰かのサンタクロースになりたいものです。(ぇ
導入からネタまでの振りが自然で、見習わねばと思ったり。(汗
Comment by けもりん
無断転載厳禁です。
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