還暦



目には見えないのに
確かに存在する
時という幻を見たくて
人は水滴を数えた
水時計は「約束」を発見し
人は再会に胸をときめかせ
裏切りに時として心を痛める

限りなく どこまでも
進んだまま帰らない
時という流れを愛おしんで
人は文字盤に針を植えた
アナログ時計は「明日」を発見し
人は希望を胸に眠りにつき
変わらぬ日々に少しだけ絶望を見る

知らなければ味わえない喜びは
いつだって幾何かの悲しみを伴うけれど
味のないものを食べるよりも
甘さと苦みのあるものを食べる方が
豊かな人生だと教えてくれる人がいる

一周まわれば元通りになるという幻想は
もう、ないけれど
還暦の先も、まだ少しだけ
時は存在し、流れ続けることを
今、幸せに思う




  文芸やいづ 第28号 掲載

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