脳のスタミナ

 勉強に関して、心配なことがもう一つあります。それは、脳のスタミナ不足です。

 算数の時間に、いっせいに同じドリルなどの問題をやります。すると早い子、遅い子が出てきます。ここまでは、どの学級でも同じです。隣のクラスを見てもそうだし、これまで担任してきたクラスも全部そうです。遅い子は、早くなるよう努力すればいいので、そこのところは、心配いりません。心配なのは、この後なのです。

 4月の初め、早く終わった子は、その後何もしていませんでした。何もしていないどころか、漫画を描き出した子もいました。最初これを見たときは、本当に驚きました。これまで担任した学級では、こんなことはなかったからです。

 以前書いたとおり、小学校の勉強というのは、少しずつ山を登っていくようなもので、一人一人の違いは、今どこを登っているかということだけで、頭の良い悪いは、あまり関係ありません。早く問題を解き終わった子というのは、他の人より少し上を歩いているだけなので、そこで止まっていたら、「ねむりうさぎ」になるだけです。余った時間を、さらに上を歩く努力をすれば、「先を行くうさぎ」のままでいられます。

 もっと先を進んで勉強してみてもいいし、間違えた問題や時間のかかった問題をやりなおして、今歩いた道をもっと確かなものにしてもいいでしょう。また、困っている友達を助けていろいろ教えると、自分の持っていた知識が脳の中で再構成されたり、全く新しいやり方を発見したりすることもあります。山登りでたとえるなら、遅れて歩いてくる子の手を引くことで腕力がついて、この先の困難な薮の中を切り開きやすくなるという感じです。

 早くやり終えた子は、こんなふうに自分の能力をさらにアップさせる時間を人よりたくさん持てているのです。でも、彼らは、それを放棄していました。

 最初、私は、「うぬぼれるな」と叱りました。でも、どうも、うぬぼれているのではないらしいと感ずるようになってきました。もっと勉強ができるようになりたいという気持ちを、どの子も目の中に持っていることがわかってきたからです。

 長い距離を走っていると、気持ちは前に行っているのに、足が進まないということが出てきます。気持ちに比べて、練習が足りなくてスタミナ不足になっているのです。彼らがドリルを終わった後ボーッとしてしまうことも、脳のスタミナ不足が原因ではないだろうか。そう思うようになったのです。                  

 次のような子は、脳のスタミナ不足になりがちです。

 まず、テレビの前にだらだらいる子。
 テレビは、こちらが脳を使わなくても、どんどん話を進めてくれます。そこで、だらだらテレビを見ている子は、自分が脳を使ったと勘違いします。残るのは、脳の疲労だけで、スタミナはつきません。一日中だらだら歩いた結果、まめがつぶれ、疲れただけで、体のためにいいことがなかったようなものです。(あくまでも悪いのは「テレビの見方」であって、テレビそのものではありません。)

 次にゲームをだらだらやる子です。
 誰かが作ったプログラムどおりに脳を刺激され、やはり、これも、終わったときは疲労だけが残ります。目の前にニンジンをぶら下げられて、体がボロボロになるまで走らされている馬のようです。

 以前「うちの子は、ゲームなら何時間もやる集中力があります」とお母さんに胸を張られ、困ってしまったことがあります。これは、集中力でもなんでもないんです。目の前にニンジンをぶら下げられたら、どんな馬だって走ります。「何時間も、新しいゲームのプログラミングをしています」なら、いくら胸を張っていただいてもかまわないですけれど。

 脳のスタミナをつける最高の薬は、読書です。本は、自分から問いかけていかなければ先へ進まないし、自分の持てる力を総動員しなければ、何も答えてくれないからです。

 というと、「それはよくわかっているけど、いくら言っても、うちの子は本を読まなくて困っているんです」と、相談されます。「読書」に到達するためには、とりあえず次のような二つの方法があります。

 一つは「読み聞かせ」です。小さなころ、「ああ、おもしろかった」と心から満足するまで、たくさんたくさん読み聞かせをしてもらっている子は、みんな本好きになっています。算数で、繰り下がりの引き算をやっているのと同じで、今からでもどうですか。第2次性徴前なら、間に合います。

 もう一つは、話し合いをすることです。子供同士のとりとめのないおしゃべりではいけません。大人が意図を持って、一つのテーマについて、考えさせ、意見を言い合うのです。というと、堅苦しいですが、簡単に言ってしまうと、食事をしながら、家族で一つの話題について、あれこれ話をすればいい、ということです。大勢の家族の中で、わいわい言い合いながら育った子は、自ら考えを持ち主張をし続けなければ生きていけないので、脳のスタミナがついてきます。ボキャブラリーも増えるので、いざ、本を読まなければならないときも、苦になることが少ないのです。

 脳のスタミナがあるかないかは、これからもっと重要になってくるはずです。

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