友達(1)

消えた青鬼

 道徳の時間に『泣いた赤鬼』を読みました。本当は2年生の道徳のお話なのですが、友達の意味を考えてほしくて、ここで扱うことにしました。これから思春期を迎える子供たちには、友達の悩みというのがとても大きい存在になるからです。

 青鬼は、自分の体を犠牲にして、赤鬼の望みをかなえようとします。私自身、初めて呼んだ小学生のときには、これが、青鬼のすごいところだと感動していました。しかし、大人になってから読み返してみて、青鬼の本当にすごいところは、この先にあることに気づきました。

 青鬼は、大切な大切な友達と本当の友達でいるために、二度と会わない覚悟で赤鬼の元を去っていくのです。赤鬼の「ありがとう」の言葉さえも聞かないで、です。この授業で子供たちに考えてほしかったのは、この「お返し」を望まなかった、「ありがとう」の一言さえ望まなかった青鬼の、友達に対する考えなのです。

 授業の初めに、「どんな友達がいい友達か」という質問をしました。案の定、子供たちの答えは、友達である“あの人”が、自分にとってこんな人であってほしいという視点で語られました。“あの人”にはこうあってほしいと望むのに、“あの人”にとって自分はいい友達か、と考える子はいなかったようです。

 その後、『泣いた赤鬼』を読み、赤鬼に対して何も望まなかった青鬼の姿を知り、まとめとして、自分は“あの人”にとっていい友達かどうかを一人一人が考えました。どんなふうに考えたのか、また、お子さんとおふろの中ででもゆっくり話し合ってもらえれば、うれしく思います。

 偉そうに書きましたが、私も実はこの時、少し反省していました。自分は、この子たちに、こんな人間になってほしいと望んでばかりで、自分のことは振り返っていたのか。また、娘や息子に対しても、自分を振り返らず望んでばかりの親ではなかったか、と。

 余談になりますが、5,6年前に、高校生になった卒業生がたずねてきました。世話になったお礼にプレゼントがしたいというので、「親に食べさせてもらっている子供の分際で、ふざけたことをいうな」というと、「そう言われると思ったけど、これは、私が初めてアルバイトしてもらったお給料で買ったから、受け取ってよ。」と、図書券を差し出されました。私は、ありがたく受け取って、娘と息子のためにその図書券で、『泣いた赤鬼』を買わせてもらいました。
 

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