手伝いのお駄賃

 「お手伝い」で、時々、話題に上がるのが、お駄賃です。

「手伝いをしたら、お金を上げる」、これがよいかどうか、という問題です。

 基本的には、だめです。

手伝いは、家事であり、家族の一員として、すべき仕事です。

もともと、すべき仕事なのですから、それによって新たな報酬を得るのは間違いです。

 しかし、お駄賃のある手伝いは、それ以上の危険を含んでいると、私は考えます。

 一つ仕事をしたら、その報酬を得る。これが仕事の基本だと考える人は多いと思います。

確かに間違いではありませんが、言われたとおりのことをしてお駄賃をもらうことには、「時間を売って報酬を得る」という考え方が潜んでいます。

 私のようなサラリーマンは、確かに時間を売って報酬を得ています。

今の日本では、それで一応食べていけます。

でも、お手伝いにお駄賃がつくというシステムが、身に染みてしまうと、その子は、一生、時間を切り売りして報酬を得ることこそが「仕事」だと思い込んで生きていくのではないかと心配です。

 サラリーマンはよくないという話ではありません。

たとえサラリーマンでも、仕事そのものに喜びをおぼえ、自分の技術を上げ、より良い仕事をしようとしていけば、人生を充実させる仕事ができます。

お駄賃つきのお手伝いが、それを邪魔するのではないかと心配になるのです。

 提案したいのは、「予算をつけて任せる」お手伝いです。

 例えば風呂掃除で考えてみましょう。

 小さい頃は、親と一緒に風呂掃除をして、上手な風呂掃除の方法を身につけさせます。

それがしっかりと身についた5、6年生になったら、「風呂場主任」に任命しましょう。

ここからは、お風呂の掃除だけでなく、風呂場のすべてを任せます。

目標は、「いつでも家族が快適に入浴できるようにする」ことです。

 目標を達成するためには、ただ掃除をするだけでなく、他にも工夫する必要が出てきます。

任せる代わりに、必要なものを自由に選んで買える予算を与えます。

「一か月○○円の予算を執行する権限を与えます」などと少し難しい言葉と一緒にお金を渡してください。

子どもは、その予算の中で、掃除用具や洗剤を選びます。

家族がお風呂に入った時に喜びそうな小物や入浴剤を買ってくるかもしれません。

こうすることで、仕事というのは、「時間を切り売りして報酬を得ること」ではなく、「自分が働くことによって周りの人を幸せにすること」だということを、知ってほしいと思います。

 上手にお金を使って、残金が出るかもしれませんが、「お金が残ったら、それを上げる」と早急な約束をしてはいけません。

「本当に、よく考えて、予算が使えるようになった」と感じたら、残ったお金を報酬として与えてもよいでしょう。

「おかげで、お風呂に入るのが、今までよりも楽しくなった」と家族が感じたら、ボーナスを上げてもよいでしょう。

こうすれば、お金というのは、よりよい仕事をするために使うもの、とか、自分の仕事で幸せになった人が幸せになった分、自分に払ってくれるものという考え方が身につきます。

 良い仕事をして、人を幸せにすれば、それに見合った報酬を得られる。

これが小さい頃から身につけば、大人になっても、良い仕事をしようという気持ちで働けます。

 良い仕事をすれば、それに見合った報酬を得られるのが、現代の日本です。

そうではない国もたくさんあるし、日本の歴史上、こんなに恵まれた時代はありません。

子どもたちは、本当によい時代に生まれたのです。


 『速効よい子』へ戻る   ホームページ『季節の小箱』へ戻る