我慢するのは自分のためにならない

 道徳の時間に、私が一人で掃除をするところを見せました。

 教室前の廊下、靴箱の掃除をしました。時間を計ったら、それぞれ、7〜8分。

 子ども達は、その早さに驚き、「一所懸命やれば早く終わる」「手順を工夫すると短い時間で綺麗になる」というような感想を言いました。

 子ども達が、そうじをさぼっていたから、こんなことをしてみせたのではありません。

 ほとんどの子が毎日、掃除にまじめに取り組んでいます。

 でも、私は、それだけでは物足りませんでした。

 掃除の時間になったら、自分の分担場所に行き、15分間何となく掃除をし続ける。

態度はまじめですが、その15分間の姿には、「我慢」しか見て取れなかったからです。

 廊下、靴箱、どちらも、二人で15分かけて掃除をする場所です。

 でも、私は一人で8分、4倍の効率で仕事を終えました。

単純計算で考えれば、いつも二人でやっているのですから、15分のうち、5分以内で基本的な掃除が終わります。
10分の新しい時間が生まれることになります。

もっと綺麗になる方法を考えたり、下級生で困っているところを助けたり、この10分で新しい色々なことができるのです。

 生きていると、「しなければならないこと」にたくさん出会います。

そんな時に、いつも「これが終われば楽しいことが待っている」と、その時間を我慢するばかりでは、さみしい人生です。

 どうすれば、もっとよくなるだろう、そう考え、実践しながら過ごせば、自分の力は伸びていくし、その時間そのものも楽しくなります。

子ども達には、「しなければいけないこと」を我慢する人生ではなく、それを工夫して楽しむ人生を歩んでほしいと思っています。


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