一番になる
4月に、算数のドリル40ページを4回通りやるという宿題を出しました。
締め切りは、8月末。夏休みが終わるまで、です。
宿題を出してから3ヶ月経ち、毎日少しずつやってくる子、まだ1ページも手をつけていない子、といろいろです。
夏休みを待たず、Aさんがすべてをやり終えました。
Aさんは、クラスで一番先にやり終えたことで、いくつかのものを手に入れました。
一つめは、締め切りぎりぎりの子よりも、1ヶ月半早い能力の習得です。
Aさんがこれから、ウサギとカメの亀のように居眠りしなければ、Aさんと他の子との能力差は、簡単には縮まりません。
「手になじませる能力」は、1日でも早く、小さいうちに身につけた方が有利です。
二つめは、一番になったことです。
これから、何かにつけて、クラスメイトは、Aさんが一番になった、ということを思い出します。
Aさんの存在は、これから長く、みんなの心の中に、とてもよい形で定着していきます。
日本一高い山の名前は、みんな知っているのに、二番目に高い山の名前を知っている人がごく少ないように、一番になったAさんは、みんなの心の中に住むのです。
「世界にひとつだけの花」を聞いていると、ナンバーワンには、あまり価値がないと錯覚しそうですが、ナンバーワンはオンリーワンの一つです。
三つ目は、Aさんが「他人の締め切り」ではなく、「自分の締め切り」で仕事をしたことです。
Aさんが得たいちばん大きなものは、この「自分の締め切り」で物事を進めるという経験をしたことではないかと思います。
私の出した宿題の締め切りは、8月末です。
それまでに終われば、何の問題もありません。
ほとんどの子は、その締め切りに向かって計画的に進めているか、締め切り近くになってがんばれば大丈夫、と思っているかのどちらかでしょう。
確かにそれでいいのですが、1ヶ月前に終わるようにがんばっていたAさんとは、心の中が少し違ってきます。
他人である私の作った締め切りを目指してやる子は、心の中の多くの部分を「締め切り」という言葉に占領されます。
締め切り日が近づくほど、その占領部分は多くなり、あせり、という感情も生まれます。
でも、Aさんの心の中には、「締め切り日だから、あせる」という気持ちは生まれません。
Aさんの締め切り日は、自分で決めたものですから、がんばろうという気持ちは起こっても、できなくては困るというあせりは生まれないのです。
Aさんは、その分、問題そのものに集中したり、タイムを計って楽しんだりする余裕を持ちます。
Aさんは、すべてのページのタイムを計って記録していました。
「締め切り日」間近にやる子には、とても面倒に思えることでしょう。
Aさんのタイムは、ほとんどのページで、1回目から4回目にかけて、少しずつタイムが縮まっています。
大変だったと思いますが、楽しい気持ちもあったのではないかと想像されます。
同じ「仕事」をしても、他人の決めた締め切り日間近では、こんなふうに、仕事の中から楽しみを生み出すことは、とても難しいでしょう。
よく「締め切りがあるから仕事ができる」という人がいますが、その締め切りを他人が決める必要はありません。
締め切りが必要なら、自分で決めればいいのです。
仕事というのは、人との関係で生まれるものですから、100%自分のやりたいことだけを選ぶ、という訳にはいきません。
しかし、自分のすべき仕事を100%自分のやりたいことに変身させることはできます。
宿題に追われず、宿題を追いかけたAさんは、大人になっても、すべての仕事を自分のやりたいことに変身させ、仕事に追われず、仕事を追いかける楽しい日々を過ごすようになるでしょう。