ミルクをください

 体育の時間に、個人の縄跳びテストをすると予告していたのですが、全員で飛ぶ長縄跳びの練習をしなくてはならなくなったので、急遽中止しました。

 するとA君が「テストやりたかったなあ」とつぶやきました。

きっとA君は、この日のためにたくさん練習してきたのでしょう。

でも、やはり、テストをする時間はありません。

 体育が終わって片づけをしている時、また、A君が「やりたかったなあ」と言いました。

片づけが終わってから、またA君が今度はもっと大きな声で繰り返します。

周りの子がA君のしつこさに顔をしかめ始めました。

 そこで私は「赤ちゃんのようにいつまでも言うんじゃない」と叱りました。

 子どもを叱った時には、必ず、全員にその内容を説明します。

 教室に戻ってから、全員に今のことをこんなふうに説明しました。

           ※

 A君がしたことは、赤ちゃんのやり方と同じです。

 赤ちゃんがミルクをほしいときはどうしますか。

ただ、ひたすら泣くでしょう。

 君たちは、赤ちゃんと言われたくはないだろう。

 だったら、もし君がA君だったら、どうすればいいかな。

我慢しますか。

 それもいいけど、我慢すると心が病気になります。

 こういう時は、先生のところに行って、「練習してきたので、テストを受けさせてください」と頼めばいいと思います。

これはとても勇気のいることだし、頼んだからといって、テストを受けられるとは限りません。

 でも、こうすることで、赤ちゃんではなくなります。

学校は赤ちゃんから、立派な子どもや大人になる練習をする場所です。

 想像してごらん。

おなかのすいた赤ちゃんが、お母さんのところにハイハイしていって、「おなかがすいたので、ミルクをください」というところを。

 絶対ありえないでしょ。

赤ちゃんだったらありえないことを、勇気を持ってやり続ければ、立派に大きくなれるんだよ。

 3年生には、まだ大変だけど、立派な6年生になるために、もうひとつ教えておきます。

 自分がテストを受けたいと強く思ったということは、きっと友達の中にも、同じ気持ちだった人もいるはずです。

 そういう人を見つけて、声をかけ、「いっしょに先生に頼みに行こう」と誘えば、まわりの人たちは君のよさを認めて、友達がどんどん増えていきます。

 君たちは、そういうこともできる力も持っているのです。

 想像してください。

赤ちゃんが、「ねえ、僕といっしょに、ミルクをもらいにいこう」と他の赤ちゃんたちを誘って、大勢でハイハイしていく姿を。

           ※

 赤ちゃんが「ミルクをください」と言ったり、集団でハイハイする姿を想像するところで、全員大爆笑をしていましたが、私の話の真意が伝わったかは、定かではありません。

読者の方からのお便り******************

 人それぞれ成長の仕方、表現の仕方も違います。

 その子の今できる表現が「テストやりたかったなあ」であるなら「赤ちゃんのようにいつまでも言うんじゃない」と言われどう思ったか。

教室の仲間たちの前で「A君がしたことは、赤ちゃんのやり方と同じ」と烙印を押されどう思ったか。

 A君に直接文中の思いを伝える方法はなかったのか。

テストを行うと言っておきながら中止して裏切ったのは誰か。

きっとその事情を子どもたちに伝えたと思うが、なお子どもたちの訴えに寄り添い答える責任が先生にはあるのではないか。

事情知らずの点、字数の関係で乱暴な点ご了承ください。 Bより

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 A君は、Bさんにとって「よその子」です。

よその子をこんなふうに心配できる人がいる…このお便りを読んで、日本の教育環境も、まだ大丈夫だと思いました。

 「昔は、近所のおじさんが叱ってくれたなあ」とか、「子どもは地域で育てるものだ」というようなことを最近聞くようになりました。

 私も、小さな頃、近所のおじさん、おばさんにとてもかわいがってもらいました。

叱られた記憶はあまりありませんが、もし自分が悪さをしていたら、あのおじさんやおばさんたちは、遠慮なく私を叱ってくれていたでしょう。

 子どもを叱るには、二つのことを知っていることが必要です。

 ひとつは、その子の成長の時期です。

今、その子が充分に、そのことについて熟しているか、どうかによって叱り方は変わります。

 二つ目は、その子の背景です。

 どんな家庭で、どんなふうに育てられているか。

今から叱る事をその子の栄養にしてくれる環境で暮らしているか。

 この二点について、ある程度わかっていなければ、適切な叱り方はできません。

 私が小さかった頃の近所のおじさん、おばさんは、私が生まれた時から、私のことを知っていてくれて、父母もご近所のみなさんと仲良くさせていただいていたように思います。

 そういう家族ぐるみのご近所の付き合いがあるので、その頃のおじさん、おばさんは、「叱る二つの条件」を充分、持っていました。

 最近では、親同士が仲のよい少年団活動などに、「よその子」もきちんと叱れる大人がいると聞きます。

 世界中の大人が、世界中の子どもをきちんと育てるのだという気概を持つことが、教育のもっと大事なことだと思います。

 さて、心配していただいたA君ですが、もともと理解力のある子で、今回の注意は、彼の成長のタイミングを逸していなかったと私は思っています。

A君の家庭も、こうしたA君の成長をしっかり受け止めてくれるお家だということがわかっています。

 また、A君は、リーダーになる資質を持っているので、3年生にしては少し早いのですが、赤ちゃんが集団ではいはいしていく話もしてみました。

 あれから一週間、A君は、さらにスケールアップして成長を続けています。ご安心ください。


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