ルールは人が創る
体育の時間に「野球」をやると言ったら、男の子たちは「やった〜」、女の子たちは「え〜」という反応です。
それは、野球の好きな子が、いきなり「野球のルール」を導入してしまうためで、女子の中には、それがさっぱりわからない、という子が多いからです。
私の体育の授業の野球系ゲームは、最初、細かいルールがありません。
基本的な約束として、
・ボールをフィールドに入れ、ボールがフィールドにいる間に、3つのベースを順番に踏んで、ホームに戻ってきたら1点。
・フィールドにいて、ベースから離れている時に、相手の持っているボールでタッチされたら、アウト。
これだけです。
これに対して、男の子達が口々に言います。
「ピッチャーはどうするの」
「フライを捕ったらアウトでしょ」
「ホームランはどうやって決めるの」
「1塁はホースアウトだよね」
そこで私が言います。
「そんなものは、世間一般の野球ルールで、このクラスには関係ない。
実際にやってみて、困ったことが起きたら、そこでルールを作ればいい。」
道具も、最初にあるのはベース4枚とボール1個だけ。
バットさえありません。
そういう状況で始めて、必要なルールを作りながら運動を楽しむのが、この体育の授業の狙いです。
男の子達は首をかしげながらも、男女混合チームで「野球」を始めました。
最初、ボールをフィールドに入れるのは、バットで打たずに自分で手で好きなところに投げてしまうことにしたので、バットにボールを当てるという難しいことはなく、守備も混乱しているので、どの子も、ヒットやホームランばかり。
自分が点を入れられるチャンスがたくさんあるので、今まで野球を知らなかった女の子も、ボール運動が苦手な子も、みんな楽しそうです。
やっていくうちに、
・全員が楽しみたいから、スリーアウトチェンジではなく、打者一巡で攻守交代。
・「ボールを好きなところに投げてから走る」は自由度がありすぎるから、自分で持ったボールを、バットでもテニスラケットでも、何でもいいから、とりあえず打つ。
・フライを捕ったらアウトは、わかりにくいから、却下。
・ホースアウトは、「後ろに人がいて前のベースに戻れない時」という解釈がわかりやすいので採用。
などと次第にルールが増えていきましたが、全員の目の前でできあがっていくルールなので、女の子達も理解できたようで、ルールが増えても楽しさは減りません。
いくら複雑に見えるルールでも、その理由がわかっていれば、習得は簡単です。
私たちが小さかった頃は、「原っぱにボール」という遊び道具しかなかったので、いかに楽しく遊べるかは、自分たちの作ったルール次第でした。
私が、この授業で教えたいのは、体育の楽しさとともに、「ルールは、誰かから与えられているものではない」ということです。
ルールというのは、人間がみんなで、幸せになるために知恵を絞って作り上げていくものなのです。
でも、ルールというものが人間が生まれる前からあったような錯覚をしている子は、たくさんいます。
今の子ども達の多くは、大人から与えられた「ルール完備の遊び道具」に囲まれているので、ルールを作る必要はありません。
「ルールは、宇宙が始まった時から存在するもの…神の声」
もし、そんなふうに思いながら子ども時代を過ごしてしまったら、大人になった時、一部の人の利益のためだけに作られたルールを、「神の声」だと盲信してしまう人間に育ってしまうのではないかと、不安になります。
ルールは、みんなが幸せになるために「人が創る」ものです。
それを実現できるチャンスがある国(時代)に生まれた幸せを知り、子ども達には、いろいろな場所で、この経験を積んでいってほしいと願っています。