親は何を言えばいいか

読者の方からのお便り****************************

日々笑ったり怒ったり悩んだりしながら子育てをしています。

子育てで気をつけていることといえば、できるだけプラスの言葉をかけることです。

例えば、道路工事で渋滞しているとき、「混んでてイヤだね、早く工事が終わればいいのに」というよりも、「工事のおじさんが一生懸命工事してくれるから、道路がきれいになって嬉しいね」というような感じです。

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 プラスの言葉で話しかける…どの成功指南書を見ても、いちばん大事なこととして書かれています。

でも、これがなかなか難しい。

私も日頃気をつけているのですが、自然にこんなふうに言えるようになるまでには、まだまだ修行が足りないようです。

 でも、人からプラスの言葉をいただいて、そうだと納得した時に、自分の心が明るくなるのは確かです。

気持ちは空気を伝わってまわりの人に連鎖しますから、意識してでもプラスの言葉で話しかけるのは、やはり大事ですね。

 事実はひとつだけですが、やっかいなことに、どれもみんなでこぼこな多面体で、見る方向(立場)によって、いろいろなものに見えます。

希望に見えたり、絶望に見えたり、温かく見えたり、冷たく見えたり。いつも気をつけているのは、自分がある事象を見る時に、ひとつの方向だけからしか見ていないのではないか、と深呼吸して考えることです。

 言葉は自分の感情を表す道具であると同時に、相手へのプレゼントです。

子どもたちが、このことを忘れない人に育ってくれればいいといつも願っています。

 昔、お母さんの残念な言葉を聞きました。

 男の子がものを女の子に投げつけて、女の子が顔に怪我をしました。

それを男の子のお母さんに伝えると、「息子から聞いています。女の子の悪口がひどいので息子ががまんしきれなかったようですね。」という答えが返ってきました。

 確かに、このけんかの原因は、悪口の言い合いです。

それも、再現させてみると、そのお母さんのおっしゃるように、女の子の口の方が悪いようです。

 息子さんからこの事件の話を聞いたら、お母さんはまずその女の子の家に駆けつけて、頭を下げてくれると、私は思っていましたので、お母さんの一言を聞いて、とても残念でした。

 交通事故を起こした時、アメリカでは絶対に先に謝ってはいけないと子どもに教える。

そう言われていた時代がありました。

アメリカでは、トラブルのほとんどを裁判で決着をつけるので、裁判に不利なこと(先に謝ったら自分の非を認めることになる)はしてはいけないからだそうです。

私はアメリカで暮らしたことがないので、これが本当かはわかりません。

でも、もしそうならば、寂しいことだなあと思いました。

 ひどいことを言われて、暴力でそれをやり返し、相手に怪我を負わせてしまった。

言われたことがどんなにひどいことだとしても、相手の顔に傷を負わせたことに対しては、まず、心から済まないと思ってほしい。これが私の考えです。

 そのトラブルはどちらに原因があるか、だけを解決の方法として終わらせたら、両者は、その後、まったく人生を交わらせることなく終わるでしょう。

短い人生の中、出会える人の数はごく少ないのですから、これはとてももったいないことだと思います。

 たとえトラブルの根本原因が相手にあったとしても、自分に非のある部分はきちんと頭を下げる。

互いに自分の非のある部分を認め相手を許すことによって、自分の心も救われます。

そして、その後、大事な友達になっていけるのです。

 その男の子は最初、お母さんの口調と同じで、相手が悪いの一点張りでした。

でも、私と話すうちにわかってくれて、女の子に頭を下げました。

すると女の子の態度も一変、もう二度とあんな悪口はいいません、ごめんなさい、と頭を下げました。

 このクラスは、その後、とても温かな雰囲気のまま、卒業していきました。

 1年生の教室でのできごとです。

「みなさん、明日は私の変わりにA先生が来てくださいます。A先生は知っていますか」

「知ってる。メタボの先生だ。」

 先生は、その子に、失礼な言い方をしてはいけません、と言いました。

 メタボという言葉が、この場合、失礼にあたるかどうか微妙なところです。

しかし、太っていることを気にしている人は多いので、その体型をどんな言葉で表すかはむずかしいところです。

太っているとそのまま言う言い方は、すでに相手を傷つける言葉です。

さらに「でぶ」は決定的です。

「体の大きい人」あたりが適当でしょうか。

こうしてじっくり考えると難しいですね。

 子どもが使う言葉は親が使う言葉、そのものです。

 小学校も高学年になると、友達が大事になってきて、話す言葉の中には友達との「仲間言葉」の影響も出てきます。

しかし、それでも一人一人の使う言葉は違うものですし、まして低学年の子どもが使う言葉は、ほとんどそのままお父さん、お母さんの使う言葉です。

太った人を見て、日頃お父さんとお母さんが言っている言葉が、子どもの口から自然に出てきます。

 息子や娘の話しているのを聞きながら、その言葉の使い方にうれしくなったり、子どもの言葉を鏡と考え自分の言葉を反省したりしたことが何度もありました。

 子育ては子どもを育てると同時に、親自身も成長する素敵な時間です。

 「パパ、お花咲いてる」

 これは、武田鉄矢さん率いるバンド海援隊の曲です。

 「お花咲いてる」と言われて、親は何を言えばいいでしょう。

 まず言うこと、そして一番大事なことは、「そうだね」だと思います。
たった一言、それだけあれば、お父さんとお母さんは、お子さんの帰る場所「ホーム」になります。

 子どもにとって学校は「社会」という大海です。

学校がいくら楽しいところだといっても、子どもにとっての「荒波」の一つや二つは、彼らを襲ってくるのです。

そんな時、お父さんとお母さんがホーム、港であれば、その荒波を乗り越えようという勇気もわきます。

 もし、家がホームの状態でなかったり、お父さんお母さんのことで心配なことがある時は、学校で荒波と闘ったりできません。

学校へは行きたくなくなるのは当たり前です。

一番すきなのはお父さんとお母さんなのですから、それが心配の種では、学校なんかへ言ってる場合ではないのです。

 「お花咲いてる」「そうだね」これが、子どもをよい子にする一番最初の言葉です。

 その次には、どんな言葉がよいでしょう。

・きれいな色ね…色彩に気をつける子に育ちます。

・○○という名前だよ…言葉に興味を持ったり、植物学者への道を歩んだり。

・この花の咲く季節になったんだね…季節の変化に敏感な子になります。

・笑っているみたいに風にゆれてるね…詩人、童話作家のような文学の道へ。

・おいしそうだね…料理家

 そうだね、の次の言葉には、お父さんお母さんの願い、夢、人生が隠れています。
お子さんはそれをしっかりと受け止めます。

 でも、何はともあれ、「そうだね」…クリスマスのプレゼントより価値のある言葉です。

 以前担任したA子さんは、いつも明るく、友達にやさしい素敵な女の子でした。

でも、その明るさが、逆に私は心配でした。A子さんには、お母さんがいなかったからです。

 A子さんは、どこかに無理をしているのではないか、いつかその歪みが出るのではないか、そんなことを勝手に心配していました。

 お母さんは数年前に病気で亡くなり、A子さんは、お父さん、お姉さんとの3人暮らしでした。

ある時、思い切って私はA子さんに聞いてみました。「お母さんがいなくてさみしくはないか」

 彼女はにこにこしながら答えました。

「もちろん、さみしいよ。でも、いいんだ。お父さんはお母さんのこと、すごく愛しているんだよ、だから」

 そういったA子さんは、毎日仏壇に手を合わせるお父さんの様子を聞かせてくれました。

そして、お母さんがA子さんの誕生をどれだけ喜び、その後どれだけ愛しかわいがってくれたかを、毎日お父さんが話してくれることをうれしそうに私に教えてくれました。

 それを聞きながら、A子さんのような「よい子」を育てるのに必要なのはこれなのだと思いました。

 自分は、親から望まれて生まれてきた。

自分が生まれたことを、お父さんとお母さんは心から幸せだと思ってくれている。

こう思って生きている子どもがよい子になるのです。A

子さんは、お父さんの毎日の言葉から、自分が愛し合う二人から望まれて生まれたと感じて毎日生きていました。

それが、A子さんの笑顔と優しさの源でした。私が心配することなど、何一つありませんでした。

それどころか、A子さんの笑顔と優しさで、私の担任していたクラスは何度も救われたのです。

 「あなたが生まれてきて、私たちはほんとうに幸せだ」

 親は何を言えばいいか。

 何よりも必要なのはこの言葉です。

この言葉があってこそ、その後の言葉が、子どもの心に天使の羽のように降りて積み重なっていくのです。

 KOKIAという人の歌に「アルバム開いて気づいたことがある 私が産まれた日 みんな笑ってた」という歌詞があります。

 この歌を聞くたび、A子さんを思い出し、いちばん大事なことを再確認しています。


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