脳の話
毎年学級の子どもたちにしている「脳の話」です。
お子さんが「頭がよくなりたいなあ」と言ったら、これをアレンジして話してみてください。
脳医学の専門家から見ると見当違いなことも含まれているかもしれませんが、子どもに話しているつもりで書きます。
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君がライオンなら、生きていくために、強い足と鋭い牙と爪を鍛えればいいのですが、人間だから、脳を鍛えましょう。脳は、人間が生きていくために、一番大事な道具です。
では、脳の仕組みを話すので、これを使って頭をよくしてください。
脳は、細胞という小さな箱がたくさん集まってできています。
ひとつひとつの箱は最初は空っぽです。
でも、花の名前をひとつ知ると、「この花は、桜という名前だ」という知識が、一つの箱の中に入ります。
せっかく入った知識が、こぼれてどこかに行ってしまっては困るので、その箱は、すぐにふたを閉めます。
次に、「この花は何ですか」と質問されると、その質問の声にふたがノックされて、パッと開き、箱の中のその知識が出てきて、「桜です」と答えられるわけです。
答えると、ふたはまたすぐに閉まります。
君が覚えたことは、全部こうして脳にしまわれて、使われるのを待っています。
ところが、覚えたはずなのになかなか思い出せないこともありますね。
それは、脳から消えてしまったのではなくて、ふたが開かなくなってしまったから出てこなくなったんです。
ふたは、しめたまま放っておくと、錆びて開きにくくなってしまいます。
古い箱のふたほど、錆びて開きにくくなるかというとそうではありません。
古い箱のふたでも、時々開けてやれば錆びつかないので、箱の中はすぐに見ることができます。
新しい箱でも、一度もふたを開けずに閉めたままでいるとふたはすぐに錆びてしまいます。
君は去年の誕生日の夕食のメニューを覚えていますか。
大丈夫ですね。
では、ちょうど1ヶ月前の夕食は覚えていますか。
こちらは、覚えていないようですね。
誕生日というのは嬉しいから、きっと何度も思い出して、脳の箱のふたを開けたのだと思います。
それに比べて1ヶ月前の日のことは、その後、一度も思い出さなかったのでしょう。
古い箱のふたほど早く錆びるのではありません。ふたを時々、あけてやることが大事です。
これを利用すれば、大事なことは上手に覚えられます。
例えば、今日覚えた新しい漢字。
家に帰ったら、一度書いてみましょう。これで一度ふたが開きます。
もう一度、土曜日か日曜日に書いてみましょう。
これで、ずいぶんふたはスムーズに開くようになったはずです。
日記を書く時にその漢字を使ったりできれば、もう、完璧に覚えられます。
君の脳には、まだ空き箱がたくさんありますか。
…それでは、今日もたくさん、その部屋の中に新しいことを入れてしまいましょう。
がんばりすぎて全部の箱に入ってしまったら、困るから勉強はほどほどにするですって?
心配いりません。
その理由は、脳の箱が足りなくなったら、箱はどんどん増えるからです。
毎日、朝昼晩としっかりと食事をしていますね。
体の中では、食べたものの中から栄養が取り出されます。
その栄養は、体を動かすエネルギーになったり、体そのものを作ったりします。
脳の箱も、栄養をしっかり取っておけば、毎日寝ている間に増えます。
1日たっぷり勉強して、その日のうちに脳の箱を全部使い切ってしまうと、「大変だ。明日の分がなくなってしまった。眠っている間に栄養を脳にまわして、新しい箱を作ろう」と君の体は考えます。
でも、その日、しっかり勉強しないで、空いたままの脳の部屋を残しておくと、「今日は、まだ使っていない脳の部屋が残っているから、栄養は他の場所にまわそう」ということになります。
もちろん、栄養は、脳にばかり使ってしまうと、体が大きくならないので、君の体は、毎夜、栄養をどこに使えばいいか、一所懸命考えています。
これ以上動けない、というくらい、へとへとになるまで運動した日は、脳のほかにも、体中の筋肉を強化するために栄養は使われます。
栄養は、体の足りないところに使われるということです。
だから、1日たっぷり勉強して、へとへとになるまで外で遊びまわると、頭も体も次の日にはグレードアップするのです。
思いきり食べて、思いきり勉強して、思いきり動き回って、ばったりと眠る。
これだけで、君は、毎日毎日素晴らしい人間になっていきます。
気をつけなくてはいけないのは、思いきりやらなかった日です。
勉強と外遊びを思い切りやらない日は、食べた栄養は、使う場所がないので、うんちになって出て行ってしまうか、体の中に脂肪というものになって貯まります。
脂肪が貯まるとどうなるかは知っていますよね。
だから、18歳までは、毎日目の前にあることに全力で取り組んで、ばたんと眠りましょう。
なぜ18歳までかというと、それは、人間は4年ごとに変身する、という法則があって、18歳を越えると変身できなくなってしまうからです。
ちょうど君が6歳の時に、すごいことが起こったはずです。
なんと、歯が抜けて、その下から新しい歯が生えてきます。
とかげのしっぽくらい、不思議でしょう。
髪の毛や爪も伸びたりしますが、あんなに大きくて硬い歯が、ポロッととれてしまい、しかも、それより大きな歯がにょきにょきと生えてくる。
しかも一生に1回だけです。
体が変わってしまいます。
それから4年経つと、また、不思議なことが起こります。
第二次性徴といいます。
例えば男の子の声が、まったく変わってしまうというのを知ってますね。
第二次性徴というのは、体中のいろんな所が変わってしまいます。
今の君達と、お兄さん、お姉さんの違う所を数えてみてください。たくさんありますね。
こんなふうに、だいたい4〜6年ごとに、体は変わってしまいます。
日本の学校は、それ合わせて、幼稚園、小学校、中学校、と学校の種類が変わります。
脳も体の一部なので、その度に脳も変わってしまうのです。
ところで、幼稚園の子の脳と、中学生の脳とどちらがよい脳だと思いますか。
中学生だと思うでしょう。
でも違うのです。
たとえば、ポケモンの名前を、幼稚園の子と中学生が覚え始めたら、どちらが先に全部覚えるでしょう。
幼稚園の子の方が早そうです。
しかも、幼稚園の子は、夜中に受験勉強のようにやらなくても、すぐに覚えられます。
一輪者に乗れない幼稚園児と中学生が同時に練習を始めたら…。
これは、自分でも実感できますね。
きっと幼稚園児の方が早く乗れるようになります。
これも、幼稚園児の脳の方がよいからです。
ですから、君達も、幼稚園児に比べると、脳が老化しているのです。
幼稚園の時は、覚えようと思わなくても自然に覚えられたはずです。
でも、今は、覚えようとがんばらなければ覚えられません。
いつまでも幼稚園にいるような気持ちで努力をしないままでいると、どんどん勉強はできなくなります。
幼稚園の時のようには簡単ではありませんが、まだ、今は、がんばった分だけ、脳の箱が増えていくから、がんばればがんばるほど、頭は良くなります。
でも、18歳になったら大変です。
いくらがんばっても、脳の箱が増えなくなってしまうからです。
ちょうど18歳になる頃、ほとんどの人は、身長の伸びが止まります。
脳の箱の数の伸びも止まってしまうのです。
さらに恐ろしいことに、せっかく知識を入れた箱も、使わないままでいると、ふたが錆びるどころか、箱ごと消えてしまうようになります。
というわけで、がんばって変身して、自分の好きな人生を歩く力を身に付けられるのは、18歳までです。
だから、18歳までは、とにかく何でも全力でやってみましょう。
そうすれば、必ず、自分の好きな道を選ぶ力を身につけられるはずです。
とにかく、18歳まで、がんばりぬきなさい。
では18歳を過ぎたらどうなるか…。
勉強しても無駄で、どんどん頭が悪くなるのでしょうか。
そのとおり、悪くなります。
「年をとると物忘れが激しくなって…」なんて言っている大人を見たことあるでしょう。
でも、やはり、子どもより大人の方が頭がよさそうですよね。
それは、脳に、もう一つの秘密があるからです。
脳の箱の一つ一つは、ひもで繋がっています。
たとえば、「○○君」と呼ばれたとします。
耳から入った情報は、耳から出ている紐に乗って、いろいろな箱をノックします。
「自分は○○である」という箱をノックした瞬間、そのふたが開いて、「あ、自分が呼ばれたんだ」とわかります。
でも、「あ、自分が呼ばれたんだ」とわかっただけでは、困りますよね。
まず、返事をしなくちゃ。
「自分は○○である」という箱と、「名前を呼ばれたら返事をする」という箱が、紐で繋がっていれば、情報は繋がって、君は返事をすることができます。
この間、わずか、0.数秒。情報が紐を伝わる速さはとっても速いのです。
紐は、何度も体験したり、進んで勉強したりすると、どんどん太くなります。
太くなればなるほど、情報は速くたくさん走っていきます。
狭い道路と広い道路の違いで考えるとわかりますね。
だから、大事だなあと思うことは、何度も練習や勉強をしたりして、繋がっている紐の太さをどんどん太くしましょう。
太ければ太いほど、切れにくくもなります。
紐にはもう一つ大事なことがあります。
紐は、複雑に箱と箱を結んだ方が、いろいろな答えが出せるのです。
例えば「自分は○○である」の箱と「名前を呼ばれたら返事をする」の箱だけが繋がっている人は、一応、すぐに返事はします。
でも、この二つの箱に、「返事は、はい、とはっきり言った方がいい」という箱や、「返事は相手のいる方をしっかり見て言う方がいい」という箱が繋がっていたらどうでしょう。
多くの人に誉められることは、間違いありません。
脳を良くするためには、この紐を、太く、複雑につなげばいいのです。
アインシュタインという人を知っていますか。
天才と呼ばれている科学者です。
この人の頭があまりに良すぎるので、その脳はどうなっているのだろうと、未だに世界中の科学者が調べているそうです。
その調査の結果、アインシュタインさんの脳は、普通の人より軽いことがわかりました。
ということは、この人の脳の箱の数は、普通の人より少ないらしいのです。
ところが、この人の脳の箱を繋ぐ紐の数は、とても多くて複雑だったようです。
この結果から、脳をよくするためには、箱をただ増やすばかりではなく、紐を増やすことが大切だということを、多くの科学者が言っています。
紐を太くする方法はわかりましたね。
繰り返し練習することです。
では、どうしたら、紐は、いろいろな箱と複雑にからみあうのでしょう。
そのために必要なのが、友達や家族です。
友達の意見を聞いて「え?」と思ったことがあるでしょう。
自分ならこう考えるんだけど、友達は違う考えだった。
これは、君の脳の箱の繋がり方と、友達の脳の箱の繋がり方が違うから、違う考えや結果が出てしまったのです。
自分と違う意見を聞いて、「○○君はおかしいなあ」としか思わなかったら、それで終わりです。
でも、「こういう考え方もあるのか。
全然気づかなかった。○○君はすごいなあ」と思ったら、君の脳は、友達と同じように箱が繋がります。
もちろん、君が最初から繋いでいた箱の紐も消えないので、君の脳は、紐の数を増やし、複雑に絡まっていきます。
学校に来れば、クラスに友達がいます。
授業で友達の意見をたくさん聞けば、脳の紐はどんどん増えて複雑になります。
もちろん、小学生は紐ばかりでなく、箱も増えますから、友達の意見の中に聞いたことのない言葉があったら、一挙両得です。
たとえ、友達の意見が最終的に間違っていても、自分の脳の紐を増やす大事な意見だから、真剣に聞かなければなりません。
よく、授業中、自分の意見を発表しないで黙っている人がいますが、とても危険です。
脳は、黙っていると眠ってしまうのです。
目は開いていても脳は眠っているという恐ろしい状態です。
これを解決するのは簡単です。
自分が意見を言えばいいのです。
意見を声にした瞬間、脳は目覚めて、またしばらく起きています。
頭がボーっとする前に、とにかく何か言いましょう。(ちゃんと手を挙げて指名されてから、ね。)
本を読むのも、脳の箱や紐が増えます。
本の作者の考えは、君や君の友達とまったく違うことも多いからです。
本は、君のペースで読めるので、脳は、本を読み進めると同時に上手に箱や紐を増やしてくれます。
ところがテレビは、君の脳が箱や紐を作るのを待たないでどんどん進んでしまうので、時間の無駄になることがとても多いです。
絶対に子どもだけで見てはいけません。
大人と一緒に見ると、一緒に見ている大人が助けてくれるので、テレビも役に立ちます。
家族とのおしゃべりもとっても大事です。
君や友達が生まれてから10年間見てきたものと、お父さん、お母さんが何十年も見てきたものとは違います。
だから、お父さん、お母さんと話をするだけで、君の脳はぐんぐん良くなります。
おじいさん、おばあさんがいたら最高です。
おじいさん、おばあさんは、お父さん、お母さんが見ていないものまで見ていることが多いからです。
では、まとめましょう。
今から、君の脳は、果てしなく進化します。そのために、
18歳までは目の前のことを全力で勉強したり体験したりする。
脳は若ければ若いほど元気だから、「今」やる。
大事だと思ったことは、繰り返し体験、勉強して、しっかり身につける。
学校での友達の意見や、家族とのおしゃべりを大事にする。
家の人にも忘れずに伝えてください。
脳の紐は、18歳以降も、勉強、体験によって太く複雑になります。
脳は、30歳以降、本格的に紐作りに励むそうなので、お父さん、お母さんも、これからもっと頭がよくなります。
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いつも黒板に絵を描きながらこの話をします。
箱と紐は、部屋と廊下と言い換えることもあります。