なぜ、ではなく、どこ

 「教室の言葉」に、新しいものが加わりました。

・ミスと呼ばずに分析する

・失敗は、1どこ、2なぜ、の順で分析する

 1年のまとめの時期になり、毎日、テストや復習問題をやっていますが、誤答を出した時、子どもたちの中から、「ミスした」とか「凡ミスだ」という声が聞こえてきました。

 人生の中には、ミスが発生しますが、ミスという言葉を「ただの不注意だったから、次は大丈夫」という意味に使ってしまい、それを修正したり、未来のために使うことを避けてしまうことがあります。

 これは、ミスを見つめるのが面倒だと思う気持ちが湧きあがると同時に、自分の失敗を認めたくないという本能のなせる技なのかもしれません。

 しかし、これを続けて行ったら、「せっかくのミス」を自分の人生の栄養にすることはできません。

ミスと呼ばずに、冷静に分析して未来に役立てることが、人生すべてを味わい尽くす方法です。

 以前は、ミスをした子に「なぜ、ミスをしたか考えなさい」と指導していました。

 しかし、これは適切な指示ではないと、最近、気づきました。「理由」を探させることで、逆にリカバーできなくなることがあるのです。

 例えば、わり算の計算が間違っていた時。

 「なぜミスをしたのか考えなさい」と言われた子の多くは、「わり算の練習が足りないから」と答えるでしょう。

これは、分析ではなく、心の反省です。

 ところが、どこを間違えたのかを発見しなさい、と指示すると、簡単な繰り下がりのミスであったことなどに気づきます。

ここがわかったら、わり算全体をおさらいするのではなく、繰り下がりの練習を少しすれば、このミスは、未来に生かすことができます。

 確かに、ミスの理由、原因を探ることは、根本的に大事なことですが、それを心の反省で終わらせず、自己分析できるように導くことが大事です。

正確に分析することにより、しくじったという悪い過去は、その失敗があったから今の成功があるという良い過去に変換できる、すなわち、過去は変えることができるのです。

 しくじったことを分析してリカバーし、「悪い過去」を「良い過去」に変換しておく。

それを積み重ねることで、人生における全ての出来事は、幸運な出来事になり、人生はラッキーで埋められます。


 『速効よい子』へ戻る   ホームページ『季節の小箱』へ戻る