一人で、ていねいに、する
書き取りの宿題では、一文字一文字ていねいに書きなさい、と毎日口をすっぱくして言います。
その成果があってか、ほとんどの子が、上手な字を書けるようになりました。
ところが、A君は、全然うまくなりません。
いつまで経っても、ふにゃふにゃとして、やる気の見えない字です。
ある時、その宿題を昼休みにやらせてみました。
先生がこわい顔をして、すぐ横で見ています。ちょっとでも気を抜こうものなら、すごく怒られます。
A君は、とてもていねいに書きました。
それは、本当に上手な、お手本と変わらない字でした。
A君自身も驚いてしまうほど、よい字でした。とてもうれしそうです。
これで自信を持ったA君は次の日から、上手な字で書き取りを書いてくるようになりました。
…というのなら、めでたし、めでたしなのですが、現実は、そううまくはいきません。
次の日、家でやってきた書き取りは、ところどころ昨日の片鱗は見られるものの、ほとんどは元通りの字でした。
そこで、もう一度、恐い顔の私の横で数文字書かせました。うまく書けました。
「真剣にやれば、こんなに上手なのに、どうして家でまじめに書いてこないんだ。」
「わかりません。」
A君の答えは真剣です。ふざけているわけではありません。
本当に、A君にもわからないのです。
恐い人がそばにいれば、自分の実力を最大限に発揮できる。
でも、そういう状況でないと実力が出せない。これは、どんな人にも起こることです。
でも、中には、一人でいる時も実力を100%出せる子もいます。
勉強ができるようになる子と、そうでない子。何かが上手になる子と、そうでない子。
その差はここにあると、最近、そう思うようになりました。
ただ、その差がどこから、どんなふうに生まれるのかはわかりません。
とりあえず、わかったのは、スタートには大きな力が必要だということです。
何度か、怖い私の横で勉強したA君は、少しずつ一人でも勉強を始めたようです。