卒業までに

 3学期の初め、6年生の子どもたちに、残りの2ヶ月でこれだけはできるようにしなさい、と言いました。

国語…平仮名を大人のように上手に書けるようにする。

小学校の漢字をすべて書けるようにする。

新聞をすらすら読めるようにする。質問に的確に答えられるようにする。

社会…主な歴史事象の年号を覚える。すべての県の場所を覚える。県名を漢字で書く。主要な国の場所を覚える。

算数…1年生のたし算、ひき算、九九、九九であまりの出るわり算をすべて1問1秒で答えを言う。それ以外の計算問題を、1問30秒以内で書いて答えられるようにする。

音楽…正しい発声で歌う。知っている曲のト音記号の楽譜を階名で歌えるようにする。知っている歌を楽器で弾けるようにする。

体育…のぼり棒を上まで上る。逆上がりができる。

 これが私が考える、卒業までに身につけておきたいことです。

たくさんのことがあるように思えるでしょうが、もう、できていることもたくさんあると思います。

きっと1年生でもできることがありますね。

 これらのことをノートに書かせ、もうできていることは、○をつけ、できていないことには、できるようにする順番を決めて、1番から順に並べておいで、と言いました。

 次の日、子どもたちは、ノートに○印と順番の数字をつけて来ました。

そこで私は質問しました。

「どうして、それを1番にしたの?」。

○いちばん大事なことだと思ったから。

○難しそうなことから始めれば、他のも簡単にできるようになるから。

○すぐにできそうだから。

 こんなふうに子どもたちは答えました。

 いちばん大事なことを真っ先にやる。正しい答えです。

でも、ここには、ちょっとだけ落とし穴が待っています。

 難しそうなことを始めれば、後が楽になる。すごくいい意見です。

でも、最も困難なことですから、最も時間がかかります。常人を越えた並外れた精神の持ち主なら、この方法はベストです。

でも、こんな人は、世界中に数えるほどしかいないような気がします。

 いちばん大事なこと、の落とし穴もここにあります。

いちばん大事に見えることというのは、難しいことが多いのです。

難しくて、まだ自分が手に入れていないから、大事なことに思えるのかもしれません。

 正解は3番目の「すぐにできそうなことから始める」です。

「まず、とにかくひとつを成功させれば、そこで何かこつをつかめるはずです。

そのこつを使って次の課題に取り組めば、もっとうまくできる。

それが重なれば、どんどんこつが貯まっていって、難しいこともできるかもしれない」

 私が理由を説明する前に、私が考えていた以上のことをA子さんが、みんなに説明してくれました。

 次の日、子どもたちは、もう一度、自分がすることの順番について考えてきました。

 いちばん最初にとりくみたいことを何にしたかを聞きました。

 逆上がりが4人いました。その他は、多岐にわたっています。

 逆上がりは目標を達成した瞬間が自分でわかります。

他の人が見てもわかります。

自分でわかる瞬間があることが大事です。

他の人にもわかってもらえたら、いっしょに喜んでもらえたり褒められたりするので効果倍増です。

 自分のすることが達成できた瞬間がわかるか、また一晩考えてくることになりました。

 次の日、子どもたちは自分の考えてきた「瞬間」を発表しました。

平仮名…先生の花丸をもらった瞬間。(これはこの学級でこの1年ずっと続けてきたことで、この花丸の価値の大きさが浸透しているので、花丸を見た瞬間の達成感は大きいと思います。)

漢字…漢字ドリルの問題すべてが正解した瞬間。

新聞…新聞の1面すべてをすらすら読めた瞬間。

的確な答え…国語の文章の理解テストで3枚続けて100点をとった瞬間。

年号…教科書の年表から必要なことを抜き出した自分の年表を作り、それを暗記して、間違えずに全部言えた瞬間。

県…日本の白地図にすべてを記入できた瞬間。

国…世界の白地図の必要な国に色を塗り、その国名を全部言えた瞬間。

1問1秒…カードを作成し、それを時間内にやりきった瞬間。

1問30秒…各学年のドリルのまとめの問題3ページずつを時間内にやりきった瞬間。

歌…歌の上手な人のおなかか胸に手を当てさせてもらい、おなかの動きか胸の響きが、その人と同じようになったと感じた瞬間。

階名…教科書のすべての歌を階名で歌い終わった瞬間

楽器…教科書のすべての歌をのメロディをつかえずに弾き終わった瞬間

 目標を達成するのにいちばん大事なのは、できた瞬間の喜びを予想することです。

これができたら褒められるだろう、みんなに認められるだろうと予想することも大事ですが、それよりも、自分ができた瞬間の喜びというものは大きいものです。

 できた瞬間、そこにはどんな人がいるでしょうか。

ほめてほしいなあと思っている人がいるかもしれないし、いないかもしれません。

でも、必ず自分がいます。

ですから、できた瞬間まず自分が喜びを感じることがとても重要です。

自分が大きな喜びを感じている時、他の人にも認めてもらえたら、喜びは何百倍にも広がります。

 褒めてもらうことはうれしいことですが、自分で実感していないことを褒められた時というのは、なかなか「未来への力」にはなりにくいようです。

ですから、大事なのは、最初に、いちばん近くにいる人間である「自分」が喜びを実感することです。

 「今までにいちばんうれしかったことを思い出してみよう、この目標が達成できたら、それと同じくらいうれしいんだよ」と子どもたちに言いました。

すぐに手をあげて、そのことを話してくれた子がたくさんいました。

 今までにとってもうれしかったことがあった子は、成功の喜びをイメージしやすいでしょう。

それが次の成功につながります。

成功体験が重要だといろいろな方がおっしゃっていますが、このことだと思います。

 食事の時にでも、家族のみんなの「これまででいちばんうれしかった時」を聞き合ってみませんか。

その話を喜んで聞いてくれる人がいると、喜びは倍になります。

また話す人は、家族にそれをわかってもらうために、その時の状況をくわしく説明できるよう、がんばりましょう。

そうすると、その時の喜びが、よりリアルに心によみがえるでしょう。


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