私が、終わりにしなければならないのに。
青年の、悲痛なまでの魂の叫びは、もう誰にも届かない。
“彼”はまた、自分を責めてゆくのだろう。
ああ、と思う。ああ、こんなときにまで彼のことが浮かぶなんて。伝えたかったことは、結局なにひとつ伝えられなかった。それでもいいとさえ思う。ただ、彼を苦しめたくなくて・・・それなのに、最悪のかたちで幕を閉じることになってしまった。
“彼”は自らを許すことは決してないだろう。私を巻き込み、失ったことを悔やむだろう。
私は知っていたのだ、あの、人を寄せ付けない態度は・・・誰よりも彼が優しい人であったからだということを。
風よ、どうか伝えてください。私は、“ここ”にいるのだということを。




2〜回顧(ソル)



何かが、砂の上に落ちた。
小さな、高く澄んだ音。彼は砂の上にしゃがみこんでそれを拾い上げた。
手の中に収まったそれは、十字架だった。・・・もちろん、彼の持ち物などではない。いや、元々は彼のものではなかっただけで、今は、彼が持ち歩いていたものだった。
もっとも、神だとかいうものを信じなくなって久しい彼にとって、存在そのものを忘れかけていた預かりものではあったが。
そういえば、たしかジャスティスを倒したあと、その場を立ち去ろうとした自分に、青年が半ばむりやり押し付けてきたものだったか。
“お守り”・・・だとか言っていたな、あの坊やは。
そんなことを思い返しながら、十字架に目を落とす。・・・何か、いつもと違っていた。
「坊や、・・・・・・カイ?」
鎖が、切れていたのだ。
青年が幼い頃から身につけてきた・・・いわば、分身のようなもの。
彼はすべてを悟った。青年がこの世からいなくなってしまったのだということを。
それを無言でジーンズのポケットにしまいこむと、彼は再び歩き出した。遠くに霞んで見える、古い建物を静かに見据えながら。




異形のモノを、手にした炎を纏う剣でなぎ払う。
すさまじい断末魔の叫びをあげて、それは後ろへと倒れこんでいった。
おびただしい返り血を浴び、血でぬめる大理石の床を踏みしめ、次々と襲いかかるモノたちを斬り伏せながら着実に歩みを進めていく。薄暗い、回廊の奥へと。
何体めであるか、もはや数える気にもならなくなってきたころ、ようやく猛攻がやんだ。
「・・・・・・」
息を吐いて、回廊の奥、何かの儀式の間か・・・いや、そんなことはどうでもいい、かすかな明かりが見えるそこに、彼は踏み込んだ。
「思ったより早かったみたいだね・・・フレデリック?」
懐かしい・・・だけど、決して忘れることの出来ない、あの声が彼を迎えた。
「・・・・・・テメェ」
部屋の隅にいる男の姿は、柱の陰に隠れてよく分からなかったが、この声は聞き紛うはずもない。男の側に誰か・・・おそらくは、ギアであろう・・・守るように立っていることも気配ではっきりと感じられた。
「いや・・・今はこの名前で呼んだ方が良かったのかな? なぁ、ソル」
「・・・・・・!!」
柱の陰から、男が姿を見せる。・・・と、一緒にいるギアは・・・・・・。
「・・・ジャスティス?」
普段、どんなことがあっても取り乱しはしない彼の顔に、ほんの少しだけ動揺の色が踊った。
たしかに、あのときとどめを刺したハズ。・・・それなのに、なぜ?
「驚いただろう? かつての親友とまた再会できたんだからね。次元牢から“ジャスティス”の身体のパーツを集めてくるのは、結構大変だったんだよ?」
いつもと同じように、唇に笑みをはりつけて男が続ける。
「おかしいと思ったことはないのかい? “ジャスティス”が、なぜあれほどの力を持っていたのか、とか」
ソルは、黙って男と“ジャスティス”を睨んでいる。
・・・“ジャスティス”の胸に、なにか光るものがあるのを見つけたのは、そのときだった。
「テメェ・・・アイツをどうした?」
彼が持っているのと同じ、十字架。
たしか、青年は自分にこれを渡してからは父の形見だという同じ形の十字架を身につけていると、そんな話を誰かから聞いたことがあった。
・・・・・・“誰か”から?
ようやく、パズルがひとつのカタチをつくりあげた。
「察しがいいねぇ。・・・そう、ここにいる“ジャスティス”は、アンタの親友の“ソル”と・・・アンタの“坊や”だってことさ。“ジャスティス”があれだけの力を持ち得たのは、全部“アウトレイジ”からのものだったってことだよ」
静かに、最強のギアを振り返る。“ジャスティス”は、ただ何もせずにそこに立っている。
「皮肉だよねぇ。アンタがギアに対抗するために作った神器が、最強のギアを生み出すための材料になっちまったんだからね。まぁ、驚くのも無理はないよね。俺は、未来と過去、両方を見て、すべてを知った上で行動しているんだから。どの時代に飛んでも、“あの男”とはタッチの差で会えずじまい。結局、“あの男”が何をしたくて行動しているのかを知ろうとしてるうちに、気がついたら、自分が“あの男”になってた」
“あの男”の正体は、彼もついさっき気がついたところであった。しかし、得心がいかない。自分を改造したのはともかく、男と仲の良かったはずの青年まで・・・ギアにしてしまうとは。神器“アウトレイジ”の一部である“封雷剣”を手に入れるため、にしては、いささかやりすぎではないだろうか。
「分からないって顔をしてるね。・・・イイコトを教えてあげるよ。カイちゃんはね、死ぬその瞬間まで俺と・・・アンタのことを気にかけていたよ。アンタに済まない・・・と言ってた」
静かに・・・ソルの足元の床に目を落とす。
「ちょうど、アンタが今立っているあたり。そこでカイちゃんは息をひきとったんだよ」
・・・言われてみれば、たしかに古い血痕と・・・そこについた血の色の靴跡が、かつてそこで起こったであろう惨劇を想像させる。
おびただしいほどの血の量だった。これほどの血を流し、あの青年は何を思って死んでいったのだろう。あの、真っ直ぐな碧い瞳に最期に映ったものは、何であったのか。・・・もう、誰にも知るすべはなかったが。
「・・・・・・俺は、誰かに止めて欲しかったんだ。俺の・・・“あの男”の、狂気をね。だから、わざとアンタやカイちゃんに憎まれるように、冷酷になっていった。必ず追ってくるように」
溜め息まじりにつぶやく。それが、“あの男”の正体なのだと。
「カイちゃんじゃ、俺を止めることは出来なかったんだけどね。・・・いったい、俺が今までに何人の“カイちゃん”を殺してきたと思う? 俺が“アクセル”だったばっかりに、彼は俺を殺せないんだ。そうして、“ジャスティス”になった彼を、あんたが倒して・・・また、“ジャスティス”が生まれる。堂々巡りさ。結局、カイちゃんかアンタかが俺を殺してくれないと、みんな・・・俺もアンタも、カイちゃんや“ソル”もみんな・・・この永遠に続く輪廻の地獄から抜け出せない」
一歩下がった彼の姿が、一瞬かすんで見えた。
「・・・ああ、今回はここでお別れみたいだね。ただひとつ言えることは、この先も当分俺は生きてるってこと。その間にももっとたくさん、アンタみたいな人が増えていくかもしれないね。がんばって、俺を追ってきてよ」
それだけ言い残すと、男の姿はかき消されてしまった。
・・・傍らの、“ジャスティス”と一緒に。
「“ソル”・・・」
かつての親友の名前。
今は、自分が引き継いでいる。その業を、自らが負うために。
ポケットの中の十字架を握り締める。あの金の髪の青年。彼もまた、ギア・プロジェクトの犠牲者であったのか。まさか思いもよらなかった。“ジャスティス”は自分の親友の“ソル”であると同時に、そのギアを打ち倒すべく結成された“聖騎士団”の団長だったカイ自身でもあったのだ。
なんという運命のいたずらか。ソルが騎士団に所属した際に邂逅したカイ。すべては・・・あのときにはもうすでに運命は走り始めていたのだ。
決して許さない。自分も。“あの男”も。
すべてを開放するまで、自分は絶対に死ねないし、死ぬつもりもない。
背負うべき罪は増える一方だ。だが、もう立ち止まることは許されない。そんなことは、とうの昔に承知している。
もしも、あのとき・・・。そんなことを考えても仕方がないことは知っていたが、それでも思わずにはいられない。
・・・なぜ、出会ってしまったのか、と。
今はただ、その場をあとにすること以外は、なにもできない自分が、たまらなくはがゆい。
まだ、自分の旅は終わらない。この先も、ずっと・・・。




・・・3〜輪廻(アクセル)・・・

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