「・・・どうだい、気は変わったかな?」 男の問いかけに対し、彼は静かに目を伏せ、首を振る。 「いいえ」 穏やかな声音、だけど、はっきりと否定した。 「いいえ、出来ません。もう・・・私にとって彼はかけがえのない存在なのです。たとえ、あなたからこのことを聞いていなかったとしても」 顔を上げた彼の瞳には、6年前に出会ったときと変わらぬ男がいた。 思った通りだ。彼が全てを終わらせてくれる。 ・・・これは、ひとつの結末にすぎないけれど、きっとそれでも、自分はほんの少しだけ救われたのだ。 彼こそが、自分にとっての救世主なのだと。 |
大地を震わすほどの咆哮が、ほんの一瞬の隙を生んだ。 とっさに手にした剣を振りかぶり、彼のモノの攻撃を受け止める。腕がしびれるほどの衝撃に耐え切れず、彼の小柄な身体が弾き飛ばされた。 「ッ・・・・・・!」 すんでのところで追撃をかわし、体制を整え直した彼の瞳に、強大なエネルギーを今まさに放出しようとしているそれが映る。 今度はもうかわすには間に合わない。だが、あれをまともに食らえば、今の彼ではもう身体がもたないであろう。 「倒せないのであれば・・・!」 絞り出すように呟いて、全身全霊の力を剣に込め腕を突き出した。 “次元牢”に封印するしかない。いずれ復活するかもしれない可能性は否めないが、たとえ一時凌ぎであっても、このままそれを放置することは、できない。 力と力が、激しくぶつかり合う。 辺り一面、光に包まれて、何も見えなかった。耳をつんざくほどの轟音が聴こえたのははじめのほんの一瞬で、もう今の彼の耳には音というものが聴こえない。 その静寂の中で、彼は必死に耐えた。 あれを次元牢に封印するのに失敗する、ということは、押し返された自分が封印されることを意味していた。そうして、そうなったときには、この異形のモノたちを止めることは出来なくなってしまう。 すなわち、滅び。 人類の未来は自分にかかっている、その事実を彼はたしかに認識していたが、徐々にそういったことはどうでも良くなってきていた。 目の前の“ギア”が、静かに自分を見据えていた。 あれだけ人間を憎み、長い年月人類を苦しめ続けてきたはずのギア。 白い静寂の中で、たしかに2人はお互いを認め合っていたのだ。 このまま力を抜けば、自分は確実に封印される。そんな極限状態にあっても・・・いや、だからこそ、なのかも知れない。 なぜ、自分は戦っているのだろう? ふと、そんなことを考えていた。 ・・・指先からほんの少し、力が抜けた。 「あ・・・・・・」 瞬きをする間もない一瞬。 自分を取り巻く光がその色を濃くし、彼の姿はその中にかき消されていった。 ひどく心地が良い。このまますべての力を抜いて、楽になってしまいたい。 そう思って瞳を閉じようとした、まさにそのときだった。 ・・・誰かが自分を呼ぶ声、静寂の中に波紋が広がってゆく。次第に意識がはっきりとしてきて、彼は手にした剣を握りなおした。 負けるわけにはいかないのだ。 人々のためにも、自分自身のためにも。・・・そして。 ふ・・・と、彼の剣を握る手に誰かの手が添えられる。こんな処に人などいるはずもないのに。けれども彼は、それを素直に受け入れた。 不思議な気持ちだった。 前にもどこかで、こんなことがあったような気がする。 そんなことなど、なかったと知っているのに。 ・・・気がつくと、いつのまにか光りはおさまっていた。 相変わらず、辺りは静けさが支配していたが。 ただ、抜けるように空が青かった。さっきまで自分が命を懸けて戦っていたことなど忘れてしまうほどに。 だから、自分のすぐ側に人がいることに、彼は気がついていなかった。 ひたすら、空を見上げ続ける。まるで、それをはじめて見たのだ、と言わんばかりに。 ・・・実際彼は、もうずっと永いこと、こうして空を見上げることなどなかった。ずっと、限界まで神経を張り詰めさせて過ごしてきたのだから無理もないだろう。 今ようやく、彼は己の過去と決別することが出来たのだ、今、この瞬間に。 |