・・・・・・そこはまるで別世界であった。 以前にも見たはずのその光景に、思わず息をのむ。 音のない世界。 色のない世界。 自分がなにをしにここへきたのか忘れてしまうほどに。 「・・・ソル」 自らの目的を確認するかのように、彼の者の名を紡ぐ。 あまりに静かで、自分が命あるものであることすらわからなくなるようなその場所で、私は最初の一歩を踏み出した。 ・・・どこへ行けばいいのか、それすら知らない自分。 だけど、自然と足はそこへ向いていた。 色の褪せかけた、緋色の絨毯。 空へと続く、螺旋階段。 ・・・そして。 5年前にジャスティスを封印した、あの広場。 そこに、“彼ら”はいた。 「・・・・・・ッ!!」 そう認識した瞬間、何も聴こえなかった耳に音が、色彩を感じさせなかった瞳には色がよみがえる。 鼓膜を破らんばかりの轟音。 男の雄叫び。 私はまっすぐに男を見つめた。自分が長年憎んできた“ギア”である彼。殺さなければならない、“人類の敵”・・・いや。今は、本人にその意志はなくとも、世界を“ギア”という脅威から守ろうとしている男。 「・・・間に合った、のか?」 そう、口に出したそのとき。 “ジャスティス”の爪が男の頭部を抉るのが自分のいる位置からもはっきりと見て取れた。 「ソルッ・・・!!」 思わず駆け出そうとした足が、次の瞬間次の瞬間凍りついたように動かなくなった。 「・・・・・・ソ・・・」 顔を上げた男の額・・・おびただしい血を流しながらも、その中央に確かに見える。 “ギア”にしか現れないはずの、紅い刻印。 先ほど、師である老人の養子だという“ギア”からそのことは確かに聞いている。 ・・・しかし、やはりそれを現実のものとして突きつけられた今、彼の中で色んな思いが交錯し、彼のもとへと駆けてゆくことを躊躇わせていた。 恐れているというのか、この男を。 ・・・違う! では、なぜ足が震えるというのだ。 違う、違う!! 私は、あいつを恐れているのではない! もう戻れない、ただそれだけが哀しいのだ。 けれど自分は、扉を開けるとき確かに誓った。 たとえ自分がすべてに絶望しようとも、あいつのことだけは受け入れるのだと。 「・・・ソル!」 何者でも構わない、ただ、失いたくなかった。 守りたいものは、世界をその双肩に背負って闘っていたあのころよりもずっと重くなっていた。 声と同時に、震える足の戒めが解ける。 ・・・同時に、男が振り向いた。 「・・・・・・坊や?」 複雑な表情。 きっと彼は、自分が人類の狂気が生み出した化け物であるということを私には知られたくなかったのだろう。 けれども私は知ってしまった。それでも、私は彼を否定しない。 彼はたとえ姿かたちが変わろうとも、私の知っている“彼”であるだろうから。 少し離れたところにいたはずの“ジャスティス”が、目にもとまらぬスピードで彼との間合いを詰めるのが見える。 ・・・・・・間に合うか? ・・・・・・いや、間に合わせる! 彼もすでに、迎撃体制に入っている。 死なせない。 ・・・・・・誰を? そんな疑問が頭を掠めたときには、私はすでに“彼”と“ジャスティス”の間にわって入っていた。 “ジャスティス”の爪が振り下ろされるのを私は不思議と穏やかな気持ちで見つめていた。 背後で“彼”が息をのむ気配もはっきりと感じられたのも覚えている。 そしてあたりは再び真っ白になった・・・・・・。 |