「・・・・・・ほんっとに、無茶をするヒトだねぇ」 男の、のんびりとした声が聴こえた。 「・・・・・・アクセル、さん?」 閉じていた目を開けると、辺りは霧が立ち込めたかのように、白い。 身体中が痛くて、少し身じろいだ青年は顔をしかめた。・・・ああそうだ、自分はソルとジャスティスの間に割って入って。それで身体が痛むのだな、そんなのん気なことを考えながら、痛む腕をさする。 「理解できた?」 再び、男の声。 なにを、と問い返す気はもちろんない。 どんなことがあっても、自分は彼を否定しない。その覚悟は生半可な気持ちでしたものでは到底ないのだから。 「・・・あなたがなぜ、あのときすべてを話してくれなかったのか、ようやくわかりましたよ」 静かに、青年は言葉を紡ぐ。 「“あなた”という存在を失くす、ということは、“私の知っている彼”を消してしまうことになるのでしょう?」 それは青年にとって半身を喪失するようなものであった。 “彼”は青年にとってあらゆる意味での“目標”であったから。 “彼”を失ったら、自分は生きてゆくための糧を見失って、そこから先へは進めなくなるだろう。 「・・・私はこれからも、彼を追っていくつもりです」 そこに、男の姿はなかったが・・・青年は確かに“そこ”を見つめていた。 「誰も死なせません、彼も、あなたも。・・・そして、私自身も」 ・・・どこかで、男の笑い声が聞こえたような気がした。 頬に何か暖かい雫が落ちてきて、ようやく青年は意識を取り戻した。 「・・・オイ、生きてるか?」 頭上からそんな声が聴こえてきて、青年はゆっくりと瞳をあげる。 そこには、血まみれの“彼”がいた。 さきほど自分の頬に落ちてきたのが、彼の血であったことを知覚するのに、少々の時間を要して。 「ソル・・・」 彼の名を呟いて、安堵したように微笑んだ。そんな青年を、彼はいささか乱暴に抱き起こした。 「痛ッ・・・!」 全身が軋むような痛みに、思わず短い悲鳴をあげた青年を、彼は冷ややかに見つめている。 「・・・オマエなぁ」 苛立たしげに、彼。 「・・・なんですか?」 そしてのんびりとした応答に、肩からがっくりと力が抜ける。 もはや、怒る気にもなれない。 そんなふうに、彼は盛大にため息をついてみせた。 「オマエ、自分のしたことがわかっているのか?」 咎めるような問いかけに、青年はキョトンとした表情を返してくる。 これだから坊やは・・・内心舌打ちをしつつ、血で固まりかけた前髪をかきあげた。 「・・・助けたかったんです」 しばらくして、青年がポツリとそうもらした。 「はっ、何を言っているんだ。俺は“ギア”なんだぞ? 坊やの大嫌いな。その“ギア”をかばうなんざ、正気の沙汰とは思えねぇな」 吐き捨てるように言った彼を、まっすぐに見つめながら、青年は続けた。 「あなただけじゃない。・・・“ジャスティス”も、です」 そう言って、はじめて“ジャスティス”の姿が見えないことに気が付いた。 「ジャスティス、は・・・」 「・・・俺が殺した」 少しの間を置いて、彼が答える。 「・・・そう、ですか」 それきり、青年は俯いてしまった。 (・・・なんなんだ、この坊やは?) 彼はイライラしながら黙りこくってしまった青年を見ていた。 (“ギア”である俺を・・・ジャスティスまでも助けようとしただぁ? ふざけんのも大概にしやがれ! あれだけ“ギア”を忌み嫌っていた“人間”の筆頭ともいえる奴が、今更何だって“ギア”をかばうってんだ) 「ジャスティスは・・・」 ポツリと、青年が言う。 「あ?」 彼はさも面倒くさそうに青年を見ていた。一刻も早く、この甘ちゃんの坊やから解放されたい、そんなムードを漂わせながら。 その彼を青年はどこか悲しそうに見上げていた。 瞳に、死者を悼む色はなかったが、それでも彼に不快感を与えるのには充分だった。 「・・・オイ」 反吐が出る、そんな言葉をかろうじて飲み込んだ彼に、 「・・・ジャスティスは、私・・・だったんです」 その一言は、あまりにも唐突だった。 |