MESSIAH〜5




「・・・・・・ほんっとに、無茶をするヒトだねぇ」

男の、のんびりとした声が聴こえた。

「・・・・・・アクセル、さん?」
閉じていた目を開けると、辺りは霧が立ち込めたかのように、白い。
身体中が痛くて、少し身じろいだ青年は顔をしかめた。・・・ああそうだ、自分はソルとジャスティスの間に割って入って。それで身体が痛むのだな、そんなのん気なことを考えながら、痛む腕をさする。

「理解できた?」
再び、男の声。
なにを、と問い返す気はもちろんない。
どんなことがあっても、自分は彼を否定しない。その覚悟は生半可な気持ちでしたものでは到底ないのだから。

「・・・あなたがなぜ、あのときすべてを話してくれなかったのか、ようやくわかりましたよ」
静かに、青年は言葉を紡ぐ。
「“あなた”という存在を失くす、ということは、“私の知っている彼”を消してしまうことになるのでしょう?」

それは青年にとって半身を喪失するようなものであった。
“彼”は青年にとってあらゆる意味での“目標”であったから。
“彼”を失ったら、自分は生きてゆくための糧を見失って、そこから先へは進めなくなるだろう。

「・・・私はこれからも、彼を追っていくつもりです」
そこに、男の姿はなかったが・・・青年は確かに“そこ”を見つめていた。
「誰も死なせません、彼も、あなたも。・・・そして、私自身も」

・・・どこかで、男の笑い声が聞こえたような気がした。





頬に何か暖かい雫が落ちてきて、ようやく青年は意識を取り戻した。
「・・・オイ、生きてるか?」
頭上からそんな声が聴こえてきて、青年はゆっくりと瞳をあげる。

そこには、血まみれの“彼”がいた。
さきほど自分の頬に落ちてきたのが、彼の血であったことを知覚するのに、少々の時間を要して。
「ソル・・・」
彼の名を呟いて、安堵したように微笑んだ。そんな青年を、彼はいささか乱暴に抱き起こした。
「痛ッ・・・!」
全身が軋むような痛みに、思わず短い悲鳴をあげた青年を、彼は冷ややかに見つめている。
「・・・オマエなぁ」
苛立たしげに、彼。
「・・・なんですか?」
そしてのんびりとした応答に、肩からがっくりと力が抜ける。
もはや、怒る気にもなれない。
そんなふうに、彼は盛大にため息をついてみせた。

「オマエ、自分のしたことがわかっているのか?」
咎めるような問いかけに、青年はキョトンとした表情を返してくる。
これだから坊やは・・・内心舌打ちをしつつ、血で固まりかけた前髪をかきあげた。

「・・・助けたかったんです」
しばらくして、青年がポツリとそうもらした。
「はっ、何を言っているんだ。俺は“ギア”なんだぞ? 坊やの大嫌いな。その“ギア”をかばうなんざ、正気の沙汰とは思えねぇな」
吐き捨てるように言った彼を、まっすぐに見つめながら、青年は続けた。
「あなただけじゃない。・・・“ジャスティス”も、です」
そう言って、はじめて“ジャスティス”の姿が見えないことに気が付いた。
「ジャスティス、は・・・」

「・・・俺が殺した」
少しの間を置いて、彼が答える。
「・・・そう、ですか」
それきり、青年は俯いてしまった。

(・・・なんなんだ、この坊やは?)
彼はイライラしながら黙りこくってしまった青年を見ていた。
(“ギア”である俺を・・・ジャスティスまでも助けようとしただぁ? ふざけんのも大概にしやがれ! あれだけ“ギア”を忌み嫌っていた“人間”の筆頭ともいえる奴が、今更何だって“ギア”をかばうってんだ)

「ジャスティスは・・・」
ポツリと、青年が言う。
「あ?」
彼はさも面倒くさそうに青年を見ていた。一刻も早く、この甘ちゃんの坊やから解放されたい、そんなムードを漂わせながら。

その彼を青年はどこか悲しそうに見上げていた。
瞳に、死者を悼む色はなかったが、それでも彼に不快感を与えるのには充分だった。
「・・・オイ」
反吐が出る、そんな言葉をかろうじて飲み込んだ彼に、
「・・・ジャスティスは、私・・・だったんです」
その一言は、あまりにも唐突だった。




・・・MESSIAH〜6・・・

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