「・・・カイちゃん!」 背後から聴こえた声に、ゆっくりと振り返った。 「・・・・・・アクセルさん」 ほっ、と安堵したように息を吐く。そんな自分に、青年は少し首をかしげてみせて。 「・・・ダンナは?」 当然の問いであった。自分は、彼を追ってここへ来たのだから。 けれども青年の問いかけに、困ったような表情を浮かべる自分は、きっと滑稽に見えるのだろう。青年が引きつった笑いを浮かべるのが見て取れた。 「行って・・・しまいました」 呟くように・・・まるで、独り言のように・・・寂しそうに言う。どこまでも青く広がる空を見上げ、静かに。 「私は・・・これからも、彼を追っていくことになるでしょう」 それは、決意だった。 全ての真実を知るための。そして、もう誰も失わせないための、誓い。 「知っておいて欲しいのです、あなたには」 青年がここへ来た、ということは・・・恐らくはもうあの老人は息を引き取ったのであろう。そして・・・あの、人の姿をしたギアも、“ジャスティス”の呪縛から解放され、老人の亡骸と共に姿を消したであろうことは想像にかたくない。 今、この時点では、青年は一連の出来事には全く関係していないことになる。 しかし、5年前自分の前に姿を現した、未来の“アクセル=ロウ”が、全ての悲劇の発端となるのだということは理解できている。 だからこそ、今目の前にいる青年には知っておいて欲しいのだ、“彼”を失うのを恐れる故に、その足跡を追い続けてゆこうとする・・・愚かで、滑稽な“わたし”というひとりの小さな人間を。 今ここで、青年を殺してしまえば、確実に“ギア”によって引き起こされた数々の悲劇は起こらなかったことになる。 確かに、一番確実で、簡単にことを終わらせることができるだろう。 ・・・しかし、それでは何の解決にもならない。 それによって消される人間は、3人。 後に“あの男”と呼ばれる青年と、その男を追って気の遠くなるような時間を旅してきた男、そして・・・自分自身。 戦災によって失われた命に比べたら、なんと安いことだろうか。 けれども、愚かにも自分は、そんな簡単な決断すら下せないでいる。 何が聖騎士団長だ、笑わせる。自分は、こんなにも浅ましいひとりの人間に過ぎないというのに。 ・・・いや、浅ましい人間だからこそ、そうすることができないのだな。 そう思い当たって、自嘲気味に唇を歪める。 「これは、私のエゴ・・・なのでしょうね」 「・・・え?」 不思議そうな顔をして、青年がこちらを覗き込む。 「・・・なんでもありません、ただ、覚えていて欲しいのです。“私”という、ひとりの人間を」 これからもずっと、“彼”を追いつづけてゆく自分を。 “彼”を追うことによって、自分が得るものとは何か。何もないのかも知れない。ただ、自分の知っている“彼”という存在が、消えてしまっていないことを確認するためだけなのかも知れない。 果たして、それが本当に正しいことなのだろうか。 “あの男”がいなくなる、ということは、“ギア”というものが存在した事実そのものが喪失する、ということ。 つまり、“彼”は普通の人間としての一生を、遥か昔に終えたことになる。そして、自分自身も、その存在意義をなくすのだ。 それら全てを失わずに、なおかつ青年を変貌させない手立て。 そんなことが可能であるのか、正直分からない。 だからこそ、自分は“彼”を追うのかも知れない。そしてそんな自分を、青年に見ていて欲しかった。 「・・・・・・帰りましょうか」 誰にともなく呟いて、歩き出した自分のあとを、慌てたように青年がついてきた。 「えっ、待ってよカイちゃん・・・俺なにがなんだか」 そんな青年を振り返り、ニコリと笑いかける。 5年前、未来の青年に向けたそれと同じように。 「いいんですよ、分からなくても」 自分にとって、これからが本当の意味での“人生”になるのだと・・・そんな確信があった。だから、自分はもう決して振り返ることはないだろう。 例え、どんなに過酷な運命が自分を待ち受けていたとしても。 |