言わんこっちゃない、だから子供には関わりあいになりたくなかったんだ。 思い出して、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。 彼は、ただひとりで全てにケリをつけるつもりだったのだ。 それを、あの“坊や”が・・・頼んでもいないのにしゃしゃり出てきて、挙げ句、自分と“ジャスティス”の間に割って入ってきたのだ。 自分は、それなりに力加減は出来るつもりだった。 人間を・・・特に、女子供にまでむやみやたらと暴力を振るうつもりはさらさらないのだ。だから、最低限人間に関わらないようにして生きてきた。 それなのにどうだ、あの坊やは、自分の後ろをちょろちょろついてまわるわ、母親でもないのに説教をたれる、そうかと思えば足を引っ張るような真似をする・・・本人に悪気はないのだろうが、それだけに余計に始末が悪い。 自分はとっさに剣をひくことが出来た、だが・・・ジャスティスはそうはいかないだろう。“ギア”は、その本能に人間を殺すようプログラムされている。 コイツは殺される。 そう思い、肝が冷えた瞬間だった。 白い光が弾けるその刹那、“ジャスティス”が、まるで母親が幼子を守るかのように・・・青年を護り、抱き抱えているのが見えた。 ・・・信じられない光景だった。 光がおさまり、辺りがかすみながらも何とか見えるようになっても、目の前の現実は同じで。 最強のギアが、青年をその甲殻化した腕にかき抱いていた。 ・・・なぜ。 知らず、彼は低くうめいていた。 なぜ、ギアが人間をかばうのか。 なぜ、人間がギアをかばおうとしたのか。 分からなかった。 苛立ちも隠さず、その問いを投げかけると、“ジャスティス”はただ静かにこちらを見据えていた。 優しい表情だった。 ギアにも、こんな表情が出来るのかと・・・あるいは、そう思えただけだったのかも知れないが、少なくとも“人間”の姿をしているだけの自分よりは、今の“ジャスティス”の方がよほど人間らしく見えた。 まるで、自分を咎めているように。 彼には、そう思えてならなかった。 「・・・・・・ぇんだよ」 口の中で小さく呟いて、彼はきっ、と顔をあげた。 「・・・・・・・・・!!」 何を叫んだのかは分からない。 だが、自分は確かに何かを叫んでいた。 喉がビリビリと痛むほどの絶叫。 青年身体を近くに横たえている“ジャスティス”に向かって、それは放たれた。 あとは、断片的にしか覚えていない。 身体の奥から、何かが噴き上げてくる・・・“怒り”に極めて近い波動。 炎と共に突っ込んでいく自分を、まるで全てを覚悟したかのように見つめている“ジャスティス”。 聴こえるはずのない、気を失っているはずの青年の、切なる叫び。 何かの砕ける音。 そして瞳をあげると、“ジャスティス”は既に事切れていた。 最後に、これでいい、という誰かの声を聴いたような気がした。 ・・・あれはいったいなんだったのだろう? 今でも、時々夢を見る。 “ジャスティス”を殺した、あのときの夢を。 あの“坊や”は今どうしているのだろうか。 別れ際に、アイツの言った言葉が忘れられない。 ジャスティスは、自分だったのだと。 そんなはずはない、と一笑で済ませるのは簡単だった。 ・・・だが、それが出来なかったのはなぜか。 “ギア”である“ジャスティス”と自分・・・両方をかばおうとしたカイ。 そのカイを殺そうとしないばかりか、逆に護ろうとさえした“ジャスティス”。 結局、うぜぇんだよ、と吐き捨てるように言い残して、自分は青年と別れた。 だが、あの青年はきっと自分を追ってくるのだろう。 なぜだか、そんな確信があった。 アイツなら・・・と考えるのは馬鹿げている、そう思う反面、あの青年なら全てを終わらせるため、真実へとたどりつくだろうとも思う。 そのときこそが、自分がようやくこの業から解放されるときだろうと。 そのあと、自分はどうなるのか。 そこまで考えて、彼は自嘲するような笑みをもらした。 子供に関わりあいになりたくないなどと言って、自分は結局あの“坊や”に依存しているではないか。 デニムのポケットを探り、そこに押し込まれた十字架を指でつまむ。 銀の鈍い光を放つそれは、別れ際にあの青年が半ば強引に押し付けてきたものだ。 貸しておく、だからいずれ取りに行く・・・と。 捨ててしまえばいいものを、後生大事に持ち歩いている自分。 あのとき、自分は我を忘れて“ギア”として覚醒しかけていたのではないか? 青年は、そんな自分を内面を見透かしているのでは。 そんな思いが、十字架を捨てようとする指を押しとどめる。 まだ、自分は“人間”でありたいのか。 苦笑して、彼は再びポケットに十字架を戻す。 旅は終わらない。この先も、ずっと・・・。 |