糟地蔵

その1

糟地蔵

 むかし。むかし。
 駿河の国、香貫の村にお里という娘が住んでいました。
 お里の父弥平と、母お松は、とても働き者でしたが、わずかな田畑を名主さまから借りて暮らしを立てていましたので、貯えとてなく、その日その日をようやく過ごしている有様でした。
 お里が十六歳になったときでした。
 この年の冬、きびしい寒さが続き、弥平は、駿府の方へ出稼ぎに出かけていました。
 やがて、四月も近づいたある日。
「なあ、母さま、春も近くなったので、父っさまもじきに帰ってくるだろうね。」
「ああ、もう帰ってくる時分だが、心配なことがあるのさ。」

「えっ、何が。」
「それがの、近ごろ、駿府から吉原の宿の方まで、はやり病が広がって、大勢の人がばたばたと死んでいるのだそうな。」
「わあ、大変。父っさまが無事に帰ってくるといいがね。」
二人は、働きに出た弥平の身を案じて、家の外へ出て、西の空を見つめながら、いつまでも話し合っていました。
 それから三日後、心配していた弥平が家に帰ってきました。
「今帰ったよ。お前たちは元気だったかな。わしは、仕事の方はいつもの通りうまくいって、ほれ、こんなにお金も稼いできたがの。どうもはやり病にやられたらしい。頭が割れるように痛いんじゃ。」
 「そりゃあ、大変。直ぐに休まなくちゃ。」
二人は、弥平の身を気づかって、床を敷いて休ませました。
 その晩、弥平は、高い熱を出して、
「苦しい。やっぱり、はやり病にとっつかれたんじゃ。ああ、苦しい。」
見ると、顔から、のど元、胸にかけて、真っ赤なぽつぽつがいっぱいに出ています。
 お松は、お里とともに、裏の川から水を汲んで、懸命に弥平の頭を冷やしました。何とか、高い熱を下げなければと思ったのです。
「父っさま。しっかりしておくれ。熱さえ下がればきっとよくなるんじゃ。」
一晩中、二人は看病をしました。やがて夜が明けてきました。
「なあ、母さま。お医者さまにきてもらおうよ。でなきゃ、父っさまの熱も下がらないし、このままじゃ、もしかすると……。」
「ばかなことをいうじゃないよ。父っさまは丈夫だから直ぐに熱も下がる。それに、うちにはお医者にかかるお金なんかありゃしないんだよ。父っさまが昨日持ってきたお金だって、去年の暮れ、年貢が足りなくなって名主さまから借りたお金を、お返しすればいくらも残りはしないんだよ。」
「でも……。」
「心配しなくていい。きっと病気はなおるから。」
この日、二人は田畑の仕事を休んで、弥平の枕元に付きっ切りで看病をしました。午後になって、熱が下がったかに見え、苦しみも薄らいだようでした。
「どうやら、よくなりそうじゃないか。」
「うん、よかったね。」
夜に入って、安心して床についた二人が、看病の疲れでぐっすり寝込んだその真夜中、
「うーん。痛い。頭が痛い。」