小説 〜DAVALPUS〜


第一節 戦火の村


 戦場には一時の狂気と、薄れる事のない虚しさが存在する。
 意味のない戦い。
 意味のある戦い。
 それらにどれほどの違いがあろうというのだ。
 己が仕えるべき主が命によって繰り広げられる、この明くる事なき戦いはいつまで続くのだろう。
 終わりなき問答は、とある戦いの合間に一つの氷解を向かえることとなる。

 時は乱世の最中。
 人知を超える魔力を秘めし”魔除け”を手にした”狂王”による領土拡張の戦乱は、その戦火を急激に燃え広がりつつあった。
 近隣諸侯の治める土地は既に狂王の軍門に下り、その勢いは今では北の盟主国である聖リルガミンをも脅かす程に成長していた。
 そして、幾度となく狂王に警告を与えていたリルガミンが、遂に狂王討伐を決意。
 王国が誇る神聖騎士団が動き出したのである。
 対する狂王はこれを迎え撃たんと、配下の近衛兵団を北の国境地帯へと差し向ける。
 その橋頭堡を確保せんと、国境地帯の村々が戦火に消えていった。
 両軍勢の全面衝突が目前に迫る。
 物語はそんな最前線の貧村から始まる──


 男は未だ燻り続けるその村を無言で見つめていた。
 村のそこかしこに横たわる、物言わぬ村人の亡骸。
 火を放たれ焼け落ちた(若しくは半壊した)藁葺き屋根の家並み。
 彼等に咎はない。
 ただ、最前線になりうる『ここ』に居ただけなのだ。

 こうした場所に存在する村落などは、戦いの最中では足枷にこそなれ、利点となる事は皆無と言えた。
 即ち敵勢力よりの住民の保護しかり、新たなる戦略拠点の確保に伴なう時間や資金の捻出、敵勢力に奪取された際の略奪行為による相手方の物資増加。
 たとえ予め住民を避難させていたとして、戦後処理における物的補償や旧住民の難民化問題。敵残党による治安低下及びそれに対する国民の主に対する不満。
 軍事的に見ても、政治的に見てもデメリットの方がはるかに重いといえるだろう。
 それならば、はじめからそこが無人であった方が何かと都合が良い。
 それが、狂王の下した結論であった。

「報告します、サー。住民の排除はおおむね終了致しました」
 男の下へと小走りにやってきた下士官が、背筋を伸ばし通る声でそう告げる。
 だが、男はまるで気付いていないかのように、何の反応もみせない。
 士官は己の上官の返答を直立不動の体勢で待ち続ける。
「虚しいな…」
 数分の沈黙を破り、男がどこか遠い目でそう呟いた。
「は、虚しい…のですか? サー」
「サーはいらん。形式ばった堅苦しいのは性に合わんからな」
 男はジロリと下士官をねめつけ、そう低く囁く。
 おそらく特に意識はしていないのであろうが、男の言動は酷く威圧的に感じられる。
「し、失礼しました、サ…あ、いや、黒騎士(シュバルツリッター)」
 黒騎士と呼ばれた男はフンと鼻を鳴らすと、下士官に背を向け数歩、歩を進める。
 その視線は敵が走破しているであろう北の山岳地帯に、自らが滅ぼした罪なき者達に、そして最後に下士官へと注がれる。
「個人的な質問なのだが、構わんな?」
 その目は他言無用を強要している。
「は、はい。自分が答えられる範囲であれば…」
 半ば怯えきった様子に男はにわかに目を細め、重々しくその口を開く。
「お前は、此度の陛下の方針についてどう考える?」
 この一言に、下士官の顔は見る見るうちに青ざめていく。
 狂王の配下たる者にとって、この疑問は避けるべきタブーである。
 なぜなら、この拡張戦争に疑念を抱かぬ者などほぼ皆無であるからだ。
 だが、誰も異を唱える者はなく、ただただ盲目的にその命に従っているのである。
「黒騎士、その質問はいささか…」
 妙にベタつく嫌な冷や汗を浮かべ、下士官が苦笑いを浮かべる。
 注意して見れば、その足元が僅かに震えているのが分かるだろう。
 男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、下士官を解放した。

「ふん、己の意見も言えぬ腰抜けが…」
 吐き捨てる様に呟き、しかしすぐに自嘲的に笑みをこぼす。
「それは、俺も同様か」
 狂王直属の近衛兵団に所属し、尚且つ騎士称号すら受けた身でありながらこのザマなのだ。
 一介の下士官に何を期待していたんだ?
 そんな風に胸中で自問を繰り返す。
 男の自問は、ここ最近では頻繁に行われていた。

 その時、ふと己に注がれる視線の存在を認識する。
 件の『自問』は、こうした反応の遅ささえももたらすのであろうか?
 男は軽く舌打ちするが、その身体は既に反射的に動いている。
 『黒騎士』の異名が指し示す、その漆黒の騎士鎧の腰に提げられた半両手剣(バスタードソード)を瞬時に抜き払う。
 微風に舞う闇色のマントが、男により威圧的な雰囲気を与えている。
 その間、僅かなる刹那。
 侍の居合いにも匹敵する、恐るべき動作であった。
 だが、その神速の抜き打ちが生命を喰らう事はなかった。
 剣の一寸先に佇むは一人の少女。
 眼前に剣を突きつけられているとは思えぬ、無垢なる笑みを浮かべている。
 その瞳はまるで、男の心の奥底を見通しているかの様だ。
 それはあまりにも異様な光景である。

 何故、剣を振り切れなかった?
 今までに数知れぬ幾多もの生命を奪ってきただろう?
 それとも、今更になって偽善ヅラでも気取りたくなったのか?

 自問や自責の念が押し寄せる。
 それらを振り払おうと男が口を開こうとした瞬間、少女がその言霊を紡ぐ。
 燃え燻る炎の音、周囲に轟く怒号。
 そういったものが、いつのまにか完全に消え失せている。
 少女の発した声は非常にクリアで、まるで男の脳裏に直接語りかけるかの様に鮮明であった。

『あなたはここで何をしているの?』

 少女は確かにそう呟いた。
 


 

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