小説 〜DAVALPUS〜


第三節 共闘


 つい今しがたの静寂から一転して、酒場は騒然とした熱気に包まれていた。
 期せずして始まった、オズワルドと冒険者達との乱闘。
 そして、それを興味本位で囃し立てる観衆の群れ。
 己の身に被害が及んでは堪らないとばかりに、酒場の主は既にカウンターの蔭へと身を隠している。
 そこは、まさに無法地帯であった。

 オズワルドに突っかかった男は全部で五人。
 そのうち二人は既に戦闘不能(リタイア)している。
 仲間がやられた事で、引っ込みがつかなくなったのであろうか。
 それぞれ幅広の剣と鎖分銅を構えた男二人が一歩、二歩とその間合を詰める。
 だが、オズワルドは何ら臆した風もなく、無言で椅子を立つ。

「三下の小僧共が…。ったく、わかってんのかよ?」

 オズワルドのその呟きは、男の雄叫びによって掻き消された。
 叫び、襲い来る。
 相手への威嚇を兼ねる、手本とも言うべき攻撃だ。
 幅広の剣を引き手に構え、一足飛びに飛び掛る。
 短い助走距離から繰り出す斬撃としては、その威力も上々であろう。
─なかなか悪くないな。
 男の太刀筋をそう評価しながらも、オズワルドはその対処を怠る事は無い。
 剣を引き手に構えている事から、男の繰り出すであろう斬撃は突きか、若しくはそこから派生した切り返しである事に疑いはない。
 ならば、最初の突きさえ封じてしまえば良いのである。
 オズワルドは軽やかな瞬発力で、一瞬にして男の懐深くに飛び込んだ。
「!?」
 男の手にした得物は、程よい長さをもつ剣である。
 その切っ先よりも内側にオズワルドは飛び込んできたのだ。
 斬撃の種類が突きである以上、これでは攻撃する事は叶わず。
 もっとも、これが袈裟切りを狙ったものであれば話は別だったのであろうが…。

 結果、オズワルドの放ったアッパーが男の顎下をカウンター気味に捉え、男はそのまま派手に吹き飛んで昏倒してしまった。
 そのあまりに鮮やかな手並みに、周囲から歓声が上がる。
 鎖分銅の男はこの様子に状況不利と見たのか、にわかに顔色を変えていく。
 最早、オズワルドの勝利を誰しもが疑う余地はなかった。
 と、その時──

「……その大気に育まれし炸裂の顎、翻りて我が敵を討たん!!」

 直後、青白くもあり薄紫にも輝く一条の閃光が酒場の空気を引き裂いた。
 何かが破裂したかの様な音が連続して鼓膜を震わせる。
 それまで背後に控えていたもう一人(十中八九、魔道師であろう)が、雷撃の呪紋を発動させたのであった。
 そのあまりり突然な出来事に、それまで騒ぎ立てていた観客達は蜘蛛の巣を突いたかのごとく、一目散に離散していく。
 或いは、腰を抜かしその場にへたれ込んでいた。

 オズワルドはと言えば、辛うじてその一撃こそ避わしたものの、大きくその体勢を崩し足をとられてしまった。
 形勢逆転。
 この機を逃すまいと、鎖分銅が今一度オズワルドに肉迫する。
 その背後では再び呪紋詠唱を紡ぐ声が聞こえる。

「ちょいとマズいぜ、おいおい…」
「死になっ!」

 致死を招きそうなその一撃こそは、なんとか身を捻って回避する。
 振り下ろされた分銅が嫌な音を立てて、今し方オズワルドがいた位置を薙ぎ払い、そして木製の床に大穴を穿つ。
 だが、この無理な避けが祟ってか、オズワルドは完全に床に転げた状態となってしまった。
 男は口元を歪ませると、再び鎖分銅を振りかぶる。
 さすがに今度ばかりは回避できない。
 オズワルドがそう直感した瞬間……。

 黒い疾風が吹いた。

 ごう、という風切り音と共に黒い影が視界を過ぎる。
 そして、それは男の腕を手にした鎖分銅ごと引き千切った。
 刹那、虚空を染める男の血肉と阿鼻叫喚の雨。
 オズワルドの前に立ち尽くしていたのは、半両手剣を手にした黒衣の男であった。
 その年の項はオズワルドとそれほど大差はないであろうか。
 いや、少しばかり上かも知れない。
 その男は狂乱する隻腕の男の頭蓋に剣を振り下ろした。
 ひゅう、とオズワルドが口笛を短く吹く。
 男は振り向きもせず、そしてその顔には表情すらない。

「誰だか知らねえけど、助かったぜ…」
「……た…けだ」
 黒衣の男が小声で呟く。
「あ?」
「酒が不味くなっただけだ」
 そのぶっきらぼうな言葉に、オズワルドはニヤリと微笑む。
「それは悪い事をしたな。もっとも…俺はこれっぽちも悪かあねえけどな」
「…違いない」
 ここで男が初めてその表情を僅かに緩める。
 直後、再び雷撃呪紋が繰り出された。
 炸裂音と共に凄まじい勢いで迫る雷光の筋。
 だが驚くべき事に、男は事も無げに剣の平面で雷撃を捌くと、瞬時に反撃に転ずる。
 その体捌きはまさに疾風や紫電の如き速さだ。
 術者を一瞬にしてその間合に捉える。
 そして、疾風迅雷の一撃が獲物の胴を分断する…。
 同時に、彼の背後より飛来した閃光の如し魔弾が、哀れな男の眉間を討ち貫いた。
 ゆっくりと振り返る黒衣の男。
 その視線の先には、不敵な笑みを浮かべ長弓を手にしたオズワルドの姿があった。

 これが後に腐れ縁となる、黒騎士と魔弾の射手の出会いであった。
 


 

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